ナホビノの禁、とは何か。
それは考えるまでもない。俺がアオガミと融合した事だろう。人に悪魔の力を与えてはならない、とか人は悪魔の力を求めてはならない、とか真っ当に否定する言葉が思い浮かぶ。
なんたって、自分はもうアオガミと合体しているこのナホビノの形であることが自然だと錯覚しているのだ。
こんなヤバいのを皆が持っていたら日常など5分で壊れる。銃刀法みたく規制するのが真っ当な考えだ。
「……アブディエル殿、ユート殿は被害者でありますよ。『ナホビノ』という力を手に入れたことに関しては、でありますが」
『その通りだ。責任はこの神造魔人アオガミにある。彼には容赦を願いたい』
……だが、蘭丸とアオガミには真っ当に擁護された。目の前の大天使アブディエルはとても強い悪魔であるのに、だ。
「……こんなに命かけるような奴かなぁ?」
尚、ザコちゃんはアブディエルを見た瞬間に縮こまって蘭丸の背中に隠れている。毒は吐くが。
ただ、アブディエルは塵を見る目で蘭丸と俺(というかアオガミ)を見ている。弁明は無意味だろう。
「アブディエル様」
その時、俺が『嫌いな声』が聞こえた。
磯野上タオ。高校一の美少女であり、お人好しであり、人気者であり、人格者であり
俺にとって、ただひたすらに気持ち悪い存在だった。
「……あぁ、緊張した〜」
「磯野上! よく大天使様を説得できたな」
「そりゃあ、聖女ですから。偉い人とのやり取りには慣れてるんだよ」
なんだかよく分からないが、磯野上は聖女サマらしい。ケッ……
「……前から思ってたが、お前磯野上の事見ると露骨に機嫌悪くなるよな」
人間的に合わない人物というのは居る。仕方あるまい。
「いや、仕方ないで済まさないでよ。結構傷ついてるからね私」
あまり関わらないようにする事で手打ちにしてくれ。苦手だからとはいえ何かをするつもりはない。それよりもこれからの事を知りたいから偉い人を呼んでくれ。
「うん、もう少ししたら長官が来るよ。ユヅル君も含めて半日も行方不明になってたから大事になってたんだよ」
「半日……ハッ! ミヤヅは! 妹は無事か⁉︎何かに巻き込まれては居ないだろうか⁉︎」
「無事だよ。けど、すっごく心配してるからちゃんと連絡してあげて」
律儀に「ありがとう、磯野上!」と返してからスマホで連絡をするメガネくん。いい兄貴をしていて何よりだ。
「それで、キミが連れてきたこの……人達? は?」
「あ、蘭丸は蘭丸であります。蘭丸星より流れてきた者でありますよ」
平然とかっ飛ばす蘭丸の世界観、蘭丸・ザ・ワールドにより思考を停止させる磯野上。要点を掴めるようになるまで少し難しいよな。
「……ごめん、どういう事?」
蘭丸は蘭丸星という星からやって来た宇宙人らしい。宇宙から落ちて来るのをこの目で見た。
「え、え? ……宇宙人って、森蘭丸なの?」
そうらしい。つまり戦国時代にかの織田信長の小姓だった森蘭丸は流れてきた宇宙人の一人であり、信長はスペースパワーによって第六天魔王になったのだ。歴史スペクタルだな。
「絶対違うと思う」
戦国時代のフリー素材である織田信長ならスペースパワーに目覚めた信長だって居ても良い。何故なら当時を実際に記憶している人はいないのだから、過去は定かではないのだ。
「そっか……そうかもしれない」
納得する磯野上。つまりはそういうことだ。
「……ねぇ、アイツ絶対有る事無い事適当に吹き込んでるだけだよね」
「大まかには合っているでありますよ」
「いやアレ絶対デマカセ吹き込んで後で起爆すれば良いとか考えてる顔だよ。私も同じ立場ならやるだろうから分かる」
と、ぐだぐだな空気が始まった所でなんだか偉そうな人がやってきた。
その顔はニュースでよく見る顔、日本の若き総理大臣だった。
「皆無事なようでなによりだ。私は越水、ベテルの長官をやっている。ひとまず場所を移そう」
「それでは、何から説明しようか……」
「まず、君たちが訪れた魔界。あれが本当の東京だ。18年前に魔界に落ち、今まで悪魔の巣窟と化している」
「では、今僕たちがいる東京は⁉︎」
「秩序の神が作り出した偽物だ。神はその力で東京とそこに住む人々を再現したのだ」
偽物という事はなにか不具合、なしては不都合があるのか?
