最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】   作:兄萬亭楽丸

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■世界中がアイ・ラヴ・ユー!
とあるベテランウマ娘達の卒業


 

二年間の社会人生活で身についた体内時計はこの日も正確に作動した。私は朝日が昇るよりも早く目を覚ます。

顔を洗い、上着を羽織り、目を覚ましたゴーンザウインドの支度を手伝う。

 

内心この日が来てほしくないという思いとは裏腹に、時間は平等に進み続けた。

引退セレモニーの日が来てしまった。

 

 

 

『…スタン。これは同僚というよりは恋愛事情のセンパイからのアドバイスだけど、トレーナーに気持ち伝えるなら今日しかないと思いなさい』

『引退するとね、それこそ前もって結ばれない限りは会う機会全く無くなるよ。そして熱も冷めていく。トレーナーも、本人も』

 

 

 

ローカルうまとめ@ローカルシリーズ情報

@local_series_umatome

【本日の地方開催情報】

西都レース場では"西都ダービー"が開催。西都皐月賞制覇のラショウエフェクトが二冠を狙う。

また3月に西都市ウマ娘競走組合代表を退任された淀川明さん、同氏が担当し昨年の"帝王賞"等を制したラストスタンディンさんの合同引退式典が開催。ライブはURA公式でも中継。

 


 

『あ、今日の主役おはよう!たった今バイク停めて来たんだけどまじで今日はヤバいかも』

 

ウインドと共に食堂に向かう最中、ちょうど出勤して来た先輩とすれ違う。挨拶もそこそこに、いつも以上の速足で詰所に向かっていった。

 

本日は警備・窓口を担当する職員が総出で出勤するだけでは足らず、警備会社や派遣会社からもスタッフを呼ぶことになっている。

だが、まだ脳に栄養の行っていない私達には"ヤバい"の意味を直ぐに理解することが出来なかった。

 

 

 

「おはようございます。挨拶はほどほどにしまして……まず観て欲しいものがあります」

 

仮の関係者控室となっている事務所内の一室。

窓から見えるのはレース場入り口に(たむろ)する人の列。

日の出よりまださほど時間が経ってない今、これだけ並ぶことは異常だ。

 

本来この時間駐車場は開けていないのだが、あまりにも出待ちする車が多いために運営チームが駐車場解放を判断。

数十分後には駐車場の3割が埋まり、開門前にしてスタッフが入場列形成に出向くほどの事態だ。

 

「私も職員も、客の入りを甘く見積りすぎたかもしれません」

 

"ヤバい"の意味を理解した。

 


 

2ヶ月前の"殿春賞"も相当混雑していたが、それ以上の混雑を見越してレース場は普段の倍近いスタッフを配備する予定だった。

それでも私と代表が心配するほどに、本日の混雑ぶりは常軌(じょうき)を逸していた。

 

 

 

周辺宿泊施設の埋まり方については、開催前よりレース場にも話が届いていた。

レース場近辺には観光地らしいものはなく、駅前にビジネスホテルがある程度だ。宿泊施設を利用するのは周辺企業に出張中の社員、他地方から遠征してきたウマ娘やトレーナー、報道関係者やスカウトなどに限られる。

 

数日前、当日開催のレースに出走する他地区のウマ娘陣営から"周辺のホテルが取れない"と連絡があった。

職員が予約状況を確認したところ、駅前のホテルは全滅。それどころか遠方の市街地にまで宿泊者が波及しているとの情報も漏れ聞こえていた。

 

それでもシャトルバス始発便が到着するのは9時頃。バス数台の輸送能力もたかが知れているため、来客のピークは式典の始まる昼前だろう… そう読んでいた。

 


 

私を含む職員一同は、G1ウマ娘(私達)の集客力を甘く見ていた。

仮にURAの集客に関する実態をある程度知っているゴーンザウインドが当日の警備体制などに関する会議にも参加していれば、此方の甘えた入場者予測に喝を入れていたかもしれない。

 

全国に散らばる数多のファンにとっては、レース場運営の考える常識は通用しなかった。

ホテルに宿泊することなく自家用車の長距離移動で直接現地に乗り込む人種や、前日の夜から会場が開くのを待つような人間もいるのだ。

何より、海外G1を2勝した現役最強級ウマ娘(   マリアークラレンス   )かつてのダービーウマ娘(  ゴーンザウインド  )が参加することは告知を打ってある。別に私目当てでなくても、トゥインクルシリーズの世界にある程度詳しい人であれば行きたい理由としては十分すぎる。

 

 

 

午前7時半の開門と共に行列がようやく動き始め、各々がレース場に殺到する。

本日はレースが朝方に前倒しになっているとはいえ物販やフードの準備もできておらず、関係者は予想外の客入りに対する対応を迫られることになった。

 

また、彼らの後方にはシャトルバスが列を成して停車場に到着しようとしていた。

…つまり、今私たちの眼下にある人垣はあくまで一部にしかすぎず、スタッフは彼らの何倍もの入場者を(さば)くことになるのだ。

 

 

 

本日、先輩や他の職員は観客が多く来たことを喜ぶより、レース場のキャパシティーを超えるほどの集客をするキッカケを作った私を恨むだろう。後日菓子折りでも持っていかなければ…

