最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】   作:兄萬亭楽丸

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アイ・オブ・ザ・タイガー

 

 

──先頭ラストスタンディンがいきなり差を広げます!2番手集団におよそ5バ身差をつけて先頭に立ちました!

 

──2番手集団内からガンズアキンボ、ポポフェロヴィア、外ロッキンバルボアは先頭ラストスタンディンと同所属西都出身、中団はチョコファクトリーとトリプルエンジェルを先頭に二列に並びます…

 


 

大逃げ。

 

スタートダッシュからスロットルを限界まで振り切り先頭に立ち、追いかける後方を(かえり)みることなく、そのまま逃げ切る…

まず思い浮かぶのは、"天皇賞・秋"のサイレンススズカさん、G2"オールカマー"等で知られるツインターボさんでしょうか。

 

サイレンススズカさんは"逃げて差す"走りで数多の強豪を突き放し、栄光の座をつかみました。

ツインターボさんはスタミナの限界まで逃げ切ることで、他の誰にも真似できないレースを作り上げました。

 

夫々(それぞれ)のレースを見ればまさに豪快と言わんばかりの勝ち方で、皆の心を(とら)えて離さない魅力があります。

トレセン学園の皆様も遊びの競走で大逃げを真似したり、果てはその走法を本番のレースに取り入れようとする子も少なくありません。

 


 

 

 

…ただし。彼女たちの走りが度々語り草になる理由は、決して豪快だからというだけではありません。

 

 

 

大逃げ自体が本来のセオリーから逸脱(いつだつ)している故に、勝利することが難しいからです。

例に挙げたような彼女たちはあくまで特別…極々一部の成功例にしかすぎません。

 

スタートダッシュさえ上手くいけばペースを自分で握ることができる強みこそありますが、スタミナを温存し脚の温まってきたであろうライバル達に対しどこまで突き放せるか、そしてどこまで体力を保てるかを見極めなければ、勝利することは困難なのです。

大多数は序盤に稼いだリードを維持できず、()れ・(まく)られ・(しず)み… 玉砕に近い結果でレースを終えることになります。

 

何より、大逃げを選択したウマ娘の皆さん… 特に先に挙げた二人には、"他の作戦に向かず、大逃げを選択せざるを得なかった"という負の事情があります。

前方のウマ娘が走った後の土・砂煙が被ることを嫌う、並ばれて走られることを苦手とする… など、生来の気質に問題を抱えるウマ娘が(すが)らざるを得なかった、限られた手札の中で何とか見出した頼みの綱… そういった側面もあります。

 

 

 

お姉様はこれまでにロッキーと並走して二度の逃げを敢行(かんこう)しているため、大逃げそのものに対する驚きはありません。

しかし前走のロングスパート然り、本来瞬間的な加速を武器に()()()()お姉様が本来とるべき作戦ではないはずです。

 

それよりも警戒すべきは、先頭に立たず他の逃げ集団の外に控えているロッキー。

私の隣…外枠でのスタートだったため、おそらくこの位置にいる事は折り合いを考えなくていい点からしても想定通りでしょう。

 

では、なぜロッキーは先頭のお姉様から大きく離れた2番手に控えているのか。

 


 

"ラビット"という戦法があります。

 

エースを勝たせるため、勝ち目の薄い随伴(ずいはん)役に逃げを打ってもらい、エースの得意なペースを作ってもらう戦法です。

 

トゥインクルシリーズでは"すべてのウマ娘が等しく勝利を狙わなければならない"というスタンスの為、明文化はされていないもののこう言った作戦は避けられる傾向にあります。

一方アメリカ・欧州のウマ娘レースの世界では"チーム全体で勝利を掴みにいく"といった考えからこういった戦法を取ることは一般的であり、ローカルシリーズも消極的ではあれど(おおむ)ね同様のスタンスを取っています。私が先月出走していた"BCディスタフ"でも、この役目を任された子が出走していました。

 

 

 

お姉様がロッキーの"ラビット"として逃げを打っているのであれば、二人の取りうる作戦自体はシンプルです。

 

