ふらりふらりと歩いていく。
東京駅周辺は基本的に大惨事であり、道という道は存在していない。
ぐちゅりと音がする。足元をあまり気にしていなかったせいか、悪魔を踏んでしまったようだ。トドメになったな。
「気づいていたでありますよね?」
けど、そこに居たし……
「え、それ言い訳のつもりなの?」
魔王の首を獲りに東京駅近くまでやってきた俺たちの目に入ったのはまさしく惨状だった。建物は崩れ落ち、かつての東京の名残はさらに砂に消え、焼け残りがその砂に埋もれている。
後片付けが果てしなく面倒なので、メギドとかで更地にする方が再開発とかには楽そうだ。だれもこんな土地に住みたいとは思わないだろうけども。
「うわぁ……土地からマガツヒの気配が無いよ、カケラも」
「あれほど多くの悪魔が死んだのに、でありますか?」
「うん。全部イシュタルのアレに吸われたみたい。土地のマガツヒも含めて全部」
モロクはどうしてこの辺りから動いていないのだろうか。この辺りに未来はないのだから、他所をぶん取りに行った方がいくらか得するだろうに。
などと思っていると、少しばかり土に生気が戻ってくるのが見えた。ほんの少しだが、確かに。
「何用だ」
それを成したのは、目の前の悪魔。牛に似た姿の邪神だ。
単刀直入に要件を言う。お前の首を取りにきた、と。
「……走狗が」
モロクはこちらを見て、そう吐き捨てた。
モロクが炎を巻き起こす。多くの命を燃やしてきたモロクの炎は悍ましく、呪いを帯びていた。
それをナホビノ殺法『逆凪』にてぶった斬り、モロクへの道を作る。足を止めずにそのままモロクに雷を叩き込むが、モロクは雷を弾いてその巨体で俺に一撃をかましてくる。
モロクの一撃『メガトンプレス』を全力の拳で正面から迎撃した。
威力は互角。
しかし、俺の体はモロクに絡め取られた。モロクの尾だ。
間髪入れずに俺の頭を食いちぎろうとするモロク。体勢をあえて崩してモロクの口から逃れるも、避けられる事は想定されていたらしい。
モロクの瞳は決して俺を逃さず、モロクの炎は俺の体を直撃した。
「今!」
ザコちゃんはモロクの『勝利の確信』の瞬間を逃さない。炎が着弾する寸前に俺にかけられた回復魔法は、モロクの炎を耐え切る事を可能にした。
そして、ゼロ距離で隙を晒したコイツを逃すつもりはさらさらない。放ったのは暗夜剣、封技の呪法が込められたその二連斬はモロクの芯を逃さず、怯ませた。そして満を辞して蘭丸が放った奥義一閃がモロクに着弾し、モロクの体は真っ二つになった。
どこか淡々とした、一つの戦いだった。
モロクの遺体をどうするか、それは俺も蘭丸もザコちゃんも満場一致で決まった。
モロクの体はこの砂漠に埋められ、新たな実りの為の養分になる。
それはさりとて困る事でなし、モロクの遺体も埋めておこう。となった。
この辺りで死んだ悪魔達と同様に、土地に戻るマガツヒの一部として。
モロクが多くを埋めたのと同じように。
そんな時、背後から『ハーベスト!』と声がした。デメテルが様子を見にきたらしい。
「流石ね!」
笑顔でそう言われた。
デメテルに、一つ聞かなければならないことがある。と切り出す。
「何かしら?」
モロクは、アンタ個人にとって悪だったのか?
「……いいえ。敵であっても悪ではなかったわ」
ならば納得する事にする。騙された訳ではないし、不利益があった訳でもない。
利用されても構わないと思える程度にはデメテルの事を好ましく思っているのには変わりはないのだ。
「モロクは、貴方にはどんな悪魔に見えたの?」
そんな、穏やかな問いかけがある。
その問いに、俺は明確な答えを返す事ができなかった。
「……やめやめ! こんな所でぐちゃぐちゃシリアスっぽいことしたって暗くなるだけだからね。それより、デメテルはなんでここに来たの?」
「そうね! やるべき事をやらないと!」
そう言った彼女は、ビニール袋を取り出した。手元に本を出して、『悪魔もゴーグルは付けた方がいいのかしら?』と口にして、まぁいいや! と切り捨てた。
「私はこれからここに畑を作り始めるわ! 悪魔の毒を中和できそうな気がするアレコレでね! さぁ! ハーベストの為にレッツファーミング!」
デメテルはそう口にして、土地に吸われたマガツヒをより広く、豊かなものに変える為に行動を開始したのだった。
「あ! お帰りなさい!」
ミヤズちゃんが声をかけてきた。妖精の森はほんの少し見ぬ間に森というより村とか集落と言える程度に発展をしていた。
「皆様、頑張ったのでありますね!」
「ハイ! 先輩や蘭丸さん達が助けた皆が、ちょっとずつできる事を、って動いてくれたんです!」
見れば、作業をしている面々の中には蹲って何もしていなかった奴がちらほらと見える。
きっと現実逃避する事には飽きたのだろう。魔界は東京とは違いなかなかに
「ミヤズに触発されたとかじゃないんだ」
もちろんミヤズちゃんが率先して動いてる事が大きい要因ではあるとも。だが、そもそも暇を覚えなければ自分も頑張ろうなどとは思わないぞ絶対に。
「そんなもんかなぁ……?」
あんまり理解していないザコちゃん。一日中手元にスマホがある生活に覚えがないと現代人の感覚は理解できないのだろう。悪魔用のスマホとか出たら理解されるだろうけれども。
なんて緩く気を抜いていたら通信が来た。
着信の音が脳内にダイレクトに響いてうるさくてたまらない。アオガミとの合一が深くなっている事が原因だろう。
通信の内容は『仕事なので本部に戻れ』だった。バックれたい。
『少年、明確な理由のないサボタージュは推奨できない』
アオガミからも釘を刺されたら仕方ない。ちょっくら顔を出してこよう。
蘭丸はどうする? 来るか?
