地母神イシュタルという悪魔がいた。
彼女は狡猾で、戦争を理解していたのだろう。悪魔が死ぬ時に散るマガツヒの流れを自陣側に引き込んでいた。それにより戦えば戦うほどに魔王軍は強化されるという寸法だったのだ。
そして、やがて龍脈すら巻き込んで我がモノとしたのだった。
正直に言ってあともう少し遅れていたら大変な事になっていただろう。スルトを狩るために消費したマガツヒの全てが敵側に回ると言うシステムなのだから。
とはいえそれは机上の空論。どれだけマガツヒを集めても陣を作ったのはイシュタルでしかない。
マガツヒ全開のイシュタルを殺せれば、何一つ問題は生まれなかったのだった。
という訳でこれよりネオ東京駅見学を始めたいと思います。悪魔の悲劇的ビフォーアフターは楽しみだ。
椅子に髑髏の装飾とかつけているのだろうか?
「なんでそんなウキウキしてんのさ。さっきまで死んだ目してたのに」
「首を取った達成感からではありませぬか? 蘭丸も正直ダレてましたが、やはり大物の首は良きものでありますよ」
うむ。と蘭丸に深く頷く。
イシュタルはまぁそれなりに強かった。しかし死にたくないが為に自己回復しまくるのはどうなのだろう? 打開策がないなら相打ちを取る為にマガツヒを温存するモノではないだろうか?
終わった事終わった事、と心に再び生まれた虚無感を放り投げる。戦いの末にイシュタルは死に、東京駅への門は開いた。それで良いではないか。
ちゃちゃっと行こう。
すると遠くから太宰が声をかけて来た。
「……すまん! 俺は中には行けねぇ!」
なにか『するべき事』を見つけたのだろう。おそらく必要なコトだ。
何かは分からないがとにかく任せてみよう。悪いことにはならない筈だ。
「それって、興味ないって事?」
まぁ、うん。
「言い淀みやがったよこのアホは」
正直、なんか考えるのめんどくさい。とても、疲れている。
3人で東京駅に踏み込む。
そこは何というか……何だこれ? 迷路?
「マガツヒたっぷりの防壁をここまでトチ狂った風に並べるセンスが分かんないかなぁ。絶対住み辛いよねコレ」
赤黒い模様のついた立体的な壁がごちゃごちゃしている。トンネルみたいに下を潜る場所もあればジャンプして足場を飛び移る場所もある。
その上妨害は風により進行を妨害するトラップなど様々だ。これはまさに城だ。迷路によって攻め手を疲労させ、罠によって命を獲る。正直とても素晴らしい。
だがしかし、まるでぜんぜん、俺の命を奪い去るには程遠かった。
……そう、程遠かったのでただただ面倒なだけなのだ。あ、この道さっき通った! わかりやすいようにヌエの首で目印置いとこう。
「……わかりやすくキレてるし」
「城としては良い出来なのでありますよね。敵を迷わせ時間を稼ぐという面だけを見れば」
「でもその辺の悪魔も迷ってたよ?」
「彼らは鉄砲玉でありますから。余計な話を耳に入れるのは避けたのでは?」
そんな緩い愚痴を吐きながら東京駅要素を放り捨てた迷路を彷徨う。
もう既に大勢は決した。悪魔の主要なメンツは死に絶え、ベテルの天使はそれなりに生きている。
切り札だったイシュタルを殺したのだから盤面がひっくり返る事もない。戦争は終わっているのだ。
だからこそ、この迷路に腹が立つ。負けを認めてさっさと腹を切れ。日本に住んでるのだから日本の習慣に従うべきだ。
中途半端に抵抗を続けても守れるのはプライドだけだろうに。
……まぁ、舐められたままで終わりたくないのは分かるけれども。
「ねぇ、もう私が先導していい?」
「ザコ殿、道が分かるのでありますか?」
「分かんないけど、頭茹だってるコイツよりはまともに進めると思う」
失礼な俺はまだキレていない。俺をキレさせたら大したモンだぞ。
「はいはい。じゃあまずあそこの風使ってジャンプして」
ザコちゃんに言われるままに天井近くまで飛び上がる。
「そしたら、このまま飛んでいくよー」
そしてザコちゃんに掴まれて、空中散歩する事に……え?
「ザコ殿、力強くなっていませぬか?」
「そりゃアンタらがバカスカ皆殺しにしてんだから、おこぼれのマガツヒでも十分強くなるって」
し、しかし……空から見渡しても行くべき道は分からないのではないだろうか?
