ゼロの使い魔-NOCTURNE   作:陳 小太郎

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※注意 『ゼロの使い魔』および『真・女神転生Ⅲ-NOCTURNEマニアクス』『真・女神転生Ⅲ-NOCTURNEマニアクスクロニクルエディション』のネタバレを多数含みます。


8.ルイズの特訓

 学院の中庭には、トリスタニアでの買い物を終えた人修羅たち四人の姿があった。飲食ができるよう、いくつかのテーブルが並べられたスペース。その一つに腰を下ろし、先ほど買い求めたお茶を早速いただくという事で、人修羅もご相伴にあずかっていた。すでに動きにくい鎧は脱ぎ捨て、いつもの上裸姿ではあるが、その脇には喋る魔剣、デルフリンガーが鞘に納められた状態で立てかけてある。

 虚無の曜日は、この世界での一般的な休日にあたるらしい。今日は使用人の数もいつもの半分くらいしか見ないが、運良くシエスタの姿を見つけたルイズが、買ってきたお茶を渡し、卓の世話をお願いする。

「あら、みなさんでお出かけして来られたんですか?変わった茶葉ですね。すぐにご用意しますので、少々お待ちくださいませ」

 そう言って、ワゴンに載せた茶器を準備し始める。紅茶などティーバッグかペットボトルくらいでしか飲んだことがない人修羅は、その様子を興味津々で見つめる。シエスタは平民だと言うが、その所作は人修羅の目から見れば実に気品に満ちたものだった。

「さあ、出来上がりました。熱いのでお気を付けてくださいね」

 シエスタが紅茶の入ったカップを音一つ立てず、それぞれの前に並べていく。やや薄い赤色に、紅茶とも緑茶ともとれぬ独特の匂い。シエスタが変わった茶葉と言うだけあって、たしかに嗅いだことがない香りだ。

「では、私はこれで失礼します」

「あ、あの!」

 立ち去ろうとするシエスタを、ルイズが呼び止めた。

「よければあなたも一杯付き合わない?その、この間は人修羅の手当てのために色々手伝ってくれたのに、わたしあなたに意地の悪い事を言ってしまったわ。そのお詫びって訳じゃないんだけど……」

 ルイズの言葉にキュルケとタバサが目を丸くする。ルイズのこの申し出は、彼女たちには余程意外だったらしい。人修羅も召喚当日のルイズの態度を思い出す。あのときと比べると、ここ数日でルイズは随分と性格が丸くなった気がする。きっと良い友を得たおかげなのだろう。

「そんな!お気になさらないでください。平民の私が貴族の皆様と同じ卓に着くなど、恐れ多い事です」

「あら、そんなこと言い出したら彼なんて亜人よ?あたしたちと年も近いみたいだし、使用人の間で流行ってる事とか興味あるわ」

 キュルケがそう言ってシエスタに微笑みかけると、タバサがティーポットを覗き込み、

「あと一人いると丁度いい」

 と、中を見せる。そこには、たしかにあと一人分程度のお茶が残っていた。シエスタが困ったようにこちらに視線をよこすので、隣のテーブルから椅子を一脚拝借し、座るように促す。

「そ、そういう事でしたら、お言葉に甘えて」

 と、おずおずと席に着く。その後は他愛のない話で盛り上がった。使用人の間で少し過激な小説が流行ってるだとか、地元はワインが名産で、シエスタの曽祖父が考案した料理が名物料理になってるだとか。

 目の前で楽しそうに笑い合う四人を眺めていると、人修羅は胸が締め付けられる気がした。

 なぜか脳裏には、かつて手に掛けた友たちの顔が浮かんでいた。

 

