最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】   作:兄萬亭楽丸

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とあるベテランウマ娘の拙攻

──最終直線に入った、先頭ロッキンバルボア逃げ切れるか!二番手トヨギハナフダとは2バ身差!

 

──ロッキンバルボア、差をさらに開く!トヨギハナフダ後退、二番手集団伸びてきたのはチョコファクトリーかエリアオブナインだが差は開く!

 

──マリアークラレンス後方大外から一気に飛んできた!!

 

──バルボア逃げる!マリアークラレンス猛追!三バ身、一バ身、バルボア耐える!わずかにバルボア耐えるか!

 

──いや、差し切った!差し切った!!マリアークラレンスだ!

 ──とんでもない末脚!!!"ジャパンダートダービー"制覇、マリアークラレンスです!!!

 

 

 

今年のダートクラシック戦線の大一番"ジャパンダートダービー"はURA(トレセン学園)のマリアークラレンスが制した。

ダートにおける地方出身ウマ娘の台頭が(ささや)かれる中現れた彼女。

その眉目秀麗さも手伝い『聖母』の二つ名を得ることになり、この日以降ダート界の花形スターとして世間をにぎわすことになる。

 

一方、わずか十数センチばかりの差で"中央"に敗北したバルボアはレース後、ショックのあまり立ち尽くすばかりだった。

彼女は今後も「マリアークラレンス」の名前と虚像に長らく苦しむ事になる。

 


 


 

8月。

 

用務員室(自宅)で迎える夏は、想像以上に厳しい。

 

朝晩がいくらか涼しいのはまだ救いだが、冷房がひと昔のもので効きが悪い。とくに午前の業務を終えた後、自室にトレーニング用具を取りに戻った際の熱気は凄惨(せいさん)の一言である。

セミは声量・種類ともにトレセン学園の夏合宿でいつか聞いたものとは段違いで、真昼の不快指数跳ね上げに一役買っている。

また、練習用グラウンドの砂の照り返しは光・熱ともに砂浜のそれを遥かに凌駕する。日焼け止めは必須、サングラスがなければ午後のトレーニングどころか整備業務すらままならない…とにかく過酷だ。

 

ただこの時期、当レース場はナイター開催であるのが救いだ。

トレセン学園では気に留めることもなかった星空の下で走るレースは神々しさすら感じる。

 

本日のメインレースは1600メートル、西都レース場開催唯一のURA認定G3である"サマーレジェンドカップ"。私が転戦後初めて走る重賞レースである。

また、このレースはクラシック級で力をつけた地方各地のウマ娘がシニア級ウマ娘に挑戦する、秋重賞ラッシュの前哨戦(ぜんしょうせん)という性格を持つ。

デビュー戦を悠々勝利、特別級レースも連勝していた私が一番人気として推されているが、"西都ダービー"を勝ったロッキンバルボアが対抗として上がっているようだ。

 

 

 

ここは勢いそのままに勝利し、秋G1の足掛かりにしたかったが…

 


 

『しゃあああああ!(ねえ)さんに勝った!!!!!!』

 

 

 

バルボアの逃げ切りを(とが)めることができず4着に沈む。転戦4走目にして初の敗北。

敗因は二つ。枠順不利を覆すためのレーン取り。彼女のスパートの速さを見誤り、仕掛けが遅れたこと。

 

 

 

『勝った!!!"中央"の姐さんに!!!私はやれるんだああああ!!!!!!』

 

 

 

ロッキンバルボア。このやかましい彼女とは"西都ダービー"の後で縁ができた。正直ここでの交友関係には期待していなかったが、幸運にもバルボアをはじめとした重賞出走組とは関係を築くことができた。中央に勝つ強い思いを秘めてることに違いはないが、「私」を姐さんと崇める人懐っこい年頃の女の子。

 

 

 

『しゃあ!しゃあ!!!姐さん!これならG1も勝てるよね!!!姐さん!!!』

…やかましい。敗者に聞くな。

 


