ゼロの使い魔-NOCTURNE   作:陳 小太郎

3 / 12
※注意 『ゼロの使い魔』および『真・女神転生Ⅲ-NOCTURNEマニアクス』『真・女神転生Ⅲ-NOCTURNEマニアクスクロニクルエディション』のネタバレを多数含みます。


3.新たな生活の始まり

 トリステイン魔法学院のはるか上空、双月に照らされて一匹の竜が舞う。

「でね、シルフィはとっても嬉しいの!シルフィは一人っ子だから、本当にお姉さまができたみたい!それに素敵な人間の名前も下さったわ!」

 タバサはそんな風にはしゃぐ自分の使い魔の背に乗り、月明かりを頼りに読書を続けていた。彼女が昼間召喚した使い魔、シルフィードと言う名を与えたこの竜は普通の竜ではない。韻竜。先住の魔法を操り、人語を話す古代種である。

 学院であまり目立ちたくないタバサは、シルフィードに人前で話すことを禁じ、普通の風竜として振舞わせた。だがシルフィードがもっとタバサと話がしたいとわがままを言うので、深夜にかかわらず、間違っても会話が聞かれることがないようにこんな空高くまで来たのである。

 彼女を召喚できたのはタバサにとって幸運だった。昼間クラスメイトのルイズが召喚した少年。一目見た瞬間、人の身では決して抗うことのできぬ存在であると理解できた。あの圧倒的な存在を思い出すと、今でも膝が笑いそうになる。普段は騒がしいことを好まないタバサであるが、このおしゃべりな使い魔といる内は気が紛れた。

「それにしても“王さま”はすごいのね!シルフィ一目見て“ふぁん”になっちゃった!お姉さま、お姉さまもあの方と仲良くしておいて損はないのね!」

 シルフィードの言葉に首を傾げる。現在トリステインの王の座は空位である。自分の出自もまだ伝えていないから、叔父王のことを言ってる訳でもないだろう。

「王さま?」

「そう!混沌の王さま!」

 きゅいきゅいと嬉しそうに鳴きながら、シルフィードはいつまでも夜空を舞い続けた。

 

 

 何かに体を揺り動かされる。まどろみの中、何度も繰り返されるその動きに、ルイズの意識は少しずつ覚醒していく。

(何よもう……。まだ眠いのに)

 昨日は召喚の儀で限界まで精神力を使ったのだ。おまけに見たことも聞いたこともない使い魔を呼び寄せてしまったものだから、自習にかこつけて遅くまで調べ物をしていたのだ。過去に亜人を使い魔とした先例はないか、マジンとはいったいどういう種族なのか。人修羅本人に聞くことはしなかった。ある種の不安があったからだ。もし本人からそれを聞けば、知るべきでないことを知ってしまう。そんな予感がしたのだ。

 だが、結局手持ちの教科書や参考書をいくら調べても手掛かりはなかった。本来であれば図書館に行くべきなのだが、トリステイン魔法学院の図書館はレビテーションを使えない生徒がいることなど想定していない。結局行ったところで専門性の高い貴重な本ははるか頭上にしまわれており、ルイズに閲覧することはできないのだ。

(そうだ、使い魔!)

 ようやく自分を揺り動かしている正体が、昨日召喚した己の使い魔だと思い当たり、がばっと飛び起きる。横を向くと、いきなり起き上がったルイズに少々驚いたような顔をした人修羅が、体を揺さぶっていたときの姿勢のまま固まっていた。

「……おはよう」

 起きがけで頭が回っていないことと、驚き飛び起きたところを見られた気恥ずかしさで、我ながら随分と不機嫌そうな声が出てしまう。人修羅はそんな事意に介した様子もなく、朝の挨拶を返してくる。ルイズはもそもそとベッドから這い出ると、そのふちに腰を下ろした。

