ゼロの使い魔-NOCTURNE   作:陳 小太郎

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※注意 『ゼロの使い魔』および『真・女神転生Ⅲ-NOCTURNEマニアクス』『真・女神転生Ⅲ-NOCTURNEマニアクスクロニクルエディション』のネタバレを多数含みます。


5.ヴェストリの広場の決闘

「諸君!決闘だ!」

 目の前の少年がギャラリーを煽り、歓声が沸く。面倒なことになったと、心なしうんざりした顔で人修羅はその様子を眺めていた。

 

 ルイズに取り残され時間の空いてしまった人修羅は、昼食をもらおうと厨房へと足を向けた。そこに居合わせたシエスタに朝の礼をしたいと申し出たところ、それならばと給仕の手伝いをすることに相成ったのである。

 テーブルで談笑している男子生徒に配膳をしていたときの事だった。床に落ちた小瓶を見つけ拾い上げたところ、それが発端となり持ち主の少年の浮気が発覚、因縁をつけられ今に至るのである。

 

「逃げずに来たことは誉めてやろうじゃないか」

 小瓶の持ち主、ギーシュと呼ばれていた金髪の少年が、気障ったらしく前髪をかき上げる。もしこれが、東京で学生をしていた頃の自分であれば、こんな風に喧嘩を売られても、相手などせずばっくれてしまえばそれまでだった。しかし今の人修羅にとって、事はそうもいかなくなった。なにせ教室の片付けをした際に、ルイズが周りの生徒から馬鹿にされる事にひどく心を痛めていると知ってしまったのだ。

 人修羅がこの決闘を受けなければ、それをダシに彼らはますます付け上がる。ここでギーシュを倒し、自分が侮れない存在であると示すことは、そんな連中の声を抑えるためにも、またとない機会だった。

 かと言って相手に大怪我をさせたり、まして殺めてしまう訳にもいかなかった。そんなことをすれば、他でもないルイズに大変な迷惑をかけてしまう。

「さてと、では始めるか」

 言うなりギーシュが一本の薔薇を取り出す。何のつもりだろうか。相手の意図を探ろうとその様子を黙って見ていると、ギーシュがその薔薇を振るい一枚の花弁が舞う。地に落ちたその花弁は見る見る形を変え、甲冑をまとった女性の銅像へと変化した。なるほどあれが彼の杖らしい。

「僕は『青銅』のギーシュ。土系統のメイジだ。従って、この青銅のゴーレム『ワルキューレ』が君のお相手をするよ」

 ギーシュが勝ち誇るように笑みを浮かべると、またも周りから歓声が上がった。誰も彼が負けるなどと思っていない。たしか、近代に入るまでは公開処刑が民衆の大きな娯楽だったと聞く。彼らにとってそもそもこれは決闘なんかではない。メイジに楯突いた平民が痛めつけられるところが見たいだけなのだろう。

 人修羅としては、相手に怪我をさせる事なく、なるべく穏便に勝利を収めたいのだ。そのためには相手が降参してくれるのが一番である。

 人修羅は元来口下手である。だが口下手なりに幾度となく悪魔と交渉を重ねる内に、いくつかの鉄則に気付いたのだ。まず第一に、当然のことだがこちらに敵意がないことを相手にわからせること。だがそこで下手に出てしまえば、相手の要求ばかり飲まされてこちらに見返りがないということがほとんどである。そこで二つ目は、自分の力を相手に知らしめる事である。そのためには交渉の相手以外を完膚なきまでに倒し、最後に生き残った一体に交渉を持ちかける。こうすれば余計な茶々を入れられることもないので一石二鳥である。

 こちらがその気になればいつでも殺すことができるぞと見せつけ、その上で友好的に接する。それこそが人修羅が身に着けた交渉を有利に進める鉄則であった。

 ようはそれと同じことだ。ギーシュに怪我はさせられない以上、彼の作り出すゴーレムを圧倒し、自発的に降参を引き出すのだ。ワルキューレを見る。人の形をしているのがなお都合がいい。

「行け、ワルキューレ!」

 ギーシュが薔薇をかざし指示を飛ばすとワルキューレが突進してくる。人のような滑らかさで人修羅の元へ走り込み、剣を振り上げる。だがそんな物では人修羅の肉体を傷つけることはできない。振り下ろされる剣を悠然と受け止めようとし、その瞬間嫌な予感がし咄嗟に体をひねった。

