最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】   作:兄萬亭楽丸

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クリード(2)

 

うまとめ@トゥインクルシリーズ情報

@umatome_twinkle

米G1・BCディスタフを勝利したマリアークラレンスが昨日帰国し、トレセン学園で担当トレーナーの小原氏が会見した。

「多くの皆様の期待に応えることができ安堵している。(マリアークラレンスは)疲労が激しく取材を受けられる状態にない。当面は疲労回復に充てる。来月(チャンピオンズカップ)は予定通り出走予定」

 

 

 

"BCディスタフ"での勝利からおよそ一週間。

日本に帰ってきた私とトレーナーはレース用具の検疫(けんえき)のため、専用のホテルに宿泊しています。

規定では三日も滞在すれば無事学園に戻れるのですが、体調を崩した私を(おもんばか)って、学園へ戻るのは当分先に。

次走"チャンピオンズカップ"までをこのホテルで過ごすことになりました。

 

『………はい、はい。医師からは疲労と時差ボケ*1とのことで…はい、2週間もあれば治ると…はい、ではそのようにお伝えいたします、ありがとうございます…はい、はい…』

 

『担当教師に連絡は済ませた。宿題は同室の子が持ってきてくれるそうだ』

 


 

"BCディスタフ"の勝利と引き換えに得たのは、慢性的な疲労からくる体調不良でした。

レースを終え泥のように眠った私は翌朝、学園を出立する時間になっても目覚めず。

(余談ですが、トレーナーには当初サボりを疑われました。(もっと)も普段の私の態度が悪いのですが)

日本に戻るためにニューヨークに移動する飛行機の中でも眠気が取れず、目が覚めれば頭痛・吐き気。帰国を1日遅らせざるを得なくなりました。

 

昨年の"東京大賞典"から約一年。一年近く勝てていなかったプレッシャーから解放された反動なのかもしれません。

医師曰く、ストレスからくる自律神経の乱れが原因で、日常生活に慣れれば時期に収まるだろう、とのことでした。

 

『お前の意思は尊重するが、体調が優れない中で無理をさせるのは本意ではない。改めて聞くが、出るんだな?』

「出る。ヴァルカンさんにも約束したし、"米G1勝利の名誉を守るために昨年惨敗した中京を回避した"…とは思われたくない」

『…そこはトレーナーの領分だから、お前が気にする必要はない』

 

ホテルのラウンジで打ち合わせをする最中も、トレーナーはタブレットを片手にメールの返信作業を進めています。

帰国以来、各メディアからひっきりなしに取材依頼が来ているようですが、私に余計な負担を掛けないため、すべて断っているようです。

 

『とにかく、まずは体内時計を正常に戻すことだ。運動自体は自律神経の改善に効果があるから、休息とのメリハリをしっかりつける。世間ではお前は療養中になっているから、外でのトレーニングは無し、当分はサイクルマシンを使ってのトレーニングを中心にする』

『…一応ギリギリまで状態を見て、出走取消も選択肢に入れる。何度も言うが、お前だけの身体ではないからな』

 

 

ホテルでの療養生活は、トレーナーの監視下で宿題をすること以外は想像以上に快適でした。

勉強もトレーニングも自室で完結しているため、余所行きの私を演じる必要が無いためです。

メディアだけではなく友人たちも私に度々連絡をしていただいているのですが、世間からすればホテルでの生活はとても窮屈で苦しいものだという認識の様です。

レースの事を抜きにすれば、ずっとこういう生活も悪くないと思います。

 


 

「宿題、持って来た。宿泊者以外はラウンジでしか渡せないのが少しもどかしい」

 

 

 

彼女はオムニデトロイト先輩。同じダート戦線を走ることもあり練習にも度々付き合ってくれる。良い先輩です。春には共にドバイに遠征しました。

また、先輩はこれまで重賞勝ちこそありませんでしたが、チャンピオンズカップのステップレースである先日の"みやこステークス"で、初重賞勝利。優先出走資格を取得しました。

 

「先輩、わざわざ此方までお出向きいただいてありがとうございます。それと"みやこステークス"、おめでとうございます」

『クラレンスこそ、"BCディスタフ"おめでとう。私の勝ちは些細な事。ニュースの紙面は翌日のエリザベス女王杯とレビウ*2の事でいっぱい』

「まあ、あの子はトレーナー共々変わっていますので…」

 

「………随分、宿題多くありませんか?」

『失礼。この半分はオムニ(わたし)の書類だった。こちらに赴く前に、就職説明会に行ったから』

 

 

 

