ゼロの使い魔-NOCTURNE   作:陳 小太郎

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※注意 『ゼロの使い魔』および『真・女神転生Ⅲ-NOCTURNEマニアクス』『真・女神転生Ⅲ-NOCTURNEマニアクスクロニクルエディション』のネタバレを多数含みます。


12.不穏な兆し

───歪な格子状の覗き穴の先には、赤い光が漂っている。眼下には幕の下りた劇場。その幕がゆっくりと上がっていく。姿を現したのは車輪のついた椅子に腰かけた金髪の老人と、その椅子を押す目元をベールで隠した喪服の淑女。ベールの下にのぞく口元には、なぜだか見覚えがある気がした。

「……いらっしゃいましたか。宿命があなたをここに誘ってくれると承知しておりました」

 がらんとしたその空間に、女の声が響き渡る。

「ここはアマラの果て……人の身であるあなたには、魔界と説明すればいいでしょうか」

 魔界……。ブリミル教の教えでは、悪魔の住まう世界とされている。人修羅は自身が悪魔だと告白した。否が応でも彼の事が思い返され、得も言われぬ不安に苛まれる。そんなこちらの気持ちを察したかのように、女が口元に微笑みを浮かべる。

「とは言え、これは所詮あなたが見ている夢。心配する必要はありません。それにあなたは仮初めとは言え彼の主人。歓迎こそすれ、害そうなどという考えは微塵もございません」

 夢の住人が自ら夢だと告げるなどおかしな話ではあるが、この奇妙な夢にはそういったセオリーはないように思えた。

「ついに彼から告げられたのですね、己が悪魔であると。……あなたも本当は、とっくに気付いていたのでしょう?」

 女の言うとおり、本当はわかっていた。だって初めてこの不思議な夢を見たとき、あの金髪の子供がたしかに言っていたではないか。『……これでキミはアクマになるんだ……』と。あの時はっきりと聞いていたはずなのに、今日まで気付かぬ振りをしてきたのだ。

 もしかしたらもっと前、それこそ召喚した時から薄々とは気づいていたのかもしれない。落ちこぼれの自分が、あの日を境になぜかいきなり強力な使い魔を従え、失敗魔法だと馬鹿にされていた魔法を使いこなせるようになった。そんな都合のいい話が、なんの代償もなく起こりえるだろうか。それはあたかも、悪魔に魂を売った見返りのようではないか。

「あなたの秘めたる才能が、彼を呼び寄せたのです。魔法を使いこなせるようになったのも、小さなきっかけの積み重ねにすぎません。まだあなたが彼を召喚してから日は浅いですが、その中で彼の人となりに触れてきたはず。……彼が恐ろしいですか?……あなたを欺いたり、貶めようとしているとお思いですか?」

 その質問に、まるで心臓を掴まれたような気がした。人修羅の力が恐ろしくないと言えば嘘になる。だがそんな事は大きな問題ではない。もし今まで見せてくれていた彼の優しさが嘘だったらと思うと、それこそが恐ろしかったのである。

「彼は我々が待ち望んだ、新たな混沌の悪魔です。その彼を預かっていただいているお礼に、人の身では知りえない彼の過去を、ほんの少しお教えいたしましょう」

 その言葉と同時に、突如目の前の風景が切り替わる。高度な文明を感じさせる街並みと、無数の人の波。あの球体の内側のようになる前の、崩壊前の世界だとすぐに気付いた。その人波に、見慣れた少年の姿を発見する。間違いない。人修羅だ。だが特徴的な刺青や首の後ろの角がない。その姿はまるで……。

「夢の中であなたは、彼の目線で様々な出来事をかいま見てきました。この夢がただの夢ではないことはすでにお気づきでしょう。あれは実際に、彼が過去に体験した出来事なのです」

 淑女の声が頭の中に響き、場面が切り替わる。ひと気のない広い建物内で、三人の少年少女が会話をしている。人修羅と、帽子の少年と長髪の少女。初めてこの奇妙な夢を見たときの場面を、今は人修羅の目線ではなく、外から見せられているのだ。