1000メートルまでをハイペースで流し後続を()り分け、その後軽くペースを落とし足並みを乱すのと同時に双方の脚をいったん落ち着かせる。

そして最終コーナー手前あたりから再度加速し、残った脚を使い切る…

ワンパターンといえば聞こえは悪いですが、昨年の"JBCクラシック"・半年前の"帝王賞"で実際に結果を残している以上、舐めてかかるのは危険でしょう。

 

特にロッキーに関しては、逃げを打ちながらも各々がスパートを掛ける前に逃げ切りを(はか)る… それこそ"逃げて差す"サイレンススズカさんの様な末脚があります。

 

おそらくはロッキーの得意なペース──おそらくは1000メートル1分を切るハイペース──に持ち込み、第四コーナー手前(残り約600m強)のところでロッキー共々仕掛けるものだと思われます。

ただ、ロッキーはともかく、お姉様の体力はそこまで残らないはず。

勝負を捨てている、といえば聞こえは悪いですが、能力の衰えを前提にするとそうせざるを得ないのかもしれない… という気持ちも沸いてきます。

心のどこかに整理できない、釈然としない気持ちが残ります。

 

 

 

…少なくとも、お姉様の大逃げから読み取れることは二つ。

トレーナーの言う"能力の衰え"は想像以上に深刻で、ロングスパートも選択していない以上は奇襲でしか勝てないことをラストスタンディン陣営が認めたこと。

当然お姉様本人も勝ちを狙っているはずだが、陣営の本命は二番手集団に控えているロッキンバルボアであること。

 

 


 

『"東京大賞典"の枠順が出た』

「判った。…1番から言って」 『面倒だから机から顔を上げてタブレットを見ろ』

 


 

『逃げ宣言をしているのは、"JDD"2着のポポフェロヴィア、"天皇賞・秋"のワイズアキンボ。宣言こそしていないがトリプルエンジェルとロッキンバルボア……ラストスタンディンあたりも前に出るだろう』

『後方集団についての話はまた後にするが、先頭集団のレース運びで想定しうるパターンは三つ。第一に、逃げを打つ面々が突出しない通常の構成』

 

『この状態では最終的に先頭に立つのが誰になるかも依るが、これだけ前に立つ子が多くなると、少なからずポジション争いが発生する』

『ポジション取りで争ってくれれば消耗してくれるだけ当陣営が有利になる。…そのかわり、クラレンスの後方でマークする面々を殊更(ことさら)気に掛ける必要があるだろう』

 

「………その場合、真っ先に警戒すべきは、ジゴワットの姉さん…」

 

『第二に、"帝王賞"のように、西都レース場組が連帯し二人で前に出るパターン。…ただ、ラストスタンディンのことを考えると陣営がこの形に(こだわ)る理由は薄いだろう』

 

『そして第三が、単独での大逃げ』

 

『この作戦を取るとすれば、ロッキンバルボアかポポフェロヴィア。前者の場合、ラストスタンディンは2番手集団で抑えの役割を担うだろう。この形になる場合、ロッキンバルボアはハイペースでの逃げを選ぶことが予想されるが… 誰が先頭に立つにしても、この場合は先頭の1000メートル通過タイムをよく聞け』

『1分を切るハイペースなら、こちらが6割は勝てる。ただし、逆に1分2秒を超すスローペースなら……ロングスパートを早めるしかない』

 

「前走"チャンピオンズカップ"は残り3ハロン(600m)からのスパートだったけど、もう一ハロン… 800mから行ける?」

 

推奨(すいしょう)はしない。去年と似たスケジュールでの三連闘だが、今年はロングスパート主体の戦法で昨年以上に負担がかかっていることを考慮しなければならない。…大逃げだと分かった時点で、位置を上げておくことに越したことはないだろう』

 

 


 

──第一コーナー回って先頭逃げを打ったラストスタンディン、およそ6バ身後方ロッキンバルボア、すぐ後ろワイズアキンボとポポフェロヴィア、中団から抜けたアトキンソンも取り付くでしょうか…

──…最後方に控えるのが王者マリアークラレンス、少し前の外ジゴワットとカクシケンが不気味に息を潜めています…

 

 

大逃げに目が行きますが、私に並ぶ後方集団の事も考える必要があります。

 

