早朝、破壊された宝物庫の前では、教員たちが責任を押し付け合って騒ぎ立てている。昨日中庭に集まっていた面々は、その様子を呆れながら眺めていた。
「で、犯行現場を目撃したのは誰かね?」
オスマンがそう尋ねると、すっとコルベールが歩み出て、人修羅たち五人を指し示す。
「この者たちです」
「ほお……」
オスマンが値踏みするように一人一人に視線を向ける。人修羅と目が合うと、その目がすっと細められた気がした。
「詳しく説明したまえ」
オスマンの言葉に、ルイズが一歩前へ出て説明を始める。
「昨日の晩、五人で魔法の特訓をしていたんです。そしたら大きなゴーレムが現れて、この壁を壊したんです。ゴーレムに乗っていたメイジが宝物庫の中から何かを盗み出して……その、『破壊の杖』だと思うんですけど……」
ルイズが盗まれた物が“破壊の杖”だと断定するのには理由があった。犯人は宝物庫の壁に、ご丁寧に犯行声明を残していったのである。
『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』
先日トリスタニアの武器屋の主人から聞いた、貴族を狙うメイジの盗賊の名である。
「ゴーレムが城壁を超えて逃げ出したんで、タバサが使い魔のシルフィードに乗って後を追って……」
ルイズが視線を投げかけ、後の説明をタバサが引き取る。
「黒いローブで全身を覆っていたので、顔はわからなかった。途中でゴーレムが崩れて、同時にフーケの姿も消えていた」
そうやって昨日の状況を説明していると、こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。それに気付いたコルベールが、足音の主に声をかける。
「ミス・ロングビル!どこに行っていたのですか!大変なことが起きましたぞ!」
「申し訳ありません。その件で、今朝から急いで調査をしていたもので」
ロングビルと呼ばれた女性が語るところによると、近隣の住民が、黒ずくめのローブの男が近くの森の廃屋に入っていくのを見たらしい。
「フーケに間違いないかと」
断言するロングビルを、オスマンが感情のうかがえぬ顔で見据える。
「仕事が早いのう、ミス」
「すぐに王室に報告し、兵を差し向けてもらわなくては!」
そうまくし立てるコルベールを、オスマンが一喝した。
「馬鹿者!その間にもフーケに逃げられてしまうわ!それにこれは学院の問題じゃ。当然我らで処理する」
その言葉を待っていたとばかりに、ロングビルが笑みを浮かべる。
「捜索隊を編成する。我こそはと思う者は杖を掲げよ」
オスマンのその言葉に、教員たちが困ったように顔を見合わせた。
「どうした!フーケを捕らえて名を上げようという者はおらんのか!」
だがそれでも動こうとする者は誰もいなかった。人修羅が煮え切らない教員たちの態度に苛立ちを募らせていると、ルイズがこちらを見やり、次いで他の三人を見回した。その瞳に、ある種の決意が宿っているように見えた。ギーシュは訳も分からず呆けた表情を浮かべているが、キュルケとタバサはその意図を察したようで、ルイズに小さく頷いて見せる。そして、三人は同時に杖を掲げた。
彼女たちの予想外の行動に、集まっていた教員たちの一人、シュヴルーズが驚きの声を上げる。
「何をしているのです!あなたたちは生徒ではありませんか!」
「誰も掲げないじゃないですか!」
ルイズが声を荒げ、キュルケとタバサは冷ややかな視線を教員たちに投げかける。教員たちは反論しようにも、己に矛先が向いたら堪らないと、恥じ入るようにうつむくばかりであった。彼女たちの行動に、ギーシュも遅れて杖を掲げる。
「ミスタ・グラモンまで!」
「いえね、ミセス・シュヴルーズ。男というのはこうも女性に張り切られると、どうにも格好をつけてしまうものなのですよ」
ギーシュもまた、意味ありげな笑みを浮かべながら、居並ぶ男性教員たちへ視線を注ぐ。
「ほっほっほ、それでこそ男子じゃな、ミスタ・グラモン。では、君たちに頼むとしようかの」
まだ言い募ろうとするシュヴルーズをオスマンが視線だけで黙らせると、五人へ向き直り厳かに告げた。
「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
ロングビルが御者を務める馬車に揺られながら、一行はフーケらしき人物が目撃されたという廃屋へと向かっていた。今日の人修羅は学院の外に出るという事で、先日買ってもらった鎧を身にまとい、背には鞘に納めたデルフリンガーを差している。
