最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】 作:兄萬亭楽丸
──残すは410メートル最終直線!ラストスタンディン先頭で、ゴール前の坂に突入する!2番手にはスーパーサイドミーとスミソニアイヤー!マリアークラレンス左右に閉じ込められて苦しいか!
──いや、内を抜けた!マリアークラレンス来た!クラレンス猛追!先頭ラストスタンディンまで残り1バ身!残り200メートル二人の競り合い!
──マリアークラレンス並ぶ!耐えるラストスタンディン!ここからは根競べに… いや、代わった!代わった!
マリアークラレンスだ!!!
──マリアークラレンス突き放す!まだ末脚を残していた!!!
──ラストスタンディン2着粘るが苦しい、代わってタンホイザーゲートとヴァルカンエキスプレスだが!圧倒!独走!!マリアークラレンス!!!
──最後は完全に突き放しました!圧勝と言っても差し支えないでしょう!マリアークラレンス、アメリカに続き国内でも約一年ぶりのG1勝利を決めました!!!
──2着僅かにヴァルカンエキスプレス、3着争い接戦でタンホイザーゲートとエリアオブナイン、16番人気レンシャメイジン並んでいます!
…呼吸が痛い。喉から血が出そうな感覚は久々です。
帰国してからは殆どが屋内練習で、レース場の土を踏みしめるのも久々でした。
何より今までであればスパートを掛けるのは直線だけ…実質、今までの二倍近くの距離をスパートしたことになります。
結果的に3バ身以上の差をつけての勝利になりましたが、最終直線ではバ群を突破する必要がありました。
昨年のように直線だけでの追い抜きを
約一年振りの日本での勝利、満員の観客席、ウィナーズサークルの階段。
気分は悪くありませんでした。
ウィナーズサークルへの登壇を促される直前。振り返ると、バ道に引き返していく出走者が目に入りました。
バ道の手前で海外メディアと思しき記者のインタビューに応えるアメリカ代表、ヴァルカンエキスプレス。
観客席に一礼し、名残惜しそうに引き上げていくオムニデトロイト先輩。
…ああ、よくよく思えば、このメンバー全員で走る事自体が今後二度とないことだったんだ。
…そう思うと、もの悲しく思えてきました。
ただ一人。未だにバ道に引き返す様子のないウマ娘が一人います。
ウィナーズサークルの反対側、第一コーナー手前側。半ば放心状態にも見える彼女は、息を整えるのがやっとという感じでした。
スタッフが向かい声を掛けると
息の荒さや
まるで…本格化を見定めきってない状態でメイクデビューしたレースの後のような…
彼女の勝負服は黒。砂埃が掛かるため本来はダートレースには適さない、黒のロングズートスーツ。
まごうことなき、ラストスタンディンお姉様でした。
お姉様といえば、レース展開自体にも不可解な点がありました。
お姉様はスタートを軽く流すと、道中やや後方に控えます。
問題はロングスパート。全長1800メートルのうち、
仮にスパートをかけるのがもっと後…例えば第四コーナーであれば、最終直線の急勾配も加速と体力、双方余裕を持った状態で登り切れたでしょう。
距離・レース場ともに同条件の"東海ステークス"はそのような勝ち方をしていますし、新しい作戦を試す理由にも乏しいです。
そもそもお姉様の武器は"東海ステークス"の映像や"帝王賞"で見せたような、前方を走るウマ娘の勢いを借りた、切れ味鋭い一瞬の加速のはず。
なぜ得意の戦法を捨てたのか。ロングスパートを選択したのか。
"姐さんが何か、隠しててさ"
隠し事の正体はこれ?
ロングスパート?同所属の子に作戦を隠して、何の意味が…???
『腑に落ちない顔をしているな』
「気になることがある。なるべく早いうちにミーティングをさせて」
『ラストスタンディンの事か?スーパーサイドミー*1の事か?』
「前者。ロングスパートは陣営の判断なの?」
『…長い話になるし、情報をまとめる時間が欲しい。明日は予定通り全休で、明後日時間を作る』
『結論から言う。ラストスタンディンがロングスパートを選んだのは、能力の衰えからくるものだ』
『あくまでこれから話す事は他陣営の話だから、こちらの考察が正しいとは限らない。専門用語については適宜噛み砕いて説明する』
『ラストスタンディンの前々走…6月"帝王賞"での怪我を思い出して欲しい』
『レース翌日の公式発表では左脚首の
衰え?どうして?