「行くであります。この時期の呼び出しならば、間違いなく重要な情報がありますから」
「今更だけど、蘭丸は仲魔じゃないんだよねぇ」
「仲間ではありますよ。ユート殿を主人とする気がないだけであります」
酷い言い方になっていて少し面白い。蘭丸星人の主という『超スーパーアメイジングマスター』みたいな区分に入れる気はしないけれども。
「それなら、お兄ちゃんに伝えてください。私は元気でやってるって」
健気やなぁ……と浸りたくなるのは後にして、ぴょんぴょんと議事堂にあるターミナルへと向かう事にした。
議事堂前には、太宰がいた。天使達を従えながら、背負ったリュックをパンパンにして。
「お前も呼ばれるよな、そりゃ」
太宰は笑顔でこちらに手を振って来た。後ろの天使共がこちらを微妙な目で見ているが、殺気がないので放置する。
太宰は何をしていたのだろうか? と尋ねると
「資材集めだな。魔界の素材とかをベテルに持ってって、加工した奴を皆の所に持って行って……みたいな」
その言葉に、妖精の村には『皿やタオル、石鹸といったもの』がちゃんとした物に切り替わっていた事を思い出す。良い仕事してんなぁ……
「ヘヘッ、俺も捨てたもんじゃねぇだろ」
太宰を連れて議事堂内部へと入る。ベテルの職員さん達が太宰を見て「お疲れ様」と声をかけているあたり、人間関係は良好なのだろう。天使共みたいな地雷に粘着されているのに。
準備は整っていたようですぐにターミナルは起動され、俺たちは見知った東京へと戻ってきた。
案内の元作戦室へと進む。
深刻そうな顔をしている敦田と、鉄面皮な越水総理がいた。
「来たようだな」
威厳のある言葉に緊張してガチガチになる太宰を見ると、逆に安心する。この人相手に緊張する事はあんまりないけれども。
「君達には私の護衛をしてもらいたい」
前置きをすっ飛ばしての言葉。護衛を必要とするほどに弱くは見えない、と部屋にいる全員の思考が一致したのはさておいて、長官は話を続けた。
「明日、ベテル各国の首脳陣が集まっての万魔会談が開かれる事となった。そこでの結論は間違いなく『これより戦争を始める』となる」
「……戦争?」
「と、止めないんすか⁉︎てか何で戦争なんて事に⁉︎」
混乱しながらも太宰はそう言った。しかし長官は「不可能だ」と一蹴。
「日本支部を狙わない理由はどこの勢力にも存在しない。ナホビノの力を有しているのだからな」
ならば自分が日本支部から離れるならば止められるのか? と疑問を返す。
「可能性は低いだろう。異なる神話形態の神々が力を合わせたのは悪魔から世界を守るためなのだから」
共通の敵がいなくなれば、本来の殺し合う関係に戻る、と。
「質問は?」
あんまり理解していない様子の太宰は置いておく。イジると楽しそうだけれども。
敦田に何があったのかを尋ねてみる。
「……薬が、手に入らなかったんだ」
そう、口に出した。
「薬?」
「ミヤズの薬だ。ミヤズは昔から身体が弱かったから、薬で色々予防していたんだ」
「……マジか」
「その薬ってさ、他で代用できたりは……しないか」
聞けば、病院も薬局も存在が不安定になってしまっているとの事。薬の原材料から作ろうにも、その原材料すら存在が不安定になっており、いつ消えるとも分からない。
必要なものが
「東京を救わなければ、ずっとこのまま変わらない」
だから、戦争を起こしてでも最短でどうにかしなければならない。と。
「……敦田」
「すまない、完全に私情だ」
そんな悩みの中にある敦田は、その目の鋭さだけは消していなかった。
「てか、戦争なんかやってどうするのさ。他の神様全部ぶちのめしたら東京は治るの?」
「……万魔会談の結果次第だ。ベテルの最高機密である以上、まだ口外することはできない。そういう契約だ」
方針は予想できているが具体的に何をすれば良いのかは分からなかったので、個人的にはありがたい。
かつて秩序の神が世界を救ったやり方の、一端くらいは理解できるだろう、きっと。
そうして、敦田以外はいつも通りに日は進み、万魔会談当日はやって来たのだった。