妖精の森近く、崩れた建物の廃材を使って作られたカフェテラス。そこに俺たちは居た。
テーブルの上にあるのはなんと蕎麦。魔界で作れそうな作物を探していたが土地に合わなかったらしく、仕入れた種を粉にして製麺したとのこと。
「今の魔界に合わなかったのは残念だけど、ソバはソバでベリーグッドね! とってもデリシャス!」
デメテルはギリシャ神話の神であり、この日本、というか東京魔界砂漠には詳しくない。故に多くを学び、多くを試し、魔界に実りを増やそうとしているとの事。
「悪魔にも様々な方がいらっしゃるのでありますねー」
と、のほほんと蕎麦を啜る俺たち。フィン=マックールとの約束を取り付けた事、妖精の森にいる人間達の食糧事情のこと、そういった諸々とデメテルのフィーリングが噛み合い、炊き出ししながら待とう! という事になった。
当然タダでやる事の裏には理由がある。それはギリシャの悪魔達が人間を取りこみやすくするイメージ戦略など。
とはいえそれはそれ。デメテル個人は頭が農家であるので、特に拘ることをせず妖精の森にいる人間と接していた。
その結果として、『蕎麦食いてえ……』という声が届いたとの事。
「……それで、神デメテル。話を先に進めて良いか?」
それを言ったのは金髪の美丈夫。フィン=マックールという悪魔であり、俺たちのか細いアテの一つだ。
出会い頭に「心当たりはない……」と言われたのでもうアテではないのだけれども。
「そうね。まずは確認なんだけど、ベテルが千代田区に攻め込む! って話は聞いてる?」
「東京に攻め込んだ連中が軒並み死んで戦力が減った。ここを攻め時と見ない奴はいないだろう」
「襲われたのは東京の人間だけで天使はあんまり死ななかったんだよね? で、主力は蘭丸とコイツがザクザク殺したからかー。魔王軍も落ち目だねぇ……」
その襲撃に乗っかったラフムはどうにも座りが悪いようだ。樹島が内心で言葉のドッジボールをしてるのがその表情からよく分かる。
「そのせいでベルフェゴールちゃんが面倒な事になってるらしいの。えっと……ミコシ、であってたかしら?」
今、天王洲のあたりには魔王軍がいるらしい。
その部隊の大将は魔王ベルフェゴール。俺でもなんとなく名前を知っているくらいの悪魔で、当然強いのだと。
近々ベテルの天使達が魔王軍本拠地の元東京駅にカチコミに行く時その時にベルフェゴールは戦力を纏めて天使軍の背中を襲うつもりだ。
……という風に思わせていると、デメテルは言った。
品川付近の悪魔は、どうにも全体的に自由だ。魔王軍の結界破壊に乗って人間界を襲う奴等もいれば、冷蔵庫で冷やしてのほほんと過ごしやすくしてる奴らもいる。
強者に頭を押さえつけられていないのだ。
つまり、ここ品川付近で強力な一団の大将にされてしまったベルフェゴールは果てしなく邪魔なのだ。本人にとってさえ。なので『力のある奴』と『それなりに戦い』、『参戦しない理由』にしたい。
そんなのが、デメテルから聞いたベルフェゴールの話である。ベルフェゴール本人は山の上で怠惰に過ごしているのが好きなヘンテコである。強いし、魔王だが、品川の連中からすればそんな認識なのだと。
「けれどベルフェゴールちゃんの強さは本物なの。フィンちゃんだけだと普通に殺されてしまうから、貴方達はちょうど良かったの! ナホビノさんが二人もいれば、イージーな話ね! ベイビーサブミッションよ!」
うきうきと話すデメテルの話を苦虫を噛み潰すような顔で聞く金髪イケメン剣士が居た。この話に頭を抱えている程度には常識的な考えを持っているらしい。
「……報酬の野菜の類は貴重品だ。依頼そのものも別におかしくはない。だから拒否はしないが……しないが、何だコレ?」
コレを理解できていないとは頭に野菜が足りてないのではないか?
