「……あの、大丈夫ですか? 先輩」
優しい声がかけられる。どうやら相当に参っているように見えたらしい。
感謝の言葉を伝え、体を起こす。眠った覚えはないが、寝ていたらしい。
目の前にいるのはミヤズちゃん。女神よりも神々しいを持った女の子だ。彼女はどうやら、妖精の森で苦しんでいる生徒の助けとなるべく今日も今日とて東奔西走しているようだった。
「先輩、こんな所で眠ると風邪ひいちゃいます」
そんな風に彼女は言う。この場所はシナガワの南にある水辺近くだ。確かに川沿いというのは色々と危ないし、当然冷える。気を付けよう。
風邪をひくようなまっとうな肉体ではないとは思うけれども。
「それで、どうしたんですか? 調べ物だとかで蘭丸さん達と別れてたって聞きましたけど」
……言葉に詰まる。が、よく考えれば何も問題はなかった。
調べ物しようとしたら電車で寝過ごして東京の外まで行ってほとんど何も出来ず、不貞腐れて寝ているだけなのだし。
「あー……疲れてるとそう言うこともありますよね。私も正直、今東京に帰ったら寝過ごしちゃうと思います」
ミヤズちゃんはとても頑張っている。だが体力の限界を超えられるわけはないのだから、休めると思えたら体は勝手に眠ってしまうとも。日本の電車は席にさえ座れればとても快適なのだし。
そんな言葉に柔らかく笑う。なんとも彼女らしい姿だった。
「そうだ。これからご飯なんですけど、先輩って食べられないモノありました? 果物で」
これでも健康優良男子高校生だ。食べられるモノならなんでも食べる。毒の類は避けられるなら避けたいとは思うが。
「普通の人は毒物食べると死んじゃいますからね」
ジトっとした目で釘を刺してきた。
なんというか、気をつけます。ハイ。
そんな様子でミヤズちゃんと一緒に水を汲み、妖精の森のキャンプ地へと足を進める。
……辛くは、ないのだろうか?
そんな言葉が出てしまう。
「辛いです」
そう、彼女は素直に言う。
「私たちはみんな傷だらけで、明日生きていられる保証もなくて、とても怖いです。けど……お兄ちゃんや先輩みたいに、頑張ってる人がいるって思うと、頑張ろうって思えたんです」
ミヤズちゃんは、そんな風に強がりながら笑っていた。
「ユート殿! ミヤズ殿!」
「あ、やっと来た」
ザコちゃんと蘭丸が出迎えて来た。知らぬうちに妖精の森にはログハウスやらができていて、雰囲気は変わらずに便利な感じになっていた。
自然豊かで素材があるとはいえ、よくもやるモノだ。
そんな、暖かい集落を見て『それがどれだけ脆いモノか』が見えた。
今も、心が死んでる奴がいる。
今も、人を喰おうと目論む奴がいる。
そして何より、外からの脅威に脆すぎる。
戦わなくてはならない。俺のような化け物は、自由の代わりに責任を背負っているのだから。
などと、真面目な事を考えていると目の前に凄まじいモノが現れる。
アップルパイだ。そう、ただのアップルパイだった。……見た目の上では。
まず匂いが違う。焼きたてのパイ優しい香りの中にリンゴの冒涜的とさえ言えるモノがある。
そうして一口食べてみれば、口の中に黄金が広がっていた。パイの味も、リンゴの味も、バターの味も、全てが金色に輝いて思える。
そして、一切れのパイを食べ終えた俺が口にしたのは『ご馳走様でした』という感謝の言葉であった。
「はい! お粗末さまでした!」
ニコニコと、素敵な笑顔でミヤズちゃんが声を出す。
こんなに美味しい食事だからか、生徒たちにも少しだけ笑顔が戻っているように見えた。作った奴は誰なのだろう。その悪魔のいる神話に対しての好感度が上がりそうだった。
すると、樹島が一切れのパイを持ってこちらにやってきた。彼女も食事の魅力には勝てないのだろう。ちょっと『やったぜ』感が出ていた。
「樹島先輩! 今日も美味しかったですよ!」
「別に……イズンのリンゴが美味しいだけでしょ」
なんとびっくり、このアップルパイを作ったのは樹島らしい。意外がすぎる。アレと同様に料理の類は微妙だと思ったのだが。
「タオのやらかしを見てたら普通程度に料理できるようにならないと、とは思うわよ。小学校の頃病院沙汰になりかけたからね」
「あぁ……磯野上先輩って、昔から料理壊滅的だったんですね。寮のキッチンが爆発した時になんか間違えただけじゃなくて」
え、なにそれ知らない。
「現場にいた全員で隠蔽したから……」
遠い目をする女子達。樹島とミヤズちゃんだけでなく、そのへんで蹲ってる連中もだった。
「……はい、この話終わり。それで、アンタはちゃんとやったの? タオの件とか」
手応えはさっぱり。磯野上関係の奴は見当たらなかった。手がかり無しだ。
「……あの優男、適当言ったわね」
樹島が『なんか適当に暴れてれば出会えるだろう(意訳)』とのフィンマックールの言葉を貶している。
まだまだ戦いは激化するのだから、間違っては居ないとは思うのだけれども。
「てかさ、アンタって何調べに行ったんだっけ?」
そんなザコちゃんの問いに対して、東京の治療法、というか17年前に起きた事についてと答える。
『秩序の神とやらがどうやって東京を救ったのか』という感じの具体的なやり方を調べようとしたつもりだった。
まぁ、『シャカイナグローリー』と呼ばれてる事しか分からなかったが。
「しゃかいな?」
「グローリー?」
何故そんな風に呼ばれているのかは誰も知らなかった。名前つけた奴徹夜明けだったんじゃないか?
