最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】   作:兄萬亭楽丸

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■引退までにしたい幾つかのこと
とあるベテランウマ娘の終活


 

練習場で、初日の出を見た。

 

衰えに負けたベテランG1ウマ娘・偉業を成し遂げた泣き虫G1ウマ娘。

いずれにも新年は平等にやって来た。

 


 


 

──スタジオの皆さーん!あけましておめでとうございます!私はローカルシリーズ開催地の一つである西都レース場の、普段学生しか出入りできないグラウンドの方にお邪魔しておりますー!おや?向こうの方でウマ娘の方が練習されていますが、ちょっとインタビューしてみましょう!こんにちはー!

 

『こ、こんにちわー!』

 

──そういう訳でですね!本日は先週のG1"東京大賞典"を勝った、ロッキンバルボアさんにお話を伺います!よろしくお願いしますね!

 


 

──番組スタッフを悠々突き放してゴールイン!流石G1ウマ娘の脚力ですね!?それでは最後にロッキーさん、告知をお願いします!

 

『え、えーっと、西都レース場では、私のような未来のG1ウマ娘をめざし、沢山の生徒がトレーニングを頑張ってます!明日開催のメインレース"初夢ユースカップ"では"西都ダービー"を目指すクラシック候補生たちが激突します!未来のG1ウマ娘を探しに、西都レース場にあしュをはこんでくださゃい!お待ちしています!』

 

──ありがとうございましたー!九州からローカルシリーズの新時代を切り開く、西都レース場からお送りしました!

 

 

 

──…………はい、中継終わりました!ありがとうございました!!

 

『……最後の説明噛んだ。もーやだ引退する』

『クラレンスが"G1ウマ娘には責任が生まれる"って言ってただろ、諦めろ』

 


 

カメラの外で待機していた私は撮影スタッフを次のロケ地に案内し、バルボアが走った砂地を軽く(なら)す。

仕事量としては普段よりはるかに楽ではあるが、長時間にわたる何もしなくていいタイプの拘束は寒いばかりで、正直苦痛である。

 

 

 

"東京大賞典"から一週間足らずだというのに、バルボアの元には半年前の私を優に越すほどの取材依頼が飛び込んでいる。

私への取材依頼が途絶えたわけではないが、皆の注目を集める広告塔としての立場は私からバルボアに移りつつある。

 

彼女の能力であれば中央に移籍してもよかったはずなのにあえて地元に残り、偉業を成し遂げた…

地元で生まれ育った彼女が私以上に持て(はや)されるのは当然の帰結である。

 

一抹(いちまつ)の寂しさこそ感じるが、これが本来あるべき姿なのだろう。

 


 

さて、私の引退に関する情報は社内にも共有されることになり、併せて私の最後の花道・それ以降に関する打ち合わせも始まった。

前々から代表退職後の人事についても話が進められていたらしく、打ち合わせの場で次期代表とも顔を合わせることになった。

 

次期代表は私を現職の警備担当から営業・広報担当に配置換えさせたいようだ。

今の警備業は多少持て余すこともあるが気に入っているし、また一から業務を覚え直すのはこれまた忌避感(きひかん)がある。

しかしG1を獲るほどのウマ娘がレースを引退し職務に専念できるようになる以上、今より表立ったところで仕事をさせたいというのは経営側からすれば自然な考えだろう。

(現状でもレース警備中に話しかけられたり写真を撮られることがあるため、本来の警備の役割を果たせないのでは?と思っていたところだ)

 

 

 

閑話休題(かんわきゅうだい)

打ち合わせの際真っ先に議題に上がったのは、私の引退セレモニーを開くことについての許可だった。代表の退職式との同時開催にはなるが、ライブを交えるなどセレモニーに関しては全力で送り出してもらえるとのことだ。

 

思い返すのは、同僚ミス・ダービー(ゴーンザウインド)の引退セレモニー。

G1戦線の先頭に立ち続けた彼女は、満員の東京レース場で、名だたる後輩G1ウマ娘達をバックダンサーにして最後のライブを行った。

当時現役真っただ中だった私はビデオメッセージでの出演に留めていたが、セレモニーの様子はネット中継で見た。壮観であった。

 