 


 


 

引退式典の始まる頃には中央の重賞開催日と思うばかりの人が行き交い、イベントステージは立ち見客であふれる。

普段より多く確保していたはずの食品・物販には売り切れが出始め、ブースの裏では(せわ)しなくスタッフが飲料やグッズの詰まった段ボール箱を運んでいく。

 

そんな中、メインイベントである私たちの引退記念式典が始まる。

登壇(とうだん)するやいなや、各所から轟く拍手と歓声。

 

 

『皆さま、大変長らくお待たせいたしました。淀川前代表・ラストスタンディンの合同引退式典を始めさせていただきます!申し遅れました、私ラストスタンディンの元同僚のダービーウマ娘、ゴーンザウインドと申します皆様よろしくお願いいたします!』

 

司会進行役であるゴーンザウインドの声が音響設備を介してレース場全体に響き渡る。

長年G1戦線で主役を張っていたこともあり、流石に観客慣れしている。安心してイベントに臨めそうだ。

 

 

 

「まずは私、ラストスタンディンさんの新たな門出に際し、これだけ多くの方にお越しいただいたことをうれしく思います」

「特に昨年度はスタンさんをはじめとした職員・生徒一同の日ごろの努力が実を結び、()()のG1ウマ娘を輩出することになりました」

 

 


 

…ここで、西都レース場の3人目のG1ウマ娘について触れておきたい。

1人目は"帝王賞"を獲った私、2人目は"東京大賞典"を獲ったバルボア。

 

3人目のG1ウマ娘は大井の砂上ではなく、中京レース場のターフの上に居た。

 

 

 

まず、彼女はバ場に恵まれた。

 

一般的に、レース場の芝コースというものは私達ウマ娘によって踏まれ、削れ、()げる。

12月から4ヶ月近くにわたり開催された中京レース場の芝は傷み始めており、さらにレース前日からの長雨により芝は泥濘(ぬかる)む。ウマ娘たちが最も殺到する内ラチ際は剥げかけた芝と土が混ざったことで半ば泥溜まりのようになっていた。

 

彼女はその内を選んだ。雨を吸った砂の走り方を知っている彼女は、悪路を走り抜けるリスクを承知で誰も競り合う相手がいない最内を取ることができた。

 

有力候補が揃って外枠だったことも、彼女にとっては有利に働いた。

先行するウマ娘に対して有力候補がコーナー外側での勝負を選択したことで、内の彼女をマークする相手は誰も居なくなった。

 

最終直線。内側の逃げウマは外を注視する、有力候補は芝の荒れていない外からの差し切りを狙う。

彼女は殺到する外の集団を(かえり)みることなく、泥で白一色の勝負服が汚れることなど気にせず、わが道を進み続けた。

 

 

 

──…写真判定確定しましたが、やはり一着2番には変わりありません!"高松宮記念"一着は西都レース場出身、デボチカ!!!

 

 

 

地方レース場所属ウマ娘による芝G1制覇。

確定の報が出てからも、彼女(デボチカ)啞然(あぜん)とし続けていた。

 

 


 

『………あ!はい!今日まさかこんなことになるとは思わなくてすごくびっくりしてるんですけども☆もももももちろん一つでも上の順位を目指してこのレース来ましたし、今日に向けて色々調整してくれたトレーナーや西都のみなさんに感謝してます!!』

 

彼女は過去に芝G3を勝っているとはいえ、他の出走メンバーと比べても能力の劣る点は多々あった。

事実この結果に対し解説者・記事が"大番狂わせ"と称しているのが、彼女の評価を物語っている。

 

それでも最後にわずかでも数多のG1・重賞級ウマ娘に先着できたのは、運によるものだけではないはずだ。

 

『あ☆ごめんなさい!これだけ言わせてください!』

 

 

 

…フューちゃん!私ね!あなたの友達で本当によかった!私たち、卒業してもずっと!友達だよ!!!

 

 

 

彼女の傍にはいつもブラインドフュリーが居た。フュリーは既に学園を発ち、遠く関東のトレーナー学校に進学してしまった。

かつてのバルボアの様な、最愛の友に何としても勝利を捧げたい気持ちが… この日の勝利を呼び込んだのだろう。

 

 

 

「…最後になりますが、西都レース場の存在意義は競走を通じてウマ娘の皆さんと研鑽(けんさん)を重ね、経験を(かて)に社会に羽ばたいてもらうことだと考えています」

「それぞれのG1勝利の裏には本人の努力や関係者の尽力は間違いなくあります。しかし私が()えて自慢させていただくなら、地域の教育機関の役割を長年勤めあげることができた結果、生まれた勝利だと思っています」

 

「事実、経営が厳しい時期もございました。私が代表として在籍した間、ローカルシリーズに所属するレース場がいくつか閉鎖の(うれ)いに逢っております。その厳しい期間も皆様のご声援やご支援があったからこそ、本日私達がこの場に立っているのだと痛感しております」

 

「これからも西都レース場に所属する全てのウマ娘が競走生活を(まっと)うでき、同時に夢を見られる場であることを望みます。これからも何卒、西都レース場に変わらぬご声援・ご支援のほどをよろしくお願いいたします」