「え、方向だけ合わせてあとは壁ブチ抜けばいいじゃん」
なんと……
俺は知らぬ間に『迷路をちゃんと進まなくてはいけない』という常識に縛られてしまっていたようだ。
それをザコちゃんに指摘されるとは、ヒトとして恥ずかしい。小賢しくなければ人間などただの裸ザルではないか。
「……え、そんなにショック受ける事?」
ザコちゃんの成長と俺の退化の差にとても落ち込む心で奥へと進む。
八雲とやり合ってからどうにもシャンとしない。イシュタルは殺し続ければ死んだし、警備に残っている悪魔は歯ごたえがない。
消化不良極まりない。
そんな心は最奥部にたどり着いた瞬間に消し飛んだ。
最奥部から研ぎ澄まされたマガツヒを感じる。全てを喰らい尽くすような魔王の気配。
「貴様がスルトを倒した人間か」
荒ぶる心を無理やり押さえ込み、殺意を滾らせた魔王がいる。
そうだ、と答える。
「ならば聞け、我らの言葉を」
魔王アリオク、魔王軍の長。
というか、長になってしまった悪魔だ。
魔王ルシファーが消え、他の魔王も散り散りになったその動乱。ルシファーの軍勢は『とりあえず』で大将を決めた。
そして、その時に決まった『とりあえずの魔王』が目の前のアリオクなのだ。
力は、最強無比という訳ではない。
志は、気高い訳ではない、
情は、熱い訳ではない。
それでも、彼は魔王であり続けていた。
「スルトは、北欧の巨人だったモノだ」
そんな彼が、語り始めた。
「奴は世界を終わらせる炎として、神との決戦の為に牙を研いでいた。その勝利の為だけに」
あの巨人を思い出す。彼は強大な力を『戦う為』に扱いきっていた。いつか神を殺す為の技として。
「イシュタルは、女神として讃えられていた。豊穣と戦を司り、時に敬われ、時に畏れられていた」
イシュタルを思い出す。彼女は強大な力を戦いにも癒しにも使っていた。女神だった頃の在り方のように。
「他の悪魔とて大差は無い。秩序の神は、奴以外全てのモノの『生き様』を奪ったのだ! それは人間にも同じ事! 今のまま飼われていれば、全てが奴を崇める木偶に堕ちる!」
「理解しているだろう! 貴様なら!」
そのアリオクの言葉には、不思議な熱があった。
アリオクが魔王軍の総大将になった理由は『たまたま』なのだろう。だが、総大将を続けている理由はこういう所にあるのだろう。必ず復讐の牙を突き立てる、そんな気風が。
だが、認められない理由がある。アリオクの主張が正しいとか、秩序の神がクソッタレであるとかは『どうだっていい』。
神を殺すだの世界を変えるだのは勝手にすればいい。だがそのために関係ない連中を巻き添えにする連中は認められない。それだけだ。
とはいえごちゃごちゃ語る意味はないだろう。どうせ殺し合う結論は変わらない。
「理解したとも。貴様もまた、我らの復讐の障害だと!」
そうして、アリオクがマガツヒを高め『陣』を描く。
その手には2つの石。見覚えはない。ナホビノの知識にも、どこにも。
「招来石ッ⁉︎」
ザコちゃんが驚きの声をあげる。そして使用を止めようとするが、間に合わない。
二つの召喚陣からは、2柱の悪魔が現れた。
一体は炎の巨人スルト。ビルを越える怪獣の大きさを捨て、人間サイズと戦えるようなサイズで。
一体は地母神イシュタル。雷と回復しか使わなかったかつての女神。
そのときようやく気付いた。目の前のコイツは『牙を隠したのだ』と。
「アナタは強い、信じられないほどに」
イシュタルは愉しそうに語る
「けど、決して無敵じゃない」
そして、魔王城全てのマガツヒが目の前の3柱に集まっていく。
「死ぬまで殺せば死ぬ道理は、貴様とて同じ事!」
「死ね、ニンゲン!」
スルトの炎の剣、イシュタルの畏怖なる光輝、アリオクの渾身の剣、それぞれの必殺が放たれた。
その時、『少年、召喚を』と耳に馴染んだ声が聞こえた。
迷わず召喚、そして同時に合一神と化す。
敵は誇り高き三柱の魔王、相手にとって不足なし。
「何ッ⁉︎」
アリオクとスルトの剣を受け止めて、イシュタルの雷を己の雷で相殺する。
いざ、戦闘開始だ。