ここ、東京砂漠はどうにも面倒な作りになっている。
倒壊したビルと吹き荒れる砂が視界を遮り、まともに作られた道が残っている事はあまりない。東京育ちの土地勘が全く役に立たないのは少し辛い所だ。なにせ、普通に進んでいるのに洞窟の中で迷子になっているのだから。
「……いやいやいや、さっき『こっちは行き止まりじゃぞ』って言われたのに無視して進んだからでしょ」
いや、こっちにアレがるかもしれないし。
「『写し身』でありましたか? 絵とも写真とも違う美しきモノでありましたが、素晴らしい芸術品でありますよ。蘭丸アートに取り入れたいであります」
「……蘭丸アート?」
ザコちゃんや、気にするだけ無駄だぞ。蘭丸が『蘭丸ほにゃらら』と言う時はフィーリングで感じるのだ。
「英語混じりで頭痛が痛いとか面倒にボケないでよ。伝わらない奴多いからね? 悪魔って基本学はないんだから」
「ザコ殿は勉強をしていたでありますか?」
「そんなとこ。『勉強とは、楽をするためのモノである』って誰かに言われたのさ。……まぁ、いつまで経っても楽にならないからもう辞めたんだけどね」
人に歴史ありとは言うが、悪魔にも歴史はあるのだな。
「で、ありますねー」
と、そんな話をしているとふとアマノザコが振り返ってきた。
「てか、あんたら私のこと何て呼んでた?」
ザコちゃん?
「ザコ殿、でありますよ?」
「しれっと雑魚呼ばわりすんなし」
しかしながら、この面子で一番弱いのはザコちゃんでは? 俺はデビルマンだし、蘭丸は蘭丸だし。
「比較対象がおかしいだけだからねソレ。ナホビノと宇宙生物とかなんなのさ本当に」
……ナホビノ?
「あれ、あんたってそうなんじゃないの? 人の知恵と悪魔の体のヤツ。由来は忘れたけど、そんな感じの」
「ナホビノ……はい! 蘭丸は全く知らないであります!」
語感が良いので、俺はこれからナホビノと名乗るとしよう。デビルマンはやはり不動明だ。スマホのスパロボでもそう言っている。
などと歩いて行くと、少し開けた場所に出たそこには弱り倒れているガキの群れがいた。
「なんか弱っているでありますね。飢えているのでありますか?」
「餓鬼ってのは食っても食っても腹一杯になれない奴らだけど、それにしたって弱ってるね。何かあったのかな?」
何があったんだ?
「腹が、減ってんだよ……仲間が、飯を取りに行ってる仲間が帰ってこねぇんだ……ッ!」
「畜生……ッ! 力が入らねぇ。これも弱いせいなのかよッ!」
「生きたかった、だけなのによぉ……」
つらつらと出てくる恨み言。要するに、食料調達に行った仲間が帰ってこない為に、弱りきってしまったのだとか。
しかし、餓鬼が、というか悪魔が弱さを嘆くとは何だか不思議な気分になる。人間の身としては果てしなく恐ろしい相手だったのだ。
「……え?」
ナホビノになってからは、小蝿と左程違いが無いぞ勿論。
「足元を掬われないように気をつけなければ死んでしまいますよユート殿」
分かっている。
とりあえずは食料調達に向かったというガキの行方を追いかけて歩いていく。道は荒れ果て悪魔が暴れる東京砂漠は相変わらずに世紀末だ。ポストアポカリプスだった。
ただ、食糧になり得るモノを持っている奴となるととても目立つようで、そこいらの連中にインタビューをすると案外楽に行方はわかった。
行き先はとある悪魔の元。そいつは弱い悪魔を集めて、施しを与えているらしい。
その名は、『アプサラス』。水に関係するインドの天女だそうだ。
「へぇ……タダで買い物を配ってるとか変なヤツだね」
「タダより高いモノはない、とはよく言う話であります。裏があるのでしょう。インドの方々が領土を得るための足がかりにするのでしょうか」
