「はあ? 何いってんのお前」
いきなりあんなこと言い出したから、思わず口からそんな言葉が飛び出していた。しかも甘草の言い方がやたら中二病腐かったせいか、余計に腹が立つ。
「.....あ」
もしかして、これいつものやつか。あの空気をぶち壊す発言を突飛押しにするあれか。
まさか家でもこんな奇行に走るとは.....本当、意味不明なやつだ。
改めて甘草が理解不能なやつであることを再確認したとき、ポケットに仕舞っていた自分の携帯が振動した。見てみると、一件メールが来ているようだった。
(誰だ....?)
学校でメアドを交換している人物なんて雪平くらいだ。でも、まさかあの雪平からメールが来るとは考えにくい。
甘草はまるで魂が抜かれたみたいに呆然と天井を眺めているようなので、今のうちにメールを開いてみる。
差出人の欄には『神』という文字。
「なん.....だと」
よくある勧誘のメールだとは思うのだが、差出人が『神』だと.....。 本当に此方にそのメールを開いてほしいのか、向こう側の意図が分からなくて逆に怖い。
しかしそのせいだろうか、俺は内容にかなり興味を持ってしまった。神を名乗って、一体どんな内容を送ってきたのかを見てみたい。いつもなら即刻削除のところを、今回は開けてみることにした。
≪おめでとうございます。貴方は数ある生徒の中から甘草奏の下僕、第二号に選ばれました。≫
.....は?
甘草奏の下僕? もしかしてさっき甘草が言ってた中二病じみた台詞のことか?
え? ということは.....
俺は咄嗟に周囲を見渡す。
盗聴器らしきものの姿は見当たらない。窓から外の様子を見てみるが、監視されているような様子もなかった。
やっぱり、偶然甘草が言ったこととメールの内容がたまたま被っただけ? いや、それではあまりにも偶然がすぎるし、悪戯だとしてもこんな意味不明なメールを送るとは思えない。
じゃあ、このメールを送った奴って.....
確信に迫る前に、またメールが来た。差出人は先ほどと同じく『神』
すぐさま開けた。
≪これから貴方には、甘草奏の呪いを解くお手伝いをしてもらいます。具体的に言うと、甘草奏に届く『ミッション』のサポートです。
そのため、あなたには特別に甘草奏の『絶対選択肢』が見えるよう処置を施しました。これを生かして、甘草奏の下僕第二号として頑張ってください。
P.S.もし甘草奏が『ミッション』に一度でも失敗したときは、貴方にも呪いに一つかかってもらいますから覚悟してください≫
.....何が何だかさっぱり分からん。
分からない単語が多すぎて全く理解できないし.....とりあえず甘草に聞いてみるか。
「おーい、甘草」
此方には顔を向けてくれたが、目が焦点に合っていない。
強引だが、俺は彼の目の前に携帯を突きつけた。
「.....やはりか.....」
甘草は俺に送られてきたメールを見るなり、意味ありげにそう言った。
「どういう意味だ?」
「それは――――」
「――――ってことだ」
「ぐがー」
「寝てんじゃねえよ!」
おっと.....つい眠気に負けてしまったようだ。
でも、あまりにつまらない話をしたお前にも責任はあると思うぞ。
「ったく.....その様子じゃあ、まったく信じていないんだな」
「ああ、まったく」
呪いとか絶対選択肢とか、中二病乙の一言で片が付く。
「いずれ分かるよ.....俺に選択肢が降りてきたときにな」
そう言って、甘草は窓から空を眺めた。もうとっくに辺りは真っ暗で、空には無数の星が美しく輝いている。
それらを遠い目で見つめる彼の姿は.....とても.....滑稽だった。
「何かっこつけてんだよ。ぷっ」
「そこは黙っておくのが優しさってもんだろう!」
.....やっぱりこいつ面白いな。将来、芸人になった方がいいと思う。
次の日。
いつもように六時半に起床。トイレを済ませ、洗面台で顔を洗う。ふと、俺は鏡に移った自分の顔を見つめた。
「.....やっぱり俺って、かっこいいよな?」
当然、返事はない。むなしくなっただけだった。
その後、朝食に昨日甘草の家に行った帰りに買ってきたパンを食べる。もちろん、俺が食べるのは好物のまるごとソー〇ージ。一応言っとくが、パンだからな?
と、さっき甘草という言葉が出てきたので、昨日あいつの家で起こった出来事が頭に浮かんだ。
パンを口に加えて空いた手で携帯を開き、昨日『神』からきたメールを確認する。
呪い、絶対選択肢。真に信じられない言葉ばかり。どう考えても、ただの中二病にしか思えない。
本当だと言い張る甘草だが、あいつ自身意味不明だからどうも信用できないしな。
となると問題は、このメールの目的だ。あの時、なぜ甘草が俺を下僕にするなどとほざいた瞬間、『神』からメールが届いたのか。誰かの悪戯だとは思うが、どうも目的が分からない。
.....やはり、本当に神様からメールが.....?
