「人修羅、次はあんたの番よ」
キュルケたちとの抱擁を解いたルイズが、人修羅に向き直る。人修羅にとってはここからが本題だ。四人を見回し、再度手順を確認する。
「とにかくいろんな種類の魔法をあなたに打ち込めばいい訳よね。あたしが火、ギーシュが土、タバサが水と風、そしてルイズが爆発魔法。確認するけど、本当に大丈夫?」
こっちに来てから、二度も手傷を負ったことで少々自信を無くしてはいるが、大丈夫なはずである。仮にマサカドゥスの属性耐性が機能しなくても、そうそう死ねるような体でもない。
とは言え、それはそれ。死なないとはいえ、痛いものは痛いのだ。なので万が一属性を無効化出来なかったときのために、なるべく低威力で打ってくれるようお願いする。
「それじゃあ、まずあたしからいくわよ」
キュルケが杖を取り出しスペルを唱え始める。すると、彼女の目の前に拳大の小さな火球が現れた。魔法が完成し人修羅に向けて杖が振り下ろされる。迫りくる火球を、人修羅は微動だにせず受け止めた。胸の上で火球が弾け、広場を一瞬明るく照らす。当たる瞬間、他の四人の顔には焦りの色が浮かんだが、直後、それはあっけにとられたような呆けた表情に変わった。
「嘘……。効いてないの?」
眉一つ動かさず自分の魔法を受け止めた人修羅に、キュルケが愕然とした声でつぶやく。炎を受けた箇所に、熱は感じなかった。やはり、マガタマの力が失われた訳ではないらしい。
「次はわたし」
警戒感をにじませながら、タバサが一歩前に出る。小さく唇を動かしたかと思うと、背丈ほどの巨大な杖を振るう。その杖の先から放たれた空気の塊が人修羅にぶつかるが、先ほど同様効果はない。タバサはわずかに驚愕の表情を浮かべるが、すぐさま気を取り直し、立て続けに魔法を放つ。今度は手首ほどの太さの氷柱だ。やはりそれも、人修羅に傷一つつけることができなかった。
「……なぜ?」
自分の魔法がまったく通用しなかったことで、タバサにしては珍しく、わかりやすくがっくりとうなだれる。
「つ、つつつ、次はぼぼ、僕が相手だ!」
盛大にどもりながら、ギーシュが前に出る。どういう訳か先日マサカドゥスの守りを破った相手。人修羅は警戒を強める。ギーシュが薔薇を振るうと一体のワルキューレが出現する。特訓という事で、今日は徒手らしい。滑らかに走り寄り、人修羅の懐に滑り込むと、その青銅の拳を突き出してきた。それを人修羅は、腕を交差させて受けると、殴られた箇所に鈍い痛みが走る。
「は、入った!」
「む、面白くないわね。どうしてあたしやタバサの魔法は通じないのに、へっぽこギーシュなんかの攻撃が通るのよ」
「物理的な力なら防げない?」
タバサが自分なりに考察しているようだが、そんなはずはないのだ。なにか他の原因がある。
「次はわたしね!」
コツを掴んだおかげで、今にも魔法を打ちたくて仕方ない様子のルイズに、人修羅が待ったをかける。全員を見据えると、どうせなら実戦形式でやろうと提案した。
「じじじ、実戦だって?!」
ギーシュが泣き出しそうな顔で聞き返してくる。なにも本当に戦い合う訳ではない。今度はこちらも動き回るので、四人で協力して人修羅に攻撃を当てるのだ。別に魔法でなくても構わない。体術の心得がある者はそれを用いてもいい。ただし、こちらも時折“吸魔”で反撃する。それならば怪我の心配はないだろう。
「へえ、おもしろそうね。たしかに、他の誰か相手に実際に魔法を当てるわけにはいかないものね」
「いい練習相手」
こちらに魔法が効かない以上、遠慮なく的に出来る。キュルケとタバサは乗り気のようだ。
「わたしたちは、その間もなるべく種類を変えながら、あんたに魔法を当てればいい訳ね」
理解が早くて助かる。動きが加わるが、先ほどと本旨は変わらない。とにかく多くの魔法を受けて、マサカドゥスの守りを破った原因を検証するのだ。
「よ、よし、僕も男だ。ここで僕だけ逃げたら格好がつかないからね」
怪我の心配がないとわかり、少し気を落ち着かせたギーシュも同調する。これで全員の賛同が得られた。人修羅は四人から少し距離を取り、頷いて見せる。
「じゃあ、開始」