「このアマラ宇宙には、あなたが住まう世界とは異なる、無数の世界が存在しています。その内の一つ、ある世界で彼は生まれました。その世界は滅びゆく運命にありました。そう定めた者がいるのです。しかし、その運命を知ったある者が、逃れえぬ滅びなら自身の主導でそれを行い、生まれ来る次の世界を自分の理想の世界にしようと目論見ました。そうして引き起こされたのが『東京受胎』。あなたも彼の目を通して見たでしょう。丸くなった世界に浮かび上がる『カグツチ』の輝きを」

 また場面が変わり、今度は真っ暗な空間で仰向けに寝た人修羅と、その肩を押さえる喪服の老婆。そして人修羅の顔を覗き込む金髪の子供。彼の指にはあのおぞましい虫がつままれている。子供が指を離し、虫が人修羅の口腔へと入り込む。苦痛にのたうち回ろうとする人修羅の肩を、どこにそれほどの力があるのか、老婆ががっしりと押さえつける。そして皮膚には徐々に刺青が浮かび上がり、見慣れたあの姿へと変貌していく。

「受胎に巻き込まれた彼に、あの御方は我が主の力を授けました。そうして彼は生まれたのです。人でも悪魔でもない存在、人修羅として。そう、彼は望んで悪魔になった訳ではなく、元々はあなた方と同じ、一人の人間だったのです」

 淑女が語り終えると、目の前にはまたあの劇場が広がっていた。

「この話を聞いて、あなたが何を感じるのか、何をなすのか。それはあなたの自由。我々はいつでも、あなた方の事を見守っていますよ。では、宿命が望むのであれば、また会うこともありましょう……」

 劇場の幕がゆっくりと下がっていく。今まで一言も発していなかった老人と目が合った。彼らの姿が幕に隠れる寸前、老人がその口元に笑みを浮かべたような気がした。

 

 

 明かりの落ちた自室でルイズは目を覚ました。起き上がって自分の体を見下ろすと、舞踏会のドレス姿のままだった。あの後どうやって部屋まで戻ったのかは覚えていない。ベッドの脇のローテーブルには髪を止めていたバレッタが置かれ、床には履いていた靴が丁寧に揃えてあった。きっと人修羅がやってくれたのだろう。

 壁際を見ると、いつものように片膝を立てた人修羅が目をつむり、静かな寝息を立てていた。人修羅は自身の事を悪魔だと語ったが、ルイズはどうしても彼が邪悪な存在だとは思いたくなかった。いや、悪魔である以上本質的には邪悪な存在なのかもしれないが、ルイズや周りの友人にとっては良き使い魔であり、良き隣人のように見えていたのである。

 彼の真意はどこにあるのだろうか。今まで見せていたとおり、恐ろしくも優しい存在なのか。それともその優しさすら自分を欺くための嘘なのか。誰かに相談したかった。彼が悪魔であるという事実は、ルイズ一人で抱え込むには大きすぎる秘密だ。だが、それを相談すれば待っているのは拒絶である事もまた、自明だった。

 ブリミル教徒にとって、悪魔とは決して相容れぬ存在なのだから。

 

 

「ミスタ・人修羅、少しよろしいでしょうか」

 本日の授業を終え、自室に戻ろうとしていたルイズと人修羅の背にそんな声が届いた。ルイズが振り向くと、そこにはオスマンの秘書であり、先日の“破壊の杖”奪還の際に世話になったロングビルの姿があった。そういえばその時もオスマンは二人だけに学院長室へ残るように言っていた。二人を見比べながらいぶかしむルイズに、人修羅が先に行っているように言い残し、ロングビルとその場を去って行く。どういった用件なのかは気になるが、同時にルイズはほっとしていた。正直まだ彼とどう接していいかわからないのだ。並んで歩く二人をなんとはなしに眺めていると、入れ違いにキュルケがこちらへと近づいてきた。

「ルイズ、今日はタバサがいないけど、図書館には行くでしょ?」

 どうも自分で思っているよりルイズは参っていたらしい。昨日から頭に浮かぶ事といえば人修羅とあの夢の内容ばかりで、言わるまで気づかなかった。今日はタバサが欠席しているようだ。