「……この東京は神の力によって維持されている。その力が弱まればこの東京は本当の姿である『滅んだ形』に戻り、魔界と繋がってしまう。そうなれば世界は滅びるだろう」
「だから、さっきのアブディエル様みたいなすごい天使が東京には来てるんだ。東京で戦える人は、みんな18年前に死んじゃったから」
恐ろしい話だ。だからメガネくんのような若造に悪魔を使うプログラムを渡しているのか。学徒動員では?
「返す言葉もない。しかし必要な事だ」
「僕はきちんと同意の元で戦うことを決めたし、補償や給金もきちんと出る。命懸けな事以外では悪い話ではないぞ」
「いや、命懸けな時点で結構悪い話だろ……でも、そうするのが『正しい』んだよな」
メガネくんが補足を加え、太宰がこれからのことに腹を括ったのを横目に蘭丸を見る。
蘭丸はザコちゃんと一緒に職員さんと話し込み、テクノロジーにうきうきしている。楽そうだ。
「では、疑問に思うことはあるか?」
ある。ここにあるターミナル技術で、蘭丸を母星に返せはしないだろうか。蘭丸は宇宙からやって来たのだ。
「一番に確認したいのがソレか……ターミナルは龍脈の流れに沿って情報を転送するものだ。繋がりのない宇宙に転送することは不可能だ」
なるほど。ならば宇宙に送り返してやれるような奴に心当たりはないか? 家路を助けてくれた友人の助けになりたいのだ。
「……他の惑星に行ったという伝承を持つ悪魔には心当たりはない。しかし、星座になった悪魔や英雄ならば何か知っている可能性はある」
了解した。蘭丸の帰る手がかりはないのは寂しいが、それならば蘭丸に東京を案内しよう。宇宙からの友人には地球を楽しんで貰わねば。
「あの蘭丸という者を本当に宇宙人だと思っているのか?」
宇宙人かどうかは半信半疑だ。だが、蘭丸が元いたところに帰りたい事、帰り方が分からないことは間違いはない。
助けてくれた借りは返したいし、友人として困っているなら力を貸したい。それだけで十分だ。
「ならばベテルとしては君に提案をしたい。ベテルの戦力になれば、魔界へのターミナルをある程度自由に扱う事を許そう」
感謝する。
それだけ言って蘭丸達のところに歩いていく。そこではストリートビューで色々見て回っている楽そうな蘭丸の姿があった。
「あ、ユート殿! こちら、こちらのガンダムベースとやらに行きたいであります!」
「私ケーキとか、パフェとか食べたい! 奢って!」
よし、行こう。なぁに金はある。
そうして外に向かって歩き出そうとしたら腕を掴まれた。掴んだのは磯野上、何事か?
「君、アオガミとの合体を解除して! 今悪魔の姿のまんまだから!」
……あ
「ならばアオガミのメンテナンスも行いたい。アオガミは長らく放置されていた神造魔人だ、不具合が出ていないとも限らない」
悪魔人間ナホビノンになっていたのをすっかり忘れていた。
「僕は君が一般生活に戻れるか少し心配になって来たぞ……」
そんなメガネくんの言葉を流して、ザコちゃんと蘭丸と滅んでない東京観光へと洒落込むのだった。
「てか、私の人探しの事忘れられてない?」
どさくさ紛れでザコちゃんを東京に連れ込めたのでセーフで。
「入管厳しそうでありましたからねー」
尚、東京砂漠でのアレコレでキャッシュカードが砕けていたりと大変だったのを、なんか凄い坊さんに助けられたのは、また別の話。
「よろしかったのですか? 彼をそのままにして」
「あいにく今のベテル東京支部には彼らを止める手立てはない。ならば自由を与える事で自分の責任を自覚させたほうが効果的だ。危険ではあるが、彼自身が危険思想を持ってはいないのだから。──それに、彼を止められる戦力には、これから君がなる」
「僕が、ですか?」
「そうだ。神獣ハヤタロウ、それが君に与える新たな悪魔だ」
「神獣ハヤタロウ……」
「すみません、仲魔のストックが空いていないので少し待ってください」
「……逞しくなったようで何よりだ」
尚、その『少し』は3時間後だった模様。敦田ユヅルは悪魔合体に妥協しないタイプのサマナーだった。越水は、その何か悪いモノが伝染した様子のユヅルを見て、内心不安になったのだとか。