最後の希望 ベテランウマ娘、8年目の地方転戦【完結】 作:兄萬亭楽丸
とあるベテランウマ娘の連携
…布団が重い。
10月になってからあの馬鹿馬鹿しいほどの暑さは急に鳴りを潜め、朝の出勤が少しばかり
このような季節になると、早朝出勤ではないレース場警備業務がありがたく感じる。
本日は駐車場警備担当で、最終レース開催までは比較的手が空いている。詰所ではラジオ中継を聞くこともできるので悪い仕事ではない。
バルボアら重賞後輩組は完全にオフなので、そこかしこを
久々の練習・レースのない休日を楽しむ彼女たちはどこか微笑ましい。
『ちゃーっす!姐さん!お仕事お疲れ様でーす!』『唐揚げ食べますか…?』
…ただ、業務中の私に絡むのは勘弁して欲しい。
『姐さん姐さん☆JBCクラシックの次走報出たの、見ました?』
ローカルうまとめ@ローカルシリーズ情報 @local_series_umatome 【URA情報】ジャパンダートダービー勝利のマリアークラレンスがJBCクラシックに出走登録。 本日時点でのURA他登録者は |
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──彼女は"聖母"マリアークラレンス。メイクデビューからは苦戦が続きましたがダート転戦後に覚醒、今年ローカルシリーズ二つのクラシック重賞とG1"ジャパンダートダービー"を勝利した、これからのURAダート界を背負うウマ娘です!
──彼女の魅力はこの圧倒的な末脚!JDDでは最後尾、大外からこの追い上げを披露!関係者の
──(今は地方重賞を主に走っていますが、今後の目標などは考えてますか?)
『いえ、目標は特に定めていません。…自分の走りが輝ける場所で、一つでも多く勝つだけです』
──彼女の次走は来週水曜の"JBCクラシック"。G1級のベテランウマ娘やジャパンダートダービーで争った地方の強豪を打ち倒し、その圧倒的人気に応えられるでしょうか?
「まずは、二人とも"JBCクラシック"の出走、誠におめでとうございます」
レース一週間を前にして、出走ウマ娘確定の連絡が届いた。
地元から数年ぶりのG1出走者が出たということもあり、事務所全体が明るいムードに包まれている。
…マリアークラレンスの出走登録は、JBCクラシックの出走メンバーに少なからず影響した。
後輩・ロッキンバルボアは地元の重賞"収穫祭杯"で勝利し、無事地方勢が出走するに必要なレーティングを達成した。
中央勢の一部は地方レース場で彼女らと事を構えるのは割りに合わないと考え、より格の高いG1"チャンピオンズ
地方勢も次走を同日開催の"JBCレディスクラシック"や、距離などの条件が近い"浦和記念*2"に切り替える形で何人か出走回避したため、出走枠の抽選で漏れる心配が無くなった形だ。
「まずは怪我無く完走していただくことが第一ですが、出場する以上は是非貴女達に勝っていただきたいとも思います」
「そこで一つお話があります。2人にはなじみのない言葉かもしれませんが、"ライン"を組んでいただきます」
『ライン…?』
"ライン"とは複数人のウマ娘で連携して一列に並ぶ戦法で、アオハル杯をはじめとしたウマ娘のチームレースの他に、自転車レースなどで用いられる。
トゥインクルシリーズでは禁止されている*3が、地方レース場同士の争いという側面が色濃く残るローカルシリーズ重賞では(黙認に近い形で)認められている戦術だ。
ラインを組んだ後方のウマ娘は、本来走行中に受ける風の抵抗を軽減して走ることができる。風除けとなっている前方は、体力の消耗を抑えた後方の味方にスパートしてもらうことで別の後方ウマ娘のスパートを阻害しながら逃げ切ることができる、らしい。
逃げ脚質のバルボアに先頭に立ってもらい、私が二番手を確保する。
あとは二人でペース早めのレース展開に持ち込み、警戒するマリアークラレンスの強烈な末脚が届く前に双方がスパートをかけ逃げ切る、という算段だ。
『トレーナー!後ろに姐さんがいると抜かれそうで気持ち悪い!』
