最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】   作:兄萬亭楽丸

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Gonna Fly Now - 飛び立つ時は来た

 

 

──なあ三木、"兵庫ジュニア"行くんやろ?うちのワザーヒースクリフ、随伴(ずいはん)させてくれや。

「はぁ…。多分申請すれば大丈夫と思うんですが、どうしてですか?」

 

──まあ応援に(かこつ)けて園田でタダ酒呑みたいからやけど…それは冗談でな、お前も担当の子も、初めての遠征やけ心配でしょうがないんよ。外泊、初めてのグレード付重賞、うちとは比べもんにならん大量の知らん客。緊張で万一何かあった時が怖いけん、ワザーはセラピー役や。むさい男トレーナーよりは同い年の学友の方がええやろうて…

 

 

 


 

 

 

──世界を制した聖母か、下の世代が下剋上を果たすか、地方から大器が名を上げるか!

 ──ローカルシリーズ、今年最後のG1レース総決算"東京大賞典" …スタートしました!

 

 

 


 

 

 

(わたし)は先頭に立つ黒一色の勝負服を追いながら、西都レース場に来てからのことを思い返していた。

 

 

 


 

人、お金、才能… それらは皆、どうしても多いところに集まる。

関東に拠点を構えるトレセン学園には日本全国から数えきれないほどのウマ娘が集まってきて、しのぎを削りあう。

ローカルシリーズも同じように、実力の高いウマ娘はみんな大井、川崎… 南関東(ナンカン)のレース場、学園に集中する。

 

 

 

でも私はトレセン学園でも南関東でもなく、九州の片田舎の出身・所属という看板を背負い、勝負服をまとってこの場を走っている。

 

 

 

(わたし)には夢がある。

 

九州の片田舎… 西都レース場出身のウマ娘である私が、中央のウマ娘をG1で倒すという…夢。

 


 

 

オグリキャップさんは、私の憧れるウマ娘の一人だ。

 

出身地のカサマツレース場は、トレセン学園や南関東ローカルと比べればお世辞にも設備の充実しているレース場とはいえない。

それでも天性の才能でカサマツを飛び出してトゥインクルシリーズに移籍、数々のライバルと争い、複数のG1を取った。

トゥインクルシリーズを退いた今も"オグリキャップ"の名を知らないウマ娘関係者はいないし、彼女の強さにあやかろうして、出身のカサマツレース場を選ぶ子もいるらしい。

 

 

 

小学校時代。私の今の所属…西都レース場と提携しているレースクラブ*1に所属していた。

 

地元では最速だった。

クラブの先生にはいつも褒められていたし、友達もたくさんいた。

自宅には、毎年何かしらのトロフィーが増えていった。

 

6年生になった。クラブの先生に『トレセン学園を受験してみないか』と勧められた。

先生は私の能力であればローカルシリーズではなく、トゥインクルシリーズでも通用すると思ってくれたのだ。

 

夏休みを使って、家族と一緒にトレセン学園の見学にも行った。

 

西都レース場の何倍も広い校舎、複数あるトレーニングコースで走る先輩ウマ娘の皆さん、食堂の豊富なメニュー…

トレセン学園の練習環境は明らかに私がこれまで想像していたものの遥か上を超えていた。

どのような学生生活を送るのだろうと、入学した後の姿を夢想したこともあった。

 

 

 

それでも私は結局……地元、西都に入学を決めた。

家はさほど裕福でないから学費で苦労をかけたくなかったのも、少しあった。

 

 

 

でも本当は、トレセン学園で学生生活を行うことの、怖さが(まさ)った。

 


 

私は人見知りだった。

 

トレセン学園は全寮制(ぜんりょーせい)の学校だ。当然ながら家族なんて付いてくるはずがないし、一人で上京することになる。

田舎者の私には、知らないウマ娘、知らない先生……知らない人が沢山居る環境が恐ろしくてたまらなかった。

 

仮に入学しても、トレセン学園には小学校やクラブの友達は誰も居ない。

寮は二人部屋だけど、同室の子と仲良くなれなかったら一体誰に相談すれば?

第一、九州の田舎から出てきた子を歓迎してくれるのだろうか?