「風邪でも引いたのかしら?それならお見舞いに行かないと」

「ああ、違うの。あの子たまに何かの用事で授業をさぼるのよ。それでどうする?」

 連日図書館に通い詰めていたのは、人修羅の正体を探るという口実だった。だが、結局は昨日本人の口からそれが明かされてしまったのである。

「……その事はもういいわ。今まで協力してくれてありがとう」

 予想外の返答にキュルケは目を丸くするが、ルイズの声色に何かを察したらしく、それについて追及することはなかった。

「そう。じゃあ、今日はお茶でも飲みながらおしゃべりしましょうか。今まで散々付き合ったんだから、たまにはこっちにも付き合いなさいよね」

 突然調査を打ち切ったにも関わらず、責める訳でもなく、こうして何も聞かずに普段通り接してくれるキュルケの気遣いに、感謝の念が込み上げる。

「ありがとう。……いつか話せる時が来たら、二人には絶対に教えるから」

 口をついて出た自身の言葉に、はたしてその日は来るのだろうかと考える。きっとそれを聞けば、二人は離れていってしまう。それは今のルイズにとって、何よりも耐え難い事だった。

 礼を言うルイズにキュルケは何も言わず、ただ微笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 ロングビルが学院長室の扉をノックすると、中から「入りなさい」と、オスマンの声が響いた。

「失礼します」

 ロングビルが扉を開け入室し、人修羅もそのあとに続くと、豪華な執務机の奥で、オスマンが椅子に腰かけたまま相貌を崩して二人を出迎えた。

「おお、昨日の今日ですまんのう。少し気になる話を小耳に挟んだものでな」

 ロングビルが勧められてもいないのにまっすぐソファへと進み腰を下ろす。オスマンもそれに気を悪くした様子はないので、人修羅も彼女にならって向かいの席に腰を下ろした。

「現在、ゲルマニアへの外遊を終えられたアンリエッタ王女殿下が、王都トリスタニアへの帰路についておる。もう二、三日もすれば、わが魔法学院の付近に差し掛かるじゃろう」

 人修羅は初めて知ったことだが、この国にはお姫様がいるらしい。だがそれと自分たちを呼んだ事に、何の繋がりがあるのだろうか。

「今回の話はミスタ、君……と言うよりは君の主人に関する問題じゃな」

 ますます疑問が浮かぶ。この国のお姫様とルイズに、一体何の繋がりがあるというのか。

「知らないのかね?彼女はラ・ヴァリエール公爵家の生まれ。王家とは血縁関係にあたる。王女殿下とは年も近く、旧知の間柄じゃ」

 公爵家と言われても、爵位などとは無縁の環境で育った人修羅にはいまいちピンと来ない。とにかく王家の血筋で、すごい家柄という事だろう。

「ミス・ロングビル。君は当然アルビオンの政変について知っておるな?」

「……ハルケギニア統一を掲げる貴族たちが、王制を打倒しようと革命を起こしていると……」

 絞り出すようにロングビルが答える。何か思うところがあるのか、その眉間には深い皺が刻まれていた。

「そうじゃ。そしてアルビオン王家が倒れるのはもはや時間の問題。ハルケギニア統一をうたう以上、のちに生まれる新政府が次に矛先を向けるのはここ、トリステイン王国じゃ。今王家は近く開かれる戦乱に向けて、ゲルマニアとの同盟を図ろうと躍起になっておる。今回の王女殿下のゲルマニアへの外遊は、皇帝アルブレヒト三世に嫁ぐためのいわば下見のようなもの。それに関連して、ここトリステインの貴族連中の間にも不穏な動きがあるようじゃ」

