東京砂漠の只中で、跡形もなく崩壊しているシナガワ駅。
樹島サホリは静かに佇み、磯野上タオは一歩踏み出せずにいる。
空気を読まずに俺から行こうかと考えたが、ザコちゃんがそれを止める。
そうして、ようやく磯野上が声をかける。か細く、弱い声で。
「……サホリ、帰ろう?」
もう届かないと薄々分かっているのだろうか。
「タオ……私は帰れない。沢山、沢山殺したんだよ」
「だとしても、私はサホリに帰ってきて欲しいよ」
「できる訳ないでしょ⁉︎私は人殺しだし、ラフムはもっと人を殺すの! ラフムの誘いを私は断れないし、私はラフムの力から離れられないの! 今だってタオを殺したくてたまらないの!」
そんな言葉と共に呪殺魔法が放たれる。無意識のモノだろう。雑で弱いものだった。
もちろん、磯野上を殺せる程度には強かったが。
それに対して一歩も動かない磯野上、不安があっても、目を背けることだけはしていない。
魔法は俺に当たりそうだったので数歩動いたが、磯野上に当たりはしなかった。
複雑な友情め。
「サホリ」
「お願い、もう帰ってよ……私にもう関わらないで」
「サホリが心の底からそう思っているとしても……私は嫌だよ。親友だから」
「そんなタオだから嫌なの! そんな事を言ってる癖に、『私たちみたいなの』なら誰でも良いんでしょ⁉︎タオの言葉はあったかいよ、優しいよ……でも、本当じゃないんだよ」
その言葉に、言い返そうとして言葉に詰まる磯野上。その数瞬でラフムは樹島を取り込んだ。
「サホリの心は言っている。貴様を許さないと。我の心も言っておる、貴様のような偽善者を殺せと! 貴様はサホリを救おうとしていない! その場その場だけの言葉を紡いでいるだけだ! 貴様のような者がいるから、サホリは!」
なるほど、馬鹿らしいと思わないか? アオガミ。
『キミの意見に賛同はできない。だが、ラフムが間違えている事は確かだ』
「何を言うか⁉︎貴様とて、心を喰らった悪魔だろうに!」
……アオガミは俺だし、俺はアオガミだ。そういう関係なのは変わらない、お前の言う通り、心を喰らい合って混ざっているのは正しい。
だけど、俺の怒りはアオガミの怒りじゃないし、アオガミの使命も俺の使命じゃない。
同じだけど、違うんだ。
「あ、分かったかも。ラフムは樹島って子のつもりになって怒ってるんだ」
そんなザコちゃんの平熱の言葉にハッとしたラフム。中の樹島もきっとそうなのだろう。
「それが真実で、何が変わると言うのだ⁉︎」
何も変わらない。理由はどうあれお前は決断している。樹島も、言い訳がましいが腹は潜っているだろう。やることはお互い変わらない。
どうせ、殺し合うだけだ。
「ユート君⁉︎」
行くぞ、
天よりの豪雷をラフムに叩きつける。ラフムは堪える事なく俺に触手を伸ばし、呪いを放ってくる。
どうにもラフムの全身を覆う触手が盾になったようだ。近づかなければダメージは与えられない。
だが触手からの攻撃を全て避けるのは難しい。手数が多いし、速い。
故に『神奈備ノ守』という障壁を展開して全て受け止め、被弾しながら突っ込んでいく。
「アホー!」と良いながらザコちゃんが俺に回復魔法をかける。傷は癒えるが、すぐにまた増える。障壁で弱めていなければ一撃で俺の命を落とし得る呪い達だ。生きているだけで十分。
ラフムに剣が届く距離まで近づいた。腕に剣を作り、その体に叩き込む。触手の一本を盾にして防がれた。
一本は切り落としたが、すぐに再生する。マガツヒ消費は軽いようだ。
そして残りの触手全てが泥のようなものを放ってくる。先に届いた一発目を回避すると、当たった地面は黒い泥に溶けていった。マガツヒを喰らう類の技だと判断し、回避に専念する。一発擦っただけで足が重くなる、面倒だ。
「ディアムリタ!」
磯野上の治療魔法が飛んでくる。しばらくショックで固まっていたようだが、どうにかなったらしい。
「……なってないよ。それでも私は、死なせたくは無いの!」
よし。コイツがマトモに動くなら防御に力を回さないで大丈夫そうだ。触手を消し飛ばす。
広範囲に衝撃魔法『マハザンマ』を叩き込み触手全てにダメージを与える。そして怯んだ隙にもう一発を構え、反撃の呪いと同時に解き放つ。
多方向からの呪いの全てをまとめて吹き飛ばす事はできなかったが、そのダメージはザコちゃんと磯野上が治療する。そして風はラフムに当たり、触手を切り刻みすっきりとさせた。
触手の鎧は死滅した。再生成されるよりも早く俺の剣の間合いに入れられる。
しかしラフムは躊躇う事なく突っ込んできた。距離を離すのではなく詰める事で先手を取ったのだ。
その巨体を生かしたボディプレス。カウンター気味に直撃した。剣を生み出していた右腕は千切れ飛び、傷口からはマガツヒが流れ出る。
その流れでるマガツヒをそのまま力にして、ナホビノの轟雷をぶちかます。ラフム本体に直撃した。
お互いにクリーンヒットだ。だが俺から流れたマガツヒでラフムは回復し、ラフムから流れ出たマガツヒで俺は身体を再生させる。
痛み分けだ。だがマガツヒの総量から言うとラフムはまだまだ問題はない。俺はあと数回でマガツヒは尽きる。
ラフムは、触手に回していたマガツヒを全て攻撃に使ってきた。正確に命を奪う魔法たち。氷結と呪殺だ。また牽制として黒い泥を放ってくる事もある。当たれば、鈍る。足が止まれば分が悪い。体力自体はラフムの方が多いのだ。
『少年、作戦を提案する』
アオガミの言葉に即答し、指示を任せる。俺はひたすら魔法を避け、防ぎ、稀に近付き切り付ける。
そうしていくと、次第にラフムの動きが鈍ってきた。俺はラフムの動きを見切りつつあり回復は減り、マガツヒの消費も減っていく。
ラフムの傷口からマガツヒが流れ、ラフムの持つマガツヒは少なくなっている。
「何故だ、何故だぁ⁉︎何故だサホリ⁉︎我に、もっと力を!」
ラフムの声が虚しく響く、しかしその声に樹島サホリは応えない。
『……樹島サホリのマガツヒはもうじき尽きる。完全に合一神と化していない貴様は、我々よりも長く戦えないからだ』
「なん……だと……?」
このまま勝負の見えた戦いをする前に交渉だ。樹島サホリを解放しろ。お前は樹島と一緒に死にたい訳ではないだろう。
「……貴様ッ!」
「私は、もういい」
ラフムの中から樹島が言葉を放つ。諦めの色の濃い言葉だった。
「アンタが怒りに狂ってる理由も、ちゃんと分かった。だけどそれに私を重ねないで。私は、アンタになれないよ……」
その言葉が最後のきっかけとなり。ラフムは体内から樹島サホリを解放した。
事実上の、降伏宣言だった。
解放された樹島は、ふらふらと磯野上の元へ向かう。磯野上はラフムに目もくれず、樹島の元へと駆け寄った。
樹島は普段学校で見ていたような空気を取り戻し、それを磯野上は喜んでいた。
そして樹島はごく自然に磯野上を殺そうとした。磯野上を守ろうと、俺の身体は動いていた。
そして、あっさりと俺は殺された。