普段明らかに使わない用語を出してきている時点で、トレーナーが冗談を言っておらず、相応の理屈があることは判ります。
「まって、整理させて。理解が追い付いていないの。内反捻挫…?靱帯の1度損傷?」
『内反捻挫…簡単に言えば、走っている最中に足を
『無論レース中、特にコーナーを曲がる際は誰にでも起こりうる負傷だが、意識して足を踏みしめることでそういった負傷に至るリスクは抑えられる。そのためには
「逆に言えば、太腿の筋肉がしっかりしてないと捻りやすくなるってこと?」
『それほど
『とはいえ、帝王賞の時点ではそこまで目に見えた衰えは無かったはずだ。公式発表では全治3週間と言われているが、………おそらくリハビリ期間中に衰えが加速したのだろう』
『そしてもう一つ、内転筋群は"スプリントの筋肉"とも言われている。片足、膝を上げ、一歩前に踏み出し、踏み出した大地を後ろに蹴り出す役割を持つ。…
『結論として、ラストスタンディンは内転筋群の衰えにより持ち味だった加速を失いつつある。ロングスパートは奇襲でもなんでもなく、現状の能力を見た上で陣営が取った最善策だったが…最後の垂れ方をみるに、恐らく内転筋以外も衰えがきているのだと推測される、………そういうわけだ』
『東京大賞典で考えられるプランは二つ。出走回避しロッキンバルボア単独で出走させるか、出走は取り消さず、本人の戦績は度外視しバルボアを勝たせるための壁役として
「もういい!理屈はもう沢山! ねえ!!!ラストスタンディンは……お姉様はなんとか、なんとかできないの……!?」
「俺に聞くな!!!…………出走自体は本人次第だが"帝王賞"のような走りは出来ないはずだ!彼女の勝ちパターンがあるとすれば、ロングスパートでスタミナを切らさず、尚且つ最高速を維持できる前目につけて「なんで!!!どうして!!!全力のお姉様と競い合いたいのに!!!衰えって何よ………!?」
「どうして………!!!どうして………みんな、私の元を離れていくのよ………!!!一緒に競い合う仲間が欲しいだけなのに…!!!」
ああ、ロッキーや姉さん、みんなに盾突いて、世話を焼いてた理由もようやくわかった。
ムカつくんじゃない。競争相手を逃したくないからだったんだ。
やっぱり私のエゴだ。
『いいかクラレンス』
『俺はお前の友人関係には口出ししない。でも去っていくライバルを寂しがる気持ちはわかる』
『だが皆が皆、限界まで現役を続けることは不可能だ。家庭の事情、進路、衰え、怪我だってする』
『本人の意思でレースを去ることもあるし、回避しようのない、どうしようもない事情だってある。彼女だって、この年まで走れている方がすごい方なんだ』
「そんなの…言われなくても…!!!」
『なあ、気にしていないかもしれないが、お前はG1を5つも勝っているんだ。既にお前は"チャンピオン"で、…皆の憧れになっている』
『去って空いた枠には、また一人新しいライバルが入る。その新しいライバルはお前と戦うために、その枠を死に物狂いで勝ち取ってくる』
『去るライバルの悲しみは癒えないかもしれないが、"不変のチャンピオン"として、新しいライバルを受け入れ続けることならできる』
『人並みの言葉だとは思うが、限界まで…去っていったライバルの分まで走り続ければいい。そうすることで、ライバルたちも報われるはずだ』
「…」
「私が"不変のチャンピオン"になることを望むのであれば、なりましょう」
「…それなら、せめてトレーナーだけでも"不変"で居てほしい」
『…トレーナーとチャンピオンの競走寿命は違いすぎる。"不変のチャンピオン"を辞めるその日が来たら、如何する』
「辞めた私の分まで、後進の育成に精を出せばいい」
「仮に私が引退したら、きっと名トレーナーとして各所から引く手あまたの存在になる。できる事なら離れたくない」
「だから」
「I will follow him.」
「…follow him wherever he may go.」*3
『…告白の言葉か』
『仮に俺が今後、地方・海外…どこに行くことになっても?』
「ええ、着いていく。どこまでも」
『クラレンス!わざわざ来てくれてありがとうございます!こっちはトレーナー、彼女は一緒に走ったソニア…
「ソニアさん共々、本当にお疲れ様でした」
翌日。
練習予定をキャンセルし、日本を発つヴァルカンさんをお見送りに行くことにしました。
ルイビルでは練習相手としてお世話になりましたし、彼女に会って別れの言葉を言えるのはもう二度とないと思ったからです。
またトレーナーも見送りに許可を出してくれたのは、別れに恐怖心を抱いている私に対して実際に"抗えない別れ"を見てほしかったのだろうと、後々になって思いました。
『まだゲートに行くまで時間あるから、無駄話、じゃない…長話できますネ』
『Need an interpreter?』『Ah... Personal story,want to be left alone』『Ok』
(通訳の
「もう二度と、
『そうですね。レース場では。妹が日本で頑張ってるから、プライベートでは遊びに来ますけどネ』
『最後に会えてよかった。あなたがwell...soft touch...お人好しだっていうことを知ることができた』
『私はあなたの事をよく知らない。私が見たのはルイビルでの2週間足らずの練習と"BCディスタフ"、数日前の"チャンピオンズカップ"だけ。そこでの印象は"聖母"のニックネームが嘘みたいな、暴力的なトップスピード。でも負けた私に掛けたその言葉から見える情の厚さは、
「気配りができるのは名前を付けていただいた両親や三女神様の御蔭で…」
『…ルイビルにあなたが滞在している時、夜中叫びながら走っているのも見ました。 本当は、私と走りたかったんですね… 何度でも』
「見られてたんですね」
『あなたはレース場でも、世間でも、"マリアークラレンス"を
『それに今日、わざわざ私に会いに来たのも証拠。今日帰国すると言ったけど、何時のヒコーキに乗るまでは教えていない。なのにわざわざ国際線を調べて、"この時間に乗られますか?"なんてメールするなんてよっぽどのお人好し。"チャンピオンズカップ"2着なのに、取材のカメラなんて来てない。そんなことしてきたのはクラレンスだけネ』
「…」
『
『そうだ!来年まだあなたが走っているなら、今度こそ"BCクラシック"で会いましょう!私は居ないけど、私のチーム"Hitchcock"はきっとあなたを心待ちにしているはず!』
『ありがとうマリアークラレンス、
来年の事を話せば鬼が笑うとは言うが、未だクラシック級の有力ウマ娘すら表に出ていない現状、どのようなメンバーが揃うかは知らない。知るはずもない。
それでも未だ、後輩やまだ見ぬ沢山のウマ娘達が私との対決を心待ちにしている。彼女はそう伝えたいのだろう。
"不変のチャンピオン"になってやろう… まずは去っていく彼女の分まで。
「
ヴァルカンエキスプレス。
彼女の未来が幸せなものでありますように。