「いや、頭の中に野菜はねぇよ」
「え? あなた、野菜が嫌いだったの? それはとっても悲しいわ。けれど、そんなのは本当に美味しい野菜を食べればノープログラムよ!」
「あー、わかるかも。私もデメテルのくれたの食べるまで野菜ってただの不味い草だと思ってたし」
「魔界では作物の類は難しいのでありますね」
土地が死んでるからな。栄養もマガツヒもないし。
「話を野菜に持ってくな農業に持っていくな面倒になる……それよりも魔王軍側の実際の戦力はどうなんだ? ベルフェゴール本人にやる気がなくても、結集する程度にはやるつもりなんだろ?」
「本人以外で強い者というと、この国の悪魔のテング達がいるわね! 空を自由に飛び回って剣や術をを使う、とっても速いアヤカシよ!」
「え、天狗居んの? 私顔合わせ辛いんだけど……」
天狗と何かあったのか? 事と次第によっては落とす首の数が変わるが。
「私を殺して済まそうとすんなし。口だけじゃなくて実際にやりかねないのが怖いっての」
「……今のに平然と返すんだ」
「なんか慣れちゃった」
「話が逸れちゃったわね! お話が弾むのは素敵な事だけど、きちんと決める事は決めてしまいましょう! その方がもっと素敵なティータイムになるわ!」
とはいえ、フィンが話を受けるならば決める事はもう無いのでは? 俺たちは連携が取れるほどの関係ではないのだから。
「それもそうだ。お前達は正面で暴れろ。陣が崩れれれば俺がベルフェゴールをやる」
……なるほど、簡単で良い。
「ノープラン?」
この時、樹島サホリはまだそんな事を言える程度には人間性を残していた。
うきうきと歩く蘭丸がいる。
怠そうに飛んでいるザコちゃんがいる。
ニヤニヤと悪辣な事を考えていそうなロキがいる。
色々と嫌そうな樹島がいる。
そして、これからがとても楽しみな俺がいる。
特に思想などに囚われる事はなく、なんとなくの方針だけで目の前の悪魔を殺す。そう思うと心がとても軽やかだ。
学校が襲われてから押し付けられていた面倒なモノから解放され、好き勝手にやる。それが正しいとは思わないが、『しない』と『できない』では心の持ちようが違うのだ。
「来たぞぉ! ナホビノだぁ!」
上空で哨戒していた天狗の一体が叫ぶ。
一応いきさつは聞いているので、戦闘を始める前に声をかける。
『降るのと逃げるのは見逃すが、他は全て始末する』
それだけでその軍勢はたじろいで、一部の奴らはスタコラサッサと引き返す。
天狗の中の強そうな奴、クラマテングが声を荒げる。
「アマノザコ! 我ら国津の悲願を忘れたのか!」
そのように叫んでいるが、ザコちゃんはその天狗を可哀想なモノを見る目で見ていた。
「……なんだその目は⁉︎」
「昔はコレを怖いとか思ってたんだなぁ……みたいな懐かしさ?」
心境の変化でもあったのか?
「あんたとつるんでて、アンタ以上にヤバい奴は蘭丸くらいしか見たことないからねぇ……」
なるほど、慣れたのか。
そんな開戦前からの緩さに耐えられずにブチ切れた連中が奇声を上げながら襲いかかってくる。
なので雑に轟雷で焼き払う。溢れた奴は蘭丸とロキが始末する。混沌の軍勢で、魔王軍なのになんとも『自分がない』連中だ。右に倣えの精神なのか?
などと気を緩めそうになったところで、鋭い視線を感じる。反射的に剣を作って首を守るが、その剣を作った手首が根本から切り落とされた。
なるほど、分かっていたがかなりやる。
これが、『幻魔フィン=マックール』か。
「……驚きはしないのか。一応コレは裏切りだったんだが」
お前は蕎麦に手をつけなかった。その時から警戒されているのは分かっていたし、そもそもの話としてお前は傭兵だ。理由があれば立場を変えるだろう。
お前は、ずっとラフムを殺そうとしていた。
「あぁ、確かに。フィン殿は義理堅いでありますからね」
「ベルフェゴールはもう切った。デメテルへの義理は果たした以上躊躇う理由はない」
そんな平熱の俺たちに、樹島は問いかける。
「……私を、殺したい理由を聞いて良い?」
「不思議な事は無い。お前が殺した奴に頼まれたのだ。お前を殺してくれ、と」
ラフムは多くを殺してきた。恨みも当然買うだろう。ならば仕方ない。
樹島、手助けはしないで良いんだな?
「……うん。決めた事だから」
「貴様の仲間ではないのか? ナホビノ」
2つ約束がある。
コイツを自殺させない事。コイツへの報復を止めない事。
理由としては、この程度だ。
「殺されたいのか?」
「……そうよ。私は自分のやった事全てが許せない。私を殺したい人がいるなら、殺されても良いって思ってるくらい」
「なら、潔く死ね」
フィンの魔剣が樹島を襲う。流れる水のように綺麗で鋭かったその剣は樹島に直撃する。
そうして肩口から切り裂かれた樹島は躊躇わず呪いを纏った拳『黒龍撃』をフィンに叩き込む。
渾身の一太刀の後で回避できず、直撃を貰ったフィンはニヤリと笑う。楽しそうだ。
「けど、私にはまだやらなきゃいけないことがあるの。だから、まだ死ねない。まだ殺されてやれない。だから!」
悪魔じみた表情で、けれも目元だけは泣きそうな樹島はナホビノとしての力を強くした。
姿はヒトの形のまま、力の質が変わっていく。混沌そのものに。
「我はナホビノ、我はラフム、……私は、タオに会うまで死ねないの。だから、アンタを殺す」