人修羅が召喚されて、すでに一週間が経とうとしていた。ルイズ、キュルケ、タバサの三人は、今日も図書館に入り浸っていた。
人修羅の召喚は、思わぬ所に影響を与えた。今までルイズと犬猿の仲だったキュルケと、ほとんど会話などしたことなかったタバサ。その三人が、共通の話題ができたことで、こうして毎日集まるほどに親密になったのだ。
正直ルイズはこれまで二人の事を色眼鏡で見てきた。仇敵であるツェルプストー、そんな彼女と仲良くする無口な少女。それに加え、クラスでとりわけ優秀な唯二人のトライアングルクラスのメイジということで、自身の劣等感も手伝ってあまりいい印象を抱いていなかった。
だが付き合ってみればキュルケは情熱を信条とするだけあって、情が深く、なにくれと二人の世話を焼いてくれる。タバサは常に冷静に物事の本質を見極め、いつもより良い方向へ二人を導いてくれる。無口だが、その沈黙は決して不快なものではなかった。
「顔色が悪い」
タバサの指摘にルイズは本から顔を上げた。
「ああ、気にしないで。最近ちょっと夢見が悪くて」
人修羅と奇妙な繋がりを感じたあの日以来、連日見るようになった不思議な夢のせいで、最近ルイズは寝不足気味だった。何度か繰り返し見る内に、ルイズは夢の中で自分が人修羅になっていることに気付いた。それは物語のように繋がりを持っていて、必ず以前見た場面の続きから始まった。夢だというのに、その内容はやけにはっきり頭に残っている。何かを暗示している気もするが、夢らしく脈絡のない内容だったり、まったく意味が分からない場面も多々あった。
今日見た夢は屋内の水路のような場所で、エイのような怪物をひたすら焼き続ける夢だった。昨日は香炉のような箱の周りを延々とぐるぐる走り回る夢だった。
「寝不足?だめよ、睡眠不足はお肌に悪いんだから。そうだ!ねえ、二人とも。明日は虚無の曜日でしょ?」
キュルケがいい事を思いついたという風に、顔を輝かせる。
「実はこの間、トリスタニアでいい茶葉を扱う店を見つけたのよ。そこなら、気持ちを落ち着かせてよく眠れるような茶葉も取り扱ってるんじゃないかしら。よければ明日三人で買い物に行ってみない?」
「彼も一緒に」
タバサが言う彼とは人修羅のことだ。確かに一度人間の街を見せておくのは悪くない。それに実はルイズも街に用事があった。その用事にも、人修羅の同行は必須なのだ。
「そうね。わたしもちょうど街には用事があったし、それじゃあ明日は四人でトリスタニアに行きましょうか」
翌日、学院からトリスタニアへと続く街道の上空。タバサの使い魔シルフィードの背に乗り、四人はつかの間の空の旅を楽しんでいた。
竜の背に乗って空を飛ぶなど、もちろん人修羅にとっては初めての経験である。なんでも、竜はこの世界では一般的な交通手段らしい。まるで昔読んだ漫画のようなことを実際に体験し、人修羅は少々気分が高揚していた。
“でね、王さま。シルフィ本当は魔法だって使えちゃうのね。それなのにあのおチビときたら……”
出発してから、放銃のように休むことなく話しかけてくるシルフィードに、人修羅はそのつど相槌を打つ。貴重な体験に人修羅の気分もよく、妙に話が弾んでしまう。
「……ねえ、やっぱりあなたの使い魔、シルフィードと会話してるわよね」
「……なんか他の使い魔となら話せるらしいわよ。わたしはもう、そのあたり気にしない事にしたわ」
“この間、学院の近くでいいところを見つけたの!今度王さまも一緒に行くのね!おいしい木の実がたくさん成ってるの!”
