最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】 作:兄萬亭楽丸
クリード
『Purpose of entry ? Ah... Yes,"Breeders' Cup"!』
(入国目的ですね、レースの出走ってどう言うのでしたっけ… はい、ブリーダーズカップに出走します)
海の向こうからごきげんよう、マリアークラレンスです。
今は10月中旬。日本では丁度、クラシックティアラ路線最後の競走"秋華賞"が終わった頃でしょうか。
私が今いるのは
アメリカ最大の重賞競走の祭典"ブリーダーズカップ"に出走するため、海を渡ってきました。
ブリーダーズカップは日本の"JBCクラシック"等をはじめとする競走の基となったものです。
日本だと"クラシック"・"レディスクラシック"・"スプリント"・"ジュニア優駿"の4つですが、こちら本場では2日間にわたり合計10以上の競走が行われるようです。
ちなみに、毎年会場が各地の持ち回りになるのも一緒です。
レース開催は三週間後ですが現地での調整に一日でも多く時間を掛けたかった私は、学業に影響が出ない程度でなるべく早く渡航を決断することにしました。
中東遠征2戦、いずれも情けない負け方をしている私にとっては、背水の陣でした。
『入国審査も終わりだ。長旅お疲れ様、…と言いたいが今回はもう一つ飛行機を乗り継ぐ。目的地は
「モハメド・アリ……ボクサーだっけ?ボクサー見るとロッキーの勝負服思い出すからなんかヤダ」
普段より一回り大きいキャリーケースの中には勝負服・シューズ・蹄鉄、その他レース用具一式、インスタント食品、現地滞在中に出された宿題。
空いたスペースに月刊トゥインクルの過去号を
そのうち…8月号の特集記事"宝塚記念"の回顧録ともう一つ、"ローカルシリーズ所属ウマ娘"特集。
本誌がローカルシリーズの話題を取り上げることは中々無いのですが、それだけラストスタンディンお姉様の"帝王賞"勝利が、皆の心を
"門別の電撃・ジゴワット"
"西都のシルバースター・ロッキンバルボア*1"
"社会人G1ウマ娘・ラストスタンディン"…
私が"帝王賞"を負けた様子が紙面に載っていることには羞恥の感情を感じますが、彼女たちライバルが世間に認められていくことに嬉しさを感じてもいました。
ニューヨークの空港から空路で2時間半、直線距離にして約1000km。アメリカ東部ケンタッキー州の都市、ルイビルに到着しました。
アメリカ最大のダービー競争"ケンタッキーダービー"等は此処、ルイビルのチャーチルダウンレース場で行われます。
「もうむり。飛行機の中じゃ寝れない。早く布団で寝たい」
『あとはシャトルバスでの移動だ、辛抱してくれ。目印は紺地に三本線の学生服… それらしい子がいるぞ』
(やっべ、余所行きモードにもどらないと)
『Nice to meet you, welcome to Louisville!』
(はじめまして、ルイビルにようこそ)
「Nice to meet you too, I'm Maria Clarence.well...」
(お会いできて嬉しいです、マリアークラレンスと申します、ええと…)
『…通訳しよう』
『はじめまして、マリアークラレンス担当トレーナーの小原と申します。貴女がヴァルカンさんで間違いありませんか?』
『はい、申し遅れました、私がクラレンスSanの
『日本語使えるんですね』
『Studying、勉強中です。日常会話くらい大丈夫ですから、クラレンスSanも普通に話してくださいネ』
彼女はヴァルカンエキスプレス。高等部所属、国の違いこそありますが私と同世代デビューのシニア級。
"ケンタッキーオークス"などのアメリカダートG1を3勝している、米国の代表としても語られることが多いウマ娘です。*2
レース開催までの宿泊やトレーニングは、ルイビル近辺にある現地の学園で行うことになります。現地の学生が私の滞在のサポートをしてくれるらしいですが、
アメリカという広大な地で活躍するウマ娘ということもあり、(これはよくない偏見ですね…)彼女の芦毛のバ体は日本のウマ娘より一回り大きく見えました。
翌日ヴァルカンさんに学園を案内していただきましたが、やはりスケールの大きさは間違いありませんでした。
