最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】   作:兄萬亭楽丸

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ホールド・マイ・ハンズ

 

 

 

ドキドキってもっとPhantasia 手を伸ばし 掴もう

 

ぎゅんとぎゅんと 鼓動が こんなに苦しい…

 

 

 


 

『もしもし、顔合わせは初めて…ね。スタンの元同僚で、引退セレモニーのダンス指導を担当するゴーンザウインドと申します』

 

「お初にお目にかかります、マリアークラレンスです」

 

"ドバイワールドカップへ"の遠征を控えた3月初旬。

ラストスタンディンお姉様の引退セレモニー参加を決めた私は、日本出国前最後の打ち合わせに出席していました。

 

 

 

『"彩Phantasia"をソロで歌いたい…?』

 

「はい、プログラムの何処かに挟めないかなと。現状ですと、お姉様の休む時間が無いのではと思いまして」

 

『メンバー全員が歌えそうな"make debut!"は序盤にしか挟めないし、一理あるわね…。是非お願いしたいのだけれども…… そちらに教則資料はあるのかしら?』

 

「はい。デビュー当初はオークス(芝ティアラ路線)を目標にしておりました。第三者からのダンス指導に関しても、トレセンに所属している私が一番容易と思われます」

 

『わかりました、淀川代表に伝えておきます。では現状のそちらの歌唱担当曲ですが…』

 


 

『テレビ会議のためにジャージの上から制服を上半身だけ着ていることに対する是非は置いておいて、まさかお前が自分から面倒ごとを増やすとは思わなかった』

「ただの気まぐれ」 『…それでわざわざ嘘をつくか?』

 

『元々芝路線を目指していたのは事実だが、デビュー当初はティアラ路線だとかの話は全くしていない。 …"走れればなんでもいい"だっただろう』

「あらそうだったかしら。…職権の濫用(らんよう)かもしれないけど、一度歌ってみたかったの」

 

『レース場の関係者に迷惑をかけるわけではないから構わないが… 教則資料の取り寄せはどうするんだ。出国は明日だぞ』

「もう持ってる。一緒に遠征するレビウから(レビウスタアナイト)*1譲り受けたし、現地で練習も見てくれるように話しつけてるから安心して」

 

 

 

「それに、"不変のチャンピオン"を目指すのであれば、ちょうどいい所信表明になるかと思って」

『所信表明…?』

 

 

 

そう、不変のチャンピオン。

 

"チャンピオンズカップ"を争ったヴァルカンさん、同室のオムニデトロイト先輩、そしてお姉様…

競走の世界を去るかつての仲間に報いるため・自分の在り方を証明するためにトレーナーと交わした、限界まで走り続けるための誓い。

 

 

 

そうした内に秘めた私の決意とは裏腹に、"東京大賞典"では勝ちを拾うことはできませんでした。

 

また昨年の中東遠征ではどちらも不満足な結果に終わり、当時はいくらか悪評を(ささや)かれた覚えもあります。

まだ遠い話ではありますが、仮に今秋"BCクラシック"を目指すために米遠征をするのであれば、次走・ドバイワールドカップで不本意な結果を残すわけにはいきません。

 

ましてや、"不変のチャンピオン"を名乗るのであれば… 

 

 

 

 

『…電話も終えたところで本題に戻るか。その前に上制服に下ジャージとかいう今の中途半端な格好を何とかしろ』

「面倒だから脱がせて」『勘弁してくれ』

 


 

昨年10月からの米国遠征、そして11月・BCディスタフからの3連戦はある程度の成果を残したと同時に、体力・疲労回復力の限界という新たな問題の露呈(ろてい)もありました。

 

トレーナーは全ての出走計画を一度見直し、この冬を基礎体力の見直しに()てることに。昨年も(おこな)った2月末・サウジアラビアへの遠征は回避し、ドバイ一本に絞ることにしました。

 

 

 

そして今から数週間前、"フェブラリーステークス"を控える週末のこと。私はトゥインクルシリーズ関連番組で、ゲスト解説を担当することになりました。

後輩のG1級ウマ娘は多くがサウジアラビア遠征でトレセンを発っていたため、現役・中央所属で解説役を(まっと)うできる人材は私くらいしかいなかったようです。

 

…完全休養日が(つぶ)れてしまうのは嫌だったので、それなりにゴネましたが。

 

 

 

 

──東京10レース"アメジスト(ステークス)*2"は現在3着4着が写真判定中のため結果確定まで今しばらくお待ちください。…それでは東京メインレース"フェブラリーS"の事前情報を確認していきましょうか…

 ──やはり出走メンバー唯一のG1ウマ娘ということもあり、ロッキンバルボアに人気が集中していますね。彼女をはじめ有力候補はいずれも内枠に寄っていますが、ゲストのマリアークラレンスさんはどのように考えられていますか?