 直撃は免れたが、反応が遅れたため切っ先が上腕をかすめ、鋭い痛みとともに血が舞い散る。それを見ていた周りの生徒たちはさらに興奮し、異様な熱気が広場を包む。

「いいぞ!ギーシュ!」

「生意気な平民に思い知らせてやれ!」

 なぜ自分に傷をつけることができるのか。その理由を考えるのは後だ。人修羅は剣を振り下ろしたワルキューレの手を取り、そのまま手首を砕く。空いてる方の手を思い切り振りかぶると、剣を取りこぼしたワルキューレの頭部に思い切り打ち下ろした。

 頭部があった部分が腰までめり込み、ワルキューレが沈黙する。それを見て、今まであれほど騒いでいたギャラリーが、水を打ったように静まり返った。もしあの一撃を人間が食らったら。自分の身に降りかかったら。人の形をとったワルキューレが無残に破壊された様を見て、その結果が容易に想像できてしまったのである。

 人修羅がワルキューレの体から拳を引き抜き、ゆっくりとギーシュを見据える。ギーシュは恐怖と混乱が混ざった表情で、呆然とその様子を見ていた。人修羅が一歩踏み出す。すると同じ距離だけギーシュが後ずさる。さらに二歩、三歩と踏み出したところでギーシュが後退をやめ薔薇を振るった。

「へ、平民風情が!あまり調子に乗るなよ!」

 青い顔でそう叫ぶと、花弁が舞い一気に六体のワルキューレが現れる。この段に来て人修羅のことをただの平民だと、人間だと思う者は彼以外誰もいなかった。大勢に見られている中で自分の渾身のゴーレムが一撃で倒された。恐怖と羞恥がギーシュから冷静な判断力を奪ったのである。

 一体を自身の守りに残し、他の五体のワルキューレが人修羅に殺到する。人修羅は囲まれぬように立ち回り、一体一体確実に仕留めていく。あるときは拳で胸に風穴を開け、またあるときは横なぎに蹴りつけ上下に両断する。五体すべてを倒すのに二分とかからなかった。人修羅の足元には、様々な破壊の痕跡を刻んだワルキューレの残骸が積み重なる。そのどれをとっても、同じ壊され方をした物は一つとしてなかった。それぞれ違う壊し方にしたのは、人修羅なりに観客の恐怖心をさらに煽ろうとしたためだ。恐怖が大きければ大きいほど、ルイズを馬鹿にする声は小さくなる。

 最後の一体に取り掛かろうと、ギーシュに歩み寄る。徐々に距離を詰めてくる人修羅を見て、ギーシュは震える手で最後のワルキューレに指示を出した。

「ワルキューレ!なんとしてもあいつを倒すんだ!これ以上僕に近づけるな!」

 見上げたものだと、人修羅は思った。これだけの劣勢でまだ戦意を失わないとは。いやそれとも、まだ恐怖が足りないのか。

 ワルキューレが人修羅を切りつけようと剣を振り下ろす。最初に倒したワルキューレと変わらない、滑らかではあるが単調な動き。人修羅は半身をひねってそれをかわし、剣を踏みつけて手から外させると、顔面を鷲掴みにして高く持ち上げた。ワルキューレは宙に浮いた足をばたつかせながら、何とか逃れようと人修羅の腕に手をかける。人修羅はそんな抵抗を歯牙にもかけず、掴んだ手に力を籠め、一気に頭部を握り潰した。

 ワルキューレから力が抜け、人修羅の腕に掴みかかっていた手がだらりと下がる。人修羅は観客に見せつけるように、力を失った残骸を宙で振り回すと後方に投げ捨てた。周りからは小さな悲鳴がいくつも漏れ聞こえる。

 すべての守りを失ったギーシュはついに心が折れたのか、足の力が抜けたようにその場に崩れ落ち尻もちをつく。だがまだ降参を引き出せていない。歩み寄り、恐怖で震えるギーシュを見下ろすと、最後の抵抗を奪うべく手を伸ばした。人修羅の手のひらがぴたりと額に押し付けられ、ギーシュは絶望に目を見開く。先ほど同じようにして頭部を握りつぶされたワルキューレの姿が頭をよぎったのだろう。さらに激しく震え始めたギーシュを無視して、人修羅は手のひらに力を籠めた。

「こ……降参だ!頼む!頼むから……殺さないでくれ!」

 もう遅いと、静かに告げる。その瞬間ギーシュの体が激しく痙攣し始める。はたから見ても危険な震え方だ。人修羅がギーシュの額からゆっくりと手のひらを引きはがす。その手の内には、ギーシュの体から糸を引くように赤い光が集まっていく。

