最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】   作:兄萬亭楽丸

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とあるベテランウマ娘の死地

 

引退会見を終えて自室に引き上げると、携帯には大量のメッセージが届いていた。

 

 

帝王賞を勝った時もそうだったが、卒業して疎遠(そえん)になった旧友らも揃って労いの言葉を送っていただいている。

 

こうした言葉自体は大変ありがたいのだが、返信の手間を考えると面倒くさいといった感情が僅かに湧いてくる。ましてや今はメールではなくLANEでやり取りする子が大多数であり、後者には既読機能がある。

思いを込めたメッセージを送ってもらえるのはうれしい、しかしそれに対してなるべく遅れがないように、熱意に応じた返信の文面を考えなければならない。

贅沢(ぜいたく)な悩みだ。

 

差出人:ゴーンザウインド
お疲れ様、辛気臭い話はまた後日。

URAでの引退手続きについて、現トレーナーの方に伝えたいことがあります。

なるべく早く連絡いただけると嬉しいです

 

操作していた手が止まる。私ではなくトレーナー(代表)に用事があるとは珍しい。

…引退ライブを実際にやった彼女のことである、ライブに関して何らかの知見があるのだろうか。

上着を羽織り退勤しようとする代表を呼び止め、二人に電話で話してもらうことにした。

 


 

「なるほど、URA管轄での引退セレモニー…ですか」

『スタンさんは条件を満たしているはずですが、おそらくローカル転属された方にはURAから告知が来ないのではないかと思い連絡させていただきました。仮にURA管轄で行うとすれば、"弥生賞"などで縁深い中山レース場で開催することになるんじゃないかなと思います』

 

ミス・ダービーことゴーンザウインドは、過去に東京レース場での引退セレモニーを行っている。

私の成績であれば、URAからもセレモニーを開く資格が下りるだろうとのことだ。

 

ある程度各地の運営の裁量が通りやすいローカルシリーズとは別に、URAでは引退セレモニーを行うことのできるウマ娘は明確な基準の線引きがある。

条件を端的に述べればURA管轄のG1勝利、もしくはURA管轄の重賞を合計5勝。

 

私が勝った"帝王賞"は大井開催(NAU管轄)のため前者には当てはまらないものの、これまで勝った重賞は"弥生賞"、"新潟記念"、"オールカマー"、トレセン卒業直前の"マーチS"、そして昨年の"東海S"…計5勝。後者の条件を10年弱掛けて満たしている。

 

 

 

「私としては其方(そちら)の提案を認めるわけにいきませんが、決めるのはスタンさん本人ですね。…どうでしょうか?」

 

 

 

確かにURA管轄での引退式であれば、こことは比べ物にならない程の大観客の前で引退ライブが出来る。

またトレセン学園のお膝元である中山で行うとなれば、元トレーナーにとっても大変な名誉になるだろう。

 

…ただ、そこでの引退セレモニーは私が行う目的と矛盾している。

私を見出してくれたトレーナー、拾ってくれた職場に報いるためにも、その選択を獲るわけにはいかない。

私は首を横に振った。

 

『………まあ、そうだろうと思ってたし、少し安心した。恩に報いるタイプだもんね』

 

 

 

『それでは担当トレーナーさん(   代表   )。話は変わりますが、引退セレモニーのバックダンサーに、私が参加することをお許しできないでしょうか』

 


 

翌日。テレビ会議システム経由で、彼女が引退セレモニー会議に加わることになった。

 

『皆様初めまして。この度淀川代表よりライブ監修を任されましたゴーンザウインドと申します。まだ未確定ではありますが、当日はバックダンサーも務められたらと思います。よろしくお願いいたします』

「皆様にご紹介いたしますとウインドさんはスタンさんの元同輩で、現役時代は"日本ダービー"等の芝G1を多数勝たれています。ライブに関しましては私共より一日の長がある方だと思われます」

 

日本ダービー、という単語に対し、他の参加者が一瞬ざわつく。

すでに引退しているとはいえ、まさかダービーウマ娘がこの辺境のイベントに関わるとは誰も思わなかっただろう。

 