うっそうと木々が生い茂る森に差し掛かると、細い林道をしばらく進んだところで、ロングビルが馬車を止めた。
「この先です。ここからは徒歩で行きましょう」
ロングビルの指さす先は、林道を逸れてさらに細い小道が森の奥へと続いていた。人一人がようやく通れる程度のその道は、たしかに馬車では進めそうになかった。
ロングビルの後ろについて小道を行くと、森が開け、広い空き地に出た。その中央には、ひっそりと件の廃屋がたたずんでいた。
一度全員で茂みに隠れ、様子を窺う。今のところ人の気配らしきものはない。
「誰かが小屋の中の様子を探ってきた方がいいわね」
ルイズの提案に、キュルケとタバサ、そしてギーシュの視線が、自然と人修羅へと集まる。
「単独行動するなら、一番戦闘力が高い人が行くべき」
タバサの言う事はもっともだ。人修羅は頷くと、一人立ち上がり茂みを出ていく。相手は十中八九、土系統のメイジだ。気を引き締めていかなければ。
「わたくしは戦闘のお役には立てませんから、辺りを見回ってきます」
そう言い残し、ロングビルが森の中へと消えてゆく。あまり一人で動き回って欲しくないのだが、ここでもめてフーケに気付かれてしまっては元も子もない。人修羅は最悪大声を上げてくれれば駆け付けられるだろうと考え、好きにさせる事にした。
廃屋へと辿り着いた人修羅が、窓からそっと屋内を覗き込む。中は無人で、身を隠せそうな場所もない。他の四人にも報せるべく、人修羅は茂みの方を振り返ると、手を上げて合図を出した。茂みから姿を現した四人が、周囲を警戒しながら人修羅の元へ歩いてくるのが見える。
「なあ、魔人。あれじゃねえか?」
デルフリンガーに声をかけられ、小屋の中をもう一度注意深く観察する。よく見ると、積み上げられた薪の陰に、大きな木製のチェストが横たわっていた。
「フーケはいなかったみたいね」
ルイズに声をかけられて振り返る。集まった四人に人修羅が窓際からどいて屋内を見せると、たった今デルフリンガーが見つけたチェストを指し示した。それを見た四人が息を飲み、すぐさまタバサが杖を振るう。
「罠はないみたい」
そう言ってタバサが入り口に回ると、施錠はされておらず、あっさりと扉が開いた。
「わたしは入り口を見張ってるわ」
「僕もそうするよ。一人では不安だからね」
ルイズとギーシュを残し、三人が屋内に侵入する。タバサがまっすぐチェストに向かい、蓋を開けて中身を取り出すと振り返った。
「破壊の杖」
タバサが手にした“破壊の杖”を見て、人修羅は思わず目を剥いた。その形状には見覚えがあった。もちろん実物を見たのはこれが初めてだが、紛争地帯のニュースや、ゲームに登場する武器としては知っていた。
「きゃぁああああああ!」
「うわあああああああ!」
あっけにとられていた人修羅の耳に、ルイズとギーシュの悲鳴が届き、直後、小屋の屋根が吹き飛んだ。見上げると、青空を背に土の巨人が小屋の中を覗き込んでいた。
「ゴーレム!」
その姿を目にしたキュルケが驚きの声を上げる。フーケの姿がどこにもないのに“破壊の杖”だけが残されている時点で、これが囮だと気づくべきだった。そのあまりに予想外な姿に、つい思考が停止してしまったのだ。
タバサがいち早く我に返り、魔法で応戦する。杖の先から発生した巨大な竜巻がゴーレムの体を飲み込むと、キュルケも杖を抜き巨大な炎を放つ。炎が竜巻で巻き上げられ、辺り一帯に猛烈な熱風が吹き荒れる。しかしゴーレムは、炎の渦に飲み込まれながらも、それを意に介さず拳を振り上げる。人修羅が逃げるように指示を飛ばす。二人が走り出したのを確認し、人修羅は振り下ろされる拳を腕を交差させて受け止めた。全身にすさまじい衝撃が走り、骨がみしみしと軋みを上げる。人修羅は驚異的な膂力でそれを押し返すと、自身の拳をぶち当てた。殴られたゴーレムの拳が弾け飛び、一瞬の隙ができる。その隙をついて人修羅も小屋の外へと飛び出した。狭い屋内ではどうにも戦いづらい。
「人修羅!」
ルイズたち四人が小屋から飛び出してきた人修羅と、その背後に迫るゴーレムを注視していた。だから、皆とは逆方向を向いている人修羅だけが気付くことが出来た。ルイズたちの背後の地面が急速に盛り上がり、みるみると巨人の形を成していく事に。人修羅が全員に後ろを向くように声を張り上げた。
ルイズの頭上に暗い影が落ちたのは、人修羅からの声が届いたのと同時だった。驚き振り返ると、今まで何もいなかったそこに、日を遮るようにしてゴーレムの巨体がそびえ立っていた。
「二体目!?」