 

……想像すると、たまらなく怖かった。

家族に甘えっきりな生活を過ごしていた私は、寮生活そのものとの相性が悪かったのだ。

 

知らない都会に放り込まれて、友人関係を一から作り、勉強もそこそこに頑張って、レースで結果を残す………

それらを全部こなせる自分が、想像できなかった。

 


 

結局私は西都レース場を選択し、ローカルシリーズ所属ウマ娘としての生活が始まった。

クラブで一緒に走った仲間も何人かは西都に進学してきた。

同じ全寮制でも頼れる友達が(そば)にいる安心感があった。

 

 

 

でも、私は一つ大きな思い違いをしていた。

大好きなクラブの先生は学園に居ないのだ。

当時の私は、クラブの先生は学園のトレーナーを兼任しているものだと勘違いしており、入学した後は新たにトレーナーと契約する必要があることを知らなかった。

 

 

 

とっても失礼なことだとはわかっているけど、西都レース場のトレーナーは皆、私にとっては"知らない大人"だった。

知らない大人から誘いを受けるのが怖かった。それどころか、声を掛けられることすら怖かった。

 

ましてやこんな状態で、知らない大人と二人三脚(ににんさんきゃく)で、目標を目指す姿など想像もできなかった。

 

クラブの仲間は入学して程なく、それぞれのトレーナーと契約して、チームに入った。

私以外の仲間がトレーナー契約を結んてからもスカウトは引き続き来ていたし、仲間からも誘いがあった。

 

 

 

ある程度経ってトレーナーと話す機会が多くなると、ようやく目を見て会話ができるようになった。

 

"今からこのチームに入る、と言ったら、他のスカウトしてくれたトレーナーに怒られるんじゃないか"

逆に沢山のトレーナーからスカウトが来たことが(あだ)となって、新しい問題が発生していた。

 

怖くて、誰にも返事ができなくなった。

 

季節は既に夏。

既に私と共に入学した友達のうち、本格化が早い子はメイクデビューを迎えようとしていた。

 


 

そうして、秋が来た。

 

──………トレーナー殆ど歳いっとるんは事実やし、うちらが怖いんも分かる。でも姉ちゃんが強いのはみーんな知っとるけ。"チャップマン"とか"ペイリン"*2の子と練習する分は見ないふりしとくけん、いつでも遊びに来いの。契約の枠も開けとくけん、姉ちゃんの気が向くんも待っとるけぇの。

 

──……まあウチんとこやなくてもええから、なるべく早う踏ん切りつけて、信頼できるトレーナー見つけりぃな。姉ちゃんくらい早い子が"ダービー"獲るの、みんな待っとるけんの。

 

あるチームのトレーナーが、チームの合同練習に出入りすることを許してくれた。

 

…後からいろんな人から話を聞いて知ったことだけど、チームとは無関係な立場の私が合同練習中に怪我をした場合、契約(けーやく)を結んでいない私の責任を取るトレーナーがいないので色々面倒なことになるそうだ。

本当に、温情を受けての措置(そち)だったらしい。

 

 

 

勿論(もちろん)、個別での指導を受けることはなかった。

実戦に近い競走をする際、私は正規チームのメンバーとは離れた場所を走っていた。

 

最初はチームメンバーの視界に入ることが恥ずかしく、後ろを走っていた。でも、それだと抜き去るなどした際に迷惑をかけてしまう。 

皆に余計な迷惑をかけないように、前を、大外を、走ることを選んだ。

 

 

 

逃げでの走り方と、外から回るスパートのやり方は自然に身についた。

 

 

 

いくら合同練習への出入りが許されても、トレーナーと契約していない私がレースに出ることはできない事には、変わりがない。

そのうち、レース開催日は部屋に籠るようになった。既にデビューしている仲間たちを見て、余計な嫉妬をしそうになっていたからだ。

 


 

年が明けて、春が来た。

 

 

 

「…少し、お話しても大丈夫かな?ゴールドウェルレーシングクラブに居たんだってね」

 

久々にスカウトに来た人物は、今まで見たことのない顔だった。

それもそうだ。学園に新入生が入ってきたように、トレーナーも年ごとに新しく入ってくるからだ。

 

新入生が入ったし、いい加減私もスカウトを受けるべきなのだろう… 

そうは思っても、見知らぬ大人に対してどう受け答えをすればいいのかが未だにわからない。

また思考が堂々巡りになる。

 

 

 

「秋に実習でクラブに勤めた時、先生から君の話を聞いたんだ。とても速くて、思いやりのある子だと。でも、未だにトレーナー契約をしていないことを心配していた」

「先生は、君のデビューを今でも心待ちにしている。自分と契約する必要はないけど、話だけでも、聞いてくれないかな?」

 