 オスマンはルイズに関わりのある話と言ったが、何故そんな国同士のいざこざの話をするのか。人修羅は段々嫌な予感がしてきた。

「王宮内である噂が流れておる。王女殿下がゲルマニアとの同盟、つまり婚姻を妨げるような、何か致命的な秘密を抱えているとな」

「またお得意の盗み聞きですか?」

 ロングビルが棘のある言い方でオスマンを軽く睨む。

「まあまあ、その件に関してはお主もこちらを騙そうとしていた訳じゃから、一旦水に流そうではないか。……先王が没して以降、政(まつりごと)は枢機卿のマザリーニが執り行い、王女殿下は王宮内で頼る者もおらず孤立しておられる。もし噂が本当だとすれば、彼女は外部の人間を頼り、その同盟を妨げる“何か”を取り除こうとするじゃろう。かと言って王宮の外であれば彼女の信頼できる人間がいるかというと、そうでもない。数少ない人間を除いてな」

 そこまで言われれば、人修羅もオスマンの言わんとしていることが理解できた。

「殿下がミス・ヴァリエールを頼ってこの学院に立ち寄る可能性は高い。その際、彼女に何らかの密命を与えるはずじゃ」

「もしオールド・オスマンの予想通り、姫殿下がミス・ヴァリエールに接触してきた場合、わたくしたちはどう動けば?」

「わからん」

 あっけらかんと、オスマンが答えた。

「……は?」

「じゃからミスタ・人修羅。君の裁量に委ねる。ミス・ロングビルも彼の指示に従っておくれ」

「少々無責任では?彼女は庇護すべき、わが学院の生徒なのですよ?」

「そうじゃ。じゃが相手は王族。例え死地に赴けと言われようと、断ることなどできん。じゃから君たちには、いかなる指示があったとしても、どうにかしてミス・ヴァリエールを守り通してほしいのじゃ」

 自分一人の身を守るなら造作もないが、何かもわからぬ脅威からルイズを守り通すなどと本当にできるだろうか。元々そのつもりではあったが、いざ現実として降りかかると、とたんに不安になってくる。

「坊やはヴァリエールの嬢ちゃんの身を守る事だけを考えて、他の面倒なことは全部私に任せな。これでもトリステイン中の貴族どもを散々手玉に取ってきたんだ。土くれの二つ名は伊達じゃないよ」

 そんな人修羅の胸中を知ってか知らずか、ロングビルがそう話しかける。その言葉で、気持ちがすっと楽になった気がした。権謀術策の類を用いられたら人修羅では対処しきれない部分があるが、そこを他でもない土くれのフーケに請け負ってもらえるのなら、これほど心強いものはなかった。

「ほっほっほ、君たちは案外いいコンビかもしれんのう。では、何もしてやれんですまんが、ミス・ヴァリエールの事、よろしく頼むぞ」

 

 

 ロングビルと共に学院長室を退室した頃には、もうすっかり日が傾いていた。

「おや、ミス・ロングビル。ミスタ・人修羅も」

 ちょうどそこへ、コルベールが通りかかった。

「あら、ミスタ・コルベール」

 ロングビルが華やかな微笑みを浮かべて歩み寄る。顔が触れ合いそうなほどの距離まで近づき、コルベールの胸板に彼女の形のいい乳房が押し付けられた。その感触にコルベールがなんともだらしがない表情を浮かべる。その表情を見たロングビルはますます笑みを深め、そしてそのまま彼のつま先を思い切り踏みつけた。

「っ~~~!!」

 油断しきっていたコルベールが、声にならない悲鳴を上げる。

「ミスタがあれほどの手練れとは、わたくし全然気づきませんでしたわ。仕事柄常に周りに気を配っているつもりでしたのに、まったく気配を感じさせずに杖を突き付けているだなんて」

 そう話しかけながらも、微笑みを崩さず、ぐりぐりと踏みつけている足に体重をかける。

「い……痛いです、ミス……」

 涙目になりながら訴えるコルベールに多少溜飲が下がったのか、ロングビルが足をどけると、たちまちコルベールがつま先を押さえてぴょんぴょんと跳ね回った。

「まったく、うだつの上がらない男だと思っていたのに、あんたもじじいに劣らずとんだタヌキじゃないか」

 人修羅から見た印象もまた、人当たりはいいが冴えない男性というイメージだった。昨日の学院長室での一件まで、完全に見くびっていたのである。あの一切の感情をそぎ落としたような彼の表情は、幾度となく機械的に人の命を奪ってきたのではないかと連想させるほどだった。