さて、引退セレモニーの開催自体は決定事項であるものの、実際に何を行うか、ライブを行うとしてどのような段取りにするか… そういった事項はまだ白紙状態であった。

なにせ辺境の地方レース場であるため、代表含む職員すべてがウイニングライブの施行経験に乏しい。

中央・地方と異なる文化圏での活躍ではあるが、これまで幾度もライブのセンターを張った彼女がアドバイザーに立ってくれるのは、当事者である私としても心強い。

 

『頂いた資料は読ませていただきました。まずお聞きしたいのですが、ライブ出走メンバーは何人で考えられているのでしょう?』

「普段ライブを行うイベントスペースは三人での登壇(とうだん)が前提となってます、URAで行うようなフルゲートでのライブは不可能と思っていいでしょう」

『ほ、ほう… ところで、西都レース場でのG1開催経験は?』

「ゼロですね。一般的にG1で認められる勝負服着用も、重賞級ウマ娘の引退レースでの例外規定のみです」

 

 

 

…逆に、彼女は地方レース場の運営実態に乏しい。ウインドの顔からは軽いカルチャーショックを受けたように感じられる。

此処に関しては()り合わせが必要になるだろう。

 


 

『セトリ… 当日歌唱する楽曲に関しては決まっていますでしょうか?』

「現状はメインレース後にお時間を取る形で話を進めております。 "UNLIMITED IMPACT"以外にも歌える余裕は取れると思います」

 

『これはスタンというより私の我儘(わがまま)なんですけど… 彼女と一度同じセンターに立って、"winning the soul"を歌いたいんです』

 

少し、胸に熱いものがこみ上げる。

昨年ウインドの引退に際して設けられた会談の事を思い出した。

 

 

 

──皐月のウイニングライブ前、二人で『ダービーは絶対にセンターに立つ』って言い合ったんですよ。

 

 

──ダービーも彼女と争うつもりだったんですが… 彼女は最下位でした。

 ──でもあのとき強情(ごうじょう)張って私を祝ってくれたんですよ。

 

 

 

"winning the soul"… 通常は皐月・ダービー・菊花賞のクラシック三冠でしか披露されることのない曲。

振付を思い出せるかという些細(ささい)な問題はあるが、歌いたくないかと言われたら嘘になる。

 

私はダービーでは最下位に終わり、バックダンサーに甘んじた。ダービーを勝ちセンターに立った彼女との約束を果たせなかった。

その後私はクラシック路線に(たもと)(わか)ったため"菊花賞"に出走せず、結果この曲を歌うことはなかった。

 

その時の約束を、彼女もまた(いびつ)ながら叶えてくれようとしているのだ。

 


 

私が興味を帯びたことを見透かしたように、ゴーンザウインドの提案はエスカレートした。

 

『…それに、スタンは地方に移籍してからはずっとダートしか走ってないはずですけど、かれこれ10年近く彼女頑張ってきてるんです。ジュニア級の芝G1も出て、"弥生賞"から皐月、ダービー、その後はマイル・スプリント… "宝塚記念"や秋の"天皇賞"にも出てるんですよ』

『スタンが引退する前にDTL(ドリームトロフィー)辞めた私が言うのもおこがましいんですけど、長年苦しんで苦しんで、それでもG1での栄冠を目指し続けたから今の彼女があると思ってます。ダンス指導計画に関しては私が全責任を負いますので、時間が許す限り、なるべく多くのライブ楽曲を歌えないかと思うのですが…』

 

提案に際し、会議のメンバーからも好意的な声が上がる。

 

 

 

 

 

──…あなたの名前に、まさか運命を感じる日が来るとは思わなかった。

 

──同世代で現役はもうあなた一人、あなたが私の"最後の希望"( Last Stand )なの…

 

 

 

 

 

私はトレーナーと代表に感謝の気持ちを伝えられればそれでいい、その程度に思っていた。

しかし、ウインドは私に最後の希望を託した恩をなんとしても返したいために、わがままを言う役を買って出たようにも思えた。

私を送りだすためであれば自分はいくら犠牲になっても構わない… 彼女からはそんな気概が感じられた。

 


 

「…是非そのように進めたいとは思いますが、各所への調整で確実に実行できるとは限らないことをご理解頂ければと思います。回答まで少しお時間をください」

 

