最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】   作:兄萬亭楽丸

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エピローグ:Stand By Me【前】

 

──…ロッキー4バ身差!ロッキーだ!ロッキーだ!ローカル・ドリームを成し遂げる時だ!

 

──ロッキン、バルボア!!!

 

──ロッキンバルボア、"東京大賞典"制覇!!!渾身の大外逃げ切り!

 ──高々と右手を突き上げた"挑戦者"!迫る数多の強者を突き放し、西都出身者初のG1制覇を成し遂げました!

 


 


 

──九州・西都出身のG1ウマ娘… 同じローカルシリーズ出身者としてこうして共に話す機会が出来たことを光栄に思う。

──地元の"西都ダービー"からG1戦線への進出を本格的に進め初戦の"ジャパンダートダービー"、取材にあたり映像を見させてもらったが、開始早々逃げを打って尚最後まで衰えなかった脚にまず驚いた。ライバルのマリアークラレンスとの競り合いも…

 

『 … はい… ありが…     で  ござ…  』

 

──…それにしても今年の"帝王賞"も素晴らしかった。前走"かしわ記念"は流石にマークをされ続けて苦しいレースになったが、引き続き多数の中央・関東勢にマークされながらも…

 

『 そんな…  じぶ、じ…   が…     あ、あり…    』

 

 

『す!すいませんオグリキャップさん!一度録音機材止めてもらっていいですか!?』 

──………、つい夢中になってしまった、ずっと(うつむ)いているが、私に不手際があっただろうか?』

 

『こいつ元々人見知りな上に、オグリさんのことすごく(した)ってるんですよ。それが急にオグリさん来られてインタビューされるって聞いたものだから、もう心ここにあらずって感じで…』

『そうだったのか… すまない』

『…ほらバルボア!お前挨拶も声出てなかったぞ!まずゆっくり深呼吸しろ!』

 

 

 

『あ… あの… オグリさ… ホ、ホン、 ト光栄で…』

 

『こ、怖かったか?何かできることは?』『い!いえ!そんな、こ、ことは!!!』

『…似た境遇(きょうぐう)の後輩と話せることに興奮するあまり、つい取材を()いてしまった。たしかに今の取材形式だと少し堅苦しいかもしれないし…もっと(そば)で話をしよう』

 

 

 

『自分の言葉で、ゆっくりで大丈夫だ。まずは君の故郷の話を聞かせてほしい』

 


 

オグリキャップ(Oguri Cap)

主な勝ち鞍:安田記念・マイルチャンピオンシップ・有馬記念

 

カサマツが生んだ葦毛(あしげ)のシンデレラ。彼女の功績について語ることは野暮というものだろう。

現在はトゥインクルシリーズ界隈を周辺にマルチに活躍。「うまとめ」等ローカルシリーズ関連メディアのライターも請け負っている。

ちなみにこの後の昼食休憩では、バルボアが頼んだ量の8倍あるニンジンハンバーグを食べきった。食欲には衰えが無いらしい。

 


 


 

8月中旬。私の引退ライブからおよそ4か月。

西都レース場・夏の一大レースである"サマーレジェンドカップ"を翌週に控えていたが、私はG1組(バルボア・デボチカ)に同行するかたちで、トレセン学園に出向いていた。

 

 

 

 

 

競走登録を抹消し、引退ライブを終え、付随(ふずい)するすべての手続きが終わったことで、ラストスタンディンの競走生活は幕を下ろした。

その翌出勤日、新たに就任した代表(現・代表と呼ぶべきだろうか)の辞令により、現在のレース場警備担当からの配属替えが正式に伝えられた。

 

今の「私」は、"西都レース場・特命広報担当"のラストスタンディンである。

 

 

 

競走契約を終えたことでスケジュール管理がしやすくなったこともあり、地元メディアを中心とした取材・イベント出演依頼は現役時以上に増加した。更に代表の代替わりに伴うスポンサーへのあいさつ回り、これまで直接かかわることのなかったNAU管理団体とのやり取り… 代表程ではないが国内各地を飛び回る日も生まれた。

 