とはいえ日本の神や悪魔は海外の影響をかなり受けていると保健の授業で聞いた。魔界での勢力がどんな意味があるのかは知らないが、適当に暮らすだけなら左程気にする必要もないだろう。
「あ、見えた見えた。根城はあの洞窟だよ。アプサラス自身にはそんな凄い力は無い感じかな?」
「一回り二回りつよい力を感じます。が、ユート殿でも蘭丸でもどうにでもなるはずでありますよ」
殺し合いにならないで済むならその方が楽でいい。城攻めは愚策らしいのだから。
「……ていうか、あんたって考えがかなり浅い気がするんだけど」
一般的な男子高校生だからな。身についていないうろ覚えの知識で生きている自覚はある。
「はいはい一般的一般的」
しかし、驚くことにあっさりと洞窟の中に倒された。
まるで待ち構えられていたかのように。アプサラスとその手下達が迎えてくる。質素だが清潔な水や食事があり、悪魔達は皆理性的だった。
礼儀正しい、のだろうか。
「お待ちしておりましたユート様。何のご用件で?」
「はい。ガキの集落より食糧調達に来たモノが居るかを確かめに来たのであります」
「残ってる連中が腹減って死にそうなんだってさ」
もちろん俺たちには助ける義理も理由もない。だから事を荒立てる気はない。居ないと言えば信じるつもりだ。
「……ガキ」
「はい! アプサラス様!」
「貴方ですか?」
「はい!」
そう元気に言葉を返すガキの姿を見て一瞬頭を抱えてから、俺たちに食糧を持たせてきた。
「私の目的は弱い悪魔でも命を繋げられるようにする事です。それは目の前の貴方だけではないのですよ?」
「……はい! ありがとうございますアプサラス様!」
「考えるの止めていませんか? あの餓鬼殿」
「ガキってほら、頭悪いから」
まぁ大体わかった。どうせ食糧を届けなくてはならないのなら、ついでにこの集まりの事を話しておこうと思う。
「それならば、追加で私からの頼み事をしても構いませんか?」
「頼み事、でありますか?」
「はい。あなた方にはリャナンシーという悪魔を討伐していただきたいのです。色と混沌と力で堕落を誘うあの魔女を」
暗殺の依頼か。
「……できれば正面から戦ってほしいですが、リャナンシーが消えるのならどうとでも。あの悪魔は許しておけませんから。
……リャナンシーは、一体何を?
「彼女は力だけしか見ていないのです。心を持たず力だけ強くなった悪魔を側に置き、力さえ有れば何をしても良いのだという振る舞いを教えてしまうのです」
「それは別に変なことじゃないんじゃない? 結局悪魔は力だし」
「否定はできません。しかし、それだけではダメなのです。だから私たちは救いを与えているのですから」
「……なるほど、であります」
了解した。見かけたら懲らしめることにする。
「……はい。お願いします」
少しのモヤモヤを飲み込んで語ったその言葉。アプサラスはそれなりに強かで、それなりに大人だった。
俺たちは来た道を引き返してガキの巣へと向かう。
そこには死屍累々と言うべき姿があった。餓死はしていないようだが、相当に苦しそうだ。
「食事を持ってきたでありますよ」
「ほらほら、なんか寄越しなよ」
「「「く、食い物ォオオオ!!!」」」
あまりにもな飢えから襲い掛かるようにして飛びついてくるガキ達をしばき倒して飯を食わせる。そして、アプサラスの事を伝えた。
すると、ガキ達は快く隠し持っていた財宝を渡してくれたのだった。
「……しばき倒して身包み剥いだって言いなって、ちゃんとさ」
「快く報酬を渡してくれるように説得したのでありますよ。何も問題は無いのでありますよザコ殿、気にしないで良いのであります」
さて、それでは当てもなく東京砂漠の探索を続けるとしよう。