SAO ‐Gravity‐   作:たかてつ

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004 第一層 Part4

幾度となく繰り出したソードスキル。ようやく拡散した鮮やかな光の断片。

 

予想よりも長く続いた緊張状態から解放されると、無意識に俺の足は光ある方へ身体を運ぶ。

 

「もう、疲れたよ」

 

薄暗い迷宮区――誰一人いない回廊に、ぼやきの声は響き渡った。

 

 

 

小鳥のさえずりが生命の尊さを伝える。

 

穏やかな風が、一時の安らぎを与える。

 

けして安全とは言えない圏外ではあるのだが、先刻まで潜り込んでいた黒々とそびえ立つあの迷宮区塔に比べれば、ここは楽園なのかもしれない。

 

大げさでもないじゃないか――そう表現しても間違いではないだろう。

 

何故なら、真っ赤な天使がいる。

 

俺の目の前に、穏やかに眠るスタイルの良い天使が、落ちていた。

 

「なあ、キリト……キリトさん。俺、こういうの、流石に良くないと思うんだよね……犯罪にもいろいろあるけどさ、誘拐、じゃない、略取はちょっと……引くな」

 

立派な大木の根元に腰を下ろしたキリトはがっくりとうなだれたまま、

 

「そう言うと思ったよ……シグレ、大変だったんだぜ。ここまで持ってくるの……」

 

 

 

 

恐る恐る赤いフードの隙間から、美しくあれ――嫌でもそう願ってしまう御顔を拝見すると……残念ながら記憶にあった顔だった。

 

「キリト、俺、こいつ知ってる」

 

その瞬間、はっとして抱えていたアニールブレードが、ぐらっと倒れそうになる。慌ててそれを掴むとキリトは勢いよく立ちあがり、

 

「本当か!? 誰なんだ、こいつ?」

 

――何だよ、その反応。

 

にやっと笑いながら首を捻って俺は、

 

「あれ? ひょっとして、気になるの?」

 

明らかに嫌そうに目を細めたキリト。

 

俺は立ち上がって、 「悪い、冗談だ」 と微笑みながら歩み寄る。

 

「別に……こいつなんだよ。前に助けた人」

 

「ああ、前に言っていた女の子なのか、こいつが……いや、ミトと一緒にいたんだよ。初日に」

 

「そうか。だったらメッセージを、」

 

「いや、ちょっとそれは待ったほうがいいかも。何かあったっぽいから……目を覚ましたら、こいつに直接聞いてみろよ」

 

目を伏せながら小さく頷き、 「そうだな」 キリトは彼女に視線を向けた。

 

「あ、でも、お前がキスしないと、ふっ、起きないかもしれないぜ。くっ、ふふ」

 

我ながら酷い冗談に途中で笑みが零れる。

 

キリトは、 「ぉ、お前が試せよ」 と赤面してそっぽを向いた。 

 

「じゃあ、俺は会議までもうひと頑張りしてくるよ。また後で」

 

華奢な肩をぽんと叩いて背中を向ける。

 

「ああ、また後でな……」 

 

 

 

 

目測で約三メートル――およそ背丈の倍。

 

開放的とは言えない迷宮区の一室で硬そうなゴーレムに次々と斬りかかる勇敢なプレイヤーの群れ。

 

――お邪魔します。

 

「とっ――――」

 

彼らの背後から跳躍――そのまま空中でモーションを起こす。

 

鮮やかな発光の刹那、 《ホリゾンタル》 の一閃。

 

「なんやワレっ! ……またオマエか」

 

すっかり顔なじみになってしまったキバオウが邪魔臭そうに、俺の背中を睨みつける。

 

「苦戦してるみたいだから、加勢してあげるよ」

 

「余計なお世話じゃ、このアホ! どうせ横取りしに来たんやろが!」

 

図星である……まあ、誰でも分かるだろう。

 

次の瞬間、長すぎる腕の先端が俺の頭上を襲う。

 

「危ぶねっ、」

 

すっと頭頂部をかすめた瞬間、後方に大きく踏んで巨体から距離をとった。

 

「だから、下がっとけ、アホ!」

 

――うるせえなあ、キバちゃん。

 