 

「そうですね、2ヶ月前の勝利もありますし実績も当然彼女(バルボアさん)が一番ですが、人気通りの決着にはならないと思っています。序盤先頭を争うであろうライバルの皆様に対して、どう対処するかが…」

 

 

 

基本はテレビ局から用意された台本に従って発言するだけではありましたが、貴重な体験が出来ました。

 

ただし、この発言は番組から用意された台本ではなく、また決して憎たらしいライバルに対するやっかみでもありません。

圧倒的一番人気の彼女に"G1ウマ娘"として皆を迎え撃つだけのメンタリティがあるか、少なくともこの時点では分からなかったのです。

 


 

負け惜しみも含みますが、"東京大賞典"でバルボア陣営が勝利した理由の一つは、彼女が当時G1タイトルを持たない"挑戦者"だったからだと思っています。

 

 

 

出走メンバーにはG1勝利経験者が多く、また前走(JBC)平凡な結果に終わった彼女の注目度は高いとは言えなかったでしょう。

 

いざレースが始まるとラストスタンディンお姉様が玉砕覚悟の大逃げを見せ、私を含むメンバーはお姉様と後方からの仕掛けに気を配ることになります。結果としてバルボア本人は(心理的プレッシャーはともかく)競り合いのプレッシャーのない状態にいました。

 

 

 

しかし今回は環境が大きく異なります。

URA管轄の東京レース場開催ゆえに複数名が連帯しての戦法( いわゆるライン戦術 )も使えず、お姉様が引退を決めた今は共に走る仲間もいません。そして出走者の中にG1ウマ娘は彼女ひとり。

バルボアは挑戦者ではなく、王者として他の15人を迎え撃つ立場に初めて立ったのです。

 

スタート直後は大逃げも(いと)わず、先頭に立てば一瞬ハイペースを演出し、一度ペースを落としたことで貯めた脚を最終直線で解放する。

当然ながらこういった彼女の戦法は研究・対策されています。特に"競り合いに弱い"という情報は世間にも周知されており、他にハナを主張する逃げウマ娘と並び合う場面も多々ありました。

 

 

 

それでも、彼女は己を見失いませんでした。

 

 

 

バルボアには大井2000の大外をトップスピードで突っ切るだけのスタミナがありました。

2000を主戦場とする彼女にとって東京レース場の1600は良い意味で短く、基礎能力での押し切りという勝ち筋があったのです。

 

 

 

第三コーナーの下り坂でギアを上げてからは、背中を(とら)えるウマ娘は誰も居ませんでした。

 

 


 

──"東京大賞典"から2か月足らずの挑戦でG1レース2連勝となりましたが、前回から自分の中で変わった点などはありましたか?

 

──はい!去年の"東京大賞典"では何もかもが一杯一杯で…でも今日ようやく、自分一人の力で…勿論トレーナーの助けもあるんですけど、最終的には自分だけの力で勝てたので、なんとかこれで引退する姐さんにも胸を張って、姐さんがいなくなっても安心なんだぞって…皆に見せつけることができたらと…!

 

 

 

バルボアのメンタリティの成長にも驚かされましたが、なによりこの場でお姉様の引退宣言を聴くことになるとは思いませんでした。

 

中継でインタビューに答える彼女を見て、お姉様のバルボアに対する信頼度の高さを垣間見(かいまみ)たような気がしました。

 

お姉様は"西都レース場の代表"の世代交代を印象付けるため、このような形での宣言を考えたのでしょう。

特に、お姉様の担当トレーナーは引退セレモニーと併せて定年退職が決まっています。もしかすると、"帝王賞""東京大賞典"二度も奇策で辛酸を舐めさせた担当トレーナーの考えなのかもしれません。

 

 

 

 

 

………その1時間後にお姉様が開いた会見(と本人からの連絡)で、引退宣言はバルボア陣営の飛ばしだったことが明らかになるのですが。

 

『クラレンスたすけて… 姐さんに電話したけど声がいつも以上に死んでる… 西都に帰りたくない…』

「知ったこっちゃないんだけど!?」

 


 


 

