初めて会ったのは、高校の入学式の時。ほどほどに近い席となり、やんわりと自己紹介をしたくらい。
その時の第一印象は、『生きにくそうにしている』という事だった。
それを見て、反発心が生まれたのだと思う。
だから『もっと優しい人でいよう』と思い、そうしてきた。
だから『もっと正直にいよう』と思い、そうしてきた。
『自分に正直に生きている姿』を見て、なんだか嬉しくなった。自分が自由に生きているようで。この不自由は嫌いではないけれど。
『自分を削って生きている姿』を見て、無性に腹立たしくなった。自分の生き方が否定されているようで。否定されても構わないけれど。
そうして、彼に対して一方的に好感が高まっていた。
そうして、彼女に対して一方的に嫌悪感が高まっていた。
そんな彼は、ナホビノになっていた。自分の意思で世界を変えられる強い力の悪魔に。
そんなアイツは、ベテルの聖女を押し付けられていた。他人に押し付けられた、重い役割の聖女に。
どこまでも自由に生きる彼は、それでも確かに自分を持っていた。
どこまでも不自由な彼女は、それでも確かに自分を持っていた。
『友人』を大切にするという、シンプルで分かりやすい『自分』を。
けれど、やはり自分とは違っていた。
友人の為なら命だって捨てられると考えている彼は、自分を勘定に入れていない。
友人の為なら自分の命だって捧げられる彼女は自分を勘定に入れていない。
だから私はサホリが私を殺そうとした事を受け入れて、それで良いと思った。
だから俺は、樹島がアイツを殺そうとしたときに、守ろうとしてしまった。
その結果、
馬鹿らしい、話だ。
「……お互い、似たこと考えてんだね」
磯野上タオの声がする。目の前は真っ暗で何も見えない。目を閉じている時よりも視界は暗く思える。
自然と、死を感じてしまう。
「……それは、そうだよ。多分これって死ぬ前の走馬灯みたいなものだから」
走馬灯の中でお前を見ることになるほどの罰ゲームを受けるほど罪深くは……まぁあると思うが。
「え、思っちゃうの?」
悪魔を気分で殺してきたのだから、呪いの類は受けているだろう。それ以前に好き勝手に生きているのだから、気付かぬうちに罪の40や50はしてる筈だ。
「……そこまで自覚あるのなら、もうちょっと抑えられなかったのかなぁ?」
え、やだ。
「悪い子だね」
柔らかく笑っているような声と共に、そんな言葉が聞こえる。不快だ。
「……坊主憎けりゃ袈裟までって言うけどさ、それにしたってちょっと酷くない?」
知るか。まぁそれはそれとして出来る事を把握したい。
俺は致命傷を受けた。状況から考えてお前も殺されたんだろう。とすると、ラフムに食われてる最中だな。ならば今から魂を暴れさせれば腹を下させるくらいはできそうだな。
「それはやめて欲しいな。まだ、終わってないんだ。だから、キミが心から生きたいって思えばまだ立ち上がれる」
……そうは言うが、心から生きたいとはどうすれば? 特に憎しみの類はないし、使命の類も持ち合わせていないぞ。
「なら、生き返ったらやってほしいことがあるんだ。きっとそれがキミの理由にもなるから」
聞くだけ聞こう。
「サホリを助けて」
それは「私がやれって言うんでしょ? 分かってる。けど、出来ないから」
「キミは、私の命で生き返るの」
ふざけないでほしい。なぜそんなものを押し付けられなければならない。
「そう言われてもさ、もうやった後なんだよ。だから私の魂はあなたと繋がってるの」
何故、そんな馬鹿な真似を?
「キミと同じだよ」
「体が勝手に動いてた、それだけ」
視界に色が戻ってくる。瞼の裏から光を感じられるようになってきた。
「キミが起きなかったら二人とも死ぬ。けど、キミが起きれば死ぬのは私だけ。それしかないの」
……俺が生きようとしなければ、お前は無駄死ににしかならないんだな。
「うん。だからお願い。キミはキミとして生きて。キミ自身の心で」
命を押し付けておいて酷いことを言うものだ。生き返らせてくれなんて頼んだ覚えはないし、お前の願いなど聞くつもりはない。
だから後悔しながら死んでくれ。お前は無駄死にになるだけだ。
そんな言葉を聞いた磯野上タオは、笑った。
「ずっと思ってたけどさ……キミって、意外と嘘が下手だよね」
目が覚めた。
体の内側から凄まじいマガツヒを感じる。磯野上のモノではない。それはもう俺の身体を治すのに使い切っている。
これは、俺自身が生み出しているモノだ。人の心の情動が強いマガツヒを生み出すとか、そんなことを何処かで聞いた気がした。
そんな俺を、死んだような目で見ている悪魔がいる。
自然と身体が構えを取る。ラフムもそうだ。お互いに心が定まらないまま、衝動だけで目の前の悪魔に襲い掛かる。
獣のように荒々しく、鬼のように力強く、人らしく愚かな暴力だった。
互いに殴り合って感じる。
目の前のコイツは死にたがっている。樹島だった部分もラフムだった部分も。
しかし自死を選ぶ気概もなく、ただ意地だけで『戦う事』を選んでいる。
その心が手に取るように分かるから、尚更殺したくなった。
ラフムの崩れた体の上に乗り、何度も殴る。殴っても心は晴れず、思わずに叫んでしまいそうだ。
そうして殴る拳が血に染まった時に、ようやく腕が止まった。
「殺さないの?」
掠れた声で、樹島サホリは言った。
「お前は、苦しんで“から”死ね」
そんな答えが、勝手に出た。
それがこの戦いの結末だった。
気絶していたようだ。横になった記憶がないのに空を見上げている。体じゅう痛まないところはなく、気分は最悪だ。
だが一応やるべき事はやっておこうと身体を起こす。周囲の地形は一変していた。ナホビノが二人暴れ回ったのだから『こうなるな』という得心がある。
樹島も俺も自然と近づかなかった被害のないあたりを見る。そこは俺が死んだあたり、一人の人間の死体がある場所の筈だ。
そこにいたのは血まみれのザコちゃん。周囲には戦闘の跡があり、マガツヒは枯れている。
そしてそこには『磯野上タオの死体』はなかった。
ラフムは近くで倒れたままだ。死んでないが、動ける体ではない。ないが、意識だけはこちらに向けている。
回復魔法とマガツヒで治療をする。外傷はさほど深くないようで、すぐに喋れるようになったザコちゃんは言った。
「あの娘の身体……盗られた」
淡々としたようで、しかし後悔の念しか感じさせないその言葉。
生き返った矢先にコレとは、本当に生きるとは難しい。そんな事を思っていた。
その時、廃墟の窓ガラスには悪魔のような笑顔が写っていた。