 なんとか気を取り直したコルベールが、よろけながらも両足で立つ。

「ははは……。私も、あまり褒められた出自ではないのですよ。だからこそ、こんな私を拾っていただいたオールド・オスマンには感謝しているのです。……まあ、糞じじいである事には同意しますがね」

 そう言って乾いた笑みを浮かべる彼の表情は疲れ切った老人のようであり、深い後悔の色が滲み出ていた。

「へえ、じゃあ私たちはすねに傷のある者同士って訳か。まあ、せいぜい仲良くやろうじゃないか。……行くよ、坊や」

 立ち去ろうとするロングビルの背中にコルベールが声をかける。

「ミ、ミス!お互いの秘密を分かち合ったところで、ここはぜひ一緒に食事でも!」

 ロングビルがくるりと振り返ると、緊張と期待の混ざった眼差しで見つめるコルベールに、微笑みをたたえたまま一言告げた。

「ミスタ、わたくし面食いですの」

 撃沈しうなだれるコルベールを尻目に、二人はその場を後にする。夕日を映しまぶしく光る頭皮には、そのきらめきとは裏腹に哀愁が漂っていた。

 

 

 一方同じ頃、キュルケは自室にルイズを招き、先日みんなで出かけた際に買ったお茶を嗜んでいた。

「それにしてもタバサったら、いつもどこに行ってるのかしらね。もしかして、外に男を作ってるんじゃないかしら!」

「……そうね」

「授業を抜け出して会いに行くくらいですもの。きっと、それは情熱的な愛を育んでいるに違いないわ!」

「……そうね」

 先ほどから他愛もない話を振ってはいるのだが、どうにもルイズの反応は悪い。彼女を食堂や中庭ではなく、自室に誘ったのはそれが原因だった。何か思い悩んでいるのは明らかだ。もしその悩みを自身に相談してくれるのであれば、人目につかない場所の方がいいとキュルケは考えたのだ。

 かといって、それを無理に聞き出すような真似はするつもりはなかった。キュルケはどんなに親しい友人であれ、適切な距離があると考えている。何一つ隠し事がなく、なんでも言い合えるのが真の友人だなどと言う者たちもいるが、学院の生徒がそれを口にするのは、うすら寒いとしか言いようがなかった。

 どんなに親しかろうと言えない事、言いたくない事はある。とりわけ貴族にとっては。ただそんなときに一緒にいてくれて気持ちを楽にしてくれる、相談すればその時は親身に相談に乗ってくれる。隠し事や短所も全部ひっくるめて、それでも一緒に居たいと思う存在こそ、キュルケが思う真の友人であった。

「……ねえ、キュルケ」

 部屋に来てから、ずっと上の空だったルイズが、不安げに瞳を揺らしながらこちらを見つめる。

「もし、もしもの話よ。あなたの親しい人が、本当は自分とは絶対に相容れない存在だとわかったとき、キュルケならどうする?」

 十中八九人修羅の事だろう。図書館での調べものを打ち切った矢先にこの話題はあまりに露骨過ぎたが、あえてその事を指摘はしなかった。

「そうねえ……」

 自分の周りの物事に当てはめて考えてみようとしたが、大抵の事は受け入れてしまうキュルケである。相容れぬ存在などと言われても、いまいち想像できないのだ。そもそも彼の出自がまともでない事など、最初からわかりきっていた事だ。今さらその正体がエルフだろうが吸血鬼だろうが驚く事はないだろう。