『さて、週末の"サウジカップ"の映像を見ながら解説を進める』

 

閑話休題。

 

手元にある資料は、"ドバイワールドカップ"予想出走メンバーの一覧。

米国出身ウマ娘の名が多数を占める中で、赤線で引かれた2人のウマ娘。

 

ボブアンドフェニックス、ブラッドレーレガシー。

 

アメリカの有名チームに所属する2人。特にブラッドレーは昨年の"BCクラシック"王者。

先日の"サウジカップ"ではこの2人が後輩のタンホイザーゲートらを破りました。

 

 

 

『まず、2人が先手を切る。ドイツ所属のウマ娘2名もここで競ってきたが、ここで2人は迷いなく振り切ることを選択した。おそらく競り合いでは多少脚を使ってでも後続を振り切らせることは事前から打ち合わせをしていたのだろう』

 

『すると、真横に2人が並ぶ。これにより最内からの抜け出しを防ぎ、外から回る相手には走行距離の差でスタミナ有利を取る。何より実力の高いウマ娘が揃って前方に集中している為、強引にスパートを掛けての突破も難しい』

 

レース展開も先頭の2人がコントロールを行い、上がり3ハロン(残り600m)までは平均ペースを堅持。

溜めた足を最終コーナーで開放、約440メートルの最終直線に到達する頃には再加速を終えて、逃げ切るには十分な差がついている、といった様相でした。

 

これに対し、昨年のJDDウマ娘であるタンホイザーゲートさんはよく食らいついたと思います。

内枠だった彼女は前を2人による壁に阻まれ、外に逃げようとしてもは(まく)りを狙うライバルの集団を突っ切ることはできず、道中身動きのできない状態にありました。

この時点で勝負は既に決まっていたのでしょう。

 

「後方からの(まく)りは不利?」『端的に言えばそうなる。さらに日本のように砂を踏むことによる力の分散が起きない海外のダートは日本より加速が効きやすい。前でスローペースにされたら…以前の二の舞だろうな』

 

 

 

レースの先頭を走る逃げウマには、後方からのプレッシャーなどの制約が付き(まと)います。一方で本人が自由にペースを決定できるという大きなメリットは無視できません。

それこそ、昨年の"東京大賞典"のようにペースを思うようにされ、後方の私が得意なレース運びに対応できなかったように…

 

『タイマンでの実力は…向こうが優位。さらに連携が完全に決まればまず勝てないだろう。だが、海外のレースでトレセンから複数出走するということで、"ウマ娘同士の連携は好ましくない"という、URAの不文律はある程度お目こぼしされる』

 

『去年は連携に(こだわ)らず、普段通りを貫き通した結果の負けだった。そこでだ。 …同行メンバーのトレーナーから、作戦について提案があった』

 


 


 

うまとめ@トゥインクルシリーズ情報

@umatome_twinkle

 

【唖G1:ドバイワールドカップ 日本勢出走者】

・マリアークラレンス(主な勝ち鞍:BCディスタフ、チャンピオンズカップ)

・タンホイザーゲート(主な勝ち鞍:JDD)

・ポポフェロヴィア(主な勝ち鞍:昇竜ステークス)

 

三名とも直前の身体検査を問題なく終え、パドックに移動中(現地報道より)。

出走時刻は日本時間・午前1時40分の予定です。

 

 

『トレーナー間での最終ミーティングを終えた。ポポフェロヴィアにラビット(勝ち目の薄い逃げ役)を担当してもらうことに変わりはない。タンホイザーゲートは後方について、ペース次第では早めの仕掛けを狙っていく算段だそうだ』

 

「私は?」 『…()()()()()()()()()()で頼む』

 

普段クールに振る舞ってるトレーナーが、声色に元気が無いように思えます。

理由の一つは、私に奇策を託したから。

 

「…すごい汗ね」

『お前の得意な走りで勝たせる決断が出来なかったこと、本当に申し訳なく思っている』

「別に構わない。申し訳ない気持ちがあるなら懺悔(ざんげ)でもして頂戴」

 

 

 

『元々トレーナーは担当ウマ娘の競走人生を賭けてるんだ。それがお前、あっという間に勝ち始めてな。知らないうちにダート路線のトップだ』

『"お前だけの身体じゃない"。俺の指導・指示には、お前だけではなくトレセン学園… それどころか日本のウマ娘の名誉すらかかり始めた』

『普通に競っても勝ち目は薄い。こんな大一番で搦手(からめて)を打つことになってしまった』

 

