――迷宮区塔内部は薄暗いから、アーメットを外して視界を確保したほうが良い。
適当に言ったわりには、かなり説得力がある助言――我ながら関心した。
最初は怯えながら、胸の辺りをちょこんと突いてみたりしていたのだが、
「せあああ―――っ!」
塔の半分を過ぎた頃から、次第に豪快な突き技が決まるようになってきた。
「やりました、シグレさん!」
――うん。
「出来ました、シグレさん!」
――はい。
「今のはどうですか? シグレさん」
――大丈夫。
「今の感じ、良かったですよね? シグレさん」
――いい感じ。
ひとつ何かをするたびに、素敵な笑顔をこちらに見せるリーテン。
この幸せな時間が、いつまでも続けばいいと心の底から思って――ないよね?
俺の背後から無言の圧力をかけてくる不機嫌なミトの眼差しは、常時その類の感情の発生を抑制し続けている。
「もうすぐボス部屋だ。最後、頑張ろう……な?」
「…………」
無視すんなよ。怖えから。
「わああ!! ――凄いですね!」
縦貫階段を上りきるとガシャガシャと音を鳴らしてリーテンは駆け出す。
「……凄いかな?」
背後から聞こえた小さな疑問に答えようと、
「まあ、あんまり変わっていない気もするな……でも一緒に来れて良かった」
ミトの前に俺はそっと右手を差し出した。
多少のとまどいを見せたものの、
「ありがとう」
その呟きが耳に届くと同時に、柔らかな感触が伝わった。
「そろそろ暗くなるから、今日はこのくらいで引き上げようか……」
「分かりました!」
「…………」
最初は 《トレント・サプリング》 の騙し打ちに驚きすぎて、タンブルやファンブルを繰り返していたリーテンも、対処法が分かると次々に伐採――レベルもひとつ上がり、その瞬間はとても嬉しそうな表情を見せてくれた。
ちなみにミトは久々の 《死神モード》 ――その圧巻の剣技に俺もリーテンも、ただ閉口するばかりだった。
第三層主街区・ズムフト――
「見晴らし、いいね」
「ああ、その為にわざわざあんな段数、上ってきたわけだから」
「何それ、オヤジ臭い」
ミトは窓に近づいて夜景を眺めながら笑った。
「ところで、あの子、これからどうするつもりなの?」
くるりと振り返って、だらしなくソファに横になっている俺に問う。
「うーん……とりあえずトレント狩りに慣れてきたら、単発のクエとかこなして……誰かに相談する」
「そう。誰か、って誰?」
ミトは対面のソファに座るとウインドウを操作しながら、
「攻略を目指すなら、青か緑になるわけでしょ?」
俺は、ライム水の瓶を受け取ると小さく頭を下げて、
「どうも…………まあ、そうなるよな。でもなあ……コスプレか、もしくはあの軍団だぜ? 究極の選択にも程があるよなあ」
「あの大きいアックスの人のところは?」
「いや、あそこはオッサン限定だから。あの子に平均年齢を下げてもらっても、別に意味ないしなあ……」
「かといって、詐欺グループも引き下がったわけじゃない? もう残ってないよ」
「そこが問題なんだよ、ミト。現状あまりにも選択肢――最前線の攻略に加わる為には門戸が狭すぎるんだよ」
「でも、普通MMORPGってそういうものでしょ? トッププレイヤーなんて氷山の一角でしかないし……」
――おいおい、自分の発言でへこむなよ。
俺はひとつ溜息をついて、大きく伸びをする。
「まあ……どうにかなるっしょ。アルゴにも相談してみるしさ。都合よくリーテンに合いそうなパーティーがあればいいんだけどな」
小さく頷くとミトは急に立ち上がって、ウインドウを操作する――ちらちら横目で俺を見ながら、
「ところでシグレ、あなた、そこで寝る気なの?」
――はっ?
その俺の反応に、がっくりとうなだれた瞬間、シュパッと白いマントが消える。
「……すんません。まじで何も考えていませんでした。すいません……です」
【オマエ、船ドースル気ダ?】
【ただのりにきまってんだろ】
「せあああ――――っ!」
正中線を目掛けて迫り来るロングメイスを小さく後方に跳んで回避する。
「それっ、――――」
リーテンの腕が伸びきった瞬間、俺は屈曲した膝を一気に解放して剣尖を鋭く加速させた。
「わわっ!?」
アーメットとスチールアーマーの隙間に剣身を滑り込ませると、反射的に仰け反ったリーテンの膝裏を軽くキック。
「うわあ――っ!」
ガチャンっと大きな音を立てて後ろに転倒すると首筋目掛けてサーフェス・スティンガーを一閃――しなかった。
「うん、残念でした」
俺は剣を背中の鞘に戻すとリーテンの右腕を掴んで引き起こす。
「いたた……ありがとうございます」
何故か照れくさそうに笑っているリーテンに、
「デュエル、PvPの場合は今みたいに間合いを相手に読みきられちゃうと苦しいから、基本技のバリエーションをどんどん増やしていかないとね」
「はいっ、分かりました!! 次、お願いします!」
……根性あるし負けん気強いなあ、この子。ネズハとは大違いだな……まあ、あいつも意思が固かったけど。
「よし! じゃあ、もう、」
「おいっスー! 連れてきたぞ」
「わあっ!?」
唐突に背後から現れた鼠と馬鹿に驚くリーテン。
「お、早かったな……って、誰だ、そいつは?」
「なんじゃ、おまえ! たった数日でわいの顔忘れたんかい、このボケが!」
「うるせえなバカ! ヒトサマに覚えてもらえるような人間らしい顔してねえんだよ、てめえは!」
「なんじゃと、こらあぁ――!!」
「なんだ、やんのか、てめえ――!」
と、ひとしきり盛り上がったところでアルゴがひとこと。
「そんなワケでリーちゃん、この頼りになるリーダーのギルドに入る気、あるかナ?」
俺とキバオウは同時にリーテンの顔を見た。
「ちょっとだけ……考える時間、いただいてもいいですか?」
その言葉を聞いて、俺は真顔に優しさをにじませて微笑む。
「そうだよな、リッちゃん。よく考えてから決めていいんだぞ」
「ああ、急ぎはせんから、よく考えてからにせい」
……珍しいな。好みなのかな?
「あれ? 随分と違うなあ。やっぱキバちゃんも女子には優しい感じ?」
「やかましいんじゃ! おどれを誘ったのは哀れみからじゃ、アホが!」
「んだとごらぁ! てめえがマヌケだから下っ端、嫌々助けてやってんだぞ、カスリーダー!」
「なんじゃと、おどれぇ――!!」
「なんだ、やんのか、ごらあ――!」
不毛な争いを続ける俺達の周囲から、あっという間に女子達は姿を消した。
キバオウが帰った直後、俺はアルゴに 【他の話せる奴で頼む】 切実なメッセージを飛ばした。
(終わり)
今回は感情の波に筆 (指?)をのせて綴ってみました。
しかし、リッちゃんをタンブルさせてしまったのは心苦しい……
オコタンの前にリーダーを登場させた理由は、本日の思いつきでございます。
では、次回もお願い致します。