「いやいやいや!」
そんなことあるはずない。そんな非現実的なことがあるものか。
俺はまるごとソー〇ージを口の中に詰め込み、そのメールを閉じた。
「.....学校行くか」
鞄を持ち、全ての電気を消したことを確認し家を後にした。
今日は雲一つない快晴だった。そのせいか、まだ春だというのに太陽がガンガン照りつけて少し暑い。
「あーだる」
独り言を呟きながら、俺は住宅街を歩いていった。
数十分間歩き続け、ようやく校門が姿を現す。
私立晴光学園、それが俺の通っている高校だ。一学年に十五もクラスがあるマンモス校で、敷地や校内がかなり広いのが特徴。おかげで移動教室のときとか、結構歩かないといけないので凄くめんどい。
校門前までくると、もう学生たちでいっぱいだった。ぜひ「人がゴミのようだ!」とかいって見たいとは思うが、それでは甘草みたいになりかねないのでやめておく。
そんなしょうもないことを考えながら校門をくぐると、ふと、前を歩く男女二人組が視界に入った。
男子の方は見たところ身長175センチぐらいで、少し俺よりか高いぐらい。なにやら大きめのカバンを肩にかけているし、おそらく運動部に所属にしているだろう。
それに比べ、隣を歩く女子は身長は140センチぐらいだった。横の男子の身長が高いせいか、よりいっそうその女子が小さく見える。
二人がカップルであることは見て分かったが、あまりに身長の差が歴然すぎて俺は少し笑ってしまいそうになっていた。後ろで「ククク」と笑うのを我慢している俺の姿は、周りから見れば不気味だったかもしれない。
「.....ん?」
だが、しばらくその女子を見ていると、俺の顔から笑みが消えていった。
女子の髪の色は赤に少し黄色を足したような感じで、一言でいうなら暁色。そんな髪をツインテールに束ね、堂々とした歩みで昇降口に向かっている。
後ろから見たその特徴だけで、俺がその女子が誰だか理解するには十分だった。
「.....はあ」
どう考えても、元カノだった。
まあ確かにもう別れたんだし、あいつが誰と付き合おうが俺には関係の無いことだ。
逆に、俺がどんな女子と付き合っていおうが、あいつが口出しする権利は無い。うん、間違ってない。
ただ一言いうなら.....その.....なんというか.....凄く腹立つな。
俺はお前と別れてから女子と喋る機会すらあまり無かったってのに、何でもう次の男見つけてんだよ。さっさと爆発しろ。
俺は歩みを速め、そいつらを一気に抜き去った。
午前中の授業が終わり、昼食の時間となった。
周りの奴らは購買に昼食を買いに行ったり、誰かと一緒に食べるために机を並べたりなどして騒いでいる。
そんな中、俺は一人黙々とパンを口に頬張っていた。
―――なぜ一人なのか? それは(まあ声をかけられないって理由もあるが)わざわざクラスメイトにそこまで関わる必要はないと思っているからだ。
そりゃあ確かに、クラスメイトが話しかけてきたら返事をするし、行事などでクラスが団結しなければならないときはそれを拒んだりはしない。
だが、クラスメイトはあくまでもクラスメイトであって、友達じゃない。
俺にとってクラスメイトは、一年間クラスを共にするだけのただの知り合いだ。距離が近すぎれば相手からは不快に思われるだろうし、離れすぎればクラスの輪から外される。
俺はただ、適度な距離を保ってクラスメイトを接しているだけだ。だから、クラスメイトとは一緒に食事をしない。それだけだ。
自分の意見を証明できて何か勝ち誇った気分になり、俺はドヤ顔を決めてしまっていた。そんなとき、クラス委員長(眼鏡美人)が教室に入ってきて、たまたま目が合ってしまう。
「.....くすっ」
笑われた。確かに引かれるよりかはましだが、死ぬほど恥ずかしかった。穴があったら入りたいというのはまさにこのことだろう。
ってか、今気付いたんだが.....