 

 

…先生の事を知っていることに、少し興味がわいた。

大好きだった先生の話を聞きたい興味が、知らない大人に対する恐怖心を、ほんの少し上回った。

 

 

 

「名前は三木(みき)。今年ローカルトレーナー試験を合格したばかりの新人トレーナーだ」

 

数週間後、私はこの人とトレーナー契約を交わすことになった。

 

 


 

 

 

──第一コーナー回って先頭逃げを打ったラストスタンディン、およそ6バ身後方ロッキンバルボア、すぐ後ろワイズアキンボとポポフェロヴィア、中団から抜けたアトキンソンも取り付くでしょうか…

 ──…最後方に控えるのが王者マリアークラレンス、少し前の外ジゴワットとカクシケンが不気味に息を潜めています…

 

 

 


 

 

友達とは一年遅れになってしまったが、無事ローカルシリーズデビューを果たした。

 

メイクデビューは1200メートルを6バ身差で圧倒すると、次走の距離を1600まで伸ばしても逃げ切り完勝。

少なくともこの時、西都レース場には敵はいなかった。

 

 

 

「西都のジュニア重賞を目標にしていたが… これならより高みを目指せる。今の状態ならG1に行けるかもしれない」

 

トレーナーの出走計画にあったのは年末のダートジュニアG1"全日本ジュニア優駿"。

ジュニア級にして、いきなり念願のG1に出走できる可能性が出てきた。

"G1"の文字が出てきたとき、私はとてつもない興奮を覚えていた。

 

「ただその前に、ステップレースでいくつか試さなければならないことがある」

 

次走として提案されたのはG3"JBCジュニア優駿"と、G2"兵庫ジュニアグランプリ"の2つ。

 

"全日本"の前にレースを挟む理由は二つ。地方レース場所属者の出走枠が9名分*3しかなく、出走のためには優先出走権を得られるステップレースを勝っておくのが確実であること。

そして、前々から不安に思われていた、大舞台への適性。

 


 

『………手が震えてるわね〜、でも、だいじょうぶ〜。お客さんはみんなカボチャ、一緒に走る相手は…わたしよりは強いかもしれないけど、普段通り走れば大丈夫だからね〜?』

 

 

 

…結果として、私は"兵庫ジュニアグランプリ"に出走することになり、能力の差で押し切った。

同時に、大舞台への適性がないことを身をもって思い知らされた。

 

 

 


 

「よく頑張ったな!!    …きっと来月の"全日本ジュニア優駿"も…」

「でも… …インタビューは代わりに出たほうがいいか… …ワザーさんは着替えを手伝って… 」

 


 

──三木な、バルボアはホントようやっとるわ。でもこの感じだと"ジュニア優駿"はやめさせたがええ。

 

──判らんのか三木!?お前、阿呆たれが!お前ん担当の子見とらんかったんか!?

 

──パドックではスタッフの指示が聴こえんくらい緊張して、ゲート入りも指示あるまで棒立ち!

 ──終いにはコーナー!歓声に驚いて一瞬ふらついて、あわや内の子にぶつかりかけとる!

 

──重賞でこれで、このまま関東のG1出して仮に怪我とかされてん!?お前責任とれんとわかっとるんか!?

 

 

 

『………トレーナーさ~ん、あんまり怒らないでくださ~い。向こうでびっくりして泣いちゃってるから…』

 

──…!ごめん、ごめんな…びっくりさしてな…おっちゃんが悪かったわ……

 


 

知らないレース場、いつもとは違うパドック、西都とは比べ物にならない沢山の観客、日本全国からやって来た沢山のライバル…

 

西都レース場だけにとどまらない、世界の広さを知った。

 

 

 

でも、トレセン学園入りを(こば)むほどの人見知りだった私には負担が大きすぎた。

レース前から緊張の末、極限状態にあったメンタルは限界を迎えた。

 

優先出走権は得たものの、"全日本ジュニア優駿"への出走計画は立ち消えとなった。*4

 

 

 

 


 

 

 

──2番手変わって僅かに内のワイズアキンボ、ポポフェロヴィア番手を譲って下がって外アトキンソン、ロッキンバルボアは引き続き外をキープ…

 ──中団が徐々に押し上がり8名一団、マリアークラレンス以下後方3名も差を詰めています…

 

 

 


 

 