 “吸魔”と呼ばれる、相手から精神力を吸い上げる技。人修羅はメイジであるギーシュを傷つけずに勝つために、この技が有効だと踏んだのだ。魔法で戦う以上、精神力さえ枯渇させれば無力化できる。発動する前に降参してくれればその必要もなかったのだが、発動してしまってはもう遅い。

 最後の一すじが体から離れ、ギーシュはその場に倒れ伏した。可視化されたギーシュの精神力が手のひらに収まり、赤い球体を形作る。人修羅はギャラリーへと向き直ると、あたかもギーシュの生命そのものに見えるそれを、頭上に掲げ握りつぶした。赤い光が霧散し、重力に従うようにゆっくりと人修羅の体に降り注ぐ。それらは地に落ちることなく、次々と人修羅の体に吸収されていった。

「嫌ー!ギーシュー!!」

 観客の中から、一人の女生徒が悲鳴を上げた。それがきっかけとなった。悲鳴は次々と伝搬し、広場に集まっていた生徒たちが我先にと逃げ出す。逃げまどう生徒たちの流れに逆らって、最初に悲鳴を上げた生徒が走り寄り、倒れ伏したギーシュに縋り付く。

「ギーシュ!ギーシュ!!お願い目を開けて!」

 泣きじゃくりながら叫ぶ金髪の少女には見覚えがあった。確かギーシュの浮気がばれた際にその場にいて、彼を振った少女だ。少女が振り返り、人修羅を睨みつける。その瞳には憎悪の色が浮かんでいた。

「人殺し!ギーシュを返して!!」

 そう叫ぶや、ギーシュの体に顔をうずめ嗚咽する。本当は生きているのだが、そのまま昏倒してしまったのは人修羅にとっても予想外だった。なんとして誤解を解こうかと考えていると、

「殺しちゃったの……?」

 背中に声をかけられ振り向く。生徒たちが逃げ出した広場には、三つの人影が残っていた。ルイズと、その後ろにはキュルケともう一人知らない青髪の少女。三人が青い顔で人修羅を見ていた。

 ルイズの問いに首を横に振る。ただ精神力を奪っただけだと。その言葉に後ろの二人が動いた。ギーシュたちに歩み寄ると、キュルケが安心させるように金髪の少女の肩を抱いてやり、もう一人の青い髪の少女がギーシュの体をあらためる。

「落ち着いて、モンモランシー」

 キュルケが優しく声をかけると、モンモランシーと呼ばれた少女ががばっと顔を上げて睨みつける。

「落ち着けですって!?愛する人を奪われて、どうして落ち着いていられるっていうの!?」

「生きてる」

 青い髪の少女がぽつりとつぶやく。モンモランシーがはっとした顔つきとなってギーシュの胸に耳を当てたり、口に手をあてたりしてその言葉の真偽を確認する。その瞳から憎悪は消え、次いで安堵したように表情が緩む。

「あぁ……良かった。ギーシュ、ギーシュ……」

 またもモンモランシーが泣き始める。今度は悲しみからくるそれではない。モンモランシーがひとしきり落ち着くまで、キュルケは彼女の背中を撫で続けた。

 

 

「よしよし、ご苦労じゃったな、モートソグニル。戻ってきたら、たっぷりナッツをご馳走してやらんとのう」

 オスマンは自分の使い魔、ハツカネズミのモートソグニルの耳目を通じてヴェストリの広場の様子を見ていた。固唾を飲んでオスマンの言葉を待つコルベールに、にっと笑みを浮かべ告げる。

「グラモンの倅は無事なようじゃよ」

 コルベールが安堵から大きく息をはく。彼自身も“遠見の鏡”でその様子を見ていたのだが、音声までは拾えなかったのだ。

「まったく、肝が冷えましたよ。ミスタ・グラモンには、今後よくよく相手との実力差を見極めるよう言って聞かせねばなりませんな。それにしも何なのでしょうな、彼が最後に使ったあの技は」

「うぅむ、本人は『精神力を奪った』と言っておったが……」

 だとしたらそれは、メイジにとってあまりに致命的な能力である。

「先住の魔法でしょうか?」

「亜人じゃからな。そう考えるのが妥当じゃろうて。して、コルベール君。君は彼の実力をどう見る?」

「やはり、圧倒的ですね。肉体的な強さだけでなく、妙に戦い慣れてる。ミスタ・グラモンはドットに過ぎませんが、果たしてスクウェアクラスでも勝てるかどうか」

「じゃがどんなに優れていても穴はあるものじゃよ。例えば下の宝物庫。あらゆる魔法を寄せ付けず、一見鉄壁の守りに見えるが、その実物理的な力には弱い。それと同じように、彼も一見白兵戦では敵なしに見えるが、他の系統魔法に対してもそうとは限らん」