アメリカは日本で言うトレセン学園に相当するウマ娘の学校がケンタッキー州に集中しており、その広大な土地を生かして、全米やカナダからほとんどのウマ娘が留学しています。
トレセン学園の5倍弱もある広大な敷地には複数の練習場、日本の二倍以上の広さを誇る学生寮、学園関係者による住宅地まで整備されていました。
学園一帯が、一つの小さな街といってもいいでしょう。
(でも交流事業?ケンタッキー州の文化を教える会?みたいなのは死ぬほどめんどくさいので止めてほしいと思いました)
『素晴らしい脚ですネ。…向こうでチームの仲間たちも驚いています』
「私は走ることしか頭にありませんから… アメリカにもチームの概念はあるのですね」
『はい。日本のチームのことも勉強しました、アメリカのチームは数十人単位の大きなものです』
「ところで、ヴァルカンさんはBCには出走されないのですね。一緒に走れたらよかったのですが…」
『はい。昨年は"BCクラシック"出走しましたが、私に2000mは長かったみたいで、
「卒業旅行…?」
『はい。来年1月にあるG1、ペガサスワールドカップ*3を最後に卒業を決めています。ハンセイはして…、ちょっと違いますね...No Regret...後悔はしていません』
…驚きました。そしてまず、勿体ないと思いました。
これほどの能力があればG1クラスでも十分勝ち負けが狙えるのに。
『いえ、卒業は以前から決めていたことです。大学に進学して、...お金が苦しい全国のレース場を救うための取り組みがしたいです。My Creed...
「私のクリード…?」
お互い"クリード"の意味がわからず、翻訳アプリで調べることにしました。
Creed。日本語での意味は"信条・信念"。
どうしてこれだけの才能がありながら、現役引退をあっさり決めてしまったのか。少しショックを受けてしまいました。
自室に戻ってからも自分の気持ちに解決がつかず、学園外のホテルで滞在しているトレーナーに電話することにしました。
「…ヴァルカンさんの目を見てたら、"現役を続行して、強いウマ娘とまだまだ走りたくないのか"なんて言えなくて」
『……まあ、クラレンスの気持ちもわかる。ただ彼女の気持ちもわかるし、"この国"ではそう言った考えは珍しくない』
『アメリカ各地のウマ娘レース場はURAや地方自治体ではなく一般の会社が運営している分、経営に関する判断はかなりシビアだ。実際にごく最近、イリノイ州*4のレース場が閉鎖されている。人口は日本とは比べ物にならないほど多いが、日本ほど老若男女が楽しむ娯楽としては定着していないし、他のスポーツとの鑑賞時間の奪い合いも激しい。アメリカのウマ娘団体の予算は日本のローカルシリーズ全体を少し上回るほどしか無いしな*5』
アメリカといえば何でも大きいイメージ(…よくない偏見ですね)もあって、ウマ娘競争も当然のごとく日本よりすごいものだと思っていました。
そこに所属する子たちのことも知らずに、当の本人たちは現状を
正直… 生き急いでるんじゃないか、と思いました。
「………すごいよね、みんなもう将来のこと考えてて。私こういうこと考えると頭痛がするから」
『…走ることだけが生き甲斐のお前の方がはるかに珍しい信念があったほうが強い、とは決して言わない。むしろ信念なく走ることを続けていられるのは、クラレンスが強いからだ』
『ただ厳しい事を言うとすれば、クラレンスが競走の世界を去るときはいずれ来る。俺はお前が卒業した後の面倒を見るつもりは…今のところない』
「えぇー!?養ってくれないの!?」
『………これは真面目な話だ。いずれ“君”が競争から離れなければならない時が来てしまったとき、その後の君をどうなるかを考えるのは怖い』
電話を終えても、
「…釈然としない」
ふと、机の上にある"ローカルシリーズ特集"を見ると。
"大袈裟に言えば未来の為。私の活躍で門別の名を上げたい"
"ライバルは中央。夢はローカルシリーズのシンボルになること"
"長年応援していただいている皆様と、私を拾っていただいた職場の為に"
皆の語る信念が、余りにも
私と同じ戦場に立っていながら、崇高な信念を持って走っている。それなのに私は、走ること以外"何も考えていなかった"。
とても恐ろしく見えました。
同時に襲いかかる、深淵の淵を覗いてしまったような、得体の知れない不安。
もし、私から走ることを取ったら、一体何が残るのか。
ただの 怠惰で なんの取り柄もない ウマ娘?