「どうしてその人とは相容れないなんて思うの?」

「……そういうものだからよ。もしその人の正体が知られれば、周りの人たちはみんな離れていってしまう。そういう類の話よ」

「親しい人ってことは、普段から自分に対して優しく接してくれていたような人ってことでしょ?」

「ええ。でもその優しさも、自分を欺くための演技かもしれない」

「『かもしれない』ねえ……」

 察するに、ルイズの本心としては人修羅の事を信じたいのだろう。だが彼の出自がそれを妨げているのだ。

「あたしなら、一度親しくした相手ならやっぱりその人を嫌いになるなんてできないわ。自分を騙すために優しくしていたのかもしれないっていっても、そうと決まった訳じゃないんでしょ?だったら、とにかく言葉を重ねて、相手をより深く理解するしかないわよ。それで、やっぱりその人は信用に足る相手なんだってわかれば、万事解決じゃない」

「でも、あなたがよくても周りの人間は黙っちゃいないわ。その人の正体のせいで、周りの親しい人たちはみんなあなたから離れていってしまうかもしれない」

 つまり、そのせいで自分やタバサがルイズと距離を置くと思っているのだ。随分と薄情な女に見られたものだ。

「もしもの話にもしもで返して悪いけど、あなたの親しい人にそういう人がいたとして、あたしならあなたや、あなたの信頼するその親しい人と距離を置こうなんて考えないわ。きっとタバサに聞いたって、同じ答えが返ってくるはずよ」

 ルイズがその大きな瞳を、ハトが豆鉄砲をくらったように見開く。キュルケの言葉の意味を理解するにつれ、その瞳にじわりと涙が溜まり始める。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 この子はこんなにも泣き虫だっただろうか。人修羅が召喚される以前の、常に張りつめていた頃の彼女からは想像もできない姿だ。だがきっとこれはいい変化だ。それをもたらした彼がルイズの言うような存在だとは、キュルケには思えなかった。

 

 

 その夜、あの後人修羅と別れたロングビルは、その足でトリスタニアの安宿へと足を運んでいた。一階部分が酒場になっているその宿は、仕事上がりの肉体労働者たちでごった返している。ロングビルは貴族が好むような小洒落た高級宿より、平民が使うこういった賑やかな店の方が好きだった。目的はもちろん酒である。

 オスマンの手の内で踊らされていた事は面白くないが、結果としてまとまった額の安定した収入を得ることができるようになった。そこで久しぶりに、夜の街へと繰り出したのである。

 カウンターの隅の席に陣取りいつものメニューを注文すると、不愛想な店主が琥珀色の蒸留酒が並々と注がれた木製のジョッキをロングビルの前に置く。それを口を湿らす程度に口に含むと、舌で転がし渋さの奥にある深い甘みを楽しむ。飲み下すと喉を焼きながら、芳醇な樽の香りが鼻へ抜ける。やはりこの店は安いがいい酒を出す。ちびちびと飲み進めていると、ほどなくして料理が運ばれてきた。作り置きのせいでくたくたに煮崩れした、塩と安価な香草のみで味付けした豆の煮物。貴族に出せば首を刎ねられそうな一品だが、肉体労働者が好んで使う店の料理だけあって、やたらめったら味が濃く、酒との相性は抜群だった。

 しばらくそうして料理と酒に舌鼓を打っていると、店の入り口の扉が開く音が響いた。新しい客が入ってきたのだろう。普段なら気にもかけないが、なぜかその客が入って来たとたん、店内の喧騒が静まり返った。ロングビルの背に足音が近づいてくる。その客はまっすぐカウンターへと向かい、隣の席に腰を下ろした。ちらりと横目でその客の顔を覗き見ると、すぐに他の客が静まり返った理由がわかった。

「あんた、そんななりで酒を飲む気かい?」

 ロングビルは思わずそう話しかける。それはマントを羽織った長身の男だった。それだけなら旅人などがよくする出で立ちだが、問題はその顔面に、飲食する場にはまったくもってふさわしくない、白い仮面がはまっている事だった。