年が明け、春が来た。姐さんがやって来た。

 

最初に見たときは、仕事でグラウンドの整地をしていた。ウマ娘にしては比較的高い身長と、死んだような瞳。職員の割には威圧感があると思った。

姐さんが実際にレースに出るのを見て、少し印象が変わった。 完勝だったし、最終直線になるまである程度力を抑えていた。

 

なんでこんなとんでもない重賞ウマ娘が、こんなところに来たのだろう、そう思ってしまった。

 

 

 

戦績を見た。トレーナーと一緒に"弥生賞"のレースを見た。

最後に姐さんが差し切ったのは、後のダービーウマ娘。

そして一緒に練習をすることになり、年齢の関係で移籍したという事情を聴かされた。

 

 

 

 

いつしか、姐さんは私の憧れになった。

 


 

当時の私はクラシック級なので、姐さんと直接走るのは夏の"サマーレジェンドカップ"まで待つ必要がある。

その前に私は"西都皐月賞"、"西都ダービー"を勝った。精神面も落ち着いたということで、"ジャパンダートダービー"への出走も認められた。

 

 

 

──バルボア逃げる!マリアークラレンス猛追!三バ身、一バ身、バルボア耐える!わずかにバルボア耐えるか!

 ──いや、差し切った!差し切った!!マリアークラレンスだ!!!とんでもない末脚!!!"ジャパンダートダービー"制覇!!!

 

 

 

 

──リプレイをご覧いただいています、マリアークラレンスのゴール直前にロッキンバルボアと少し肩がぶつかっているようですが……

 ──今"審議"のランプが灯りました、マリアークラレンスが追い越す際、斜め前方を走っていたロッキンバルボアが外にヨれたことが斜行・意図的かつ危険な進路妨害ではないかということで、協議が行われているようです…

 

 

 

"ジャパンダートダービー"、"JBCクラシック"。どちらも、マリアークラレンスの前に屈した。

 

悔しさはあった。特に"JBCクラシック"では、クラレンスやいろんな方に迷惑をかけてしまった。

それでも、ジュニア級の頃は意識するどころではなかった中央の強豪たちを意識し始めて、去年以上に世界が広くなるのを感じた。

同時に、西都レース場の"生え抜き"としてなんとしても皆を倒したい、という気持ちが湧いた。

 


 

 

──第三コーナー曲がり未だロッキンバルボア先頭、すぐ後方ラストスタンディン、3番手集団3バ身から2バ身半に差を詰めてきましたが…まだ先頭はバルボアだ!

 ──大きくカーブしたロッキンバルボア、外ラストスタンディン並びかける!後続捕まえられるか!?双方既に逃げ切り体制に入っている!

 

 

"帝王賞"。二人で大外を逃げて、クラレンスの進路を封じる作戦は巧くいった。

後は私と姐さん、二人の勝負だった。

 

 

──ラストスタンディンが前だ!ラストスタンディン!ラストスタンディンが!そのまま!逃げ切った!!!

 ──ラストスタンディン、"帝王賞"制覇!!世代最後の希望が、G1タイトルをついに射止めました!!!

 

 

姐さんのラスト1ハロンのタイムは10秒台。左脚を痛めていたのにそれを感じさせないほどの、神がかり的な加速の前に屈した。

怪我をしたから姐さんは満足していないかもしれないけど、西都レース場から久々のG1ウマ娘が誕生したことは本当によかった。嬉しかった。

 

 

 

でも結局姐さんは“元中央”なのであって、私が"中央"に負けたという事実に変わりはなかった。

 

それでも、自分の実力を疑ってはいなかった。

いつかはクラレンスを、姐さんを超える日が来るって。

 

そう、思っていた。

 


 

 

 

『"東京大賞典"を最後に、現役を退くことを考えています』

 

 

 

 


 

 

 

──…前半1000メートル通過して1分1秒2、単独で逃げている割には遅いペースになりました…

 

 

 


 

 

『さて、次走"東京大賞典"ですが』

 

『クラレンスさんと直接対決した"JDD(ジャパンダートダービー)"と去年の"JBCクラシック"、スタンさんが勝った"帝王賞"、三戦とも敗因は競り合いからくる心因的なものでしょう。しかし三戦ともスタミナには充分余裕があった。その上、前半1000メートルをハイペースで飛ばしていながら最終直線で再度加速できるだけの回復力がある』

 