流石にG1レース4勝の彼女ほどのセレモニーができるとは思っていないが、正直、私には余りあるほどの名誉。何より代表、そして…長年お世話になったトレーナーの前で、再び勝負服を(まと)ってライブができるのだ。

 

"帝王賞"の、決して完全ではなかったウイニングライブ。その場で皆に表明した、二度目のライブの約束。(いびつ)ながらもその約束を果たすことができる。

断る理由はなかった。

 

「それでは、引退発表は次々回の開催日… 丁度バルボアさんが"フェブラリー(ステークス)"に出られる日で調整しましょう」

 


 

「それと……… "東京大賞典"で燃え尽きている中、レースの出走を提案するのは大変心苦しいのですが………」

 

 

 

代表が出走を提案したのは、2月最終週の開催、メインレースである"西都皐月賞"の次に行われる最終レース"殿春賞(でんしゅんしょう)"*1

 

独自グレード重賞の対象でもない、私がここまで走ったレースと比べれば遥かに格の低い競争で、G1ウマ娘の引退レースとしては物悲しいものかもしれない。

 

ただしレースの格に関しては大した問題ではなく、観客・スポンサー企業のために目の前で走る姿を見せる営業活動としての役割のほうがはるかに大きい。

それに"東京大賞典"の大敗…それもただの大敗ではなく、私が本意で走ったわけではない大逃げがラストランになるのは可哀想だ、という代表の配慮もあった。

 


 

うまとめ@トゥインクルシリーズ情報

@umatome_twinkles

沙・リヤドで開催されるサウジカップに出走するウマ娘が確定。今週末日本を発ち、現地調整を進める。

タンホイザーゲート(主な勝ち鞍:JDD)

チョコファクトリー(主な勝ち鞍:全日本ジュニア優駿、かしわ記念)

スーパーサイドミー(主な勝ち鞍:南部杯)

優先出走権*2を得ていたマリアークラレンスは出走を取り下げた。

 

『月刊トゥインクルのインタビューも見る限り、クラレンスは3月のドバイ一本に絞るようだな』

『クラレンスにも直接電話で聴いた。年末の連闘疲れが()を引いてるって言ってた』

 

『…あれ?そうなると来週の"フェブラリーS"予想メンバー、G1取ってるの私だけにならない?』

『そうだな… 南関東ローカルのG1級は皆"川崎記念"に流れたからな』

 

一夜にして地方レース場の英雄となったロッキンバルボアは"フェブラリーS"を選択。

"東京大賞典"等で共に戦ったメンバーの殆どが出走しないこともあり、事前予想では一番人気に推されているようだ。

 


 

有力ウマ娘の分散、という問題がある。

 

 

 

クラシック戦線を勝ち上がった超一流のウマ娘は、"凱旋門賞"の夢を見るためにしばしば欧州遠征を選択する。

しかしながら10月頭開催の同レースに出走する場合、検疫(けんえき)に伴う調整の関係で同月末の"天皇賞・秋"に出走することは困難を極める。

結果として凱旋門賞を選択するほどの強いウマ娘が天皇賞に出ることはなく、その分強いウマ娘の出走枠が開くことになる。*3

 

同様にダート方面の超一流ウマ娘はサウジアラビア(サウジカップ)3月末のドバイ(ドバイワールドカップ)が選択肢に入るようになるが、当然ながらサウジアラビア遠征と"フェブラリーS"への出走は両立できず、またその2週間前には川崎レース場で"川崎記念"も行われる。

ダートの一流ウマ娘からすれば開催地は違えど2週間間隔で似た路線のG1レースが3つ用意されていることになり、結果としてレース出走ウマ娘の分散が起きるわけだ。

 


 

週末が近づく。"フェブラリーS"関連番組の出演の為、バルボアと担当は普段より早く現地入りすることになった。

 

"フェブラリーS"開催日は西都レース場でもレースが組まれているものの、プログラムとしては重賞レースもない小規模なものだ。

13時には全レースも終わる予定で、その後に開催を告知していた会見で私は引退を公式に宣言する… そういった算段であった。

 

 

 

…のだが、前日夜の強風、さらには雨交じりの雪が降り続く。当日朝の西都レース場のバ場コンディションは最悪の一言。

果ては機材も(みぞれ)にまみれる有様で、正常な運営すら不可能な状態だ。

結果として、レース開始を2時間ほど遅らせることになった。

 

