最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】   作:兄萬亭楽丸

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閑話:愛の床屋さん

髪が伸びた。

 

…最後に理容院に行ったのはトレセン学園の卒業式あたりだろうか。

そろそろ髪を切りに行く時期ではあるが…周辺のヘアサロンを知らない。

あるのかどうかすらわからない。(ここまで言うのはさすがに地元に失礼な気がするが…)

 

以前も紹介したが、当レース場は周囲が山林で、周辺へのアクセスは劣悪。陸の孤島といっても差し支えないほどだ。

市街地に出たい場合は自家用車を用いるか、一時間に一回来る路線バスに乗るしかないのである。

 

調べたところ、一番アクセスの容易な理髪店はそのショッピングモールの中だが、さすがに年頃の女子が1000円カットに行くのはどうも気が引ける。

何か関東遠征でもあればトレセン時代の行きつけの所に寄れるのだが…

 


 

『…何?髪切るの?』

仕事終わりの食堂でスマホ片手に思案していると、レース場清掃を終えた先輩が隣に座り声をかけてきた。先輩は私と違い午後勤務もある為、比較的軽めのメニューだ。

 

『まだ行きつけ決めてないなら、この店にしなよ。ショッピングモールじゃなくて駅前で降りて、商店街の西の方ね。昔の友達が店構えててさ、そこそこ安いの。』

地図アプリの画面には、先輩の指すヘアサロンの周りにもごくごく小さな店がひしめき合う。

それでもある程度繁盛しているようで、それなりのクチコミが投稿されていた。

 

『ほんとはよくないけど… あたしの名前出したら、少し安くしてくれるよ。』

 


 

『…いらっしゃいませー。予約の方ね?今日は誰もいないからすぐご案内できるわ』

 

座席は二つ、スタッフは店主一人のみのごくごく小さなヘアサロン。

理容師学校の卒業証書や最新のファッション雑誌に混ざり、少々似つかわしくない"西都皐月賞"のサイン入りゼッケンが彼女が元競走ウマ娘であることを誇らしげに主張していた。

 

『へー、元中央なのね。グレイル姉さんから聞いたかもしれないけど、私もあそこの学生だったの。』

 

現在レース場で働いてる先輩達も元は学園の生徒だったのだが、よく思えば学園の規模の割に、勤めているウマ娘があまりにも少ない。

 

『グレイル姉さんはホント特殊。レース場スタッフって地方自治体所属の公務員だから採用人数絞られてるし、給料も芳しくないの…だから大抵はレース場にスポンサーで出資してくれてる企業に就職するのよ』

 


 

…心当たりがある。

売店商品の搬入業者。レース開催日に来られる放送局スタッフ、ゼッケンの搬入業者、屋台などの食品販売業者… レース場に出入りする業者のウマ娘比率は比較的高めだ。

彼女達が皆、元はここの生徒であれば合点がいく。

 

 

 

後日、代表に学園生徒の就職について話を伺った。

 

地方レース場は教育機関、そしてエンターテイメントを提供する娯楽施設の二つの側面を持つ。

教育機関である以上、学園の生徒には競走生活を終えた後のキャリアについてもお世話をする必要がある。

出入りしている業者や出資しているスポンサーとしては、学園出身の生徒を採用するのは地元への愛着やレースに対する熱意の面からしても、悪くない選択肢だ。

 

様々な大人の事情は絡むものの、スポンサーとなっている企業に就職の斡旋(あっせん)を行うのは珍しいことではないとのことだ。

 


 

『…ごめんなさいね、仕事にかかりましょうか。今日はどんな感じにされます?』

 

スマホを取り出し、昔の写真を見せる。レースに出る時の髪飾りのバランスもあるため、トレセン学園時代は普段の髪型とレースに出る時の髪型を両方考えてスタイリングしてもらっていた。

 

『…うんうん、後ろは整えるだけで良さそうね。…え?"皐月賞"?"西都皐月賞"じゃなくて?G1の!?…勝ち鞍"弥生賞"と"オールカマー"!?』

…以前の癖で、皐月賞に出た時の写真を見せてしまった。

 

『あ、だめだ… G1級のお客様のスタイリングするとなると急に緊張してきた… いや、ダート重賞の子はよくお見えになるんですけど、まさかクラシック重賞持ちが来られるとかふつう思わないじゃないですか…』

 

いつもより時間がかかったお詫びに、ピーチティーをご馳走してもらった。





【登場人物】


・先輩(グレイルアンドナウ)
「私」は先輩呼びしているが、10歳ほど年上。走ることがどうしようも無く好きなウマ娘だったが、現役時代2年間を未勝利で終えている。
引退後もレースに関わりたい気持ちがあった為、丸一年留年して勉学に励み大学に進学、スタッフ業を勝ち取った。
ヘアサロン店主とは幼馴染で、今でも頻繁に遊ぶ仲。



・ヘアサロンの店主(ミーニングライフ)
現役時代の戦績は2年間で1勝。寮同室の子が重賞級ウマ娘だったため、G1レースに出走する際は勝負服の着付けやヘアメイクの手助けをしていた。
卒業後は同室の子に勧められ、理容師学校に進学。関東で就職し武者修行をしていたが一念発起。地元に店を構えた。



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