 

『浅い考えですけど、先週姐さんに勝ったからにはURAのマリアークラレンスにも勝てないことはないって思うんですよ!姐さんもそう思いませんか!』

 

…ウイニングライブも終わり、レース場は完全消灯。

同レースに出走した後輩達と食堂で遅めの夕食をいただく。重賞級レースの日はにんじんハンバーグが出る決まりらしい。

 

 

 

年齢差もありこの場で友人を作れるとは考えていなかったが、私の豊富な経験に興味を持ってくれる子が多く、自然と皆の先輩ポジションに収まった。

年齢や出身を気にせず、牌を奪い合うライバルを受け入れてくれている。皆、本当にいい子達だ。

 

『…大袈裟(おおげさ)です。一個人同士を比べても仕方ありません。彼女と姐さんは戦法も違いますし』

彼女はブラインドフュリー。二年前の"西都ダービー"ウマ娘。

 

『それにー、走ったレース場もちがうねー☆』

デボチカ。バルボアと"西都ダービー"を争い、現在はURAのスプリント路線の重賞を目標としている。

ディスペンサーからお茶を取って戻ってきた二人が口を挟み、今日共に走った他のメンバーも口々に同意する。

 

この集まりの中でもバルボアの中央に対するコンプレックスは群を抜いている。

バルボアにとっては、初めての大舞台で敗北した相手ということもあるだろう。

 

『じゃあさー!自分が中央に追いつくにはどうすれば!?環境!?自分だって全力で頑張ってるのに!?』

『…駄々をこねないで。たしかにトレセン学園の方が設備は優れてると思いますが…』

『それは断然そうだねー☆トレセンはハンバーグも毎日食べれたからね☆』

 


 

…地方に所属してまもなく半年。当レース場とトレセン学園との格差が、ようやく言語化できるようになった。

 

練習施設。

ジムは併設されておらず。プールも屋外のため今の季節しか解放されていない。そのためフォーム維持に必要な上半身の筋肉や、コーナーで必要になる体幹を鍛える手段はかなり限られる。

 

周辺環境。

グラウンドの消灯時間が早く、周囲はほぼ山林のため夜間のランニングは禁止。トレーニングは昼〜夕方に集中するため、練習用グラウンドが埋まり一日中学園外周のランニングで終わるウマ娘も発生する。

道具。消耗品は売店で購入可能だがラインナップに乏しく、Umazonも学生は使用禁止*1。シューズなどはトレーナー若しくは教官を通して注文する以外の手段がない。

 

 

このほかにも多々ある中央との練習格差は、決して当レース場の怠惰(たいだ)ではなく、自治体の法令や周辺地域との関係構築、何より運営団体の予算事情による為、仕方なくこうなっているに過ぎない。せめて私の立場からでも、環境改善のためになにか力を尽くすことはできないだろうか…?

『…予算がネックなら、私たちが団体預かりにしてる賞金を担保にして、照明や機材を買ってもらえばいいのでは?』

『非現実的すぎー☆というか機材ってどこ売ってるのかな☆』

 

…漸くハンバーグを食べ終わった私は口を開いた。

学園生徒でない私であれば、筋トレ用具や練習機材を購入して、一部の生徒に貸し出すことは可能ではないか。

また、担当トレーナー=代表であれば、私たちの提案に耳を貸してくれるのではないか、と。

 

『えっマジ!?』『…いいんですか?』『姐さん話がわかるー☆』

 


 

翌日。昼に代表との打ち合わせをセッティングした。

「…こんなに生徒の皆さんを連れて、どうされました?」

これまで代表や他の組合社員とは練習環境の違いについて話したことはあるものの、生徒との共有がされているという話は聞かない。ならば、この機会に私・生徒・代表の三者間で話せるだけ話そう、という考えだ。

「…応接間ではとても入りきりませんので、学園の会議室を使わせていただきましょう」

 


 