オムニさんが取り出したのは、就職説明会のパンフレット。

パンフレットのそこかしこには、ブースを回った跡をわかりやすくするために付けられたであろう、赤丸が付けられていました。

 

 

 

『ウマ娘対象の警察学校を目指す。既にトレーナーとも話をつけた。出走枠次第になるが…来年の"川崎記念"か"フェブラリーステークス"で引退して、受験勉強、始める』

 

 

 

ああ、彼女()なのか。

 

 

 

「…引き止めることは、無理ですよね」

『残念ながら』

 

『トレセン入学の段階で、周りとの能力差に絶望した。実際にジュニア級では一度も勝てなかった。……クラレンスのデビューした折も、一緒に苦しんだ』

「懐かしいですね。私もダート転戦するまでは暗中模索の日々でした」

 

『クラレンスはG1を取った。オムニもシニア級でようやく勝ち上がって、重賞に出走(オープン入り)できるようになった。クラレンスと一緒にドバイのG1にも出れた。重賞まで取れた』

『未勝利級を勝ち上れるウマ娘自体、競走ウマ娘全体の一割にも満たない。オープン・重賞競走の出走資格を得る子はさらにその一割…。オムニは、此処まで行けたことに満足している』

 

『未練はある。しかし自分の実力の限界も見えつつある』

『実際に引退を決意してから、レースに対する見方が変わった。後腐れなく身を退く為に努力する、矛盾した今の状態が気持ちいい』

 

 

『…今の楽しい気持ちと名残惜しさを持ったまま、美しく競走の世界を去りたい』

「………」

 

 

 

先輩もまた、私の想定もつかない将来のことをしっかり考えていたことに驚きました…と同時に、内心ムカつきました。

"重賞を取って満足"…いくら勝ち目が薄くても、その弱気では勝てるはずがない。

 

これまでの私であれば、先輩に強い言葉を浴びせるでしょう。

一方で、トレセン学園が人生の全てではなく、卒業後の進路や社会生活に目を背けている自分の方が異常であることもようやく理解でき始めました。

 

「…お言葉ですが。そのような心づもりでは、勝てるレースも勝てないと思います。弱気をさらけ出すくらいであれば、出走資格自体返納すべきだと思います」、

 

トゥインクルシリーズでいくら輝かしい成果を残していても永遠に学生でいられるわけではありません。

引退後の方が、人生はあまりにも長い。納得はいかなくても、何かのために別の何かを諦める事は必要なことでしょう。

 

それでも、自分はこのような退き方だけはしたくない… そう思いました。

 

 

 

『…確かに、そう。出走する相手に対して言うべきことではなかった。謝る』

 

 

 


 

「…」

 

自室に戻った後、相手の気持ちも考えず失礼な物言いをしてしまったことを悔やみました。

引退を前にして感傷的な気持ちになることも理解できますし、勝負自体を侮辱(ぶじょく)しているわけではありません。

 

ルイビルのように走り出したい衝動こそありませんが、感情のやり場が見つからず、(せわ)しなくなっているのが自分でも理解できました。

これも自律神経の乱れからくるものなのでしょうか。

 

 

 

電話の着信音。

 

…相手はロッキー。

昨日も不在着信があったので、よほど話したいことがあるのでしょう。

"余所行きの私"で応対する必要がないことに安堵し、一呼吸おいて「応答」のボタンを押しました。

 

 

 

「もしもし。部屋にいるからタメ(タメ口)でいいわよ」

『…クラレンス?あー… いろいろおめでとう。Umatterで体調不良って見たけど、大丈夫?』

 

進路妨害謝罪の場で聞いたような、弱弱しい声。

この内心に不安や怯えを隠している声の理由は、決して私を心配しているから、それだけではないと感じました。

 

「何か相談事?………辛気臭い話は嫌いよ、いまとっても機嫌が悪いから」

『姐さんが… 何か、隠しててさ… トレーナーや姐さんのトレーナー(  代表  )も、教えてくれないんだ…』

 

機嫌が悪いって言ってるのにこれだ。

 

 

 

「隠し事って言っても、仮にも相手は社会人なんだから秘密の一つや二つは……」

 

 

 

ふと、嫌な予感がした。

 

 

 

"ペガサスワールドカップを最後に卒業を決めています"

"来年の"川崎記念"か"フェブラリーステークス"で引退して"

 

 

 

脳裏によぎったのは、お姉様が現役を退(しりぞ)く姿。

 

 

 

年末年始に引退を決めるウマ娘が多いのは無論学業や進路の事情もありますが、レーシングプログラム(レースの予定表)が12月区切りであり、年末のG1レース"東京大賞典"や(私達からは縁遠いですが)"有馬記念"が一線級の最後の晴れ舞台としてちょうどいいのもあると思われます。