 まだ仕事が残っているという事でシエスタが席を辞したところで、ルイズが三人を見回した。

「今晩なんだけど、みんな少し時間あるかしら?」

 あらたまるルイズに、三人が顔を見合わせる。

「どうしたの?」

「キュルケとタバサには話したわよね。前に魔法を唱えたときの事」

「ああ、あの『爆発をコントロールできる気がする』って話?」

 人修羅は驚いた。自分も、もしルイズがそれをできたらと漠然と考えてはいたが、まさか本人も同じ考えに至っているとは思っていなかったのである。

「わたし、もう少しで何か掴める気がするの。それで、今晩少し特訓に付き合ってもらえないかしら。学院でも特に優秀なメイジであるあなたたちに見てもらえば、どこがダメかとか、少しはわかるかも知れないし」

「わたしは構わない」

「あたしも大丈夫よ。ふふ、それにしてもあのルイズがねえ」

 いい機会だ。ルイズの特訓のついでに、人修羅の方からも三人に一つの頼み事をする。実はここ最近、人修羅は密かに落ち込んでいたのだ。物理的な力も含め、あらゆる属性を無効化する最強のマガタマ“マサカドゥス”。その守りが日に二度も破られたのだ。一度目はルイズの爆発魔法、二度目はギーシュのワルキューレによって。その原因を早急に突き止める必要がある。そのために人修羅がした頼み事とは、

「なるべく多くの種類の魔法を自分に打ち込んで欲しい?」

 呆れたようにルイズが聞き返す。だが必要な事なのだ。もし実戦で同じ事が起きれば、そのときルイズを守れない可能性だってあるのだから。

「……あんたがそれでいいならわたしは何も言わないけど。いい?怪我だけはしちゃだめよ」

 一同は、夕食後また中庭に集まることを約束し、お茶会はお開きとなった。

 

 

「……なんで僕まで呼ばれたんだい?」

 夜の中庭に、ギーシュの絞り出すような声がこぼれる。

「だってあたしたち、土系統の魔法なんて使えないもの」

 うなだれるギーシュに、悪びれもせずキュルケがあっけらかんと答える。

「話は理解したよ。でもそれなら君のボーイフレンドたちの中から誘えばいいじゃないか。彼おっかないし、正直もう関わり合いたくないんだけど」

「腕を怪我させた」

 暗にその責任を取れと、タバサがじっと見つめる。

「うっ……、それを持ち出されると弱いんだけど。君たちは怖くないのかい?亜人だし、あんなすごい力を持ってるし、無表情だし」

「え?あいつ結構ころころ表情変わるわよ?」

 そう言ってルイズが顔を覗き込んでくるので、さもギーシュの発言に傷ついたという風に顔を歪めて見せる。

「ほら、あんたが怖がるからうちの使い魔が落ち込んじゃったじゃない。謝って」

「彼がかわいそう」

「彼に謝って、ギーシュ」

 面白がって三人娘がギーシュに詰め寄る。そう言われて、ギーシュがまじまじと人修羅の表情を観察する。

「えぇ……?いや、全然わかんないんだけど」

「んー、まあいいわ。それにしたってあんた怖がりすぎじゃない?」

「君たちは見てないからそんなことが言えるんだ!彼の戦い方を!」

 そのときの事を思い出したのか、顔面蒼白になりながら、ギーシュが真剣な口調で訴える。

「……あれは、悪魔だよ」

 誰かがごくりと生唾を飲み込み音が響き、しばしの沈黙が流れた。

「その話は一旦置いときましょ。まずはわたしの特訓が先なんだから。ギーシュ、魔法で適当な土壁を作ってくれないかしら」

 ルイズが重い空気を切り替えるように、努めて明るい口調でギーシュに頼む。

「あ、ああ。それくらいお安い御用だよ」

 ギーシュが薔薇を一振りすると、10メートルほど先の地面がもこもことせり上がり、人一人分くらいの大きさの土壁が出来上がった。

「まずは、あのとき感じた魔力のうねりみたいなのを、ちゃんと体に覚えさせたいの。何度かやってみるから、ギーシュは壁が壊れたらまた新しいのをお願い」

 ルイズがそう言って杖を構え、目を閉じ静かに集中し始める。まただ。あのとき感じた、マガツヒの逆流のようなかすかな違和感が人修羅を襲う。ルイズが目を開くと、土壁に向かって杖を振り下ろした。まばゆい閃光が土壁を飲み込み、爆風が人修羅たちの元まで届く。舞い散る土砂に思わず目をつぶる。爆風が収まり目を開くと、土壁のあった場所はただ小さなクレーターを残すのみだった。ルイズはただの一撃で、土壁を消し飛ばしたのだ。