『お前に"いつも通りでは勝ち目は薄い"なんて、思わせたくなかった』

 

 

 


 

メイクデビュー・未勝利戦を勝てず、ダート路線に逃避した2年半前を思い出す。

この2年で、私とトレーナーはどれほど自分たちの価値を高めてきたのだろう。

 

 

 

クラシック級、"JDD(ジャパンダートダービー)"で名を上げ、そこから"JBCクラシック"、"東京大賞典"。

そこからちょうど去年の今頃は中東遠征で苦戦し、果ては国内の"帝王賞"すら落とすことになった。

 

"落とす"なのだ。私たちにとって、G1は勝って当然になってしまっていたのだ。

 

良く思えばシニア級に入った時点で国内には敵なし、海外でも結果を残して当然… そういったように周りは動いていた。

仮にこのまま勝てずに凋落(ちょうらく)するのも、私・トレーナー共に悲しい結末になっていただろう。

しかし"BCディスタフ"で良くも悪くも、私たちは結果を()()()()()()()のだ。

 

偉業を背に再度ドバイへ発った私達に掛けられる期待は、全てトレーナーが隠してくれていた。私がそう言った声に対して心を乱さないようにだ。

 

だが一人で背負うにも限界というものがある。そもそも(トレーナー)は、私が初めての担当だった。

新人トレーナーが背負う重圧としては、許容できるものではなかったのかもしれない。

 

「私そっくりね」 『…何が?』

「世間には気丈な面だけ見せて、弱い面は徹底的に隠すところ!」

 

 

 

「以前も言ったでしょう。"あなたについていく( I will follow me. )"。だから私を信頼して」

 

 

 


 


 

ゲートが開く。

 

 

 

大方の予想通り、2人はハナを主張する。

 

私たち日本勢の狙いは、彼女らによる壁を作らせないこと。

まず第一にフェロヴィアが2人の間に割って入ろうとするものの、相手は位置を上げることで割り込みを避けた。

 

2人は多少消耗しても、先頭さえ確保できれば途中で息を入れる(ペースを落とす)ことは容易。前走"サウジカップ"を考えても、やはりこの動きは織り込み済みなのだろう。

 

割り込みを諦め、一度自分の位置を確保しなおすフェロヴィア。

尻尾が激しく揺れる。苛立(いらだ)ちと申し訳のなさを抑えきれないのだろう。

 

位置取り争いが完結してしまった以上、横に並んでしまった2人を後方から崩す手段はほぼ無い。

だが勝負が決まったわけではない。フェロヴィアを風除けにすることでスタミナの消耗を抑え、大外からのスパートを狙ういつもの手段に戻るだけだ。

 

 

 

さて"奇策"だが、何のことはない。第一コーナーに入っても位置を落とすことなく、逃げ2人を追うフェロヴィアの真後ろに位置取りする。

後方からの直線一気を想定しているライバルにスローペースでのスタミナ温存を許さず、チャンスを見ての鍔迫り合い(つばぜりあい)に持っていく構えだ。

 

ただ、当然ながら普段私が得意としている位置ではない。前目でレースを進めるのは約2年ぶり、スタミナ配分を間違えれば私はそのまま沈むであろう。

メイクデビューの時分では不可能だったバ群からの抜け出し、今でならそれが出来ると見越して、トレーナーは私に奇策を託したのだ。

 

 

 


 

英語実況が聞こえるが、普段から英語に親しんでいない私には正確な情報を得ることはできない。それでも私の名前が呼ばれているのは確認できた。

 

眼前を走る2人はしきりに耳を動かす。実況から、私が2人のすぐ後ろに居るのを読み取ったのだろう。

足音からバ群がどれだけ近づいているかを探っているのだろうが2番手集団は10名程。聴覚だけでは私の位置を特定するのは困難であろう。

 

 

 

コーナーを曲がり、向こう正面に向かう。 

私とフェロヴィアは進路を徐々に外に(ふく)らませ、壁が崩れない場合の進行ルートを確保する。

 

 

 

残り1000メートルのハロン棒が近づく。2人の外を追いすがり前を取ろうとしていたライバルの一人が、あきらめて位置を下げた。

 

その隙を()い外後方に控えたウマ娘が一人、ロングスパートでの進出を開始した。

前走"サウジカップ"で2人の壁の前に涙を飲んだ後輩、タンホイザーゲート。

 

 

 

ここで誤認が生まれた。

2人が私の位置を見失い、タンホイザーのスパートを私と勘違いしてしまったのだ。

 