 

 

 

全てのウマ娘のために継続的な支援を。退任する今も、代表の教育機関の長としてのスタンスは変わらない。

 

中央・地方に限らず、所属するウマ娘の(ほとん)どは未勝利で競走生活を終える。私をはじめとするG1ウマ娘の陰では、勝利すら果たせずに学園を卒業するウマ娘が大勢いる。

そうした長年に渡り何千、何万人という先輩たちがローカルシリーズに夢を見て、散り、社会に飛び出していった。

G1に縁遠かったこのレース場がこの時分まで経営を続けられたのは、皆が目標の為に励む姿を理解し、支えてくれた多くの人たちが居たからなのだ。

 


 

私が登壇しコメントを読み上げた後も、式典は着々と進む。今は関係者からのビデオメッセージ・祝辞などが読み上げられているところだ。

 

「割り切ってはいますが、家族を呼べなかったのだけが心残りですね」

 

俳優として活躍する過去の教え子のビデオを見た後、代表は独り()ちた。

来賓(らいひん)の席は自治体やスポンサー関係者が多くを占めており、一般的な式典であればこの場に居てもおかしくない家族の席は全くない。

代表も、私の家族もだ。

 

代表はかつて家庭を(おろそ)かにしてしまったゆえに家族仲が冷えきってしまい、過去には息子の独り立ちを期に離縁している。

以降は月に数回しか帰らない家に自分一人で暮らし、その長年ローンを支払った一軒家も既に売りに出した。

 

また、私もトレセン学園でG1を勝つ夢が捨てきれなかった頃は家族と進路で何度も対立し、西都に移籍する直前には連絡することもなくなった。

今では関係修復できたとは言え、レースの前後にメッセージを送り合う程度だ。

 

「家族は大事にしてくださいね。連絡がとれるうちはまだやり直せるとは思いますから」

既に当人は割り切っているだろうが、老い先短いであろう今後を一人で暮らすことに対する後悔の念が少し見えた。

 


 

『それでは最後にですね、トレセン学園時代の8年間にわたりトレーナーを務められた、三船将敏(まさとし)さんにお話を伺おうと思います!』

 

ウインドが此方に目配せする。皆の前でトレーナーに気持ちを伝えるなら今がいいチャンスだ、と。

…彼女はこういうことをする。これだけの観客の前で告白でもしろというのか。

 

 

 

『はい、この(たび)はトレセン学園の()()トレーナーにしか過ぎない自分を、このような場にお呼び頂いたことを大変光栄に思っています。過去に担当したスタンが、私と共にいた際は叶えられなかったG1勝利を挙げられたのも、本人と此処西都レース場で見守ってくれる皆様のお陰だと思っております。本人(スタン)は引退後、引き続きレース場職員の仕事を続けると伺っております。ぜひ皆様方にはスタンの今後を見守っていただきます様…』

 

 

 

しかしトレーナーのコメントは私たちの想像以上に事務的なものであり、私が発言してトレーナーの思いを()きつけるには難しいものであった。

私はウインドに対し"告白できる状態ではない"と目で答えを返す。彼女は進行を進めながら、私だけにわかるようクリップボードに書いた文字を指さした。

 

《サイン会までに二人っきりの時間を作るから、そこで告白しろ》

 

…つくづく、彼女はこういうことをする。

かくして代表・ウインドは関係者応対という名目でこの場を離れ、トレーナーと二人っきりの時間が生まれることになった。

 

 

 

控室となっているメインステージ脇の仮設テントは周囲の喧騒(けんそう)とは裏腹に、お互い言葉を出すことのない沈黙の中にあった。

 


 

 

 

"トレーナー、来てくれてありがとう"

 

重苦しい空気の中、ようやく私が口を開く。

 

『…これだけすごい引退式、開けるほどになったんだな…… 正直、驚いてる』

 

"トレーナーのお陰だから…"

『俺も頑張らないとな…』

 

 

 

お互い必死に言葉を選んでいるのが判る。

そして、会話が続かない。

 

 

 

どうしてこれ以上の言葉が出てこないのだろう。

想いを伝えたとして、拒絶されるのが怖いから?

 

…仮に私の思いが実らず玉砕(ぎょくさい)で終わったとしても、このままなあなあの関係が続いて、疎遠になるよりははるかにマシだ。

朝にウインドもそう言っていた。いずれにせよ、私が口を開かない事には始まらないのだ。

 

 

よし、告白を────


──決意したまではよかったのだが。

 

 

 

いざ口を開こうとした刹那仮設テントの入り口が開き、スタッフから移動の指示を受けることになった。

 


 


 

私とトレーナーとの一度目の邂逅(かいこう)は不完全燃焼に終わったが、決断を悔やむ時間は用意されていない。

トークショーが終わると、プログラムはそのまま私のサイン会へと移行する。

 

デビュー時から私を気にかけていただいた記者。

縁あって横断幕を作っていただき、移籍後も友人などの伝手を借りて毎レース掲げてくれたファンの方。

 

全ての人に時間を設けることはできなかったが、一人一人と言葉を交わし、それぞれの思いを受け取った。

 

バルボア・クラレンス等のライブ組は勝負服への着替えを済ませ合流。

通常レース前の出走者に与えられる控え室に移動し、ライブの最終確認を行う。

 