レース場・催事ブースを出入りし、雪と泥に(まみ)れ、雪を掻き出し、泥を()く。

本日は会見まで待機を命じられていたが、、何かしら手を動かしたかった。

 

 

 

「スタンさんも早朝からの急な対応、本当にありがとうございました。引退会見ですが、14時開始の予定を16時30分に変更いたします。それまでは休息していただいて大丈夫ですよ」

会見開始時刻がだいぶ後ろ倒しになったので、食堂で昼食をとることにした。時間的にも、バルボアのレースを見てから着替えても十分余裕があるだろう。

 

…そういえば、バルボア陣営にも会見の延期を伝えておくべきだろうか。

 

「そうでした。今はまだ勝負服に着替える前ですし、連絡しても問題ないでしょう」

 

 

 

 

 

「電話、つながりませんね… 三木さん(担当)、レース場に着いてからは律儀にマナーモードにされるタイプですから…」

 

LANEを送っても、バルボア・担当いずれにも「既読」表示は付かない。レース情報を見る限り、何かしらのトラブルに見舞われている様子もない。

多少心配ではあったものの、レース前の作戦会議が長引いてて電話対応どころではない… そう結論付けることにした。

 


 

私達の心配を他所に、"フェブラリーS"でのバルボアは素晴らしい走りをしてくれた。

 

私を含めG1ウマ娘が9人いた"東京大賞典"からメンバーの格落ち感があったことは確かだ。

しかし苦手な内枠・左回りというハンデがあっても尚、最後まで後続を寄せ付けなかった。

 

 

──ロッキンバルボア、"東京大賞典"に続きG1連勝!またもや地方の英雄が名声(メイセイ)を轟かせました!

 

 

最終的には2着以下を2バ身離しての勝利。あっという間に2つ目のG1タイトルを手にしたのだ。

 


 

バルボアは係員に促されると軽く息を整え、ウィナーズサークルの壇上に上がる。

観客の声援にたじろぐ様子などは微塵(みじん)も感じられず、G1ウマ娘としての胆力が備わり始めていることを感じた。

進路妨害の件が尾を引いて縮こまっていた昨年の事を考えればよく成長したものだ。少しばかり、私の瞳が涙で(うる)んだ。

 

 

──改めまして、"フェブラリーステークス"を勝利しましたロッキンバルボアさんです!おめでとうございます!

 

 

『はい!応援ありがとうございます!!!』

 

 

──"東京大賞典"から2か月足らずの挑戦でG1レース2連勝となりましたが、前回(大賞典)から自分の中で変わった点などはありましたか?

 

 

『はい!去年の"東京大賞典"では何もかもが一杯一杯で…でも今日ようやく、自分一人の力で…勿論(モチロン)トレーナーの助けもあるんですけど、最終的には自分だけの力で勝てたので、なんとか

これで引退する姐さんにも胸を張って、姐さんがいなくなっても安心なんだぞって』

 

 

 

引退する姐さんにも胸を張って

 

 

 

引退する姐さんにも胸を張って…

 

 

 

引退する姐さんにも胸を張って…

 

 

 

 

 

私と代表はお互いを見合わせ、少し遅れてからお互いに自分の頭を抱えた。

 

 

 

恐る恐るUmatterを確認すると、「ラストスタンディン引退」の話題で埋め尽くされていた。

再び私は頭を抱えた。(見る限り、結構な層が私の引退をすでに覚悟していたのは不幸中の幸いだろうか…)

 

あと一時間後に会見で話すはずだった内容が、よりによって全国放送・それもG1レース後の勝利インタビューで漏れてしまったのだ。

 


 

おそらく、バルボアは前々から勝利インタビューでこの発言をするつもりだったのだろう。彼女がこの発言をする、と言っていない以上は誰にも止めようがない。

仮に私の引退会見(  14:00頃  )が延期しなかった場合はインタビュー(  15:30頃  )で私の引退に言及しても問題はない。

この場合は私によって既に情報公開がされているからだ。

 

ただ、引退会見延期(  16:30頃  )の報告を二人は見ていない。

(おそらくバルボアが発言する旨も担当は知らなかったものと思われるが)延期の情報が伝わっていればバルボアの発言もなかった… かもしれない*4

 