 

 

一方は、"ペースを上げて消耗戦に持ち込む"

もう一方は"ペースを維持することで相手のスパートに備える" …そう考えたのだろう。

 

 

 

外のフェニックスは一時的にギアを()()()()()()()

内のブラッドレーはペースを()()()()()()()()

 

 

 

壁が割けた。

 

 

 


 

裂けた"壁"の間を縫ってフェロヴィアが渾身(こんしん)の力を振り絞り抜け出し、最内・ブラッドレーの前を取る。

私はフェロヴィアの後方から裂けた"壁"の間を陣取りに向かう。

 

すれ違う一瞬、2人が耳を絞ったことを確認した。少なからず動揺しているのだ。

 

 

 

先頭はフェロヴィア、私、フェニックスの3名で第三コーナーに突入する。後方集団の足音も激しさを増し、ペースを落とすことはもうできない。

 

 

 

ただ、これまでの動きはあくまで彼女らの有利を崩しただけに過ぎない。

前を塞がれたブラッドレーはともかく、ペースだけなら外のフェニックスは普段通り走っているため、脚は十分残っているだろう。

何より、フェニックスが私の足元を(にら)んでいることを見逃さなかった。

 

結局はこれからの決め手勝負。

 

左耳からフェロヴィアの荒い吐息が聞こえる。先頭に立つにあたって彼女は相当無理をした。今は感謝の言葉しかない。

しかしこのままでは彼女が垂れ、再びブラッドレーとフェニックスが合流するのは確実。

 

…その前に仕掛けなければ。

 


 

一瞬足下を確認し、呼吸に歩調を合わせる。

一歩。二歩。

 

 

 

三歩。大きく脚を踏み出す。

 

 

 

四歩、五歩。私が大股開きになったのを視認したフェニックスの頭が大きく揺れ動く。

 

彼女の目論見(もくろみ)はスパートを掛けた私の後方に取り付き、スリップストリームによる加速を得る事だったのだろう。

 

しかし彼女の脚が望む位置に到達するより先に、私の暴力的な末脚はバ群を置き去りにした。

 


 

普段先頭を追いかける立場にあった私は、最終直線で先頭に立ったことを僅かに後悔した。

聞き耳を立てなくても感じる、後方からの威圧感。

ライバル2人だけではない、ついさっきまで連帯していた仲間やこれまで歯牙にもかけていなかった相手まで、私の背中を(にら)んでいるのが判った。

 

バルボアは毎回この威圧感と戦っていたのか。

 

 

 

私が皆に(まさ)っているのは、トップスピードとそれに達するまでの瞬間的加速力にすぎなかった。

スリップストリームによる助けがなくとも彼女らは途方もない末脚を発揮してきたし、前目につける作戦のスタミナ配分では彼女らに一日の長がある。

事実、最終1ハロンのタイムは、米代表2人に大きく負け越していた。

 

 

 

それでも、私は己を見失うことはなかった。

 

後続に私の背中を(とら)えられたのは、ゴール板を僅かに通り過ぎた後のことだった。

 


 

無我夢中で駆けた。足を止めたときに思ったのは勝利の快感ではなく、"追い付かれずに済んだ"という安堵感だった。

やはり私に前は似合わない。こんな走り続けると体より先にメンタルが持たない、二度とやるか。

 

それでも歓喜に湧く日本勢のスタッフ、驚きに満ちた現地や世界の取材陣を見るにつれ、"やり遂げた"という気持ちが徐々に湧いてきたことに喜びを覚えた。

 

 

Omedetou,Clarence!

Hi,Clarence! Good Race, We've been completely defeated!

偉業を祝ってくれたのは、スタッフや取材陣だけではなかった。共に争ったブラッドレー・フェニックスが、私の取材終わりを待って呼び掛けてくれたのだ。

 

「ア… アー… I'll get an interpreter.