一方代表・トレーナーは別会場に移動し、スポンサーや自治体関係者との懇親会(こんしんかい)に出席することになる。

スポンサー等の企業付き合いは、トップに立つ人間の人柄や長年の付き合いによる温情にも左右される。

代替わりによる関係構築のリセットを軽減するためにも必要なイベントなのだ。

 

 

 

着々と進む準備の裏で、レーシングプログラムは進んでいく。

サイン会を終え休憩に入る頃には、本日のメインレース"西都ダービー"が始まろうとしていた。

 


 


 

日が(かげ)り始めた。

本日開催のすべてのレースが終わり()()()ウイニングライブが終わっても尚、観客はレース場を去ることはない。

 

私の最後のライブはウイニングライブ用のステージではなくパドックで行う。

 

普段3人規模のウイニングライブがやっとのステージではスペースが狭く、パドック外に仮説の観客席を作るほうが観客をより多く収容できたためだ。

それでも本日来た観客全てを収容するには足らず、パドックの見えるレース場ロビーの二階・三階部分には、ステージに上がる私達を見ようとする人波でごった返していた。

 

 

 

柵を(へだ)てたパドック外に並べられた、パイプ椅子の観客席。更にその外にはそれぞれが人垣の間を縫うようにステージを見ようとする、沢山の観客。

そして内側には普段より数割増しの警備員、その手前にはライブ演出を担当する音響スタッフ、さらにはストリーミング中継のためのカメラスタッフが控える。

 

そして… ステージ最前列には、外にあるものとは違う、古いパイプ椅子が二つ。

 


 

『そろそろ場内放送あると思うけど、気分はどう』

 

ウインドが控室の戸を叩き、開催時間が近いことを知らせる。競走生活最後のステージに上がる時が来たようだ。

 

正直、緊張はない。非常に落ち着き払っているという自覚がある。

しかし経験則からして泣くだろうという一種の諦めもある。

 

『私含め、全員準備は整った。何か言うことあるなら今のうちに言った方がいいよ』

"じゃあ、今のうちに、皆に一言話させて。どうせステージに立ったら、言葉が出なくなると思う"

賢明(けんめい)な判断だとおもう』

 

控室の前には、既に本日共にライブを行う面々が並んでいた。

出入口から、観客席の光が漏れている。

 

"手短に話す"

 

 

 

"デボチカ、バルボア。西都に来て本当によかった。フュリー(ブラインドフュリー)はこの場にいないけど、四人で過ごした時間、楽しかった。練習ならこれからも付き合えるから、これからもできる限りの助けを、させて欲しい"

"クラレンスさん。私のためにわざわざ時間を割いてくれて、ありがとう。それと、私をライバルの一人として認識してくれて、本当に嬉しかった。バルボアの事、これからも宜しく頼みます"

 

デボチカとバルボアは涙を溜めながらも(うなづ)く。一方、クラレンスは普段私たちの前で見せる態度を崩さず落ち着き払っている。

大舞台の経験の差かもしれないが、二人の声色はあくまで平静を保っていた。私がこれ以上心配をする必要はなさそうだ。

 

"……ミス・ダービー(ゴーンザウインド)。まさか、あなたと一緒に勝負服を着て、再びステージに立てるとは思えなかった“

"あなたの友達になれて、光栄だった"

 

 

 

『"だった"じゃないのよ。あなたが引退しようとなにがあろうと、共に競った仲間であることに変わりはない。……これからも友達よ』

 

彼女は私の肩を叩く。目が合い、お互いまじまじと顔を見つめることになってしまい、一同で軽く笑った。

 

『じゃあ行きますか!まずはオバサン(成人)ふたりが場を温めてくるわ!』

 

 

 

わずかに(にじ)む涙を拭き、パドックの階段を登る。

 

 

 

落とされた照明。会場アナウンスがライブの始まりを告げる。

自分の立ち位置を示す足元のテープを確認する。

 

お互いが所定の位置についたことを確認し、「私」はスタッフに合図を送った。

 

 

 

共に歌うゴーンザウインドにとっては、自分を自分たらしめた最高のレース。

皐月賞3着が精一杯だった私にとっては、決別した思い出。

 

"winning the soul"。

 

(いびつ)ながらも、二人がセンターに立つ時が来た。

 


 


 

特徴的なイントロと共に、全ての観客の目線は私達に向けられた。

かつて"皐月賞"でステージに立った時を思い出す。

 

 

 

 

夜間で大勢の観客を迎えることを想定していない為、業者から急遽(きゅうきょ)レンタルした簡素な屋外照明。

欠けたコンクリートの一部をパテで埋めた、簡素なステージ。

 

"弥生賞"を制したころの過去の私は、この結末を想像できたであろうか?