『本人の前で気持ち悪いとか言うんじゃない! …うちのがすみません!気にしないでください!』
バルボアの担当トレーナーに挨拶の後、ラインを意識した併走トレーニングを始めることになった。
良く思えば普段はすべて一人でスケジュール管理をしていたため、他人にトレーニングを見てもらうのは初めてだ。
トレーナーなのに私を先輩扱いしてくるのは気になるが、熱意に溢れていい人そうだ。彼女にはうってつけの人選だと思う。
…ライン併走なのでバルボアの背中をまじまじと眺めることになるわけだが、彼女は脚の筋肉だけなら中央のG1級と比べても遜色ない。鍛え方次第では恐ろしいトップスピードを出せそうだ。
一方でフォームを維持するための体幹や集中力には欠ける。特にコーナーで競り合いになると歩調が乱れてしまい、直線に到達してもトップスピードまで加速しきれていないことがままある。
彼女が先頭で突き放す戦法をデビューから一貫してとっているのは、トレーナーがこの欠点をうまく見抜いているからだろう。
…無論、私も勝利を諦めているわけではない。バルボアの勝利のお膳立てをしつつも、全力で勝利を攫うだけだ。
『バルボアー!代表が来たぞ!あとジャージのファスナーあげろ!』『はははははは、はい!!』
「…楽な姿勢で聞いていただいて大丈夫ですよ」
「…情報についてはグループチャットで共有いたします。私が明日から出張のため、皆様と次に会えるのはJBC開催当日になります。レースに向けて、心身共に万全の状態で臨まれますようお願いしますね」
『はい!ありがとうございます!』『あがが、がんばります!』
「…それと、以前言われてたインタビューですが、JBCの翌日になるそうです。時期に記者の方からもご連絡が来ると思います」
代表はまたこれから外回りがあるらしく、足早にグラウンドを後にする。
片手に下げていた売店レジ袋には栄養ドリンク瓶が溢れんばかりに入っており、私の想像を超えた量の仕事をしているのだと痛感した。
『姐さんもですけど、私もめっちゃ期待されてるんだね…!』
『まあ、うちのレース場からは何十年もG1ウマ娘が出てないからな。…もうバルボアは自分や俺だけのバルボアじゃないんだ、このレース場で走る仲間、スタッフのみんな、全員の期待に応えないといけないんだ、わかるか?』
『…わかった、トレーナー!絶っ対、クラレンスに勝つ!!!いや、クラレンスなんか目じゃない!!!』
『よし!その元気も期待してるぞ!…あと姐さんとの併走、後半完全にフォームブレてたぞ。クールダウンの後で背筋200回な』
『えぇーーーっ!?』
遥か海の遠くを通り過ぎる台風由来の強風が、学園を覆う防風林を撫でた。
JBCクラシック出走は数日後に迫る。
【登場人物】
・バルボアの担当トレーナー
「地方から世界を駆けるウマ娘のトレーナーになる」、絵空事とも言われそうな大きな目標を抱く新人トレーナー。
バルボアに対しては歳の離れた妹程度の感覚で見ているが、その距離感が良好な関係構築に貢献しているようだ。
本名は「三木」。「私」と同い年。
・チョコファクトリー(Choco Factory)
中等部所属。昨年末のダートG1、全日本ジュニア優駿を制覇(「私服」参照)したダート界のスター候補…だったが、クラシック級になってからはマリアークラレンスに活躍の場を奪われ続ける。
勝負服は燕尾服モチーフだが、JDDではゲン担ぎにネクタイのデザインを金色メインにした。JBCクラシックではG1デビュー当初のものに戻しての出走。
ちなみに父親は医者。
勝ち鞍:全日本ジュニア優駿
・オウケイワイアット(O.K. Wyatt)
高等部所属、トゥインクルシリーズ6年目。
逃げ脚質ながらコーナーで一度ペースを落として直線で突き放す豪快なスタイルが特徴。
「私」とは過去に二度の対戦経験があるがワイアット側がJBCクラシックを出走回避、年齢の事情もありこの年のチャンピオンズC限りで引退したため三度目の対決は実現しなかった。
卒業後はDTLに参加せず、実家の牧場を継ぐ予定。
勝ち鞍:フェブラリーS、武蔵野S(G3)