通訳(トレーナー)を呼ばせてもらえないかしら)

 

 

 

『どうしたクラレンス、出待ちか…?』

「今酸欠で英語どころじゃないの。通訳して」

 


 

ありがとうございました。紙一重の戦いでした。また同じ条件でレースしても、必ず私が勝てるとは思えませんでした。

 

米シリーズでも一戦級の実力を誇るお2人とともに戦えたこと、誇りに思います

 

「私は日本代表として、今年は"BCクラシック"を取りに行く。また秋、お2人と戦えることを楽しみにしています」

『……!』

 

 

 

トレーナーは私の発言を一瞬止めたものの、思案の上改めて私の瞳を見つめ、問いかけます。

訳していいんだな、と。

 

敗者に対して今この宣言をすることは過剰な挑発になるかもしれません。それでも、自分の決意は曲げたくない。

私は首を縦に振りました。

 

 

 

トレーナーを介した私の決意を聴き、2人は一瞬顔を見合わせます。

ただトレーナーがしきりにメモを取っているのを見ると、敵意を持たれているわけではないようでした。

 


 

『………向こうは丁寧に秋の予定を教えてくれたよ。後で調べるが、米本土では夏にBCクラシックの優先出走権を得られる競争がいくつかあるらしい。フェニックスはマイル路線に行くらしいが、ブラッドレーの方はそこを経由して本番に向かうそうだ』

「私たちに挑む気があるなら、夏から来いって事ね」

 

『それと。私たちは今の時期偶然トップに立っているだけで、米シリーズの世代交代は激しい。秋には私より強いライバルが幾らでも出るかもね… と』

 

 

『そうだ!来年まだあなたが走っているなら、今度こそ"BCクラシック"で会いましょう!』

 

 

これが、以前ヴァルカンさんが言っていた"私を心待ちにしているライバル"だったのだ。

彼女は既にいないが、私のまだ見ぬライバルは既に牙を研ぎ始めている。

このまま私が戦い続ければ、あるいはヴァルカンさんや今日戦ったブラッドレーさんらを知る後輩と戦う機会も来るかもしれない。

 

やはり、私はエゴイストだ!

 

走り続けたい!世界を争いたい!爪痕(つめあと)を残し続けたい!

 

ライバルが増えることが、こんなに嬉しいものだったなんて!

 

 

 

Waiting for the day I run Violent Champion in the Maria!』

("聖母"とは名ばかりの暴力的なチャンピオンさん。貴女とまた走れる日を待っている)

 

God Bless You!(神のご加護を!)

God Bless You,Too!(あなたもね!)

 

 

 


 

『"いいよね このまま 世界中 敵に回っても…" か。お前が"彩Phantasia"を歌いたい理由がよく分かった』

『やっぱり、目指すんだな、"不変のチャンピオン"』

 

 

 

そう。不変のチャンピオンを目指すからには、世界中を敵に回してでも君臨し続ける必要がある。

大それた野望だ。これからも結果が伴わなければ、物笑いの種にされて終わるだろう。

それでもいい。私は、強いライバルと限界まで競い合いたい。その気持ちに決して偽りはないからだ。

 

 

 

『先輩の引退の舞台を自分の決意表明に使うのか。……自分の担当ながら、つくづく食えない奴だ』

 

「それにね、もう一つ理由があるの」

 

 

 

──いいよね いいよね いいよね このまま

──離さない ゆずれない 逃がさない 渡さない…

 

「"不変のチャンピオン"を目指す仲間として、このままトレーナーと一緒に居続けるという決意表明。あなたにどこまでもついていく。…たとえどんなに不幸な結末であったとしても」

 

私はトレーナーの、一回り大きな(てのひら)を握る。

 

『…勘弁してくれ』

 

 

 

『腹を(くく)るのが、早すぎるんだよ』

トレーナーは恥じらいを隠すようにひと際強く、私の掌を握り返した。

 


 

 

 

夜明け芽吹いた憂い 抱きしめ 頂へと

 

繋ぐ誓い ここにあるから

 

闇も堕とせる Fragrance 涙も花束(ブーケ)にして

 

今なら怖くない 嘘じゃない もう迷わない…

 

 

 

*1
芝G1"ドバイターフ"に出走する。

*2
芝2000m、シニア級3勝クラス。




【登場人物】


ブラッドレーレガシー(Bradley legacy)
米G1勝ち鞍:ベルモントステークス・BCクラシック

ボブアンドフェニックス(Bob and Phoenix)
米G1勝ち鞍:メトロポリタンハンデキャップ


チーム「California」所属。ウマ娘による競走形態が成立した時分から存在する歴史の長いチームで、二人はチーム内の過酷な競争を耐え抜いたエリート中のエリートである。フェニックスは本来ダートマイル路線を主としているが、本来のラビット役が戦列を離れているため代理でブラッドレーのラビットを務めている。

日本語はできないものの、チームのメイントレーナーが日本かぶれということもあってお互いトゥインクルシリーズにも造詣が深い。二人の憧れのウマ娘はマヤノトップガン


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