「俺、まるでどっかのぼっち主人公見たいじゃん.....」
なんか、余計にテンションが下がってしまった俺だった。
気を取り直して、俺は食事を再開する。
ちなみに食べているのはまるごとソー〇ージ。
またかと、思うかもしれないが、生憎俺は三度の飯よりまるごとソー〇ージが好きなのだ。神龍に願いを言うのであれば、まるごとソー〇ージ一生分くださいっていうぐらい。
ほんと、世の中のパンはこれ一つに統一すべきだと思う。
一つ目を食べ終え、二つ目のまるごとソー〇ージを鞄から取り出す。
このパッケージを眺めているだけでうっかりにやけそうになるが、さっきのこともあるのでなんとか我慢する。
慎重に袋を開け、両手でしっかりとパンを持つ。そして、ゆっくりと一口目を頬張ろうとした、そのときだった。
【選べ ①教卓の上で仰向けになり『リンチを受けている最中の豚』の泣き真似十回 ②全身に荒縄を巻いた大子さん(裸体)が出現、同じ恰好をし、公開ボンレスハムプレイ】
.....は? なんだこれ.....まったく意味が分からない。
しかも、これは誰かが俺に口で言ったとか、そんなんじゃない。直接脳内に浮かび上がった、という感じだろうか。
目を閉じても、耳を塞いでも、何をしても脳内からこれが消えることはなかった。以前として脳内に残り続けるこの存在に、俺の顔はだんだんと血の気がひいていった。
(.....まさか、①か②のどちらかを選ばないと消えないってのか?)
嘘だろ..... こんなんどっちを選ぼうが、教室全員から冷ややかな目線を浴びるに決まってる。しかもこの出来事がきっかけで、もしかしたら俺は『お断り5』に選ばれてしまうかもしれない。
そんなの、俺は絶対ごめんだ! 俺には後二年も平和な学園生活が残ってる。こんなところでそれを全部失わせてたまるものか!
(誰が俺の脳内に語りかけているかは知らないが、俺は絶対どちらも選ばない! だから、諦めてさっさと俺の脳内から消え去れ!)
脳内で必死に抗議したが、それが消えることはなかった。
しかも、最悪なことにな五感とは違うこの存在は、俺をこの上なく気持ち悪くさせていた。車酔いとか、そんなんとはまったく比べ物にならない。気持ち悪すぎて死ぬ、といっても過言ではなかった。
(くそっ.....気分が悪い.....死にそうだ.....
やるしかないのか.....俺は.....学園生活を犠牲にして、やるしかないのか.....)
この気持ち悪さに耐えるのにも、そろそろ限界だった。そして、俺は決断した。
―――死んだら、学園生活もクソもないか。
なんとか俺は椅子から立ち上がる。ふらつきながらも、目的地に向かって真っ直ぐ突き進んでいく。たどり着いたその場所に鎮座しているのは、まぎれもなく教卓だった。
不思議そうに、クラスの何人かが俺に目を向けている。
「はあ.....はあ.....」
いまにも意識がぶっ飛びそうなのを何とか堪える。大量の汗を手で拭い、覚悟を決めた。
俺は素早く、教卓の上に仰向けになる。そして―――
「ぶひいいいいっ」
『リンチを受けている最中の豚』の鳴き真似を全力でやった。
.....分かってる、分かってるさ! 教室の皆が俺に痛い奴を見ているような視線を送っていることぐらい!
だが、それでもしなくちゃならない。今俺ができるのは、前に進むことだけなのだから。
あと九回! それだけやればこの気持ち悪さからか―――
「.....南雲。すまないが、そこをどいてくれ」
その声に、俺の思考は完全に停止した。
ゆっくりと目を開けると、反対に移る甘草の顔があった。
声すらも上げることも出来ずに、俺は言われるがままに教卓から降ろされる。
甘草は俺をどかせた後、今度は自身が教卓の上に仰向けになる。そして、こう言った。
「ぶひいいいいっ」
この昼休み、二年一組に二匹も豚がいるということで、ちょっとした騒ぎとなった。
6時間目終了のチャイムが鳴り響き、ようやく長い長い学校が終わる。
周りの人間が次々と教室を後にする中、俺はある奴の席に向かって歩いていた。
「.....甘草、お前にちょっと話があるんだが、いいか?」
「ああ。ちょうど俺も話そうと思っていたところだし」
俺たちは素早く教室の隅へ移動。周りからひそひそ声が聞こえている気がするが、気にしたら負けだ。
「一応聞くけど.....話って、昼休みのことだよな?」
「そうだよ.....」
今日の昼休みの出来事は、俺の記憶に黒歴史として刻まれてしまった。もう思い出したくもないのだが、甘草にはいろいろと確認しなければならないことがあった。
昼休み何が起きたかを振り返りつつ、俺は本題に入る。
「今日、昼休み。突然俺の脳内に二つの選択肢が浮かび、選択を強要された。確か、豚の鳴き真似をするかなんか.....いや、今は内容についてはどうでもいい。重要なのは、これの正体だ。
甘草、これが何か心当たりあるか?」
「ああ.....それは『絶対選択肢』だ。俺に掛けられた呪いだよ」
やはりか.....