「服ー」

 またも人修羅が固まる。気にせずネグリジェを脱ぎ始めると、慌てて目を逸らし制服を投げ渡してきた。

「着せてー」

 人修羅はいよいよ狼狽し、視線を逸らしたまま自分で着るように言う。

(何よ、キスしたときは余裕そうな顔してたくせに)

 ルイズにとって使い魔に肌を見せるのは犬猫に対するそれと一緒だった。それよりはクラスメイト全員に注目されながらキスした昨日の方がよほど恥ずかしいのである。

「亜人のあんたは知らないでしょうけど、貴族の従者は主人の着替えを手伝うものなのよ」

 そう言って胸を張り、頑として服を着ない姿勢を示すとついに人修羅が折れ、服を着せに取り掛かる。その間も視線は逸らしたままだ。

(勝った……!)

 一丁前に主人の裸体を見て赤面する使い魔を見て、ルイズはかすかな優越感に浸る。

(これは一つ弱みを握ったかもしれないわね)

 朝の身だしなみを終え、上機嫌に自室の扉を開けると、

「おはよう。ルイズ」

 隣室のキュルケと鉢合わせてしまった。

「おはよう。キュルケ」

 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。隣国ゲルマニアからの留学生であり、ルイズの実家、ヴァリエール家と犬猿の仲であるツェルプストー家の息女である。もちろんそれはルイズとキュルケの関係にそのまま当てはまることでもある。とにかく性格が合わないのだ。ルイズは一転して不機嫌になる。

「ふうーん」

 すでにルイズへの興味を失ったキュルケは、その後ろに立つ人修羅の顔をしげしげと覗き込む。

「昨日は随分恐ろしい方に見えたけれど、こうして間近でお会いするとあたしたち人間とあまり変わりありませんのね。それによく見たらかわいらしいお顔をしてますわ」

 人修羅の顔立ちは人間と比べて少々彫が浅く、鼻も低い。それは確かに子供のように見えて可愛いと言えないこともない。

「ちょっと、人の使い魔に色目を使わないでくれる?」

「さすがのあたしだって亜人を取って食ったりしないわよ。初めまして、使い魔さん。あたしは微熱のキュルケ。こっちは使い魔のフレイムよ」

 キュルケの陰からおずおずと顔を出したのは、虎ほどもある巨大な火トカゲだった。フレイムは首を伸ばしてこちらの様子をうかがうと、またキュルケの背中に隠れてしまう。

「あら、この子ったらもしかして緊張してるのかしら?」

 いつもはこんな調子ではないらしい。そんなことを数度繰り返すと、ゆっくりとキュルケの元を離れてこちらに向かってくる。そのままルイズの横を通り過ぎ、まっすぐ人修羅の前まで来ると、何か言いたげにじっと顔を見上げる。そんな様子に人修羅も腰を曲げ、視線の高さを合わせてやると、フレイムが何やら低く唸り始めた。その唸り声に、こくこくと人修羅が頷き返す。

(か、会話してる?)

 あたかも相手の言っていることがわかるかのような人修羅の様子に、ルイズはマジンというのは動物と会話ができるのだろうかと考える。使い魔同士が話し込んでしまったものだから、キュルケはおしゃべりの標的をルイズへ変えた。

「それにしてもあなた、また随分とんでもない使い魔を呼んだものね」

 苦笑気味に言うキュルケについむっとなってルイズが言い返す。

「どういう意味よ」

「ねえ、ヴァリエール」

「何かしら、ツェルプストー」

「あたし、あなたとクラスメイトになったとき嬉しかったのよ。仇敵のヴァリエール家と同じクラス。きっといいライバル関係になるんだろうって。だというのにあなたの魔法ときたら失敗ばかり。だから今回あなたが、ただ強力な使い魔を呼んだっていうだけなら、あたしにとっても嬉しいことだわ。やっぱりヴァリエールはツェルプストーのライバルとして相応しいんだって」

