命の量は残り半分。
すでに手持ちのポーションは尽きた。
……しまったな。今更だが。
ついでのレベリング――それが迂闊だった。明らかに判断を誤った。
思いのほか簡単に 《胚珠》 を入手出来て舞い上がったのだろう。
欲に目が眩んだ行動――それが死因になるとは、我ながら愚か、と思う。
反射的に飛散する腐食液を左に跳んで回避。踏み込んで接合部に剣尖を突き刺す。
反転し鋭い先端を交わすとダッシュ。眼前のリトルネペントの攻撃モーションを睨みつける。
――間に合うか?
瞬間、ブーストされたモーション、刹那、エフェクト光が剣身を染める。
「――っ」
手ごたえは充分だ。しかし硬直がもどかしい。
背後に迫るもう一体のリトルネペント。
――今だ。
左足を限界まで曲げると一気に地を蹴る。
「おりゃっ――――」
限界を超えた跳躍――振りかぶると同時に振り下ろされる閃光。
キンッという硬質の音が耳に届くと同時に地面に当たった剣先が弾け飛ぶ。
――ツキがないな。今更だが。
唇をかみ締める。その間も思考は止まらない。
硬直が終わると必死で後方に跳んだ。
ウインドウを操作する指が震える。それとは裏腹に笑う口元。
――楽しいゲームだ。まったく。
俺の命を奪おうと躍らせながら迫り来る二匹のリトルネペント。
右手に新たな剣が現れると、安堵からか自然と笑みが浮かぶ。
抜き身を下げたまま、吐き捨てるように呟いた。
「さあ、殺してやるよ」
何も変わらない青空。
そよ風に揺れる草原を飛び交う羽虫。それを掴む。
握った拳から僅かに漏れ出す光の粒。
あの世界を離れて二週間――まだ、生きている。だが、明日は分からない。
「――おい、こんな所で寝るなよ。危ないだろ」
頭の先の方から注意を受けた。
「ああ、そうだな。でも、気持ち良いから」
俺は相変わらず仰向けに寝転んだままで、わざとらしく瞼を閉じてから答える。
「まあ……こんなところで寝る馬鹿は、お前くらいだろうから……素通りしても良かったけどな」
「心配してくれるなんて、優しいね。ついでにフィールドボス、倒してきてくれないか?」
ふっという冷めた笑い声のあとに、どすんと俺の横に倒れる。
「それは……まだ無理だな」
「意外だな……キリトなら無謀にチャレンジしてくれると思ったんだけど」
「お前、先に他人にやらせて、その後、楽に倒そうって思ってるだろ?」
「いや、……確実に、って思ってる」
「最低だな……」
小さく笑う。風が運ぶ。
俺が欠伸と共に大きく伸びをすると、
「シグレ、これから何処か行くのか?」
寝転んだままキリトが尋ねる。
「ああ、そろそろお気に入りを入手しようと思ってさ」
半分ほど片目を開けると、キリトは、
「気をつけろよ。宝箱の中身、結構変わっているらしい」
最悪の変更――茅場晶彦はどれだけ俺達を殺したいのやら。
「ああ、分かった。お前はどうするんだ?」
「ホルンカに行くよ。こいつを強化したいからさ」
背中のアニールブレードを指差す。
「そうか。じゃあ、俺は行くよ」
立ち上がって衣服についた草を払いながら、
「そういえば、サイズ使いのミトって覚えてるか?」
一瞬、眉間に皺を寄せるが、すぐに大きく目を見開くと、
「ああ! いたな、そんな奴」
俺はわざとらしく口角を上げてから、キリトの顔に目を落として、
「あいつな、可愛い女の子だったぞ。笑えるだろ?」
「……嘘だろ? あいつが?」
「本当に酷いよな、茅場」
残念ながら、変わらなかった。
一見すると浮島。だが頂上に続く細く切り立った岩だらけの道はβテスト同様、洞窟を踏破するとあっさり出現した。
しかもPOPするモンスターは特段強化されたわけでもなく、深追いしなければ難なく回避出来るものばかりだった。
二時間ほど進んで頂上に辿りつくと――先客。
四人のプレイヤーが宝箱の前に立ち尽くしていた。
――相談中、といったところか。
俺は背後から声を掛けた。
「すいません。開けないなら、俺が開けてもいいですか?」
怪訝な表情を向ける男達。
「いや、あんた。コイツの中身がトラップだったら……俺達は巻き込まれたくないぜ」
……まあ、それはそうだ。
「だったら、下がってから開けるから。俺の仲間が下で待っているから、急いでるんで」
舌打ちを残して踵を返す男達。
――もし戻ってきたら、オレンジ覚悟だな。
彼らの後姿が消えると同時に背中の鞘から剣を引き抜く。
緊張――背筋に悪寒が走る。
「えいっ」
……良かった。
何事も無く終了した。
俺はすぐさまウインドウを開き、懐かしい黒に近い茶色のレザーコートを装備する。
もと来た道を戻ろうと、勢いよく振り返った。
「あっ! オマエ、それ、開けちゃったのカ……」
フードを被った小柄なプレイヤーが、いつの間にか立っていた。
「ああ、悪いけど」
「オマエ、勇敢だナー。トラップ多発で死亡者続出してるのにサ……」
「そうなのか。まあ、どうせ死ぬから……」
自暴自棄な発言に、にたにた笑いながら、
「そうカ。オマエ、βテスターだろ? ……ま、命は大切にナ」
ホルンカに戻る途中、再びキリトと遭遇。
俺の姿を見つけるなり、いきなり目を逸らす。
「おい、何だよそれ」
心境が読み取れない複雑な表情を浮かべながら、
「いや、ちょっとな……」
「何だよ、それ。気持ち悪いな……」
キリトは申し訳なさそうに、こめかみを掻きながら、
「変な女の子、助けちゃって……」
「へえ……で、その子は?」
「……置いてきた。マップとポーション」
――馬鹿だ、こいつ。がっかりだ。
(終わり)
カッコいい名前が思いつきませんでした……
ちなみに、それほどレアではない普通のレザーコートです。
シグレくんはアルゴの名前、まだ知りません。
では、次回もお願いいたします。