油断していた。ドットであるギーシュでさえ、小さいとはいえ同時に六体ものゴーレムを操れるのだ。当然フーケも複数体を操れると考えてしかるべきだった。タバサが指笛を鳴らし、シルフィードを呼び寄せるとその背にまたがる。
「彼にあっちのゴーレムの相手をしてもらって、こちらの一体はわたしたち四人で倒す」
その作戦を聞いて、三人の間に緊張が走る。だが考えている暇はない。顔を見合わせ頷き合うと、ルイズが人修羅へ声をかけた。
「人修羅!こっちはわたしたちで何とかしてみせるから、あんたはそっちのゴーレムをお願い!」
ルイズの言葉を受けて、こちらに駆け寄ってきていた人修羅が足を止め頷いて見せると、自身の背後に迫るもう一体のゴーレムへと向き合う。これでこちらは一体のみに集中できる。
ゴーレムがその巨体を揺らしながら近づいてくる。シルフィードが飛び立とうと翼を広げると、キュルケが駆け寄りタバサの後ろに飛び乗った。
「あたしたちでなるべく攪乱してみる!あなたたちはとにかく攻撃に集中して!」
「わかった!タバサ、キュルケ、気をつけて!」
ルイズたちを攻撃しようとゴーレムが腕を持ち上げると、その腕にタバサが巨大な氷柱を放ち、肘のあたりに深々と突き刺さる。ゴーレムがゆっくりとタバサたちへ向き直った。
「飛んで」
大きな羽ばたきと共に、シルフィードの体が地を離れる。そのままゴーレムの目線程度の低空を維持しながら、攻撃が届くか届かないかのぎりぎりの距離を高速で旋回する。ゴーレムが叩き落そうと腕を振り回すが、それはシルフィードの速度に対して、あまりに緩慢すぎた。シルフィードは時に大胆にゴーレムの攻撃範囲に入り込み、空振りを誘ってはすぐに離脱を繰り返した。その間も、タバサとキュルケが絶えず魔法を放ち注意を引き付ける。キュルケが、狙いすました一撃をゴーレムの腕に刺さった氷柱に放つ。高熱の火球が氷柱に直撃すると、瞬時に気化したそれは爆発的に膨張し、ゴーレムの腕を内側から吹き飛ばした。
「やった!」
キュルケが歓声を上げる。しかし、ゴーレムがひざまずき、肘から先を失った腕を地面につけると、周りの土を吸い上げるようにみるみる腕が再生していき、あっという間に元に戻ってしまった。
「これじゃあ埒が明かないわ!」
「ならば僕のワルキューレが相手だ!」
ギーシュが振った薔薇の花弁から、六体のワルキューレを出現した。一斉にゴーレムへと突撃し、青銅の剣を巨大な足に突き立てるも、わずかに土をえぐり取っただけで、それもえぐったそばからどんどん再生されてしまう。ゴーレムが再生した腕を横なぎに払う。その一撃で、ワルキューレたちは一体残らず吹き飛ばされてしまった。
「ぜ、全然歯が立たない!」
見かねたルイズがギーシュへ指示を飛ばす。
「ギーシュ!錬金で足場をゆるめて時間を稼いで!」
「わかった!」
生半可な攻撃ではすぐに再生されてしまう。あのゴーレムを倒すには、一撃で壊しきるほどの強力な一撃が必要だ。
(大丈夫、落ち着いてやればできるはず……)
ルイズは戦闘中にも関わらず目を閉じると、深く深呼吸し自身の体内を駆け巡る魔力に意識を集中する。人修羅から流れ込む何らかの力が、ルイズの集中力の高まりに呼応するようにその勢いを増していき、まるで際限なく肥大するかのごとくルイズの体を循環する魔力が荒れ狂う。
ギーシュの錬金によって緩んだ地面に足を取られ、ゴーレムが大きくバランスを崩した。すかさずタバサがもう片方の足に氷柱を打ち込み、キュルケがその氷柱へ火球を打ち込む。足が弾け飛び、両足の支えを失ったゴーレムが轟音と共に地に倒れた。
「みんな離れて!」
ルイズの合図にシルフィードがギーシュのマントを咥えると、そのまま加速してゴーレムから距離を取る。
(表面をいくら攻撃したところで、すぐに再生されちゃう。タバサとキュルケが見せたあの攻撃、あれと同じ事をすれば……!!)
魔力のうねりが最高潮に達し、ルイズが杖を振り下ろした。一瞬の静寂の後、再生を始めるゴーレムの体がぼこりと膨れ上がった。それはどんどんと膨張を続け、ついには限界を迎えたようにいくつもの亀裂が走り、その隙間から見慣れた爆発の閃光が漏れ出す。
タバサとキュルケがゴーレムの体を内側から吹き飛ばした光景を見たルイズは、それと同様に、爆発の魔法をゴーレムの体内に発生させたのである。他のメイジではこのような事はできない。他でもない、ルイズの魔法の特性だからこそできる芸当なのだ。
内側から溢れる光にゴーレムが飲み込まれ、今までにないすさまじい爆発音をともなって、一気にその体が破裂した。閃光が視界を染め、大量の土砂が降り注ぐ。
「や、やった……!」
ゴーレムのその巨体は、巨大なクレーターを残して消し飛んだ。