「あいかわらず、大した威力ね」

 次の魔法を打とうと集中し始めたルイズと、大急ぎで新しい土壁を作るギーシュを眺めながらキュルケが呟く。ふと疑問に感じ、人修羅はキュルケとタバサに尋ねる。あの、教室中をめちゃくちゃにしたような爆発はよく起こることなのか。そのせいでルイズや他の生徒が大きな怪我をした事はないのか。

「魔法を使ったときは大体あんな感じね。最近は先生方もわかってて、ルイズに実技をさせるようなことはないけど、たまにこの前のミス・シュヴルーズみたいに、その事を知らない先生もいるから」

「幸い、今まで大きな怪我をした人はいない」

 それはあまりに出来過ぎではないだろうか。あれほどの爆発だ。しかもあのときルイズはその爆心地にいたのだ。普通なら大怪我どころか、運が悪ければもっと深刻な事態になっていてもおかしくない。

「言われてみれば、たしかにそう」

「そういうものだと思って深く考えたことなかったけど、確かに不自然ね」

 何度か爆風に煽られながら、三人で顔を寄せ合い頭をひねっていると、その様子に気付いたルイズが歩み寄ってきた。

「ちょっと、ちゃんと見ててよ。せっかくアドバイスしてもらおうと思って、付き合ってもらってるのに」

 ぶすっと、頬を膨らませてこちらを見上げてくるルイズに、あの魔法の特異性について説明する。爆発の規模に対して人的被害が少なすぎる事。一歩間違えばルイズやクラスメイトが大怪我をしていたかもしれない事。今までいかに危険な魔法を使っていたか理解が追いつくにつれ、ルイズの表情は次第にこわばっていく。

「そう……。そうよね。わたし、今までただの失敗で片付けてたけど、よく考えたらみんなをすごく危険な目に会わせていたのよね……」

「あー、君たち」

 何度も土壁を作らされて、座り込んで休んでいたギーシュが、四人を見上げながら話しかける。

「そんなに深刻に考えなくてもいいんじゃないかい?」

 そんな能天気な事を言ってのけるギーシュに、ルイズが怒気のこもった視線を投げかける。

「今までは運よく誰も大きな怪我はしなかったけど、わたしの魔法のせいで、誰かが取り返しのつかないことになっていたかもしれないのよ?」

「いや、だって彼も言っていたじゃないか。爆発の大きさの割に、人に対する被害が小さすぎるって。つまり、別にたまたま怪我人が出なかった訳じゃなく、元々そういう魔法ってことじゃないのかい?」

「元々そういう魔法……?」

 タバサがギーシュの言葉を繰り返す。何かが彼女の頭に引っかかったらしい。考え込んでしまったタバサを全員が見守っていると、徐々にその青い双眸が驚愕に見開かれる。

「タバサ、何か思いあたったの?」

 いち早くその様子に気付いたキュルケが尋ねるが、しかしタバサは首を横に振る。

「……あり得ない話」

「お願いタバサ。思いついたことがあったなら、どんな小さな事でもいいから教えて。このまま何もわからずこの魔法を使い続けていたら、いつか本当に取り返しのつかないことが起こっちゃう。そうならないためにも、わたしはこの魔法がどんなものなのか、正しく理解しなければいけないの」