昨年の"東京大賞典"等で何度も対戦している、門別出身のジゴワット。

G1挑戦はおよそ2年ぶりとはいえ、重賞級と一言で片づけるにはあまりにも不気味な、園田のカクシケン。

 

彼女ら二人は私に取付く位置をキープし、明らかに私の仕掛けを待っている状態です。

 

先頭のお姉様は第2コーナーを抜けたところ、スタートから凡そ700メートル程度でしょうか。

目測から、私と二番手集団との差はおよそ12バ身。加速のしやすい直線で着差を稼ぐ必要があるでしょう。

 


 

──2番手変わって僅かに内のワイズアキンボ、ポポフェロヴィア番手を譲って下がって外アトキンソン、ロッキンバルボアは引き続き外をキープ…

 ──中団が徐々に押し上がり8名一団、マリアークラレンス以下後方3名も差を詰めています…

 


 

おかしい。

 

バ群の向こうにいるため途切れ途切れでしか見えないものの、明らかにロッキーが近づいているのを感じる。

2番手までのバ身差は…8バ身程度か?

 

お姉様の大逃げは垂れる(失敗する)と読み、むしろ私達後方からの差し切りを警戒しているのか。

 


 

 

「…それにしても、ここ数週間は軽いメニューしかないよね」

『"BCディスタフ"からの三連闘を考えると、昨年のローテより疲労を残さないことを重視しないと厳しいからだ。何度も言うが』

 

「"お前だけの身体じゃない"」

『…その通りだ』

 

『"ジャパンダートダービー"に始まり、海外の"BCディスタフ"、URA管轄の"チャンピオンズカップ"。クラシック級春から頭角を現した、G1競走5勝のダート王者(チャンピオン) …それが、世間から見た今のお前だ』

 

『正直に言う。"ディスタフ"からの三連闘を提案したのは俺のミスだ。アメリカから帰った時点でスケジュール変更を提案すべきだった。お前のチャンピオンで居たい気持ち、ライバルとの対決…、それも最後になるレースを逃したくない気持ちも痛いほど判る』

『ただし、リスクマネジメントの観点からはお前に無理をさせるわけにはいかない。チャンピオンに必要なのは"負けない事"ではなく"君臨し続ける事"』

 

『数か月単位での仕上げを行った"ディスタフ"を10とすれば、今の状態は8程度だろう。同格との決め手勝負では負けるかもしれないが、それよりは当日に向け残った疲労を出し切ることを優先した』

『極端なロングスパートを止めたいのもそのためだ。無理な展開に巻き込まれて、限界を超えた酷使の末に壊れるお前は見たくない』

 

「話を額面通りに受け取るとすれば、怪我をするくらいなら負けろ、というのですね」 『そうだ』

 

 

 

「…半年前の私であれば、腑抜けた発言をするあなたを(のの)しっていたでしょう」

 

 


 

──…前半1000メートル通過して1分1秒2、単独で逃げている割には遅いペースになりました…

 

 

 

 

昨年の"JBCクラシック"でお姉様とロッキーがレースを引っ張っていた時のタイムは、前半58秒。

 

まずい。違和感の正体は極端なスローペースだったのか。

 

先頭を走っている姐さんが、1000mすら走れない程消耗しているのか!?違う!

それであれば、2番手集団と未だ5バ身差離れている理由が一切説明付けられない!

 

 

 

スローペースになるように仕向けているのが、先頭ではなく、2番手集団にあるとしたら…!?

 



 

ロッキーがハイペースでの逃げを選択すること。お姉様が程度の差はあれど能力に衰えが来ていること。

私以外の出走メンバーにも、両者の情報はある程度知れ渡っているでしょう。

 


 

そしてレースが始まり、お姉様が大逃げを見せます。

 

これに対し、他のメンバーも多少なりとも驚きはあったでしょう。しかし彼女(お姉様)は前走決め手勝負で負けたのではなく、スタミナ切れが原因で下位に沈んだウマ娘。

"後半どこかのタイミングで推進力を失い垂れてくる"という(あなど)りが生まれたかもしれません。

 

それであれば前方集団は"大逃げ(お姉様)を追うのは損、極力スタミナを残して後半の決め手勝負に持ち込む"という考えに至るのは自然な考え。

 