 

そしてお姉様は次走"チャンピオンズカップ"に出走を表明しています。

前走"JBCクラシック"から間3週間で出走すること自体は珍しいことではありません。 昨年の私も同じローテーションを取っています。

 

ただ、これまでのセオリーを考えれば"東京大賞典"はロッキーとラインを組んでの出走になるでしょう。

お姉様が単独で出るよりロッキーと共に出走する大賞典の方が、一般的に考えれば勝つ確率は高いはずです。

 

そう考えると仮にお姉様が"JBC"→"チャンピオンズカップ"→"東京大賞典"の3週間間隔で出走するのは、どうも性急に過ぎるように思えす。

チャンピオンズカップを、何らかの作戦を試すための"叩き*3"の場として使うのであれば腑に落ちます。しかし中京レース場(1800m 左周り )大井レース場(2000m 右周り )では環境が大きく異なる為、そういった観点では疑問です。

 

 

 

もし仮に、お姉様の隠している秘密が(彼女)()退()に関わるものだとしたら─────

 

 

 

脳裏によぎった悪いイメージを何とか振り払います。

心の中でその推測が間違っていることを祈り、そして仮に私の推測が間違っていなかったとしても、ロッキーにこの話を告げるのは危険だと感じました。

 

「………お姉様も周りの皆も、おそらくロッキーのことを思って隠しているのでしょう…"チャンピオンズカップ"終わったら話すって約束しているのなら、必ず話してくれる」

「少なくとも、私はこの件で一切助けになれない」

 

『うん…待つしかないか………根本的な解決にはならなかったけど………ありがとう。じゃあ、わざわざごめん』

 


 


 

電話を切ると、私はスマートフォンを汚らわしい物のように、ベッドの上に放り投げました。

"BCディスタフ"の直前に襲ってきた不安が、また鎌首をもたげるように感じました。

 

 

 

荒くなっている息を抑え、何とか自分を落ち着かせます。

あくまでこれは自分の誇大妄想。引退の話を度々聞いているせいで、余計なことを考えただけにすぎません。

今年の"JBCクラシック"だってお姉様は着外でしたが、連携相手のロッキーが逃げウマ多数の展開に慣れておらず、当初の目算(もくさん)が崩れただけ。

現にネットの情報ではお姉様は元気にやっていますし、引退なんてまだ誰も与太話位でしか話していないはずです。

 

 

 

…でももし仮に、推測が間違っていなかったら。

 

お姉様と走るのは、次が最後になるのかもしれない。

 

…そして、ロッキーは。レース場でも乳繰り合う程仲がいいロッキーは、お姉様のいない世界に耐えられるのだろうか。

 

 

 


 

今の気持ちを何とか忘れようと、医者から処方された薬を飲み、その日は寝ることにしました。

 

 

 

"チャンピオンズカップ"までこの不安が再び呼び起こされることはありませんでしたが、残念なことにその当日、私の懸念(けねん)はあながち間違っていないことが証明されてしまいました。

 

 

 

お姉様の、"能力の衰え"という形で。

 

*1
本来寝るべき時間に眠れないなどの睡眠障害の他に、胃など消化器などの不調も起きる。

*2
マイルG1を3勝している、レビウスタアナイトの事。「刻限」等に登場。"天皇賞・秋"→"エリザベス女王杯"→12月上旬の香港遠征…といった非論理的な出走ローテーションを組むことで有名。

*3
本来は長期的な休み明けに、レースに慣らすために出走すること。




【登場人物】


オムニデトロイト(Omni Detroit)

シニア級2年目。
昨年の"チャンピオンズカップ"は出走に必要なレーティングこそ足りなかったが、来日予定だった外国ウマ娘の出走取り消しに伴う抽選枠で繰り上げ出走している(結果は10着)。

瞳が日光に弱いため、野外ではサングラス着用。レース中は激しい走りでも落ちないように、遮光器(しゃこうき)のようなサングラスを着用する。また勝負服着用の際膝・肘にはパッドを着けるが、日光や照明の照り返しがほかのウマ娘の視界を妨害しかねないことで少し問題になった。(その後、パッドにつや消し加工をすることで審査が無事降りた)

勝ち鞍:みやこステークス(G3) その他、川崎記念3着など



名前の由来は、ポール・バーホーベン監督の映画「ロボコップ」。
(作中に登場する企業"オムニ・コンシューマ・プロダクツ"+作品の舞台デトロイト州)。
作中冒頭、主人公マーフィは指名手配中のマフィアを追って殉職するが、このマフィアが"クラレンス一味"である。




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