 

 

 

光の速さで駆け抜ける衝動は

何を犠牲にしても 叶えたい強さの覚悟

(no fear)一度きりの (trust you)この瞬間に

賭けてみろ 自分を信じて

 

 

 

それでも、目の前の観客、歓声には一切偽りはなく、私の為に集まってきてくれたのだ。

私がG1"帝王賞"を制した時のような、白一色のサイリウムが私を出迎えた。

 

 

時には運だって 必要と言うのなら

宿命の旋律も 引き寄せてみせよう

 

 

続いて私が目にしたのは柵の前に置かれた、二つの錆びかけたパイプ椅子。

手を伸ばせば届くほどの最前列に座り私を迎えたのは、私に初めての重賞を勝たせ、私に唯一のG1を勝たせてくれた、ふたりのトレーナーだった。

 

 

走れ今を まだ終われない たどり着きたい

場所があるから その先へと 進め

涙さえも 強く胸に抱きしめ

そこから始まるストーリー

 

 

トレセン学園時代。

G1候補と期待されて、追い続けて、諦められない故に全てを(なげう)って西都に飛び出した。

 

(かつ)て描いた夢のために挑んだ私は、幸福だっただろうか?

 

既に競走生活を終えた私のための曲ではない。

ただ歌詞に込められた意味を反芻(はんすう)してしまい、目の奥からわずかに流れ続ける涙を止めることができない。

 

私は無数、そしてたった二人の観客のため、必死に声が上()らないように抵抗するほかなかった。

 

 

追い続けた答えが 心惑わしたとしても

助走つけて飛び出すのさ 今がその時だ

 

 


 

曲が終わっても会場の熱は冷めることはない。メンバーを入れ替えながら、プログラムは次の曲に移る。

「ウイニングライブの経験が豊富なのだから、いっそ時間の許す限り全ての楽曲を歌えばいい」という提案に従ったからだ。

 

 

情熱に焦がされて 見えなくなった時も

夢の声 導かれ 私は行くの

誰より今 強く駆け抜けたら 一番先で笑顔になれる

 

 

私が歌い続けるのにも限界があるため、"本能スピード"の舞台はデボチカに譲ることにした。

過去にマイル戦線で何度も歌唱経験があり慣れ親しんだ曲を歌わない残念さはあったが、それ以上に彼女が慣れ親しんだ地元でこの曲を披露することには私以上の意味があると思ったからだ。

…きっと配信を通して、かつての仲間ブラインドフュリーも見ていることだろう。

 

 

舞い散る花びらを従えて 今羽ばたこう

時空飛んで 次元も超えて

空が堕ちてくfragrance 神さま 惑わせたい

このまま 離さない ゆずれない 渡さない

 

 

クラレンスの"彩Phantasia"。ライブでの歌唱経験が無いとは思えないほどの出来栄えに控室一同は驚いていた。

海外遠征を挟んで尚これだけの仕上がりで人前に出ることのできた裏では、彼女の血の(にじ)むような努力があったのだろう。

 

『姐さん、ただの雑談なんだけどさ、演ったことのない曲のダンスを一から仕込むなんてさ、凄いんだけど… 何か怖くない?』

『何よりさ、"聖母"(Maria)神さま 惑わせたいなんて歌う?ソロを提案してくれたのはありがたいけど絶対何らかの意図があるって』

 

クラレンスは直近ドバイ遠征を挟んでいたこともあり、楽曲については詳しい話を聞いていない。

私がティアラ路線には縁がなかったため、たまたま開いていたこの曲を選んだのだと思っていたくらいだ。

 

クラレンスにそういった話を振っても、強情な彼女は真の理由について語ることはしないかもしれない。

 

 

ねえ やっと会えたこの瞬間(とき) 素直にありがとう

ずっとずっと待っていた 私は flowering phantasia

 

ありがとう

 

 

仮に歌を通して何らかの気持ちを伝えたいとするのであれば、共に戦った人間いずれかへの感謝の気持ちではないか、と私は邪推(じゃすい)していた。

不器用な人間なのだろう。私にも、バルボアにも似て。

 


 


 

 

ここで今 輝きたい

叶えたい未来へ走り出そう 夢は続いていく

 

 

"Special Record!"を歌い始めるころには日も落ちてしまったが、それでも私の姿を一目見ようとする人の姿はむしろ増えていく。

 

 

day by day さあ 進もうmy way

specialな絆で繋がってゆく

specialな毎日へ走り出そう 夢は続いていく…

 

 

引退ライブの終焉が近づこうとしている。

 

私は一度ステージを降り、ウインドがトークを挟む。

スタッフ腕章を付けた仲間から飲み物を受け取り、衣装の乱れを直す。ステージ下で私たちのサポートをするスタッフは、かつてバルボアやデボチカと西都の重賞を争った面々が中心だ。

彼らにもステージに上がってもらう機会が欲しかった、とわずかながら後悔する。

 

 

『………イェーイ!みんな!盛り上がっているかー!』

『さて、ラストスタンディン引退記念ライブも残すところあと僅かになりました!ところで観客の皆さん!特にローカルシリーズに馴染みのある皆さん!まだ歌ってない曲があることに気づきませんか!?………はーい!観客のみんなご回答ありがとう!』

 

手のすいていたバルボアが私を団扇(うちわ)で仰ぐ。その間もウインドは客席からトークを拾い、休憩の時間をもたせようとしている。

私への義侠心(ぎきょうしん)だけで本日の司会をずっと勤め上げている彼女には本当に頭が上がらない。何より、朝からずっと登壇を続けてよく体力が残っていると思う。

 

『準備できてる?大丈夫?…じゃあ行きましょうか!例のオリジナルメンバーで!!!かましてけ!スタン!!!