 

そしてロッキンバルボアは、逃げ集団の外… それも、通常であればスパートを掛けて外から(まく)るような位置を走り続けています。

道中であってもこれだけ外を回っているのは、おそらく彼女の弱点である並ばれての競り合いを極力避け、同時に逃げ集団以外が外から競り合うことも避けるため。

 


 

"前のお姉様を追うのは損" "外からロッキーを追い抜くのも損" …

 

待ちに徹するのが最善と逃げ集団に誤認させたことで、それに付き従う私達後方集団も控えざるを得なくなったのだ。

 


 

周囲にハイペースと誤認させた先頭のお姉様は、スタートから先頭に立つまでの消耗があったにしても、結果的にスタミナ消費は大幅に抑えている。

それであれば、残り半分をスパートできるだけの末脚は十分残っているはず。

 

そしてロッキーは、先頭のお姉様と約7バ身差。意図的にコースの外を進んでいるため、競り合いのストレスは全くない。

外回りの消耗こそあるだろうが、今の彼女は1分3秒を超える超スローペースで先頭に居るのとさほど変わらない状態だ。

 

 

 

(たばか)られた────!

 

 

 



 

想像以上のスローペースであったことにはロッキーを除く誰もが気づいていなかった様子で、前のバ群からも耳をしきりに動かす様子から、少なからず動揺が見て取れます。

 

私のすぐ目の前にいる集団は、前半のタイムのアナウンスを聞くなり一斉にペースを上げ始めます。

ロッキーを含む逃げ集団も中団以降の追い上げに気付いたか徐々に足取りを早め、先頭のお姉様に近づき始めました。

 

そして… 私を徹底的にマークしていたジゴワットさんも()れたらしく中団に進出。

カクシケンさんもジゴワットさんをゆっくり追うそぶりを見せつつ、進路の確保を行うと同時に私へプレッシャーを掛け始めました、

 

カクシケンさんの末脚は…上がり1ハロン(最後の200m)だけを見れば私と同レベル。

本来のプランであれば、前の集団が詰まってきたところで外からの捲りを狙っていたのでしょう。

此処でなるべく体力は消耗したくないでしょうが、"早く仕掛けないと共倒れだ"と言わんばかりに、私を牽制(けんせい)します。

 

 

またしても予定が大幅に狂った。

第三コーナーが近づく。中団はコーナーでの抜き去りを狙うべく横に広がりはじめたことで、私の進路も(ふさ)がれつつある。

 

これでは600どころか、残り800メートルからのロングスパートでも追い付かないのではないか…!?

 

しかし、今のうちにピッチ走法で(足の回転数を上げて)集団を抜けておかないと、ストライド走法に切り替えて(  最終直線で歩幅を稼いで  )抜き去ることもできない!

 

 

 

前方は足取りを早める。

幾ら末脚の差があっても、これ以上離されるのは避けなければならない。

 

 

 

残りは900メートルほど… 多少最終直線で垂れることになっても今スパートを掛けるしかない。

お姉様の末脚がどれだけ残っているかはわからないが、少なくともロッキーと並んでの追い比べであれば此方に分がある。

外回り約480メートルの大井の比較的長い直線で競り合いに持ち込めれば、あるいは。

 


 

 

一瞬意識を眼下にやり、スパート前の足取りを確認する。

進出するための進路を頭の中で夢想し、足取りと呼吸を併せる。

 

 

二番手の猛追から必死に耐えるお姉様が、残り800の標識を通過する。

 

 

…もうこれ以上控えると、抜け出しは困難だ。行くしかない。

 

 

 

 

私はロングスパートのための一歩目を踏み出────


──した刹那、"挑戦者"が此方を一瞬、横目で振り返る。

 

 

 

振り返った挑戦者の瞳に宿るのは、(かつ)ての私に喰って掛ろうとしたような、虎の様な瞳(Eye Of The Tiger)

 

 

文字通り虎視眈々(こしたんたん)チャンピオンの仕掛けを待ち望んでいた挑戦者は、流し目を進路の正面に戻すと、温存していた脚を一気に解放した。

 

 

 

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