また、そういった外回りが無い日は先輩社員の元で座学に(はげ)むことになった。レース場職員や社会人として本来必要な知識を、2年遅れでたたき込む時間が続く。その合間には兼ねてよりの目標だったローカルトレーナー資格の為の筆記試験にも挑み、合格。正式にトレーナー資格を得る為には実地での研修等をこれから受ける必要が出てきたが、まずは一つの山場を越えた。

 

競走生活に励んでいたころとは別ベクトルの目の回る忙しさではあるものの、私はおおむね満足した生活を送れていた。

 


 


 

『そういえばクラレンス居ないかな?内緒で来たからちょっかい掛けに行きたいんだけど』

『止めてやれ… いや、クラレンスはまだアメリカ遠征明けの検疫(けんえき)中でトレセンには居なかったはずだ』

 

うまとめ@トゥインクルシリーズ情報

@umatome_twinkles

【海外出走情報】

マリアークラレンスがブリーダーズカップ前哨戦であるG1"ホイットニーステークス"*1に出走、12名立て中の3着でした。1着のブラッドレーレガシーは3月のドバイワールドカップでクラレンスと対戦、リベンジを果たしました。

マリアークラレンス陣営は9月中旬からの米遠征を再度申請しており、11月の"BCクラシック"出走を予定しています。

 

『ちぇー、残念。アメリカのレース走るには検疫しないといけないんだね、忘れてた…』

 

 

 

バルボアらがトレセン学園に呼ばれた理由のひとつは、URAとの契約締結。ローカルシリーズ所属でありながら中央開催のG1を勝った(フェブラリーS・高松宮記念)二人は、トゥインクルシリーズ(  URA  )の来季広告に登場することが既に決定している。NAUとURAは提携関係にこそあるが別団体にあたる以上、そういった広告撮影・グッズ製作などに関する契約を別途結ぶ必要があったためである。

 

 

 

一方、私がトレセン学園に来た理由は彼女らとは異なる。

端的に言えば"ローカルトレーナー"として、トレセン学園内で開催される研修を受講しに来たのだ。

 


 

私が出席する説明会は学園内の教室の一つを借りて行われる。

太陽がまぶしく照り付ける平日の昼にしては、トレセン学園を行き交う生徒は気持ち少なく感じる。

競走契約を結んでいるウマ娘・トレーナーの多くは夏合宿に出向いていたり、札幌・小倉等各地で行われるレースの出走を控えている為だろう。

 

 

 

会場となる教室の、長年慣れ親しんだ教室の椅子に座る。

トレセン入学時より一回り小さくなったような気のする教室には、私を含めた若いトレーナーが10名ばかり。南関東のローカルシリーズ出身のトレーナーが多くを占めているようだ。

 

 

 

『………皆さま、こんにちは。本日は新規配属トレーナーの皆様を対象とした"ローカルシリーズ転属契約サポート研修"にご出席いただき、誠にありがとうございます。本日の講師を担当いたします淀川と申します。よろしくお願いいたします』

 

 

 

ほどなく教室に入って来た講師(代表)は、私を一瞬長く一瞥(いちべつ)した後、説明に入った。

 


 

トゥインクルシリーズに所属するジュニア級ウマ娘は、早ければ春G1の終わりである"宝塚記念"の前後にメイクデビューを迎える。

毎年初夏には、駅や空港などでジュニア級の子らが集まり初めての遠征に挑む姿を見ることが出来る。ある意味で夏の風物詩ともいえるだろう。

 

一方でクラシック級のウマ娘にとっては、夏という季節は一つの節目でもある。

往時のマリアークラレンスといった超一流どころにとっては国内外の秋季G1に向けた調整期間であり、私をはじめとするオープン・重賞級ウマ娘らにとっては、そういった一流どころに追い付くための上積みを重ねる時期でもあった。

 

…だが、私を含めてこういった割り切った思いで夏を迎えられるウマ娘は少数派であることは度々語っている。

現実として、クラシック級のウマ娘の(ほとん)どは未勝利戦すら勝てないまま夏を迎えるのだ。

 

 