シルフィードの提案に人修羅も賛同する。街で買い物もいいが、自然の中を散策するというのも悪くない。
「本当!?それじゃあ約束なのね!今度絶対二人で遊びに行くのね!」
シルフィードが嬉しそうにはしゃぐ。こんなに喜んでもらえると、人修羅自身も嬉しくなる。
突然、タバサが手に持った大きな杖でシルフィードの頭を殴りつけた。
「……今」
「……喋った?」
呆然とした様子でルイズとキュルケが呟く。
「あ!しゃ、喋っちゃったのね!どうしようお姉さま!?」
なまじ普通に会話できる分、気付くのが遅れた。たしかにシルフィードは今、人間の言葉で会話している。どういう事だと、タバサを凝視する一同に、タバサが視線を逸らしながら苦し紛れに呟いた。
「……ガーゴイル」
「お姉さま、召喚するところ見られてるのに、その言い訳は無理があるのね」
シルフィードの指摘に、恥ずかしかったのか、ほんのわずかタバサの頬に朱がさす。杖を構えると、八つ当たりとばかりにまたシルフィードの頭を小突き始めた。
タバサの話によると、シルフィードは韻竜という非常に珍しい種族らしい。
「もう、水臭いわね。どうして教えてくれなかったの?」
「目立ちたくなかった」
キュルケの問いに、タバサが目を伏せ簡潔に答える。その様子に何か感じ取ったらしいキュルケが、この話は終わりとばかりに、
「ま、あなたがそうしたいなら深くは聞かないわ」
と、話題を打ち切った。
「わたしもこの事は誰にも言わないわ。あなたたちの不利益になるようなことは絶対しないから、安心して」
「ありがとう」
「お姉さまはいい友人を持ったのね!やっぱりシルフィの言う通り、王さまと仲良くしてよかったのね!」
もはや隠す必要もなくなったシルフィードが会話に参加する。今後はこの面子の前でなら、気兼ねなく喋ることができるのだ。おしゃべりの相手が増えたことが嬉しいのか、またも矢継ぎ早に、色々な話題を背中の四人に投げかける。
先ほどより騒々しくなった彼女の背の上で、人修羅は徐々に近づく王宮と、その下に広がるトリスタニアの街並みを眺めていた。
王都トリスタニア。一行は露店の連なる大通り、ブルドンネ街を歩いていた。
「あとはルイズの用事を済ませるだけね」
街行く四人を、すれ違う人々が振り返る。並んで歩くうら若き三人の貴族の子女。大変華やかではあるが、人々の視線の先はそちらではなかった。その後ろをぴったりとついて歩く、頭からすっぽりとフードをかぶった異様な風体の男。人修羅である。
人修羅の風貌は非常に目立つ上、亜人と知られれば混乱が起きかねない。そのため、肌をすべて隠せるように、旅人が羽織るような丈の長いマントに身を包んでいた。それがかえって人々の注目を集めているのだ。
手元の地図と周りの街並みを見比べながら三人を先導していたルイズが、大通りを逸れて路地裏に入る。人修羅の感性から言えば、東京の路地裏もお世辞にも綺麗とは言いがたかったが、ここと比べれば天国と言えるだろう。地面には様々なゴミや汚物が積み上がり、隅に寝転ぶ浮浪者がひどい悪臭を放っていた。先を行く三人はそんな事気にも留めないあたり、この世界ではありふれた光景なのだろう。
「あ、あった」
ルイズが目的の店を見つけ、店内に入っていく。後に続いて中に入ると、店内の壁には所狭しと武器防具が掛けられ、それでも並び切らないものは、床に置かれた巨大な木箱に乱雑に詰め込まれていた。
「武器屋?彼に武器を持たせるの?」
「武器も買うけど、目的はどちらかと言えば防具ね。毎回街に出るたびにあの格好っていう訳にもいかないでしょ?」
三人の視線が人修羅に集まる。人目を避けるように全身をマントで覆った様はどう見ても、
「不審者」
タバサの一言に、人修羅は何も言い返すことができなかった。
「いらっしゃい」
店の奥のカウンターから声をかけた店主がルイズたちのマントに目を止め、続いて後ろに立つ人修羅に目をやると、気怠そうに向けられていた瞳がぎょっと見開かれた。
「き、貴族の旦那方。うちはまっとうな商売をしてまさあ。貴族様に目を付けられるようなことは何一つ……」
揉み手をしながら、卑屈な笑みを浮かべた店主がそう話しかけてくる。明らかにかたぎと思われていない。今の自分は、さながら借金取りに貴族が雇った用心棒といったところか。
「客よ。彼に武器と鎧を見繕ってあげて。兜は顔全体を覆うものがいいわ」
ルイズの言葉に、店主が拍子抜けしたような表情になると、安心したように深いため息をついた。
「あ、ああ。ははは、そちらは貴族様の従者の方でしたか。最近はお付きの平民に武器を持たせるのが流行ってますからねえ」
「そうなの?わたしはたまたま買いに来ただけなんだけど」
「へえ、なんでも『土くれ』のフーケとか言うメイジの盗賊が、貴族のお宝を散々盗みまくってるって噂で。それを恐れて、貴族の方々がこぞって平民の家来に武器を持たせる始末で」