「『土くれ』だな?」

 男が他の客に聞こえないよう、小さく尋ねる。ロングビルは内心ひどく動揺した。オスマン以外にも、自分の正体を嗅ぎ付けている者がいたのだ。

「……あんた何者だい?」

 平静を装いながら尋ねる。

「再びアルビオンに仕える気はないかね?マチルダ・オブ・サウスゴータ」

 男はロングビルの問いには答えず、そう切り出した。本来の名で呼ばれた事などどうでもよかった。男の馬鹿げた提案に一気に頭に血がのぼる。

「父を殺し、家名を奪った連中に仕える気なんて、さらさらないわ!」

 静まり返った店内に、ロングビルの怒声が鳴り響く。だが男は意に介さず、落ち着き払った口調で続けた。

「勘違いするな。無能な王家は近く倒れる。我々の革命によってな。そしてその後は我々優秀な貴族が政を行う。そのためには一人でも多くの優秀なメイジが必要なのだ。協力してくれないかね?『土くれ』よ」

 こうして接触してきた以上、断ればただではおかないつもりなのだろう。だがそうすると、あの巨大ゴーレムを一撃で倒した恐ろしい使い魔の少年を裏切ることになる。ロングビルが答えあぐねていると、男はさらに追い打ちをかけた。

「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。ハルケギニアは我々の手で一つとなり、始祖ブリミルが降臨せし『聖地』を取り戻すのだ」

 あまりの大言壮語に、思わず失笑が漏れる。

「聖地を取り戻す?馬鹿言っちゃいけないわ。私は貴族が嫌いだし、ハルケギニア統一なんて興味もない。エルフがあの地に居たいっていうなら、好きにさせときゃいいじゃないか」

 現在の“聖地”はエルフたちの住まう地だ。彼らに“聖地”が奪われて幾百年。数多の国が聖地奪還を試みて、そのたびに無残な敗北を喫してきた。

「報酬はジェームズ一世の首、と言ったら?」

 その言葉にロングビルは激しく動揺した。現アルビオン国王ジェームズ一世。親の仇であり、何度もこの手に掛けることを夢に見た憎き相手。その機会をくれるというのだ。

「……私が今どこに身を寄せているか知ってるかい?」

 ロングビルは一つ、かまをかけてみることにした。この男がどこまで掴んでいるのか、それによって今後の対応が変わってくる。

「トリステイン魔法学院。その事も、俺がお前に接触した理由の一つだ」

「そうさ。私は今、ある秘宝を盗み出すためにあの学院に潜入している。あんた、『破壊の杖』については知っているかい?」

「いや」

「それが今回の目的さ。なんでも、実に変わった形の珍しい杖らしい」

 今のやり取りで、この男は直近の出来事までは把握していない事ははっきりした。昨日のあの一件まで把握しているのであれば、当然破壊の杖についても知っているはずだ。つまりはオスマンたちに正体がばれていることも知らないと見ていい。

「残念だが、お前の仕事が終わるのを待っているつもりはない。今ここで我々の同志となるか……」

 男が少しだけマントをはだけて見せる。そのマントの内で男は杖を握り、しっかりとロングビルへと狙いを定めていた。殊更に断ればこの場で殺すと言っているのだ。どいつもこいつも同じような手を使うものだ。

「あんたがどれだけ凄腕か知らないけどね、こんな店の中で堂々と殺しなんかしたら、とてもじゃないけど逃げ切れるもんじゃないよ」

「忠告痛み入る。だが心配は無用、それについてはちゃんと当てがある」

 どうもブラフという訳でもなさそうだと、それなりに修羅場をくぐってきたロングビルの勘が告げる。

「……ふん、まあいいさ。私が魔法学院に勤めている事が理由の一つと言ったね。それで、何をさせようってんだい?」

「ラ・ヴァリエール家の三女で、ルイズという少女が学院に通っている。お前は彼女を監視し、その動向を逐一俺に報告しろ」

 半ば予想できていたが、やはりそこに話が繋がるか。この男もオスマン同様、アンリエッタ王女がルイズに接触すると踏んでいるのだ。

「私は『土くれ』よ?子供一人の動向を探るくらい、訳ないわ。それで、あんたら貴族の連盟とやらは何ていうのかしら?これから旗を振る組織の名前くらい、知っておきたいのだけど」

「レコン・キスタ」

 男は誇らしげに、その名を告げた。




前回調子こいて二話連続投稿なんてしたから、書き溜めがなくなっちゃったよ(´・ω・`)
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