 

16時30分。私と代表は苦笑い交じりの大変複雑な表情で壇上に上がる。

 

バルボアが口を滑らせた内容は既に伝わっているらしく、記者各人は名残惜しそうな瞳を向けてくれた。

とてつもなく気まずい。そういう顔はせめて私が発表してからにしてほしかったのだが。

 

 

 

"えー…あー……… もう少し(おごそ)かな気持ちで、会見に(のぞ)むつもりでしたが、少し気持ちに整理がつかないことを、お許しください"

"…発表の内容については、先程フェブラリーステークスを勝った偉大な後輩が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です"

"わたくし、ラストスタンディンは、今月末の殿春賞を最後に、ローカルシリーズを引退いたします"

 

 

 

…まあ、こういった締まらない引退会見も私らしい。

終始和やかなムードの中で、会見を終えた。

 

ローカルうまとめ@ローカルシリーズ情報

@local_series_umatome

【おつかれさまでした】 ♯会見直前に情報が漏れたそうですが…

西都レース場所属のラストスタンディンが、本日開催後の会見で引退を表明。

月末のオープンレース"殿春賞"がラストラン、引退式典は4月上旬を予定(本人発表より)

「私の夢は偉大な後輩に託そうと思います。幸せな10年間でした」

同氏は元トレセン学園出身で、昨年のG1"帝王賞"の他、"弥生賞"等重賞を計6勝。

 


 

『淀川代表、姐さ…ラストスタンディンさん… この度は此方の不手際でご迷惑をおかけしました、誠に申し訳ございませんでした』

『申し訳ありませんでした…』

 

レース翌日。テレビ会議から見る担当とバルボアの顔は、とても昨日G1を勝ったものとは思えないほどの土気色(つちけいろ)に染まっていた。

 

仮に予定通り私の引退会見(  14:00頃  )が行われた場合、Umatterなどは当分私の話題で埋め尽くされるであろう。

パドック・出走直前(  15:00頃  )にネットでそういった情報に触れるのは、私の引退に関する気持ちに整理がついているにせよ、悪影響を及ぼす可能性がある。

 

そのため朝からバルボアのスマホを預かり、余計な情報でバルボアを惑わせないために自分(担当)のスマホも隔離(かくり)することでバルボアの気を乱さないようにした… という顛末(てんまつ)である。

笑い話で済む範囲ではあるが、こういった行為から重大なインシデントにつながる可能性もある為、担当がお叱りを受けるのは仕方ないだろう。

 

 

 

ともあれ、引退に向けて一つタスクは終えた。

今月末の引退レース"殿春賞"、4月末の引退セレモニー。後は自分を最高の形で送りだす為、粛々(しゅくしゅく)と準備を進めるだけである。

 

 

 


 

"あとバルボア、勘違いしてそうだから念の為に言うけど、私は引退しても、レース場職員を辞めるわけではないから"

『え!?トレセンに帰るんじゃないの!?』

 

*1
"殿春"は陰暦三月の異称。ちなみに"弥生"賞、"マーチ"ステークスはどちらも陽暦三月の異称から取られたものである。

*2
チャンピオンズカップ勝者にはサウジカップの優先出走権がある。

*3
特に凱旋門賞レベルになると遠征を選択するのは一人どころではないため、出走枠が開きすぎると意外なオープン級ウマ娘が天皇賞に出走したりもする。

*4
隠し事が苦手な子なので、確実にないとは言い切れないのがどうも…




【主なダート戦線の動向】


・川崎記念(G1・川崎レース場開催)
うまとめ@トゥインクルシリーズ情報
@umatome_twinkles
【川崎記念 入線速報】ピースフルガンプ、新シニア世代G1獲得一番乗り!
1着 ピースフルガンプ(URA) 1人気
2着 カクシケン(園田) 6人気
3着 ミラクルオコシヤス(URA) 7人気



・サウジカップ(沙G1・リヤド開催)
うまとめ@トゥインクルシリーズ情報
@umatome_twinkles
【サウジカップ 入線速報】JDD覇者タンホイザーゲート、米ダービーウマ娘に僅かに及ばず
1着 ブラッドレーレガシー(米)
2着 タンホイザーゲート
3着 ボブアンドフェニックス(米)






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