昨日の夜の話を思い出しながら、俺は話を進める。
「昨日のお前の話によれば、『絶対選択肢』は神がお前にかけた呪いで、その内容は突如脳に出現し最低の内容である二つの選択肢を強要するというもの。もし選ばなければ脳が破裂しそうなぐらいの激痛に襲われる、間違いないか?」
「それで合ってるけど.....話、意外としっかり聞いてたんだな」
失礼だな! 俺は寝ながら聞いてたよ。
.....まあそれは置いといて、甘草の言う『絶対選択肢』が本当だと分かったことで、それ以外に甘草の言っていたことが全て嘘ではないことが分かる。
ここで、あの『神』から来たメールに繋がるわけだ。
俺はポケットから携帯を取り出し、例のメールを甘草に見せる。
「このメールを送った差出人は、やはり神なのか?」
「俺が昨日『絶対選択肢』で選んだから、間違いないはずだ。だから、内容も正しいと思う」
「まじか.....」
衝撃の真実だな、ほんと。この世界に神がいるとか、アニメの話だけだと思っていたんだが.....
まあ、それも考えるのは後でいい。一番問題なのは、これじゃない。
さっきよりも真剣に、甘草に尋ねる。
「つまり、今日昼休みにお前の脳内に『絶対選択肢』が出現した。なのに、俺の脳内にもそれが出現したわけは、このメールの内容通り『神』が俺に甘草の選択肢が見えるように処置をしたから。そういうことか?」
「俺はそう思うけど?」
これらのことから、導き出される結論は.....
「つまり、俺は豚の鳴き真似をする必要はなかったってことか?」
「.....そう、なるな」
その一言を聞いた瞬間、俺はその場に崩れ落ちた。
なんだよ.....俺がどんな気持ちで豚の鳴き真似をやったことか.....ふざけんなよ.....
「絶対選択肢についてしっかり教えなかった俺も悪かったからさ、だから泣くなよ.....」
「.....泣いてねえよ」
俺は手で素早く目を擦った。
くそったれが.....もし『神』に出会ったときは、倍にして返してやる。
神への逆襲を心に決め、俺はゆっくり立ち上がった。そのとき、俺達を黙って見つめている一人の女子生徒の姿が目に入る。
「あら、そこで何こそこそと話しているのかしら。ザ・ぶたっちのお二人さん?」
「「どっかの双子芸人みたいなあだ名つけてんじゃねえよ!」」
おお、まさか甘草とツッコミがかぶるとは.....ってか、そんなことはどうでもいい。
くそう、雪平め。容赦なく俺のトラウマをほじくり返してきやがる。しかも、しばらくはこのネタで弄り倒してくるだろうし.....学校行くの止めようかな?
「でも、二人とも豚の鳴き真似ほとんど一緒だったよ? ま、甘っちがそんなことすることは知ってたけど、南雲っちもするとわねー。
まさかそんな才能があったとは.....見直したよっ、南雲っち!」
何かいきなり会話に入ってきて、遊王子に絶賛された。でも、俺遊王子と話すの初めてなのに、いきなり「南雲っち」って呼び方、何か距離近すぎないか?
突然話しかけられて戸惑っている俺を見て、遊王子は手をポンと鳴らした。
「そういえば、南雲っちとは初絡みだったね。初めまして、あたしは遊王子謳歌。特技はドロップキックです。よろしくねっ!」
「現役女子高校生のくせに、特技がドロップキックってどんなんだよ.....」
甘草のツッコミを受けて軽く笑いながら、遊王子は俺に向け手を差し出す。
「ああ....よろしく。南雲昴だ」
此方も軽く自己紹介しつつ、俺は遊王子の手を握った。彼女の手はすべすべしてて、とても柔らかかった。ずっと握っていたいと思った俺は、やはり変態なんだろうか。
俺の希望など感じ取るわけもなく、すっと手を離した遊王子はこう言った。
「そだ! せっかく南雲っちも友達になったことだし、今日は皆で一緒に帰ろうよ! いいでしょ? 甘っち、ふらのっち」
「俺はまったく問題ないが....」
「まあ、たまにはこの社会のゴミと帰るのも悪くないわね」
社会のゴミって、俺か甘草かどっちのことだ? 俺的にはこれ結構重要なんだが....
「じゃ、そうと決まれば帰るぞー! 野郎共ー!」
「早く行くわよ、ゲス豚共」
そう言って、雪平と遊王子はさっさと教室を出て行ってしまった。教室に取り残された俺と甘草は互いに顔を見合わせる。
「.....帰ろう、南雲」
「.....そうだな」
互いに少し苦笑いしながら、俺たちも教室を後にした。
今日は俺にとって、最悪な一日であったことは間違いない。昼休みの一件は、クラスメイトからの俺の評価を激しく下げたことだろう。もしかしたら、彼らの中では俺も『お断り5』の一員だと思われているかもしれない。
でも、たとえそうだったとしても、『お断り5』の三人と距離が縮まったことが決して嫌だったとは、言い切れなかった。