言うなりタバサが速攻で魔法を放ってくる。猛烈な速度で迫りくる風の刃を地に這って躱すと、回避の隙を突いたようにキュルケが炎を放つ。これは避け切れぬと腕で払いのけると、炎が弾け、一瞬視界を奪われた。人修羅の視界を覆いつくした火の粉を掻き分けるように、土の砲弾が飛来する。咄嗟に炎を払いのけたのと逆の腕でそれを受けると、ぶつかった個所に殴られたような痛みが走った。
またギーシュの魔法だけが人修羅に傷を与えた。その事に一瞬気を取られると、何の前触れもなく、突如目の前の空間が爆ぜた。爆発で後方に吹き飛ばされるも、何とか空中で体勢を立て直し、手足をついて着陸すると、地をえぐりながら勢いを殺す。
その一瞬の硬直を見逃さなかった者がいた。いつの間にか目の前に迫っていた小さな影が、杖で人修羅のみぞおちに鋭い突きを入れてくる。タバサだ。完全に反応が遅れ、杖の先端がしたたかに人修羅の体に叩き込まれるが、物理的な攻撃すら遮断するマサカドゥスの守りに阻まれ、人修羅に傷一つつくことはなかった。
当てが外れたタバサが一瞬ひるんだのを見て、精神力を奪おうと右手をかざす。しかし彼女もさるもので、すぐに脇へ回り込んでそれを避けると、再び杖で人修羅を打ち付けた。打たれた箇所に、今度は鋭い痛みが走る。見ればその杖に、剣のような形に魔力をまとわせている。
他の三人に比べると随分戦い慣れてるような身のこなしだが、人修羅に接近戦を挑むのは悪手だ。再び吸魔をかけようと右手を掲げると、またも目の前が閃光に包まれ吹き飛ばされる。先ほどと同様に四肢を地に着け着地した人修羅が爆発地点を見ると、そこには当然のように無傷のタバサの姿があった。タバサごと巻き込んだように見えたそれは、しかし人修羅の体だけを的確に吹き飛ばしたのだ。
ルイズの魔法には任意の対象だけを狙える点意外にも、もう一つ恐ろしい特性がある。今まで他の三人からいくつかの魔法を受けたが、そのどれもが“射線”を持っているのだ。だからこそ見えてさえいれば回避も可能なのだが、ルイズの魔法は突如その“一点”が爆発する。これを回避するのは非常にむずかしい。
とにかくまた距離が空いてしまった以上、仕切り直しである。着地姿勢から立ち上がろうとして、しかしいつの間にか足元の地面がぬかるんでいることに気付いた。地面はどんどん緩くなり、手足がずぶずぶと地に埋まっていく。横を見ると、少し離れた場所に薔薇を構えるギーシュの姿。どうやらこれも土系統の魔法らしい。
身動きが取れずにいる人修羅へ、キュルケが魔法の矢を打ち込んでくる。被弾した箇所に痛みが走り、赤く腫れあがる。おそらく先ほどタバサが使った魔法の剣と同系統の魔法だ。タバサの攻撃が有効と見るや、同じ属性で攻め立ててきたのだ。さらにキュルケが杖を振るうと、体全体を呑み込むほどの巨大な火球が現れ人修羅へと迫る。人修羅に炎が効かないとわかって、遠慮なしに特大サイズを放ってきたのだ。その魂胆ははっきりしていた。効き目はないが、巨大な火球に意識を向けさせ、視界を塞ぐ。つまりは陽動である。人修羅はそれを完全に無視し、本命の攻撃はどこから来るのかと辺りを警戒する。首を動かし、前後左右を確認するが何もない。だが、遠くでタバサがなにやら魔法を唱えてる姿が見える。それならばと上を見上げると、人修羅の頭上すぐそばに黒雲が立ち込めていた。火球の着弾と同時に、黒雲から落ちた稲妻が人修羅の体を貫く。だがどちらも人修羅に傷を負わせることはできなかった。
二人を後回しにして、まずは厄介なギーシュから潰そうと考え、地面から力づくで腕を引き抜くと、少し離れた位置で棒立ちになっているギーシュへと手をかざす。魔法を行使している間は他のことが出来ないのか、タバサは接近戦をしながらも器用に魔法の剣を発生させていたが、彼にはまだそこまでの練度はないらしい。伸ばした腕に力をこめると、ギーシュの体から赤い光が尾を引いて人修羅の体へと吸い込まれていく。
「えぇ!?その技、相手に触れてなくても使えるのかい!?」
「予想できた事」
驚きの声を上げるギーシュに、タバサが冷静に答える。
「彼なら、触れられるほどの距離なら殴った方が早いものね。それなのに相手に触ってないと効果を発揮できないんじゃ、意味ないじゃない」