『今日、スタンさんを抜いて3人でミーティングの場を設けたのは、貴女に少々辛い役目を押し付けることになるからです。スタンさんを助けるため、スローペースでの逃げの練習をしていただきます』

 


 

『…このように、前半を1分超のスローペースに落とすことができれば、スタンさんにも勝機はあります。無論、外に控えている貴女にも』

 

『スパートを掛ける時おそらく争うことになるのは、逃げ集団の内側を駆けている方。そして貴女の後方でマークし、仕掛けを待っている方』

『問題は後者です。スタミナが温存されるのは皆同じ。勢いを借りて後方からにじり寄られ、横に並ばれることは避けたいです』

 

 

 

『一度スパートを掛けたのであれば、(かえり)みることなく振り切りなさい。コーナーで並ばれそうであれば、外ラチに振っても構いません』

 

 


 

 

 

──ここで遅いと見たか、大外ジゴワットが仕掛けました!

 ──ジゴワットに反応し中団も一斉にスピードを上げていきます!先頭ラストスタンディンまでは4バ身差!

 

 

 


 

 

"もしさ、もしも姐さんが今日勝ったらさ!引退の撤回(テッカイ)とか、しないかな…!

 

「…………」

 

“あ!そうだね!そうだよね!私が勝たなきゃダメだよね!で、私が勝ってさ、姐さんに引退撤回してもらうように………”

 

 

 

 

 

「…これは、俺の独り言だ」

 

「姐さんは自分の限界を知っていて、2000メートルを走れる体力が無いとおそらく悟っている。そして、代表はそれを判ったうえで、姐さんに大逃げをさせる」

「当然、双方勝利を掴むために全力を尽くしている。でも、心のどこかでは勝利を諦めていて、俺達を勝たせるためのお膳立てをしている」

 

「もう、姐さんにG1レースを走るだけの気力は、残っていない」

 

 

 

 

 

「…二人で最終直線を争えれば、それが一番いい。だが姐さんの大逃げは、半ば自暴自棄(じぼうじき)だ」

 

「スローペースの偽装を看破(かんぱ)されれば姐さんは抜かされ、そのまま沈む。上手くいったとしても、姐さんが最終直線を先頭で走り切る保証は、ない」

 

「どちらにしても… 姐さんは俺たちのためにお膳立てをしてくれているんだ。クラレンス・ジゴワット、数多(あまた)のG1ウマ娘を超える他に、姐さんの努力が報われることはない」

 

 

 

 

 

お前が"最後の希望(Last Stainding)"になるんだ

 

 

 

 

 

 


 

 

姐さんの大逃げ偽装は無事成功した。慣れない場所を走る私の気は張っていたが、今のところは脚の疲れは一切ない。

先頭の姐さんはまもなく第三コーナーに差し掛かろうとしている。最後方のクラレンスも、残り1000メートルのハロン棒を通過したころだろう。

 

聞き耳を立て、後方の足取りを確認する。この一か月で姐さんが(イチ)から仕込んでくれた。

 

地方のライバル、ジゴワット先輩が大外から上がってきて、中団の外で控えた。

仮にスパートを掛けるとしたら、私の後ろを目掛けてくるのは彼女かもしれない。

 

そしてその少し後ろ、何度でも聞いた、あの憎らしいクラレンスの足取りが変わろうとしていた。

クラレンスの足音を聴いてスパートを判別する手段、これも姐さんが教えてくれた。

 

確認のため、一瞬、後方を目視する。チャンピオンと目が合う。

チャンピオンの顔つきは一切変わらず、足を小刻みに動かす方式でのスパートを開始した。

 

 

 

 

 

私は"挑戦者"

 

私の名前は、ロッキンバルボア( Rock’in Balboa )

 

 

 

 

行くよ、姐さん。

 

*1
幼児~小学生を対象とした、レース等に向けた身体づくりを目的とするクラブ団体。著名な所ではサクラバクシンオーなどが所属していた「ヴィクトリー倶楽部」がある。

*2
いずれも西都レース場在籍のウマ娘が多数所属するチームの一つ。「閑話:徒弟制度」も参照。

*3
URA出身の出走枠は5名。また、地方出身者9名中3名は南関東ローカルシリーズ出身ウマ娘の枠になる為、西都レース場出身のウマ娘は6枠の中で出走資格を争うことになる。

*4
ちなみに、この時の全日本ジュニア優駿を勝ったのがチョコファクトリーである。


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