俺は横目で尖った頭を睨みながらも、視界の端で長槍の先端が直撃した瞬間を見逃さなかった。

 

「貰った――――」

 

脇目も振らず突進――ホリゾンタル。

 

広すぎる背中に鮮やかな青い線が描かれると、急激にカーソルは減少し、ゴーレムは硬質の破砕音と同時に散り散りになった。

 

軽やかなファンファーレを背に、笑顔でウインドウを操作しながら、明らかに不機嫌そうな一団へ俺はいやらしく質問をする。

 

「お疲れ様、キバちゃん。ところでさ、サイズ使いの女の子、この中で見なかった?」

 

 

 

 

時折POPするモンスターを払い除けながら奥へ進むと、二十分ほどで探し人は見つかった。

 

しばらく高速で回転し続けた 《アイアンサイズ》 が、ようやく落ち着きを取り戻した瞬間、

 

「おーい! 元おっさん。今のはオーバーキルすぎるだろ……サイコキラーとでも、呼ばれたいのか?」

 

ぎっと一瞬だけ睨んで俯く。

 

「悪い……なあ、お前と一緒にいた女の子、あれからどうなった?」

 

単刀直入過ぎるが、それが狙いだ。

 

無言でアイアンサイズを肩に担ぐと、ミトはさらに迷宮区の奥へ向かう。

 

……これは、かなりめんどくさいことになっていそうだな。

 

俺はウインドウを開いてメッセージを入力しながら、消えそうなミトの背中に、

 

「おーい! 四時からだからな。その前に死んだら意味無いからな!」

 

その呼びかけに一切反応を示さず、ミトは歩みを速めた。

 

【分かった】

 

キリトからの短い返信を読み終えると、 「待ってるから……来いよ」 俺は彼女に背を向けた。

 

 

 

 

そこそこ豪勢な夕食を奢っても痛くない程度に稼ぐと、俺は迷宮区の出口を目指した。

 

再び塔の外に出て、辺りを見渡すが二人の姿は無い。

 

――もう行ったのか。

 

「トールバーナに向かったゾ」

 

横から聞こえた声の主に視線を向けず、

 

「そうか。それは無料で頼む」

 

ニシシと笑う 《情報屋》 は、珍しく 「いらねえヨ」 と一言。

 

「それよりアルゴ、あの女は何者なんだ? キリトの話では迷宮区に数日間こもっていたとか……自殺志願者じゃあるまいし、ああ見えて大馬鹿野郎なのか?」

 

「おいおい、そこまでサービスは出来ないゾ。それより、シグレ。オマエもあの子が気になるのカ?」

 

いやらしく笑うアルゴ。

 

当然そんな情報に金を払う気なんて皆無ゆえに、

 

「いいや。どちらかといえば、お前の方が好みだよ、アルゴ」

 

凄腕な鼠娘にそんな軽口を真顔でぶつけてみた。

 

「にゃハハハ! シグレ、茅場に貰った手鏡で自分の額を見てみろヨ。タダで情報ゲットって書いてあるゾ!」

 

図星だが、暇つぶしのつもりでさらに続ける。

 

「え、まじか!? 絶壁少女好きって書いてあるはずだが、」

 

ずがっと尻にキックが入る。回避不可能の神速だった。

 

――おいおい、オレンジぎりぎりだぜ、アルゴちゃん。

 

「死ね」

 

その時、初めて彼女の口からまともなイントネーションが飛び出した。

 

「……すんません」

 

俺が深々と頭を下げると、しゅたたたっとアルゴは駆け出した。

 

「おーい! 嘘だから。それなりだから、アルゴ!」

 

一瞬もの凄く睨むが、即座に笑顔に変わると、

 

「了解! 偽情報には気をつけろヨ!」

 

……背筋を冷たいものが激走すると、俺の表情筋は一瞬にして凍りついた。

 

このゲームではひとつの情報が生死を分ける。

 

もう二度とアルゴに戯言は言うまい――そう強く思った。

 

気づけば、太陽は明らかに角度を変えている。

 

……いよいよだな。

 

俺は約束の場所に向けて、足を踏み出す。

 

 

 

 

(終わり)




副題は 《天使と絶壁》 でございます。
すいません、お好きな方々。ごめんなさい。

では次回もお願いいたします。
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