 すがるように見つめるルイズを、タバサが無表情のままじっと見返す。ルイズのその真剣な様子に、タバサが動いた。今だ座り込んでいるギーシュに歩み寄ると、

「今度はすり鉢状に作って」

 と注文を付ける。

「まったく、君たちは人使いが荒いな。まあ、乙女の頼みとあらば断る理由もないけどね」

 気障な台詞と共に立ち上がったギーシュが再度杖を振るった。すると、今度は巨大な水瓶のような形に地面がせり上がる。タバサはそれに近づいて杖を振るい、穴の中へ魔法で呼び寄せた水を満たしていく。

「水を張ってどうするの?」

 そう尋ねるルイズに、魔法で水を張り終えたタバサが振り返る。

「あれにもう一度魔法を打って。ただし、今度は外の器を傷つけず、中の水だけを狙って」

「君、それはさすがに無茶というものだよ。あれほどの爆発だよ?いくら威力を絞っても、ただの土でできた器を壊さずに中身だけを攻撃するなんて、出来るわけがない」

「あなたがさっき言った事」

 “元々そういう魔法”と、先ほどのギーシュの言葉を思い返す。

「……わかった。やってみる」

 杖を構え、ルイズが前に出た。目を閉じ、集中し始めた彼女を全員が固唾を飲んで見守る。魔法が完成し、目を開いたルイズが杖を振り下ろすと、水瓶が巨大な閃光に包まれ、しぶき混じりの爆風が全員を襲う。失敗だ。誰もがそう思いながら爆心地を見る。だがそこには信じられないことに、中身を失った水瓶がそのままの姿で静かにたたずんでいた。

「で、出来た……」

 震える声で、ルイズが小さくつぶやく。

「……あなたの魔法は、攻撃する対象を任意に選ぶことができる」

 そう説明するタバサもまた、信じられないといった風に、傷一つない水瓶を呆然と眺めていた。これではっきりした。あれほどの爆発を引き起こしながら、奇跡的に重症者が一人も出なかった理由。おそらくルイズは、この魔法の“任意の対象のみを狙える”という特性で、無意識の内に人を巻き込まぬようにしていたのだ。

「これって、結構洒落にならない魔法じゃない?」

「洒落にならないなんてもんじゃないさ。この魔法なら、例えば乱戦状態の場所に打ち込んで、味方を巻き込まずに敵だけを倒すことだって可能だ。まさに戦争のためにあるような魔法だよ」

 一目見て魔法の有用性に気付いたキュルケとギーシュが、思わず息を飲む。すでに誰も、この魔法が失敗魔法だなどとは思っていなかった。

「これが……わたしの魔法……」

 噛みしめるようにつぶやくルイズの声で、あっけにとられていた四人が我に返った。いまだ自分で信じられない様子のルイズに、キュルケが優しく微笑みかける。

「おめでとうルイズ。あなた、魔法が使えてたんじゃない。何の系統かわからないけど、これは間違いなく、あなただけが使える特別な魔法よ」

「キュルケ……」

 不意に優しい言葉を投げかけられたせいか、ルイズの瞳にじわりと涙が溜まっていく。

「もう失敗なんて呼ばせない」

「タバサぁ……」

 ついに堪え切れなくなり、その頬を涙が伝う。声を殺して泣くルイズをキュルケが優しく抱きしめると、そんな二人にタバサも遠慮がちに抱きつく。仲睦まじい三人の様子に、ギーシュがいいものを見たと言わんばかりに、うん、うん、としきりに頷く。地味ではあるが、この男もこの件に関して多大な貢献をしたのだ。目が合ったので、自分はギーシュの功績をわかっているぞと、親指を立てて見せる。ギーシュもまた、にやっと口角を上げ、決め顔で親指を立ててきた。どうやらこの世界でもサムズアップは通じるらしい。

 さらに仲を深める女子三人のかたわらで、こちらもまた、少しだけわだかまりが解けた二人であった。

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