まぁ、その程度だ。寝過ごした事は黙っていよう、うん。
樹島の『使えないわね……』という目線を受け流し、水を一口飲む。あ、美味しい。
そんな時、なんだか見覚えのない悪魔が目についた。彼女は? とミヤズちゃんに尋ねる。
「彼女はイシスさんです。ベテルのエジプト支部って所からの援助を纏めてくれてたりするんですよ」
エジプト支部からの助けとは、ワールドワイドな話だ。
やはりオシリスだとかオベリスクだとかが有名な神様なのだろうか?
「……オベリスクって神様の名前じゃないらしいですよ」
え、マジで? と思ったらアオガミが補足をくれた。
『少年、オベリスクとはエジプトにおける神殿の記念碑の事を指す言葉だ』
……なんで石碑が神のカードの一角になったのだろう。格好いいから良いのだけれども。
半日はぐだぐだ出来そうな雰囲気であるのだが、お仕事をしなくては。いつかやって来る日に本当に滅ぼされてしまう。
さて、今なにが足りないだろうか。砦?
「まぁ、確かに防衛施設は足りないよね」
「地形は防衛に適してるでありますが、洞窟を封鎖されたら退路は限定されるでありますよ」
そう話していると敦田兄の姿が見えないことに気がついた。こういう時こそメガネくんの頭脳が必要だというのに。
「……大丈夫だって、ハヤタロウさんは伝えてくれたんですけどね」
長官とねんごろな関係だから、未来の総理大臣だとかそういうポストへのキャリアを積んでいるのかもしれないな。
「長官? 総理大臣?」
東京防衛軍ベテルの長官は、なんと総理大臣の越水さんなのだ。
「えぇ⁉︎」
「……なんか今の総理大臣が人間じゃないって聞いたことあったわ。仕事量的な意味で」
実際ナニカサレテル類の生物らしい。ただの人間じゃないから労働基準法だとか過労死だとかそのあたりの問題はないのではないか?
「……話脱線してない?」
樹島がそう口にする。脱線してるが、本線が途切れてるのだから仕方ないのでは? と俺は思う。
と、ここでイシスがこちらにやって来る。どうやら食事を終えたらしい。
「こんにちは、ベテルのナホビノ。ミヤズとサホリも」
「こんにちは、イシスさん」
「……どうも」
なにか用事でもあるのだろうか? エジプト神話の方々からしたら名もなきファラオなゲーム漫画の話はタブーだったりするのだろうか? それならエジプト支部を滅ぼすしかないのだが。
「ちょいちょい、気軽に戦争起こそうとしない」
冗談なのだが。
「あまり笑えないわね」
申し訳ない。
そんな訳でイシスさんの話を聞く。なんだか色々言われた気がするが、要するに『ホルスという悪魔の首が欲しい』という事なのだとか。
あぁ、それならばとナホビノ式四次元ポケットから投げ渡す。
どこでやり合ったか忘れたが、なんか首がマガツヒに解けず残ったから持っていたのだ。
「えぇ……?」
「先輩ってこういう人なので……」
そうやってホルスの首を受け取ったイシス。
彼女は躊躇いながらこうも付け加えた。
「これはエジプト支部の、あなたの敵になるかもしれない勢力に力を与えるのだと理解している?」
そうイシスは言う。だが、それの何が問題だと言うのだろうか。
殺し合う時は正直力の大小は些細な問題でしかない。死ねば負けだし殺せば勝ちだ。ならばその時に心が軽くなるように動くのは当然のことではないだろうか?
「……アンタってそもそも『どんなに強くなられても自分より弱い』とか見下してたりしない?」
……どうだろう? 力に溺れる程度の心なのないわけではないとは思うが。
「違うよサホリ、そういう少し先の事を何も考えようとしてないだけだって」
「そうでありますね」
ザコちゃんと蘭丸がそれを否定する。
最近は割と先のことは考えているのだけれども。多少は。
そんな事を言っていたらイシスがため息を吐いた。
「なら貴方も一緒に来る? 必要があれば考えるみたいだし」
そんな真意の微妙に見えない言葉から、俺の今日の予定が決定したのだった。
なお、エジプト支部の連中はお台場に陣取っているらしい。某TV局とか残っていたらアレを球にサッカーしたいな。なんて事を思った。