ゼロの使い魔-NOCTURNE   作:陳 小太郎

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※注意 『ゼロの使い魔』および『真・女神転生Ⅲ-NOCTURNEマニアクス』『真・女神転生Ⅲ-NOCTURNEマニアクスクロニクルエディション』のネタバレを多数含みます。


2.召喚の儀

(これ以上は見ていられんな……)

 トリステイン魔法学院の一角、アウストリの広場。学院の教師であるジャン・コルベールは先ほどから何度も魔法を失敗している少女を苦い顔で見守っていた。少女の名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。公爵家の三女でありながら魔法の才に恵まれず、いつも同級生たちにからかわれている。この世界では魔法は始祖の血を引く者、すなわち貴族にしか扱うことができない。ここトリステイン王国は特に魔法至上主義の気風が強く、それが余計にルイズに対する風当たりを強いものにしていた。

 真剣な表情で魔法を唱えるが結果は振るわず、本日何度目かの爆発音が鳴り響く。どういうわけか何を唱えても彼女の魔法はいつも爆発という結果に終わる。地面にはすでにいくつもの爆発による小さなクレーターができていた。

 今日は進級試験を兼ねた“召喚の儀”の日である。サモン・サーヴァントと呼ばれる魔法で使い魔を召喚し、それをもって2年生へと上がることができるのだ。他の生徒たちはみな召喚を終え、自身の使い魔と思い思いに戯れているため、広場にはそこここで様々な生き物の鳴き声があがっていた。

(もうすでにかなりの回数の魔法を唱えている。精神力がもってあと一回といったところだろう)

 ルイズ自身もそれがわかっているのだろう。表情はますます硬くなり、緊張のためか一すじの汗が頬をつたう。なにせこれで失敗すれば落第なのだ。彼女がどれだけ馬鹿にされても諦めず努力してきたことを知っているだけに、それを伝えるのはコルベールにとってはあまりに心苦しいことであった。ルイズは一度気持ちを落ち着かせるように深呼吸をすると、覚悟を決めたように呪文を唱え始める。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、“使い魔”を召喚せよ」

 またも轟音がなり、土煙が舞い上がる。

「ゼロのルイズがまた失敗したぞ!」

 何人かの生徒がいつものようにはやし立てる。だが、つぶさに観察していたコルベールの目にはこの爆発がいつもの失敗とは明らかに様子が違うことが見て取れた。土煙が舞い上がる寸前、ほんの一瞬紫電が走ったのだ。轟音と土煙は雷が地面を穿った結果生じたものである。今までにない結果にコルベールは困惑した。いったい何が起きたのか。徐々に薄くなっていく土煙の向こうに目をこらす。

 最初に見えたのは奇妙な模様だった。直線的な幾本の緑色の光。それを確認した瞬間、総身に怖気が走る。それが何なのかはわからない。だが、自分の本能のような部分が今までになく強く警鐘を鳴らしている。何人かの優秀な生徒もそれは同様だったようだ。緊張した面持ちでその“何か”を見やる。次いで現れたのは輪郭だ。人によく似た形。模様はその表面に刻まれていたのだ。もやが晴れ、その姿が完全に現れる。見た目は少年のようだった。全身に奇妙な刺青のような模様を刻んだ半裸の少年。だがその内に強大な力を秘めていることは離れたこの距離からでも感じ取れる。

 いつしかあれだけやかましく鳴いていた使い魔たちが静まり返っている。視線を巡らすと小さなカエルから巨大な風竜まで、一様にうつむき、じっと息をひそめている。視線一つ、息遣い一つでも不興を買ってはならないと言わんばかりのその様は、まるで王に頭を垂れる民のようである。

(とにかく刺激をしてはいけない……)

 危険な存在であることは明らかである。だが今のところは暴れたりする様子は見られない。まず最優先すべきは、なるべく穏便に彼からルイズを引き離すことだ。

「見ろよ、ルイズが平民を召喚したぞ!」

 先ほどルイズをからかったグループがまたも騒ぎ始める。

(これだから放蕩貴族のボンボンは!)

 あまりに状況を理解していない彼らを心の中で毒づきながら睨みつける。騒ぎ立てていた生徒たちはその眼光にヒッと小さな悲鳴を上げ押し黙る。それほどまでに自分の表情は余裕がないのだろう。静かにルイズたちへ視線を戻すと、声が届いていなかったのか、あるいは歯牙にもかけぬのか、幸いこちらを気にしている様子はない。ほっとすると、なるべく何気ない風を装って二人に近づく。表情もできる限りにこやかに。引きつってはいるだろうが、硬い表情よりはましだ。

 ゆっくりと歩きながら、召喚された少年を観察する。人のような姿形をしているが明らかに人間ではない。最初はその刺青のような模様にばかり目が行ったが、近づくにつれ、首の後ろから黒い角の様なものが生えているのが見て取れた。黄色い肌や凹凸の少ない顔立ちも、明らかに人間のそれとは異なる。

(亜人か妖魔の類だろうか。だとしても、これほど強力な存在は聞いたことがない。そもそもそんなものを召喚することなどありえるのか?)