そう。大人の事情というものがある。

楽曲の使用許可、それに伴う費用の発生、時間… 特に夜のライブになる場合は照明や終演時間に関する法令に抵触しないか… その他さまざまな問題がある。

例えダービーウマ娘の提案とはいえど、彼女の提案を実現するための会場面での責任はレース場側にあり、前述の諸問題をクリアしない事には提案を呑むこともできないのだ。

 

 

 

 

 

…結論を申せばウインドのわがままは通ったのが、バックダンサーの不足という新たな問題に直面する。

引退ライブである以上G1ウイニングライブの経験者にバックダンサーを任せたいところだが、西都レース場にはG1経験者が数えるほどにしか居ないのだ。

 

一般競争でも広く歌われる"Make Debut!"はともかく、ダートG1曲"UNLIMITED IMPACT"に参加する資格があるのは極々一部… そしてレース場での歌唱経験がある子となればいつもつるんで()()重賞仲間くらいしかいない。

バルボアは(こころよ)く引き受けてくれたものの、ブラインドフュリーは来月ここを卒業し関東のトレーナー学校に進学する。セレモニーの開催日には既にこの場にはいないのだ。

 


 

『引退ライブは皐月賞の週なんですね… ちょっと、かんがえさせてください…☆』

 

そして、ダートの他にも短距離G1の出走経験のあるデボチカ。

彼女は3月末に出走の予定があるため、今は練習に注力したい事情もあるだろう。

しかしライブ出走を快諾(かいだく)できない理由は別にあるように思える。

 

 

 

デボチカにとってブラインドフュリーは寮の同室ということもあり、西都に移籍して初めて出来た友達だった。

 

私ほどではないが比較的年長の彼女にとっては、歳が近く自分のノリに付き合ってくれる友人は救世主のように思えただろう。

私が見ている中でも二人はいつも一緒につるみ、共に遊び、祝い、苦しみ… (そば)に居続けた。

およそ三年一緒にいた友人を見送る彼女の気持ちは、痛いほどにわかる。

 

彼女も、私の引退を知った時のバルボアのように、卒業で仲間を失う悲しみと戦い続けているのだ。

 

 

 

本人が思い悩んでいる中で無理強いするわけにもいかない。幸いにもセレモニーまではまだ時間がある。

 

会話を終えたデボチカは私に深々と頭を下げると、フュリーの元に小走りで駆け寄っていった。

彼女(デボチカ)はフュリーの卒業まで、一秒でも長くそばに居続けたいのであろう。

 

 

 

一方。私との別れに整理をつけた、もう一人のG1ウマ娘がライブ出演を引き受けてくれることになった。

 

 

 

差出人:マリアークラレンス

お世話になっております。

 

引退ライブの仕様書について拝見させていただきました。

トレーナーにも承諾を頂きましたので、是非参加させていただければと思います。

三月にドバイ遠征が控えておりますので会議への参加は基本的に難しく、遠征中はメールでのやり取りが中心になることをご容赦願います。

 

取り急ぎ、用件のみにて失礼いたします。

 

 





【登場人物】


ゴーンザウインド(Gone The Wind)

トレーナーという役職は、競走契約を結んだ年頃のウマ娘と何らかの共通の夢を持ち共に研鑽(けんさん)を続ける。長くの指導関係を経た末には、指導したウマ娘とゴールインに至ることは珍しいことではない(特にG1を勝つほどのトップクラスのウマ娘となれば尚更である)

しかし結婚後トレーナー側が職を辞すことは現実的ではなく、結果「競争の世界を去り別の道で働く・主婦になるウマ娘」と「妻を持ちながら引き続き生徒たちの夢を預かるトレーナー」として別々の道を取ることになり、「二人でかつて追い求めた共通の夢」と「新たな教え子たちの夢」のズレが生まれる。。
場合によっては妻と夫の持っていた「夢」に齟齬(そご)が生まれ、夫婦関係がこじれてしまう例もある。



彼女がDTLで苦戦しても、その末に心を壊して競争の世界を去っても、幸福なことにそういった話は聞かず、夫も彼女の社会復帰を応援しているようだ。
今でも彼は、ゴーンザウインドを一番に思っているのだろう。




名前の由来は、アメリカ南北戦争中を舞台にした同名の小説及び1939年等に映画化された「風と共に去りぬ(Gone With The Wind)」。

勝負服の真紅は、作中の主人公スカーレットより。





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