 キュルケはそこで一度言葉を区切るとすっと真顔になり、ルイズに顔を寄せ声を潜めた。

「彼、本当にすごい使い魔よ。あなた、主人が務まるの?」

 いつもの様にからかいを含んだ雰囲気はない。その声色と表情からは、ルイズへの心からの心配が感じ取れた。今朝はささやかな勝利を収めたが、本当のところはルイズが一番そのことをわかっているのであった。

「わかってるわよ、それくらい。わたしの実力が全然あいつと釣り合ってないって」

 ぶすっとするルイズに、表情を緩めてキュルケが言う。

「そう。安心したわ。すごい使い魔を呼んだものだから、天狗になってるんじゃないかと思ってた」

 笑みを浮かべてルイズの頭をわしゃわしゃとなでる。せっかくセットした髪が台無しではないかと思ったが、さっき自分を心配した態度は本物だった。それに免じて今は好きにさせておこう。

「フレイムー、行くわよー」

 キュルケはそう自分の使い魔に声をかけて去って行く。取り残されたフレイムが名残惜し気に人修羅と主人を見比べた。人修羅がぽんぽんと頭を優しくなでてやると、フレイムが気持ちよさそうに目を細める。人修羅が腰を上げたのを皮切りに、フレイムは先を行くキュルケの背中を追いかけていった。

「……あんた動物と話せるの?」

 ルイズの問いに、普通はできない、と短い返答が返ってきた。

 

 

 食堂に使い魔は入れないということで、ルイズが朝食をとっている間人修羅は学院の中庭を散策していた。食事をする必要もないので、それに対して何ら不満はない。おまけにマガツヒも満ち足りている。人修羅にとって、使い魔の契約による最も大きな恩恵はそれだった。

 やはりあの契約によってルイズとの間に何らかの繋がりができたらしい。人の持つ負の感情、大きな感情の流れたる“マガツヒ”。悪魔の糧であり、存在を構築する物質でもあるそれが、ルイズを通してどんどん人修羅に流れ込んでくるのがわかる。思えばかつてトウキョウで創世を目指した者たちも、自らの守護を降ろすべく、大量のマガツヒを用いた。人の身で神や悪魔を使役するには、それなりの対価が必要なのである。ルイズの発する怒りや嫉妬、劣等感といった強い負の感情は、なるほど悪魔にとってはこれ以上ない対価であった。

 散策の理由は他にもある。洗い物をする場所を見つけねばならないし、なにより試したいことがあったのだ。

 水場を捜してのんびりと歩きながら考える。それにしても、今朝はフレイムと思いのほか話がはずんでしまった。トカゲにはトカゲなりの苦労があるらしい。

 悪魔の力を宿せし禍なる魂“マガタマ”。自身を悪魔に変じさせたそれは、身に宿すことで様々な技能を人修羅にもたらした。その一つに“ジャイブトーク”というものがある。通常であれば会話が成り立たない、知能の低い悪魔とも交渉を可能とする技能である。それがまさか他の使い魔に対しても有効とは思わなかった。おそらくただの動物相手にはさすがに無理だろう。召喚の影響で高い知能を有しているという彼らに対してだからこそ有効なのだ。

 しばらく歩くと、ひと気のない開けた場所に出る。敷地内に幾つかある広場の内の一つだ。ここでいいだろう。洗い物が入ったかごを地面に置くと、静かに目を閉じ自身を構成する“情報”に意識を向ける。これまで共に戦ってきた仲魔たちとの繋がりは切れていない。その中から、常に隣で支え続けてくれた最も古き友の“情報”を見つけ、右手を頭上へつき上げた。

 人修羅の目の前に雷が落ち、地が爆ぜる。ここに昨日の召喚の儀を見ていた者がいたならば、その雷が人修羅が現れたときと同様のものであることに気付いただろう。人修羅はルイズが自分に対してそうしたように、仲魔を召喚したのである。舞い上がった土煙が晴れる。しかしそこには待ち望んだ姿はなかった。

 どういうことかと考える。自分が召喚されている身だから、その自分がさらに召喚を行うことはできないのだろうか。しばらく考え込み、いくつかの可能性が頭をよぎる。しかし結局どれも確かめようがないのである。今はそういうものと受け入れるしかないが、彼女にこの世界を見せてやれないことが残念だった。

───あなたって、本当寂しがり屋よね!