 だが実際に目の前で召喚は行われたのだ。いつも魔法を失敗しているルイズである。もしかしたらこれも一種の失敗と言えるのだろうか。ある種のイレギュラーで本来呼べるはずのない高位の存在を呼び寄せてしまった。そこまで考え、ある一つの可能性に思い当たり血の気が引く。

(もしや彼は、召喚に応じる意図もなく呼び寄せられたのでは?)

 召喚のための光のゲートは、本来であれば召喚に応じる意思のある者のもとに現れる。だが、事故によって本人の意思と関係なく呼び寄せられたのであれば、最悪の事態も考えられる。もし彼の機嫌を損ねて暴れ始めたりでもされれば、おそらく自分の力では生徒たちを守り切ることはできない。

 数瞬前まで考えていたことなど忘れて、血相を変えて歩を早める。トリステインの上級貴族の例に漏れず、ルイズという少女は苛烈な性格をしている。何か下手なことを言う前に自分が交渉しなければと考えていると、当のルイズが少年に話しかける声が聞こえてきた。

「あんた誰?」

(しまった、遅かった!)

 しかしその問いに対する少年の反応は、コルベールが危惧していたようなものではなかった。人語を操り、名を名乗って挨拶までしたのだ。ようやく二人の近くまで辿り着いたコルベールは、少々息を上げながら声をかけた。

「失礼、ミスタ。少々よろしいですかな」

 その言葉に、二人の顔がコルベールへと向く。

「私は当トリステイン魔法学院で教師を務めるコルベールと申す者。彼女は君を召喚した当学院の生徒でミス・ヴァリエール。君のことはええと……、ミスタ・マジンヒ…トシュ…ラ?と呼んでよろしいかな?」

 コルベールの問いに人修羅で構わないと少年が答える。マジンと言うのは彼の種族名らしい。

「わかりました、ミスタ・人修羅。それにしてもマジンですか……。私もこれまで少なくない文献を読み解いてきましたが、初めて聞く種族ですな」

「先生、そのことは後でもいいじゃないですか」

 ふくれっ面でルイズが言う。彼女が呼んだ使い魔だというのに、コルベールばかりが話してるものだからへそを曲げたらしい。

「まあ待ちなさい、ミス・ヴァリエール。普通使い魔というのは契約すると人語を解するほどの知能を得るが、彼のように元々高い知能を持った者が呼ばれることは……もしかしたらよほどの使い手であればそういうこともあるのかもしれないが、少なくとも私は聞いたことがない。だから最初に一、二点彼に確認しておきたいのだよ」

 その言葉に人修羅が首肯で了承の意を伝えたので、ルイズもしぶしぶ引き下がる。

「まず先ほども言ったようにここはトリステイン魔法学院。今は進級試験を兼ねた召喚の儀の真っ最中なのです。これはメイジがその伴侶となる使い魔を呼び寄せる神聖な儀式でして、君はそこのミス・ヴァリエールが唱えたサモン・サーヴァントによってここへ呼び寄せられたのです」

 コルベールの説明に人修羅が視線で先を促す。

「先ほどお二人が話している声が耳に届きましてな、君は彼女に『今後ともよろしく』と、そう返していましたな。そうすると君は自分が召喚されたことを理解した上でそれに応じたと、そう考えてよろしいですかな?」

 再度人修羅が頷き返し、ようやくコルベールの気持ちは少し軽くなった。彼が危険な存在であることは変わりないが、少なくとも害意は持っていなさそうなのだ。であるならば、気が変わる前にさっさと契約を結ぶのが吉である。

「それを聞いて安心しました。ではミス・ヴァリエール、彼と契約を」

 人修羅が意外そうな顔をする。呼び出しに応じればそれで終わりと思っていたらしい。

「メイジと使い魔はコントラクト・サーヴァントで契約して、初めて繋がりを持てるのよ。あんた感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通一生ないんだからね」

 ルイズはそう言って杖を構えると、目を閉じて呪文を唱え始める。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 呪文を唱え終えたルイズの両手が人修羅の頬に伸びる。人修羅はわずかに驚いたような顔をしたが、そのままされるがままに唇を重ねる。しばらくして唇を離し、ルイズが一言つぶやく。

「最低……。こっちは初めてだっていうのに。あんたずいぶん慣れてるような態度なのね」

 思わずコルベールが苦笑する。亜人とはいえ、人と近い姿の者と唇を重ねたのである。それがこうも反応が薄ければ、年頃の少女としてはやはりショックだろう。自分がまずい反応を返したと気づき、気まずげに頬をぽりぽりとかく人修羅の姿は、まるで年相応の人間の少年のようである。最初に目にしたときのような禍々しい雰囲気はすでに鳴りを潜めていた。