言葉少ないタバサに補足するように、キュルケが解説する。わずかな情報でよくそれだけ読み取れるものだ。たしかに先日の決闘の際、人修羅は恐ろしさを演出するためにわざともったいぶった立ち振る舞いをしたのだ。実際には今やって見せた通り、相手に触れている必要など微塵もない。
いまだギーシュから精神力を吸い上げ続けている人修羅の元に、密かにスペルを唱え終えていたタバサが素早く走り込み杖を振るった。杖の先から氷雪をともなった巨大な竜巻が発生し、人修羅を飲み込む。無論そんなもの人修羅には通用しないが、それでも猛烈な暴風に視界を遮られ、ギーシュの姿を見失ってしまう。
「援護感謝するよ。……だがすまない。今ので僕の方は打ち止めさ。さっき散々土壁を作らされたからね。後は三人で頑張ってくれたまえ」
タバサの吸魔を中断させる目論見は成功したが、一歩遅かった。ギーシュから完全には精神力を奪うことはできなかったためか、この間のように昏倒することはなかったものの、もう魔法を打てるほどの精神力は残っていないらしい。
「タバサ、ごめんなさい。あたしの方もさっきのフレイム・ボールにほとんど精神力注ぎこんじゃった」
同時に二人の脱落者が出たことで、次の行動へ移ろうとしていたタバサが足を止め、杖を下ろした。戦いの空気が薄れていき、人修羅もゆっくりと地面から手足を引き抜いた。そんな様子に気付いたのか、一人だけ距離が開いてしまっていたルイズも、杖を下げ四人の元に歩いてくる。
「なに、終わり?わたしはまだまだ打てるんだけど?」
「もう、ほとんどの魔法は試した」
「む、たしかにそっちが本題だったわね。それで人修羅、あんたの確かめたかった事ってのはちゃんとわかった?」
あらためて、今日受けた魔法について頭の中で整理する。まず人修羅に傷を与えた魔法はルイズの爆発、ギーシュの魔法全般、そしてタバサとキュルケが使った魔法の剣と矢だ。
ルイズに関してはわかる。あれは人修羅の知るメギドの炎に非常によく似ている。かつてのトウキョウでも唯一マサカドゥスの守りを貫ける属性、あちらで言うところの“万能属性”にあたるのだろう。
そして逆に人修羅が無効化できた属性は物理、火、氷、風、雷。断片的だった符号が頭の中で急速に結びつき、一つの結論を導き出す。確認のために、キュルケとタバサに、途中で使った魔法の剣と矢は何なのかと尋ねる。
「さっきのあれ?剣の方はブレイド、矢の方はマジックアローって言うコモン・マジックよ」
「どの系統にも属さない、最も初歩的な魔法」
こちらの世界の分類はわからないが、どの系統にも属さないと言う以上、ルイズの魔法と同じく万能属性のようなものと考えていいだろう。つまり、万能属性を除外すれば、防げた魔法はすべてトウキョウにも存在した属性となる。ギーシュのゴーレムの攻撃は、一見物理攻撃に見えるが、土の魔法で作られた存在である以上、いわば“地変属性”とでも言うべきものなのだろう。トウキョウには存在しなかった“地変属性”では攻撃が通り、“衝撃属性”にあたる風の魔法は、トウキョウにも存在したから通らないといった具合だ。
このマガタマを授けてくれたやんごとなきお方は、さすがにトウキョウに存在しない属性までは想定していなかったようだ。
とにかく四人のおかげで、今後ルイズを守っていくうえで必要な事を把握することができた。人修羅は四人に礼を言い、頭を下げた。
「まあ、わたしはあんたのご主人様なんだから、別にお礼を言われるほどの事でもないんだけど」
さも当然の事だと、つまらなげに言うルイズだが、夜の暗がりでも頬に赤みがさしているのがわかる。やはり彼女はこうして面と向かって礼を言われることが苦手らしい。野暮なことなのであえて指摘はしないが。
「あたしもなんだかんだで楽しませてもらったわ。たまにはみんなでこういう訓練もいいかもね」
キュルケの言葉に、タバサも同調するように頷く。
「僕は前に怪我をさせてしまった負い目もあるしね」
最初はびくついていたギーシュも、程よい疲労感からか、今ではさわやかな笑みを浮かべながらそんなことを言う。全員で何か一つの事を成し遂げたという連帯感もあるのだろう。