 

ウインドはステージ脇に退く。

深く息を吸い、ステージ上への階段を改めて踏みしめる。

 

一歩。

 

二歩。

 

"帝王賞"のウィナーズサークル、痛みと共に階段をのぼったことを思い出す。

 

 

 

私がセンター。側に控えるのはバルボアとクラレンス。

 

左脚の事を思い出す。痛みはない。

そして会場の熱とは裏腹に少し涼しい夜風が、私が間違いなくこの場に立っていることを認識させてくれた。

 

 

 

ようやく、センターポジションでこの歌を歌う機会が来た。

 

トレーナーと代表、二人の前で歌うから意味がある。

そして、この三人で歌うから意味がある。

 

 

 

本来見せるはずだった、"帝王賞"センター3人での"UNLIMITED IMPACT"。

 

 

 


 

視界全部奪うような 打ち付けるスコールの中でも

きっとさらわれ流れるのは 言い訳と迷いだけよ

 

──第三コーナー曲がり未だロッキンバルボア先頭、すぐ後方ラストスタンディン、3番手集団3バ身から2バ身半に差を詰めてきましたが…まだ先頭はバルボアだ!

 ──大きくカーブしたロッキンバルボア、外ラストスタンディン並びかける!後続捕まえられるか!?双方既に逃げ切り体制に入っている!

 

ぬかるんだ現状に足をとられて

陰鬱な空気が喉ふさいでも

この声は絶やせないでしょう

この足は止まらないでしょう いのちのかぎり

 

──先頭いまだロッキンバルボアとラストスタンディン!!!クラレンス来た!内を選ぶ!内へ急襲した!二人まだ余力残しているぞ!

 ──ラストスタンディンが前に出た!ラストスタンディンが前だ!残り100を切った!バルボアまだ必死に食らいついている!!!

 

どうか全力で射抜いてよ 瞳で私を

焼き付けていこう これは約束の進化系

 

──ラストスタンディンが前だ!ラストスタンディン!ラストスタンディンが!そのまま!逃げ切った!!!

 

傷を痛がって投げ出す程度の思いじゃない

君は目撃者だよ

 

 ──ラストスタンディン、"帝王賞"制覇!

  ──世代最後の希望が、G1タイトルをついに射止めました!!!社会人ウマ娘、デビュー9年目にして初のG1制覇!!!

 

 

 

 

 


 


 

歌唱を終え、ステージの灯りは一気にトーンダウンする。

 

 

 

"会場の皆さん、配信の皆さん。ここまでライブを見ていただき、本当にありがとうございます"

"この日の為に尽力してくださったスタッフ・関係者の皆さんにも感謝いたします"

 

 

 

"…そしてその前にトレーナー、ひとつ言わせてほしいことがある"

 

事前の打ち合わせではメンバーがそれぞれ挨拶することになっていたが、直前になって予定を変更することにした。

皆の迷惑になるのは承知で、この場を借りてトレーナーへ真意を(うかが)う時間にしたかったからだ。

 

二人っきりの空間では、お互い話が進まないことは判った。ならば皆が見ている前で、お互いが言葉を引き出し合うしかないと悟った。

思いの丈をぶつけるとすればもうここしかない。後戻りはできない。

 

大きく息を吸う。

 

 

 

"…去年のフェブラリー(ステークス)の時、言ってくれたよね?「立場は変わっても、また君と走りたい」って"

"その時はトレーナーの告白に対して、答えを出すどころではなかった。そのまま答えることが出来ず、今日を迎えてしまった"

"私も同じ気持ちだった。立場が変わっても、トレーナーと走りたい。言えなかったのは私の過失だった、それについてはごめんなさい"

 

"でも、今のトレーナーは、私を突き放しているように見える。あの時の気持ちから変化があったの?"

 

 

 

"こんな場所で話を聞くのは、ずるいと思っている。でも、今のトレーナーの正直な気持ちが聞きたい"

 

 

 

『…ちょ、ちょっと待ってくれ、話が急すぎる。言葉を整理させてくれ』

 

観客席からは(はや)し立てるような歓声が飛び交う。

しかし私とトレーナー双方の顔から深刻な事態であることを読み取ったのか、徐々にそういった声は無くなっていった。

 

 

 

『確かに告白はした。そして今もスタンに伝えた気持ちは変わっていない。だが今の自分ではスタンに不釣り合いだ』

『… 今しばらく、時間が欲しい』

 

 

 

"不釣り合い?時間が欲しい?それじゃあ解決にはならない、理由を聞かせて"

 

 

 

『俺はお前と8年一緒にやってきたが、お前にG1を勝たせてあげられなかった!』

帝王賞を獲ったのはお前の頑張りと今隣にいる淀川代表のお陰だ!俺はお前の隣にいる資格が無い!

 

 

"私にG1を取らせることのできなかった、負い目があることは分かってる!"

"でも!トレーナーが、西都への移籍を提案してくれなければ、帝王賞も取れなかった!今日のような素晴らしいライブなんてできなかった!"