9月初頭のローカル開催の(新潟・小倉・札幌)終了をもって、レーシングプログラムの多くを占める未勝利戦の主役はジュニア級に移り変わる。

これはすなわちクラシック級"未勝利戦"の排除を意味し、端的に言えば"9月までに勝利しないと出走できるレースがほぼ無くなる"のだ。

 

 

 

では、"クラシック級9月までに勝利できなかった"トレセン学園のウマ娘はどのような道を辿(たど)るか。

 

 

 

最も多くの子が取り得る選択肢といえば、競走の世界そのものを(あきら)めることだろう。

トレセン学園を去り郷里(きょうり)に戻る子もいるが、幸いにもトレセン学園にはレーススタッフとして修養を行う選択肢が用意されている。

そのため引き続き学園に所属することは可能であるが、競走の世界からサポートの世界に移ることになったためにプライドを折られる子も多い。

破れた夢を受け入れることと、自分より才能のある年下のサポートをする、といったある種の屈辱(くつじょく)を耐えられるかは別問題だからだ。

 

トゥインクルシリーズに所属し続ける場合は、障害競走への転身という道がある。障害競走には所属年数での未勝利打ち切りが無いためだ。

障害競走自体に長距離レースへの適性が求められることもある為、この選択肢を取るウマ娘は多いわけではない。

得られる栄誉もこれまで上げたレースと比べて決して大きく取り上げられるものではないが、この道を選んだ彼女らには相応の誇りがあり、別のドラマがある。

かつてこの道に進んだ例を挙げるとすればメジロパーマーさんだろうか。障害競走の世界で真っ先に語られるとある水色メンコのウマ娘もこの道を辿(たど)っている。

 

そして最後の選択肢。我が西都レース場をはじめとする、ローカルシリーズへの転属である。

重賞級に限定しなければ、開催されるレースの数はローカルシリーズの方が圧倒的に多く、出走機会が削られることはまずない。

また(ジュニア級を除けば)ランク分けに所属年数による区別はない為、未勝利で勝てなかった子も引き続き走ることが可能になるわけだ。

 

 

 

『…こういった"元"トゥインクルシリーズ所属ウマ娘に対して、我々のできる事はまず各々に合致(がっち)した目標の再設定となります。しかし現実問題としてクラシック級からシニア級の一年で連勝を重ね、オープン・重賞競走に出走するといったことは難しいことは皆さまご存じかと思います』

 

 

 

また、地方への転属にも能力格差からくる事情がある。

 

ダートG1の開催を多く抱える南関東ローカル(大井・川崎・船橋・浦和)はトレセン学園に近いこともあり地方転属を希望しているウマ娘をスカウトしやすく、地理的にも近いゆえに手続きも容易。逆に言えば未勝利といえど有望な子が選ばれやすい。

一方で西都含む西日本等、遠方への転属を選んだウマ娘はそういった先行組からあぶれた面々が中心となる為、自然と移籍先でも同程度のメンバーと争うことになる。

 

そういった形で再度チャレンジする機会があっても、勝ち残れるウマ娘は一握りにしか過ぎない。いくら所属年数による出走機会の削減が無いとはいえ、各々は競走ウマ娘である以前に学生である。

そこでも結果を残せなかった場合はいずれ競走契約を辞し、学生として次の進路に進む以外の選択肢は無くなる。

 

 

 

『大前提として、彼女らは選手である以前に一人の学生です。競走生活を終えても、その先には社会人・学生としての道が待っています』

『契約を結んだ各々(おのおの)が競走生活を終えたときに"転属しても走り続けた意味はあった"と思っていただくことが、我々ローカルトレーナーの仕事と思っていただければと思います』

 

 

 

彼女らにとって地方レース場は夢を諦める場所でもあり、ローカルレース場はそういった立場の彼女らに将来の進路・雇用を保証する場所でもあるのだ。

 

 


 

『トレーナー試験に合格したとは伺っていましたが… 元気そうで何よりです』

『貴女の活躍はできる範囲で追いかけさせていただいてますよ。テレビ放送を見れないのが残念ですが』

 

