最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】 作:兄萬亭楽丸
──……いやー、どの子も自信に満ち溢れてますね!今週末のトゥインクルシリーズ"スプリンターズS"大特集、明日はあのアイドルウマ娘にインタビューします!
──続いて、ローカルシリーズの情報です。明日は船橋レース場にてG2"日本テレビ盃*1"が開催されます。地元からはトヨギハナフダ、トヨギテンキアメが出走予定です。
ビジネスホテルに到着し、明日のレースに向けた各所への連絡を済ませた私は、メイクを落としながらテレビから聞こえるワイドショー解説に耳を傾けていた。
──トヨギハナフダ選手はG1の"ジャパンダートダービー"でも5着に入りましたし、今回も好走が期待できますね。他所属の有力候補として、
スプリンターズステークスとの報道熱の差に少し苦笑いしながらも、画面に映る自分の名前を見つめる。
…今回は転戦後初めての遠征。明日の日本テレビ盃に出走する"大ベテラン"こそが私だ。
…およそ2週間前の定期面談。
代表は出張中のためWEB会議でのやりとりとなった。
「一つ提案ですが、次の"収穫祭杯"は取りやめて、関東の交流重賞を取りにいきませんか?」
…改めて私の境遇を整理する。
当面の目標は11月開催の"南部杯"か"JBCクラシック"への出走資格を得ること。
優先出走資格を得るには過去1年以内に重賞を勝利する必要があるが、これは昨年中央在籍時に満たしている。この資格を満たすウマ娘が多数いる場合は、レース成績をもとにしたレーティングと抽選によって出場するウマ娘を決定する。
また、"サマーレジェンドカップ"で、後輩のロッキンバルボアはシニア級の面々とも戦えることを証明した。
バルボア陣営はJBCクラシックの前哨戦として"収穫祭杯"を使うことを表明しており、同じレースに出走してのレートの削り合いは避けたい。
私としても転属以来久々に重賞級の能力を持つウマ娘と対戦したが、G1を勝つことを考えるとすれば一度条件や出走メンバーの近いレースで慣らしておきたかった、という事情もある。
そのため、JBCクラシック優先出走権を確実に得ることのできる"日本テレビ盃"を選択することにしたのだ。
「私は前日役所との打ち合わせがありますので、レース場には当日入りします。飛行機はこちらで手配しますが、ホテルは貴女が選んでいただければと思います」
遠征制度についてはトゥインクルシリーズと大差ないらしく、他地方のレースに出走する際は交通費・宿泊費に補助金が支給される。
補助金は遠征先の地方やレースの格によって上下するらしい。
レースに出走するウマ娘用に朝食を提供しているホテルもあるらしいが、船橋レース場でも出走者らに向けた食堂の解放があるため今回はそちらを選択した。
(後輩たちの話によると、関東の食堂は比較的レベルが高いようだ。とくに大井はトレセン学園より上という話をよく聞く)
ところで、予約サイトにある"クオカード付きプラン"というものについて質問したところ、
「代表として、今のは聞かなかったことにしておきます」
…これまでにない強い語気で釘を刺された。
翌朝。久々の遠征ということもあり、寝つきはあまり良いものでは無かった。
普段とは違う目覚まし時計のアラームを止め、寝てる間に来ていたメッセージを読み進める。代表は早朝始発の便で無事空港に到着したようだ。
| 差出人:トレーナー |
| 午後休取れたので明日船橋に行きます。 それと急な話で申し訳ない。昔お世話になっていた記者から君宛に取材の依頼があったので、関係書類一式を送らせて欲しい(NGなら後日郵送します) |
平日の忙しい中ではあるが、元トレーナーも応援に来てくれるようだ。
正式な手続きを踏めば、レース出走者への差し入れや応援のための控室入室は認められている。
これも代表に伝えておくべきだろう。
代表と合流し、レース場の受付窓口で入構手続きを済ませる。
第一レースの開始が近いこともあり、関係者出入口では体操服の搬入業者や中継車クルーが慌しく駆け回っていた。