 そんな友の声が聞こえた気がした。

 

 思考に没頭するあまり気づかなかった。いつからか背後に人の気配を感じる。背後を取られることは死に直結する。長い戦いの経験で、人修羅が学んだ絶対の真理である。人修羅は勢いよく振り返り、背後に立つ存在に射貫くような殺意をぶつけた。

「ひっ」

 見ると一人の少女が尻もちをついて座り込んでいた。周りには大きなかごと沢山の衣類やシーツが散らばっている。どうやら驚いて腰を抜かし、そのはずみでかごの中身をぶちまけてしまったらしい。彼女の格好をまじまじと見る。秋葉原で見るようなフリフリのカチューシャとエプロンドレス。いわゆるメイドさんである。この世界にコスプレイヤーがいるとも思えないから、本職の方だろう。

「た…助け……」

 かたかたと歯の根が合わない状態で何とか言葉を紡ぎだす。その様子に罪悪感が込み上げる。どうも背後から襲い掛かる不埒な輩という訳ではなかったらしい。

 助け起こそうと歩み寄ると、いやいやをする様に激しく首を振り、手で地面を這って距離を取ろうとする。ついには目から大粒の涙までこぼし始めた。なんだか自分がとんでもない極悪人になった気分だ。事実、心まで悪魔になり果てたり、いくつもの創世の芽を潰してきた訳だが。よくよく考えれば、今の自分の姿は事情を知らないものが見れば、全身に入れ墨を彫ったまごうことなき無頼漢である。

 それでもこれではらちが明かないので、なおも歩を進め少女の目の前に立つと、なるべく安心させるように微笑み、手を差し出した。目を逸らせばその瞬間に殺されるとばかりに人修羅の一挙手一投足に注視していた少女は、そんな人修羅の様子をついポカンと見入ってしまう。これを少し落ち着きを取り戻したとみた人修羅は、少女の手を取り引き上げて立たせる。何が何だかわからぬ少女を尻目に、地面に散乱した衣類やシーツをかごに詰めて手渡してやる。

「あ、ありがとうございます」

 こちらこそ驚かせて悪かったと謝罪する。今度こそ本当に落ち着きを取り戻したらしい少女は、ハンカチを取り出すと涙を拭き、土で汚れてしまった手やお尻を払ってから、改めて人修羅に向き直った。

「ミス・ヴァリエールが呼んだ使い魔さんですよね。彼女が変わった使い魔を呼んだって噂になってますわ」

 人修羅は名を名乗ると、どうしてそんなところに立っていたのか少女に尋ねる。

「あ、私はシエスタっていいます。ミス・ヴァリエールが『さすがに動物たちと同じ食事をさせる訳にはいかない』って、あなたが使用人たちと同じ賄いを食べさせてもらえるよう、特別に取り計らってくださったんです」

 食べなくても問題はないのだが、ルイズはちゃんとこちらの食事の心配をしてくれていたらしい。

「けれどあなたの姿が見えないものだから、見かけたらお声がけするよう言い付かってたんです」

 そこまで言ってシエスタが人修羅の足元の洗濯かごに気付く。

「あら、もしかしてミス・ヴァリエールの洗濯物ですか?一緒に洗ってしまいますから、それもこちらにお渡しください。手早く済ませてしまいますから、そしたら厨房にご案内しますね」

 そう言ってシエスタはにっこりと微笑む。なんとできた子だろう。さっきあれほど怖がらせてしまったばかりだというのに、その相手にこうも優しくできるなんて。

 シエスタと連れだって洗い場に向かいながら、人修羅は後で何かお礼をしようと心に決めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。