講義を終え、教室には代表と私の二人が残された。

他の受講生が足早に校外に向かっていく様子が見える。トレセン学園の学生がどのように練習しているのかを、一度肌で感じ取ってみたいのだろう。

 

代表は現在トレーナー学校の非常勤講師として、主に南関東ローカルシリーズのトレーナー候補生を対象に教鞭(きょうべん)をとっている。

またトレセン学園と南関東の地方レース場は頻繁(ひんぱん)にウマ娘やスタッフの移籍が行われるためにトレーナー関係者が集まる場として最適であり、定期的にトレセン学園で今回の様な研修が開催され、代表などのトレーナー学校の人間が講師として派遣されているとのことだ。

 

『皆さんと親しくされていたフュリー(ブラインドフュリー)さんが生徒として私の学校に進学されてましてね。慣れない都会で苦労していることも多いですが… 精一杯頑張られてますよ』

 

ブラインドフュリー(Blind Fury)

主な勝ち鞍:サマーレジェンドカップ(G3)

西都卒業後はトレーナー学校に入学。同郷の縁もあり、淀川前代表の元で指導を受ける機会も多いようだ。

 

後年紆余曲折(うよきょくせつ)ありトレーナーの道は諦めることになったものの、学校での知識を生かし理学療法士(りがくりょうほうし)資格を取得。独立後は西都に居を構え、かつての同室・デボチカのそばで負傷に苦しむ後輩たちのリハビリに力を尽くす。

 

代表は未練こそなくとも、かつての職場を大いに気にかけていた。

私から教え子や社員の話を伺い、それぞれが引き続き頑張っていることをうれしそうに聴いていた。

 

ただし、事前に予定を組んだわけでもない偶然の再会はほどなくタイムリミットを迎える。

 

『おや、電話… すみません、人を待たせていますね。折角会えた教え子と歓談の時間すら取れず申し訳なく思います』

『…三船さんに限らず、ご家族もお友達も… スタンさんの今ある縁を大事にしてくださいね』

 

 

 

代表はタクシーに乗り、トレセン学園を去る。職を変えても代表の多忙っぷりは変わらないように見えた。

 

 

 

「割り切ってはいますが、家族を式典に呼べなかったのが心残りですね」

 

「家族は大事にしてくださいね。連絡がとれるうちはまだやり直せるとは思いますから」

 

 

 

…むしろ独り身の代表本人にとっては、(せわ)しなく仕事をこなすことが幸せなのかもしれない。

それでも度々トレーナーや家族についてしばしば気にかけていただいているのは、私に代表本人のような、仕事(競走)を優先するあまり他のあらゆるものを(おろそ)かにしてしまう性質を感じ取っているからなのかもしれない。

 

 

 

家庭を手放した自分と、同じ(てつ)を踏んでほしくないからなのだろう。

 

淀川明(Akira Yodogawa)

西都レース場元代表。定年退職を控えた1月、ラストスタンディンのG1勝利の功績によりNAUグランプリ殊勲トレーナー賞・特別功労賞を受賞。

トレーナー学校では主にトレーナー候補生らの相談役として、後進の育成に生涯を捧げた。

後年、氏の貢献を讃えクラシック三冠"西都皐月賞"に"淀川記念"の副題が付けられるに至る。

 

 

 

 

"もしもし、母さん?"

 

"いや、仕事でたまたま、トレセンに寄ったから。家、(そば)だし。"

"…いや、明日も取材で、泊まり。うん、都内。うん。"

 

"ホテルから電車一本だし、ちょっと実家に顔出そうと、思って"

 

 

 

 

 

"…ん。ごはん。食べてく。"

 

娘に似て口数こそ少ないが、娘を陰ながら援助し続ける。

西都レース場での2年間は親子間の連絡こそ殆どなかったものの、進路に関して対立のあったトレセン時代よりは雪解けが進んでいる。

家族にとって一番の願いは娘・ラストスタンディンの社会的自立であり、娘がレース場職員として就職した今、彼女の行く道に口を出す理由はないからである。

 

…ただ、トレーナーとの交際に関してはひと悶着あるだろう。

 

*1
8月上旬、米東部ニューヨーク州・サラトガレース場で開催。







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