いやだ、いやだ、いやだ
「ああああああああっ!!!」
どうして!?走ることが好きで、強いだけじゃダメなの!?
トレーナーも、ウイニングライブも、そう云っているのに!?どうして!?
"今"だけにみんな全力を尽くしているはずだし、私もそれでいいと思っていた!
なのに、私だけが取り残されていく!
怖い!怖い!!怖い!!!
…気が付くと、深夜の練習場の隅で、私は全身汗と土にまみれていました。
「もしもし!夜分遅くにすみませんトレーナー!!
『コンビニに行けってか!?トレーナーをルームサービス代わりに使うな!』
『言いすぎた。遠征先、お互い緊張の糸が張り詰めている中で話すような話題ではなかった。そこは謝る』
『お前の強いところは、自分で責任を取れる覚悟だ。自分が全力を出さないといけないところはどこかも判断できている』
『…まだ怒ってるか?』
「怒ってる。泣きそう」
『大丈夫だ、マリアークラレンスは強い。トゥインクルシリーズを引退しても、お前は何とかやっていける。俺が保証する』
「そんなことはない。トレーナーがいないと私はここまで自由にできなかったし、この場にもいない」
「………せめて、トレセンを去る日までは一緒にいて」
──Maria Clarence Take the lead alone!
(そう。共に争うのは、強い信念を胸にこの舞台にまで上ってきたウマ娘達)
(だけど走っている最中は誰も皆の信念のことなんて知らない、わからない。)
(結果的に、勝った子の取材で信念の強さが取り上げられるだけ。レースは信念の強さで競うわけではないから)
──Clarence! Clarence! Incredible! incrediblest!
(じゃあ、なんだ。今までと何も変わらないじゃない)
──Maria became a Goddess of Victory!!!
私は無事、ダートティアラ路線の頂上決戦"BCディスタフ"を勝利しました。
式典の場ではトレーナーと一緒に、礼服姿のヴァルカンさんが出迎えてくださいました。
『
「はい。調整は厳しくなりますが出走いたします。前々から決めていました」
『今、もしかしたら日本で一番強いかもしれない貴女と共に走れるなんて!卒業前にいい思い出ができますネ!』
『本当に、嬉しい…』
『But,Your triumphant return will be a failure!』
(…でも、あなたの凱旋帰国は成功させない!)
『I'll tell you why it's called "Super Express"』
(私が"
一瞬、礼装から隠せない闘気が、湯気のように見えた。
ああ、この顔だ。闘志をむき出しにして私に突っかかる、この顔だ。
己の勝利を信じて疑わない、あの恐ろしいほどに憎たらしい、ロッキーと同じ顔。
私はこの
同じ飯を食べ、共に練習した仲間であった友がライバルとして立ちはだかった今この瞬間が、
そうか、やっぱりいくら悩んだところで私は刹那主義なんだ。
でも悩むのはやめだ。
「貴女の卒業旅行の手土産に、勝利を与えるつもりはありません。力尽きるその日まで、貴女のような強者と競い続ける。これが私のCreedです」
【登場人物】
・ヴァルカンエキスプレス(Valcan Express)
在籍するウマ娘は40人を超すチーム「Hitchcock」に所属している。
芦毛。読書やパソコン作業の際は眼鏡を掛ける。名前に反して、電車は乗り換えが苦手なので好きじゃないらしい。父は元テニス選手で、語学力や世界への興味は父譲り。
ティアラ路線のウマ娘だが、アメリカでのレースではブルマを履く文化がないようだ。
名前の由来は、アルフレッド・ヒッチコック監督による列車内サスペンス映画「バルカン超特急」。(原題:The Lady Vanishes)
「チャンピオンズカップ出走者紹介」に登場している妹、ミズノエキスプレス(MIZNO Express)は水野晴郎監督によるB級列車内サスペンス映画「シベリア超特急」シリーズ。