最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】 作:兄萬亭楽丸
| ローカルうまとめ@ローカルシリーズ情報 @local_series_umatome 【門別の電撃、復活!歴史に名を遺すダート三階級制覇!】 名古屋開催となったG1"JBCクラシック"を制したのは門別レース場出身のジゴワット!JBCスプリント・南部杯に続いてのダートG1三階級制覇、本当におめでとうございます! |
|---|
"JBCクラシック"翌日。
ホテルのチェックアウトを済ませた私達は、空港に向かうための路線バスを待っていた。
『…ごめんトレーナー、歯磨きセットホテルに忘れた』
『………高いものでもない、あきらめろ』
バスに乗り込む一同の足取りは重い。
同レースには私とバルボアが出走。各所の情報では怪我明けの私を差し置きバルボアが1番人気に推されることとなる。
しかし結果は悲惨。バルボアは6着、私は9着に終わった。
前走"帝王賞"でワンツー・フィニッシュだった二人からは到底想像できないほどの惨敗である。
同日開催の"JBCスプリント"に出走していたデボチカが奮闘の末3着に付いたことが、皆にとって唯一の救いであった。
今回の敗因は幾つかあるが、端的に言えばライン戦術が不発に終わったからと言わざるを得ない。
バルボアは既にシニア級。夏のレースは熱中症で出走を見送ったこともあり、
これまでは逃げウマの少ないレースが多く先行争いでは比較的自由に動けていたものの、下の世代には逃げウマが多く、一人先行しての自由な位置取りは困難となった。
事実、JBCクラシックでは逃げウマがバルボア含め4名。
先行争いで不利をとったバルボアは2番手最内…本人にとっては付きたくない位置で走らざるを得なかった。
名古屋レース場*1はバルボアが得意とする右回りだが、並ばれた状態で抜け出す技能は彼女にはなく、そのまま沈んでいった。
ただし、ライン戦術を組んでいたバルボアが好位置に付けなかったことは私の直接の敗因ではない。
実際に私は今回、バルボアが逃げ集団の内に封じ込められたタイミングで連携を諦め、単独での勝利を狙うプランBに切り替えている。
向正面では逃げ集団のやや外、5,6番手を確保、コーナーでの距離ロスをある程度許容しつつ前方の動向が見えやすい位置を取る。
第3・第4コーナーで早めに仕掛けてきた後方集団の背後に付くことで勢いを借り、スパートのためのスタミナを温存。
直線で風除けにしていた前方のウマ娘の横から抜け、一気に抜き去る。
…この通りに行けば、ウイニングライブのセンターに立っていたのは私かもしれない。今年の"東海ステークス"で見せたような勝ち筋だ。
仕掛けてきた集団の後方につくまでは上手くいった。
しかし、そこからの加速が効かず、
結果外から回る不利のみを甘んじて受ける格好となり、最終直線に到達した時点で先頭とはおよそ3バ身差。プランは完全に崩壊した。
なぜ、私の加速は効かなかったのか。
直接的にはスパートを掛ける際の
JBCクラシックの数日後*2。トゥインクルシリーズは秋のG1ラッシュ真っ只中ではあるが、この週は秋の"天皇賞"と"エリザベス女王杯"に挟まれ、G1レース開催が無い。
ただその夜、海の向こうでとてつもない偉業が達成された。
マリアークラレンスが、"BCディスタフ"を制したのだ。2着に5バ身差をつけての圧勝であった。
同レースは、アメリカウマ娘最大の重賞祭典「ブリーダーズカップデー」で行われるダート競走のひとつである。*3
しかし、彼女は本来メインレースである"BCクラシック"出走を予定していた。"ディスタフ"にも米ティアラダート路線の頂点を争うという性格があるが、流石に"クラシック"程の格はない。
彼女が"ディスタフ"を選択した理由は二つあるようだ。(これはクラレンス本人に伺ったわけではなく、紙面などから私達が推測したものである)
彼女の弱点は、最終直線で
外に差しウマが殺到する展開に弱く、帝王賞は大外で逃げた私・バルボアに勝ちを奪われている。
そこでクラレンスは新たな勝ち筋を会得した。第三コーナー手前からのロングスパートだった。