出走待機ウマ娘待合室を兼ねた食堂には、地元の数割増しの待機者が詰め寄っている。
食堂メニューの品揃えには確かに舌を巻く。遠征組のために郷土料理も用意しており、同行しているトレーナー達にも喜ばれているようだ。
「これだけの人数の食事を
代表は食堂スタッフを遠目で眺める。組織の長特有の視点に苦笑いしていると、電話が鳴った。
「…朝方言われてたトレーナーが来られたようですね。差し入れの受け取りに行ってきます」
メインレース開始まではおよそ5時間。2時間ほど前まではある程度の自由行動が許されているため、レースを鑑賞しながらその時を待つ。
時間が経つにつれ出走前の打ち合わせやトレーニングを行う子は徐々に減っていく。
レースを勝てなかった子達と、
出走が近づき、係員に移動を促される。
指示された控室で体操服に着替え、パドックに向かう。
重賞レースということもあり平日でもそれなりに混雑しているが、客席はローカルシリーズ関係者や研究の一環で同行してきた各種地方レース場の生徒が中心である。
地元では重賞級でないと中々見れない応援幕が全団体・全ウマ娘に用意されているようだ。
中央にほど近い関東のローカルシリーズが強いと言われるのは、こうした心理的アドバンテージも大きいだろう。
…移籍後のデビュー戦で見かけた、私の色褪せた応援幕も張り出されていた。
応援幕の前には、少し頬のこけた、かつてのトレーナーがいた。
全力で手を振ってくれていた。
レース前から泣かせるんじゃない。
「…正直、出走メンバーについて私は不勉強です。貴女の方が熟知されているのでお任せします。コースも確認しましたが最終直線のバ場は荒れているようですし、仕掛けは早くしたほうがいいでしょう。気温が下がりますので下半身のウォームアップには直前まで気をかけるように」
きっと傍から見れば、代表は私に掛けられる時間が少ないばかりにイエスマンと化していると思われるかもしれない。
ただ、代表は私の経験と、元トレーナーのこれまでの指導を受け入れたうえで、全面的に信頼してくれているのだ。
卒業しても全力で私を応援してくれるトレーナー、私に夢を繋いでくれた代表、何より自分のために勝たなければならない。
今日は、勝たなければならない
「…取材が控えてますが、落ち着きましたか」
肝心のレースは1着からアタマ、ハナ、アタマ差の4着。地元・関東勢の猛追に屈する形となった。
敗北のショックか、控室で脱ぐ体操服は普段以上に重く感じた。
確かに仕掛けは早く出来た。上手くいった。しかし向かい風に対する慣れが此方にはなかった。
地の利・レース場での経験不足と言えば簡単だが、それを補って余りある実力がこちらにはあると思っていた。
ローカルシリーズを甘く見ていたつもりはないが、やはりここでも勝てないのか…
『…それと、朝方話されてた書類ですが、今ご覧になりますか?』
…書類の内容に目を通す。
対談の相手はよく知った相手。過去に私とクラシックを競い、世界に挑んだウマ娘。
ミス・ダービー、ゴーンザウインド。
…内容は、彼女のドリームトロフィーリーグ引退に際するインタビューだった。
【登場人物】
・トヨギハナフダ、トヨギテンキアメ
「トヨギ」のウマ娘。
トヨギハナフダは日本テレビ盃を勝利しJBCクラシックの優先出走権を手にした。
・ドットマトリクス
中央出身。
皐月賞トライアル"若葉S"を勝利したものの、皐月賞7着・青葉賞(G2)6着に沈み、クラシック戦線から脱落。今回はメイクデビュー以来のダート出走で5着と健闘したが早々にダート戦線に見切りをつけた。後に12月の芝G3"チャレンジカップ"で自身初の重賞勝利を果たしている。
・(元)トレーナー
「私」の就職活動中は担当トレーナーとして入社試験に同行、その際代表とも顔を合わせている。入社後は越権行為になりかねないので職場との連絡を避けていたが、再会をきっかけに代表への情報共有を行うことにした。
ゴーンザウインドに関する取材資料の最後のページには付箋が貼られており、無骨な字で添え書きがあった。
"君の引退はまだまだ先だ。G1勝利できると今でも信じている"