 

"私はトレーナーのことを!ずっと(した)っていた!トレセンを卒業したいまでも、その気持ちは変わっていないの!!!"

 

 

俺はまだ君に見合うトレーナーになれていない!

スタンがG1を勝てなかったのは俺のせいだ!俺に淀川代表ほどの手腕があれば、トレセン学園時代で勝たせられたかもしれないんだ!

G1を勝たせられなかった俺が、転属後G1を獲った君に見合うと思うか!?

 

 

"私に見合うって何!?私はもう引退して、明日からは"元"の肩書しかない、ただのレース場職員!"

"このまま私もトレーナーも、お互いを思うだけ思って時間だけが過ぎ去るなんてまっぴら!!!"

 

 

 

"私は!トレーナーを!愛してるって言ってんの!!!"

 

 

 

 

 

言葉の応酬(おうしゅう)が止まった。

 

トレーナーの口先が震えている。私の荒い息だけが、会場に響く。

 

 

 

 

 

 

「…スタンさん、三船さん(トレーナー)。口論の最中少し割り込みさせていただきますが」

 

 

「私はスタンさんとは二年弱の付き合いしかありませんし、三船さんとお話した機会は数度しかありませんでした。それでもお二方からは幾度もお互いのお話を伺いましたし、それぞれ相手の事を思いやっているあまり、相手に拒絶されてしまうのが怖いのだと私は思いました」

「ただ三船さん、貴方はG1レースを少々舐めておられます。ステージに上がっている彼女の陰には、G1にすら出場できず競走生活を去った方々が幾らでもおられることは、トレーナーである貴方であればご存じのはずです。 …スタンさんと8年間、G1の夢を見続けた貴方であれば」

 

「三船さんがG1を勝つまでとケジメを付けている理由がスタンさんを思いやってのことであれば、それを心配する理由はないでしょう」

 

「スタンさんが三船さんを愛している理由の一つは、貴方の誠実さだからだと思います。かつての教え子を最後まで責任もって送り出し、送り出した後も教え子を思いやり続け、幸せを考えたうえで正直に思いを吐露(とろ)する…」

「大丈夫です。三船さんは素晴らしいトレーナーですよ」

 

 

代表。

二人の唇の動きがシンクロするのを感じた。

 

 

「…それとですね」

 

 

 

「"恋は盲目"というのでしょうが、御二方とも今のやり取りが私たちの後方におります数え切れないほどの皆様の前で行われている事、またURAを通して只今の口論が全世界に配信されていることを、どうか思い出していただければと思います」

 

ふと我に返った。

 

 

 

観客、スタッフ、両隣りのバルボアとクラレンス。(そで)に控えるウインドとデボチカ。

その場にいる皆が、どう(はや)し立てていいのか分からないといった顔で、私たち二人を見つめていた。

 

 

 

私とトレーナーはお互い正気に戻り、大いに赤面した。

 

 

 


 

 

 

『あー…あー…、スタン』

 

 

 

『今言ったそれが、告白の言葉でいいんだな!?』

 

 

 

トレーナーが突き出した片手の先にあったのは、手のひら大の化粧箱。

 

そして開いた箱の中にあったものは。

 

 

 

 

 

いつか来るであろう、トレーナーが他の子の専属トレーナーとなる日。

そしていつ来るかはわからない、教え子のG1勝利の日。

トレーナーはその日の為に、ずっと()()を持っていて、私に渡す機会をうかがっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

トレーナーの言葉、そして箱の中の()()に対し、私がどのような言葉を返したかは覚えていない。

ただ会場全体が歓喜で沸いたこと、感情を制御できず崩れ落ち、バルボアとクラレンスに肩を貸してもらったことは覚えている。

 

 

 

一度ステージから下がる折、会場のいずこから"お幸せに"の言葉が届いた。

 


 


 

『三船さん…大胆なプロポーズは立派、本当に立派なんだけど、予定にないことしてスタン泣かせないでくださいよ…。10年も付き合いあればあの子がシャイなの分かるでしょ!?勇気出して口喧嘩(くちゲンカ)吹っかけて、そのタイミングで指輪なんて普通見せる!?第一もっと早くお互いの気持ちをぶつけておけばこんなことには…あと観客の皆さんもあんまり(あお)んないでください!スタン泣くと長いんだから!』

 

『あとスタンも早く涙を吹いてステージに戻ってきなさい!メイク落ちてるのとかいいから!結婚式のお色直しじゃないのよ!?』

 

どうも私は締まらない終わり方につくづく縁があるらしい。私が落ち着くまでなんとかウインドが場を持たせる。

涙を抑えようとする思いとトレーナー対する思いが成就した満足感、観客と彼女に対する罪悪感がそれぞれ相反(そうはん)し中々涙が止まらない。

 

『大丈夫?嗚咽(おえつ)止まってる?舌回る?よりによって一番最後で舌噛まないようにね?』

 

諦めて今の顔のままステージに出ることにした。

大きく深呼吸。涙はまだ止まらないが、歌うことはできる。ウインドに最後のサインを送る。

 

 

 

『…それでは最後に、この曲を持ってスタンの競走生活に別れを告げるとしましょうか!』

『"うまぴょい伝説"!スタン!三船さん!お幸せに!』

 


 

 

 

"位置について…"

 

"よーい、ドン!"