コーナーを外から周り、第四コーナーで先頭に追い付く。この時点で加速は十分ついており、進路を
完全にノったクラレンスに追い付くことは、アメリカのトップクラスのウマ娘でも不可能だったのだ。
一方で、ロングスパートはこれまでの最終直線での捲りと比べ長い距離をフルパワーで走り切るスタミナが必要になる。
そのため"クラシック"の2000mでは難しいと判断し、1800mの"ディスタフ"を選択した… そう推測される。
『…ようやく、トレーナー・ファン・ライバル…多くの皆様の期待に応えることができました』
栄誉に拘らない彼女としては珍しい発言だった。
インタビューの裏では、普段通りのささやかな笑顔からは想像できないほど血の
「…衰えが見えている以上、過度の出走に耐え得る基礎体力も落ちている可能性があります。トレーナーとしては考え直して頂きたいです」
翌日、午後の練習を終えての三者面談。
私は翌月初週のG1"チャンピオンズカップ"の出走を、代表と担当に改めて頼むことにした。
レースは
3週間間隔で
昨年のクラレンスもこのスケジュールを採っているため決して無茶な予定ではないが、バルボアと担当はこのレースを見送り、東京大賞典に直行する選択を獲った。
そして、代表らは私にも同じ予定を一度提示した。
提案自体は大変理にかなっている。ローカルでないURA管轄の競走であるため、帝王賞やJBCクラシックのようなライン戦術は使えないからだ。
ただ、私が出走したい理由はそこにあった。
ライン戦術に頼らない場合、私はどこまでやれるかを試したかった。
前走を考えるなら、今の私は東海ステークスのような勝ち筋を獲れないとみるべきだろう。
そこで新たな勝ち筋として考えうるのが、昨日マリアークラレンスが見せたロングスパートである。体力の持つギリギリを見計らう必要こそあるが、この戦法であれば一瞬の加速のキレは必要なくなる。
また、東海ステークスとは同条件の中京レース場、1800メートル。一度勝っている条件で走れるのも都合がよかったのだ。
「…決断は、固いようですね」
『代表がそう言われるのなら…サブトレーナーとしても最善を尽くしましょう』
結果的に、
社会人ウマ娘は学園に所属する一般的なウマ娘に比べ、トレーナーに意見を押し通しやすくなっている。特にレース出走予定に関しては本人の業務予定も考慮に入ることや、身体・精神が未熟な時期を終え、一人の社会人として自己責任を取れるようになっている…そう判断されるためだ。
(無論全てのトレーナーは担当ウマ娘のことを思って提案しており、お互いが納得いくまで議論を重ねた結果予定が決まることに変わりはない)
『姐さん… 近頃、何か隠してない?』
三者面談を終えると、事務所の前にはバルボアがいた。
JBCクラシック以降バルボアの口数が少ないことから、私に何か言いたいことがあるのだろうと思っていた。
元々引っ込み思案なのを、私や担当らに甘えることで何とか誤魔化しているような子である。そのあたりのサインは非常にわかりやすい。
現時点で私の衰えについては、代表・担当三者間だけの秘密にしている。
また幸運なことに、レース批評を見る限りは私の衰えに気づいているメディア・関係者はいない。
バルボアも何かを隠していることは判っていても、その真意には気づいていないだろう。
とはいえ、私に疑心を持たれている状態で共に練習するのは、彼女のためにならない。
"チャンピオンズカップ"が終わったら全て話す… そう伝え、自分にけじめをつけることにした。
『分かった』
バルボアは
拳を合わせる。
『…東京大賞典で待ってるから』
バルボアは、皆と同様に私の衰えには気づいていないと思われる。
しかし以前のものではない走りを続けるにつれ、いずれはバルボアだけではなく関係者やファンにも衰えを隠せなくなるだろう。
周りに評価される前に、自分の中で決着を着けたかった。"チャンピオンズカップ"は…この気持ちに対する決着のレースだ。
ここまで思いをめぐらせた時点で、ふと嫌な考えが頭をよぎる。
────今の私は引退に向けて、気持ちを整理しようとしているだけではないのか?
悪寒のような寒風が私の背中を撫でた。
嫌な考えを振り払うべく、私はバルボアを追いかけるように小走りで食堂に向かった。