「…あなたの提案、そして皆さんが強くなりたいという思いは理解しています。ただ、機材の購入・その共有に際して、貴女達をはじめとした重賞級の皆さんだけを特別扱いすることはできません」

「…たしかに私共の団体は貴女達ウマ娘を全国のレース場で勝たせるために活動しています。しかし同時にレース場の興行全体を受け持つ団体のために特定のウマ娘を優遇することは規定に反しますし、また皆さんを教育し社会に送り出す教育機関として、全てのウマ娘に分け隔てなく機会を与える義務もあります。成績という差があるにせよ、一部のウマ娘のみ練習環境を優遇する、というのは極力あってはならないことです」

「改めて皆さんのトレーナーからもお話を伺い、予算・法令の範囲で、極力中央に近づけられる練習環境を整えられるよう努力いたします。ありがとうございました」

 

程なくして打ち合わせという名の公聴会は終了、解散となった。

同輩のウマ娘達は、不満はあれど顔には出しづらい、という顔で部屋を後にしていく。

 

『なんか体よくあしらわれた気がする…』

『…まあ、一朝一夕で良くなるものとは思ってませんよ』

『そーそー☆でも個人個人での所持は禁止されてないし、こっそりやれって感じじゃない?』

 


 

…皆が去った後、代表と二人で会議室を片付けた。

自分の軽率な提案から代表生徒双方に迷惑をかける事になったが、代表はいつもの柔らかい表情を崩さず会議机を移動させている。

 

「貴女には心配をおかけしましたね。…ところで、練習環境について貴女はこれからも申し上げたいことがあるかもしれません。団体の性格上、私の担当であっても一人のウマ娘を特別扱いはできません。それだけはどうかご理解ください。それでも本日お話いただいた事を無碍(むげ)にしたくはありません。また後日、意見を伺う機会を設けようと思います」

 

「ところで、…」

「…いえ、現在競技者の貴女には失礼すぎる質問だったかもしれません。忘れてください」

 

 

 

片づけを終えた代表は、鞄の中から書類を取り出そうとしていた。

その中に"ローカルトレーナー資格"の受講案内があったのを、私は見逃さなかった。

 


 

後日、改めて学園生徒やトレーナーに意見を募る機会を設けられた。

 

亀の歩みではあるが練習環境の改善は進みつつある。

予算も無事確保できたのであろう、年末には練習門限とグラウンド照明点灯時間の延長が発表された。

 

 

 

 

…しかし雪すら積もる中の告知だったため、『こんな寒い夜まで練習できるか』と結構な数のウマ娘から反感を買った。

それに対するいざこざは、また別の話である。

*1
「私」は生徒ではないため、一応認められている。




【登場人物】



マリアークラレンス(Maria Clarence)
勝ち鞍:ジャパンダートダービー


【挿絵表示】


トレセン学園高等部所属。デビューからは苦戦が続いたが、ダート転戦と同時に追込への転向を行う。以降全勝で"ジャパンダートダービー"出走資格を獲得した。
"聖母"の二つ名に相応しく、金髪に黒を基調とした勝負服を着用。因みにG2以下のレースではブルマ派。




ブラインドフュリー(Blind Fuly)

高等部所属。一昨年の西都三冠のうち二冠を獲ったウマ娘。口数の少ないタイプ。
クラシック秋の交流重賞でも好走を続けていたが喉を痛め、長期休養を余儀なくされる。現在はトレーナー資格取得のための進学を視野に入れつつ、重賞戦線に赴く後輩達の指導役を務めている。
サマーレジェンドカップでは3位入賞。

デボチカ

サマーレジェンドカップには出走していないが、同室のブラインドフュリーをお迎えに来たついでに駄弁りに来た。



チョコファクトリー、エリアオブナイン
中央所属。

トヨギハナフダ
地方所属。トレセン学園にメジロマックイーンをはじめとした「メジロ」の名を持つウマ娘が多く在籍するように、「トヨギ」のウマ娘も関東のローカルシリーズを中心に複数在籍している。ブルマ派。

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