「実力を見極めるのはまだ早計だと?」

「ま、じきにわかるじゃろうとも」

 ギーシュでは荷が勝ちすぎたが、それがわかるのはそう遠くない。

(すでにいくつか餌は撒いた。あとは食いつくのを気長に待つしかないのう)

 当直に現れぬ教師、質の悪い平民の衛兵、そして何より“破壊の杖”。これに宝物庫の弱点をちらつかせてやれば、相手はすぐにでも行動に移るだろう。

 遠く窓の外を眺めながら、オスマンはじっとその時を待ちわびた。

 

 

「まったくあんたってば、なんて戦い方してるのよ」

 人修羅を地面に座らせたルイズは、出血した彼の腕を手当てしようとその横に腰を下ろしていた。

 実のところ、ルイズたちがヴェストリの広場に駆け付けたのは、ほとんど事が終わってからのことであった。それほどまでに決着が着くのが早かったのだ。広場の一角に人垣を見つけ、駆け寄っている間に生徒たちが悲鳴を上げて逃げまどい始めたのである。人混みがはけ、広場に散らばる無数のゴーレムの残骸を目にして、ルイズたちはおおよそそこで何が起きたのか察したのだ。

 ルイズの言葉に、バツの悪そうな顔をしながら人修羅が答える。曰く、ルイズを馬鹿にする連中に我慢ならなかった。自分を恐ろしい存在だと思わせれば馬鹿にする声が減ると思った、との事である。

(ちょ……ちょっと嬉しいじゃない)

 今朝の話を人修羅なりに気にしてくれていたらしい。それが嬉しくて思わず頬に朱が滲む。

「それにしても、ミスタ・グラモンが無事でよかったです。人修羅さんも大きな怪我をせずに済んだし」

 シエスタと言うらしいこのメイドは、清潔な布を用意してもらおうとたまたま呼び止めたところ、人修羅の知り合いで、しかもギーシュが喧嘩を売ってきた現場に居合わせたのだという。

「あなたが止めてくれてたらこんな事にならなかったのに」

「無茶言わないの、ルイズ。平民の彼女が、メイジにそんなこと言えるわけないでしょ」

 ごめんなさいね、とキュルケがルイズに代わって謝罪すると、恐縮しきったシエスタが何度も首を横に振る。ルイズとてわかってはいるのだが、やはり自分の使い魔が怪我を負ったことがおもしろくなく、つい八つ当たりじみた事を言ってしまったのだ。

「あの、ごめんなさい。私の香水のせいでギーシュがあなたの使い魔に因縁をつけちゃったみたいで」

「あなたは悪くない」

 モンモランシーの謝罪をタバサが一言で切り捨てる。そう、モンモランシーは何一つ悪くないのだ。誤解ではあったが、思い人が殺されるという衝撃的な場面を目にして、随分とナイーブになっているらしい。

「タバサの言う通りよ。そもそも全部そいつの浮気が原因なんだから」

 言いながらルイズは、水に濡らした布で血に汚れた人修羅の腕をぬぐい始める。水の秘薬を使おうにも、まずは血や汚れを落として清潔にしなければ雑菌が入りかねない。

「……あら?」

「どうしたの?」

 キュルケとタバサが手当てをしているルイズの手元を覗き込む。

「傷がない」

 タバサの言う通り、血を拭き取った人修羅の腕には傷一つ残っていなかった。

 人修羅が事も無げにもう治ったと答える。なんでも、そういう能力らしい。

(ほんと、なんなのかしらこいつ)

 ゴーレムを素手で倒したり、精神力を吸収したり、怪我が一瞬で治ったり。色々と規格外すぎて、真面目に考えるのが少々馬鹿らしくなってきた。

 だが、今日一日で恐ろしいだけの存在ではないという事もたくさん知ることができた。ルイズのために怒って見せたり、ギーシュに怪我をさせぬよう気を使ってみたり。

 ルイズは改めて人修羅の横顔を見た。今朝の授業で感じた、人修羅から何かが流れ込んでくる感覚を思い出す。どうやら自分たちには他の主人と使い魔にはない繋がりがあるらしい。ルイズはその事がほんの少し誇らしかった。

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