 

 

 


 

うーーーー(うまだっち)

うーーー(うまぴょい うまぴょい)

うーー(すきだっち) うーー(うまぽい)

うまうまうみゃうみゃ 3 2 1 Fight!

 

 

自分の現役生活に満足してターフを去るウマ娘は決して多くはない。

私は今日、多くの観客に見守られる形で競走生活に幕を下ろす。

 

 

おひさまぱっぱか 快晴レース(はいっ)

ちょこちょこなにげに(そーわっ So What)

第一第二第三しーごー(だんだんだんだん出番が近づき)

 

 

「私」のトゥインクルシリーズデビューは10年前。

勉学に秀でているわけではなく、友人も多くなかった。

 

走る才能だけがあって、どうしようもなく走るのが好きな子だった。

能力が衰えた今でも、それは変わらない。

 

 

めんたまギラギラ出走でーす(はいっ!)

今日もめちゃめちゃはちゃめちゃだっ(ちゃー!)

がち追い込み(糖質カット) コメくいてー(でもやせたーい)

 

 

中央で8年、西都で2年。勝ち取れたG1タイトルは"帝王賞"ただ一つ。

 

勝てなかったレースに対する後悔は今もある。

実力で劣りどうにもならないレースもあった。

作戦の不発やレース中のミスで勝てず、枕を濡らすことも一度や二度ではなかった。

 

 

あのこは(ワッフォー) そのこは(ベイゴー)

どいつもこいつも あらら(リバンドー)

泣かないで(はいっ) 拭くんぢゃねー(おいっ)

あかちん塗っても(なおらないっ)(はーっ?)

 

 

結果として、ゴーンザウインドのような世代の輝かしい主役となることはできなかった。

マリアークラレンスのように我が道を進み、世界を股に駆けるほどの能力もなかった。

 

私の競走ウマ娘としての格は、彼女らの足元に及ぶことはない。

 

 

きょうの勝利の女神は あたしだけにチュゥする

虹のかなたへゆこう

 

 

後輩のバルボアとデボチカは、西都で引き続きG1戦線を戦い続ける。

二人は今後も地方レース場の希望として、今後も皆の期待を超え続けるはずだ。

 

数年も経てば、私の快挙など彼女らの活躍に埋もれていくだろう。

 

 

風を切って 大地けって きみのなかに 光ともす

 

 

それでも、これだけ多くの観客が私の為に来てくれている。

私の引退を祝うこの日の為に、時間を割いてくれた競走仲間がいる。

 

目の前には、私の競走生活に欠かすことのできなかった二人のトレーナーがいる。

 

代表のお陰で、私は現役を諦めずG1勝利の栄誉を掴むことができた。

長年苦労を掛けたトレーナーにも、感謝の気持ちと思いを伝えることが出来た。

 

 

(どーきどきどきどき どきどきどきどき)

 

 

二人の元で、走れてよかった。

 

 

きみの愛バが!

 

 

 

 

 

私は幸せ者だ。

 

 

 

 

 


 


 

 

私の別れを惜しむ多くの声が飛び交う中、他の四人と共に深々と頭を下げる。

 

視界は涙に塗れ観客一人一人の顔を見ることはできない。

 

目の前にはただ、無数のサイリウムの光があるだけだ。

 

 


 

「私の想像もできない形で、彼女の引退を見送ることが出来ました」

「管理組合を()した今、私は彼女と全く関係のない人物ですし、貴方たちの今後の生活を縛る資格などありませんが… スタンさんの事を、今後も宜しくお願いします」

『淀川代表。重ね重ねになりますが、ラストスタンディンの事、本当にありがとうございました』

 

 

 

「さて、元担当とトレーナーで思いを伝えあった今、私の出る幕はなさそうですね」

「そういえば三船さんはスタンさんに告白の確認だけしておいて、未だお返事をされていませんね。まずやるべきことがあるのではないでしょうか?

 

 

『あ…』

『………ご教示、感謝します!

 

 

 


 


 

「スタン!」

 

聞き耳を立てる。トレーナーが席を立ち、こちらに向かってきていることが判ったからだ。

涙をぬぐう。視界にトレーナーを認めたと同時に、お互い人前に見せられない顔になっていることに苦笑いした。

 

 

 

「告白の返事をしていなかった。

 

 

 

 

俺も、スタンの事を愛している!!!

 

 

 

 

 

横を振り返る。

バルボアが私の肩を押す。一つ遅れて、クラレンスも。デボチカも。ウインドも私の背中を押す。

 

『行きなよ』

 

 

 

 

鳴りやまない拍手と歓声の中。

私は(ちから)いっぱい、トレーナーを抱きしめた。

 

 

 







ローカルうまとめ@ローカルシリーズ情報
@local_series_umatome
【世代最後の希望・完全燃焼のラストライブ!】
西都レース場・淀川前代表の元、G1"帝王賞"等を制覇したラストスタンディンさんの引退ライブが行われ、ダービーウマ娘ゴーンザウインドさん、ドバイWC制覇のマリアークラレンスも登場しました。
10年に渡る競走生活、本当におつかれさまでした!
【挿絵表示】







あとがき・今後の投稿予定について





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