 そうこうしていると、不意に人修羅が顔を歪める。

「使い魔のルーンが刻まれ始めたのよ。痛いだろうけど、すぐ済むわ」

 人修羅のその胸に、徐々に文字が浮かび上がってくる。すぐに完全な形に浮かび上がったそれは、コルベールをもってしても見たことのないルーンであった。

「ふむ……。珍しいルーンだな。少しメモを取らせてもらっても?」

 そう断りつつローブの袖から羊皮紙と木炭を取り出し、刻まれたルーンを書き写す。これも含め、この件に関しては学院長に報告することが多すぎる。コルベールは振り返ると、少し離れた位置でやり取りを見守っていた生徒たちに声を上げる。

「以上で召喚の儀を終了する。おめでとう。全員見事に進級を果たしたね。以降の授業は自習とするから、皆今日は思い思いに自分の使い魔と親睦を深めるといい」

 その言葉に生徒たちから歓声が上がる。使い魔たちもようやく緊張が解けたとばかりに主人にすり寄ったり、広場を駆け回ったりと騒ぎ始める。本当はこの後も授業の予定があったのだが、一刻も早く学院長からの指示を仰がねば。

「ミス・ヴァリエール、本当によくがんばったね。ミスタ・人修羅、これから彼女のことをよろしく頼むよ」

 コルベールはそう言い残すと、フライの魔法を唱え学院長室へ飛び立った。

 

 

 夜、ルイズの自室。トリステイン魔法学園は全寮制らしく、生徒は皆貴族なのだという。そのためかルイズの部屋は人修羅のイメージする寮の部屋と比べると随分広く、いかにも高級そうな家具がいくつも備え付けられている。

 窓の外に浮かぶ巨大な二つの月を眺めながら考える。召喚に応じて言われるがままに使い魔とやらになったものの、結局自分は何をすればいいのだろうか。あの後真っすぐ自室に向かい、真面目に机に向き合っていたルイズにそう尋ねる。

「使い魔の仕事?そうね、普通なら主人と視覚や聴覚を共有していろんな情報を集めたり、秘薬の素材となる色々な触媒を集めたり、あと何といっても主人の護衛ね。でも今のところ視覚の共有はできないみたいね。私何にも見えないもん」

 秘薬の材料集めというのも、人修羅にとっては無理な話だ。そもそもこの世界にどういった物があるかすら知らないのである。護衛に関しては何とも言えないが、おそらく大丈夫だろう。この世界のことはよく知らないが、自分より強い敵がそうそういるとも思えない。

「ふうーん。コルベール先生も随分あんたのこと特別扱いしてたし、そりゃわたしもなんとなく、あんたが強力な使い魔なんだってことはわかるわよ?でも、実際どれだけ強いのか正直見てみないとわかんないし」

 机の上を片付けながらルイズが答える。もっともな話である。とはいえここは学院の中。護衛が必要になるような荒事はそうそう起こりそうにない。

「だから今あんたができることといえば、洗濯、掃除、その他雑用」

 言いながらブラウスのボタンをはずし始めると、ルイズの控えめな胸元があらわになる。透き通るような白い肌が視界にとびこみ、人修羅はとっさに目をそらした。なぜこのタイミングで脱ぐのか。この世界の女性は肌をさらして恥ずかしくないのだろうか。雑用って夜のお世話とかそういう意味だろうか。

「何馬鹿な事言ってんの。あんたは亜人で、わたしの使い魔。肌を見られたって何とも思わないわよ!」

 すべて脱ぎ終えネグリジェに着替えたルイズが今まで着ていた衣服を人修羅に放る。それには当然のように下着も含まれている。

「それ、明日になったら洗濯しといて」

 確かに現状自分は役立たずで、できる仕事など他にない。とはいえこの扱いはあんまりである。抗議しようと振り向くと、すでにルイズは布団にすっぽりと収まり、静かな寝息を立てていた。

 諦めて自分も寝ようと考え壁を背にして腰を下ろす。思えば悪魔の身になって以来、睡眠をとるなど久しくなかった。ボルテクスと化したトウキョウでは、いつ何時ほかの悪魔に襲われるかわからなかったし、そもそも寝たり食べたりといった欲求も湧かなかったのである。マガツヒが枯渇すれば、悪魔も腹が減るのだろうか。その後も様々なボルテクスや滅びを迎えようとする世界で、常に戦い続けてきたのである。

 目を閉じるといろいろな考えがつらつらと浮かんでくる。今日召喚されてから起きた事。久しく感じた日の光や草木のにおい。生きた人間との会話。そういえば明らかな異世界なのにどうして普通に会話ができるのだろう。それから契約のときのキスやさっき少しだけ見てしまったルイズの白い肌を思い出してしまい、一人頬を赤らめる。

 そこで不意に気付く。自分は二度目の誕生を迎えたとき、身も心も悪魔へとなり果てたはずである。心に浮かぶものといえば、抗えぬ運命に対する尽きぬ怒りだけであった。だというのに、いつの間にかこんなにも人間らしい感情が蘇っているのである。環境が変わったせいか、はたまた使い魔の契約による影響か。

 昼間の契約の際、ルイズは自分に感謝しろといったが、確かにこれは彼女に召喚されなければ味わえなかっただろう。思わず頬が緩む。

 いつぶりかわからない心地よい睡魔に身をゆだね、人修羅は抗うことなく意識を手放した。

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