世間話をしながら、店主が壁に掛かった武具の中から、一揃いの鎧を取り外しカウンターの上に並べる。ルイズの要望通りの、顔に当たる部分が鉄板で覆われた鉄兜。目元と口元は、それぞれ蝶番で開くようになっている。他には鎖帷子と、その上から着る───たしかサーコートだったか───上着に、鉄製の籠手とすね当て。
「人修羅、試着してみてくれる?」
ルイズにうながされ、マントを脱ぎ去る。人修羅の全身に刻まれた刺青───実際には模様だが───を見た瞬間、それまで愛想笑いを浮かべていた店主の顔がこわばり、うつむきながら、やっぱりかたぎじゃなかっただの、訳ありにちがいねえだの、ぶつぶつと呟き始る。
そんな店主を無視して、全身に鎧を身に着ける。首の後ろの角がはみ出るのはこの際仕方がない。自分の体を見下ろすと、その格好は人修羅のイメージする中世の騎士そのものだった。
「あら、お似合いよ。それならたしかに、ルイズの後ろに控えていればいっぱしの平民の従者に見えるわね」
だが、いかんせん動きづらい上に視界も悪い。これでは実際に何か起こった際、護衛が務まるだろうか。
「これでおいくら?」
「新金貨で500、いや!400で結構でさ!」
この世界の貨幣価値はよくわからないが、金貨と言うぐらいだから結構な額なのだろう。それを二割も引いてくれたのだから太っ腹な店主である。かなりお買い得なのだろうが、値段を聞いたルイズが渋い顔で唸った。
「う~ん、武器も買い揃えるとなるとちょっと足りないわね……」
それならばと、人修羅は籠手とすね当ては必要ないと申し出る。少しでも動きやすい方がいいし、なによりこんな物を着けて敵を蹴ったり殴ったりして、せっかく買ってもらった装備がひしゃげたりしたら申し訳がない。主に拳で戦う人修羅にとっては、武器だって実際にはぶら下げているだけなのだから、なんなら一番安い物でいいのだ。必要とあらば、自身の魔力を練り上げて即席の物を作れる訳だし。
「そうね。少し格好がつかないけれど、その二つをやめて、何か普通の革の手袋とブーツはない?」
「それでしたら、全部で300で結構でさあ」
籠手とすね当てを外しカウンターに戻すと、用意してもらった手袋とブーツを身に着ける。これでだいぶ動きやすくなった。
「あとは武器」
そう言ってタバサが床に置かれた木箱を指さす。
「この際性能は関係ないんだから、あんたの好きなの適当に一本選んじゃいなさいよ」
人修羅が木箱に歩み寄り、がちゃがちゃと中を物色し始める。そうしていると、一本の剣が目にとまった。錆の浮いた、細身の長剣。なぜかその剣が気にかかり手に取る。
「……」
「こらデル公、ちゃんとお客様に挨拶しやがれ」
「親父、勘弁してくれよ。何が悲しくてこんなおっかねえ奴に売り払われなきゃいけねえんだ」
すると、手に持った剣が鍔の装飾をかちゃかちゃと鳴らしながら店主と会話し始めた。
「しゃべった!」
「……インテリジェンスソード」
「へえ、珍しいわね。あたし初めて見たわ」
その様子を見ていた三人娘が、三者三様の反応を返す。
「その通りでさ、青髪の若奥様。そいつは意思を持った魔剣、インテリジェンスソード。いったい、どこの魔術師が始めたんでしょうねえ、剣を喋らせるなんて……」
店主のぼやきを聞きながら、手に持った剣をまじまじと見る。見てくれは悪いが、喋る剣などといういかにもファンタジーな存在に、人修羅の心は強く惹かれていた。物欲しそうな視線をルイズに投げかける。
「それ買うの?あんまり貴族の従者が持つにふさわしい見た目じゃないんだけど……」
渋るルイズに、ちゃんと世話をするからと言い募る。
「そんな犬や猫じゃないんだから……」
「まあいいじゃない、彼が気に入ったんだし。それにあなたが言ったのよ?好きなのを一本選べって」
「マジックアイテムは値が張る」
「そいつはやたらと口が悪くて、こっちとしては厄介払いみたいなもんで。新金貨100枚で結構でさ」
であれば、さっき浮いた額でちょうど買える金額である。
「おい、ふざけんじゃねえぞ!俺はっ!……うん?おめえ……」
怒鳴り声を上げた剣が、何かに気付いたようにその勢いを落とすと、
「少し思い出した。そうか……、お前さん、気の毒になあ……」
そう言ったきり、押し黙ってしまった。気の毒とは何のことだろうか。もしルイズの使い魔という立場に対して言っているのであれば、それは心外と言うものである。
「よし!気が変わった。おめえ、俺を買え」
黙っていたかと思えば、いきなり剣がそんな事を言い出した。突然の心変わりをいぶかしみ、どういう事かと人修羅が尋ねる。
「おめえは『使い手』じゃねえが、おめえがいるってことは、もしかしたら『使い手』もどこかにいるか、近い内に呼ばれるかもしれねえ。なにせお前たちは惹き合うからな」
よくわからないことを言うが、とりあえず剣の方もその気になったらしい。
「おめえ、名前は?」
魔人人修羅、そう告げると、剣はまた鍔をかちゃかちゃと小刻みに揺らし始める。それはまるで、剣が笑っているかのようだった。
「よし!俺は『魔剣 デルフリンガー』様だ。今後ともよろしくな、魔人」