先ほどは連携した四人の攻撃に、人修羅はいいようにやられてしまったのだ。こちらの最大の持ち味である物理攻撃を封印していたということもあるが、上手く連携の取れた複数人のメイジというのは、決して侮ってはいけない存在であることが理解できた。
加えて、この世界の魔法の特性がわかったところで、見えてきた課題もある。この世界ではマサカドゥスの守りは絶対ではない。あのマガタマの唯一の欠点は、その万全とも言える守りゆえに、どうしても慢心が生まれやすい事だ。だから時たま万能属性の攻撃を食らったりすると、動転して窮地に陥りやすい。ブレイドやマジックアローは初歩的な魔法と言う話だから、ほとんどのメイジが使えると見ていいだろう。特に土のメイジは人修羅に対して攻撃が素通りするから油断ならない。今後はより気を引き締めていかなければならない。
「ねえ、何かしら?あれ」
ルイズが遠くの一点を見つめながら疑問を口にする。つられて人修羅も視線の先を追いかけると、学院の建物の陰に巨大な何かが動いているのが見える。月明かりを頼りに目を凝らすと、それは土でできた巨人のように見えた。
「ゴーレム!?」
ギーシュがその正体にいち早く気付く。彼の作り出すワルキューレとは随分と趣が異なるが、あの巨人もゴーレムの一種らしい。そのゴーレムが拳を振り上げると、建物の一点に振り下ろし轟音が轟いた。
「まずい、宝物庫を狙ってるぞ!」
すぐに止めなければ、全員が同じ思いで顔を見合わせる。
「あたしとギーシュはもう精神力が残っていないから、役に立てそうにないわね」
「……実はわたしも限界」
宝物庫を攻撃するゴーレムをはがゆそうに見つめるキュルケに、タバサも自身の精神力が残っていないことを告げる。
「わたしがやる!」
杖を取り出したルイズがスペルを唱え始める。その間もゴーレムに目を向けていた人修羅は、巨体の上に立つ小さな人影に気付いた。嫌な予感がする。直感にうながされ、今まさに魔法を放とうとしているルイズを抱きかかえ横跳びに地に伏せる。その直後、ルイズが立っていた位置に何かが飛来し、地面をえぐった。舞い上がった土の先に目を凝らすと、ゴーレムが攻撃していた箇所を中心に爆発が巻き起こるのが見えた。
腕の中であっけにとられているルイズに、怪我はないか尋ねる。
「え、えぇ、わたしは大丈夫。でも、魔法をはずしちゃったわ」
魔法を放つ瞬間に人修羅に抱きかかえられたせいで、ルイズの魔法は目標をわずかにずれ、宝物庫に直撃してしまったらしい。爆発から難を逃れたゴーレムが拳を振り下ろすと、ついに宝物庫の壁が崩れた。
「……あの壁が崩れたのって、ルイズの爆発の影響じゃないよな?目標だけを狙えるんじゃなかったのかい?」
「い、いきなり目標がずれちゃったんだから仕方ないじゃない!」
言い合っている間に、宝物庫に空いた穴へと滑り込んだ人影が、すぐさま何かを抱えてまた姿を現す。
「あの泥棒、どうやら目的の物を手に入れたみたいよ」
ゴーレムに乗って、悠々と立ち去っていく盗賊を眺めながらキュルケが呟く。
タバサが指笛を鳴らした。夜空へと響き渡ったその音に呼び寄せられるように、巨大な羽音が迫ってくる。雲間から、シルフィードの見慣れた青い鱗がのぞく。急降下してタバサの目の前に着陸した彼女に、軽い身のこなしでタバサが飛び乗った。
「奴を追って」
「任せるのね!」
「ふ、風竜がしゃべった!?」
一人驚くギーシュを無視し、人修羅はタバサにあくまで偵察にとどめておくよう釘を刺す。あれほどの遠距離からルイズが魔法を唱えるのを察知し、正確に魔法を打ち込んできた相手だ。おそらく手練れだろう。戦闘になれば、精神力の尽きたタバサでは危険すぎる。
タバサは横目で人修羅に視線を向け頷いて見せると、シルフィードに合図を出し、空高く上昇する。学院の衛兵が騒ぎに気付き駆け付けたのは、二人が夜空に消えた後の事だった。
あまり元々の設定自体に改編を加えたりはしたくないのですが、ブレイド、マジックアローは原作で系統が明言されていないので、今作ではどれにも属さないコモン・マジックという扱いにしました。二次創作ということで、そのあたり大目に見てもらえると幸いです。