ガールズバンドに振り回される日常 作:レイハントン
第32話 聖地
花咲川高校 教室
放課後。今日はバイトがない。他にも用事はない。つまり……自由だ。しかし、こう言う時に限って何かと邪魔が入るのがお決まりのパターン。
まずは周りの確認だ。智樹は帰りのホームルームが終わると同時に部活へと向かった。涼子はバイト。混ぜるな危険コンビも来ない。山梨先生はクラスメイトとケーキバイキングだのスイーツの話をしている。……本当にスイーツとか好きだよな、あの先生。
今日は大丈夫そうだ。久しぶりに予定がない日になりそうでよかった。
帰り支度を終えて、教室を後にした。
「この前のゲーセンでいいか?」
「もちろん。リベンジマッチだ」
「ほとんど点差なかったと思うけど……」
廊下に出ると、大輝、憐歌、葵刃の珍しい3人組が話しているようだ。リベンジマッチとか言っていたが、いったいなんのリベンジなのだろうか。
「おーす、夕。今帰りか?」
「そうだが。何の話をしていたんだ?」
「憐歌とのエアホッケーのリベンジマッチの話だよ。後少しのところで負けちゃってね」
「2、3点の差だったけど」
「それでも負けは負けだよ」
エアホッケーでそこまで熱くなれるんだな。体を動かすのが得意な葵刃が負けるとは……。ゲームというジャンルに置いてはやはり憐歌の方が強いんだな。反射神経の差だったりするのだろうか。
「この2人戦い見てると異次元過ぎておもしれーぞ」
「見物客が寄ってくるやつだな」
「夕君も一緒にどうかな?」
非常に面白そうだが、何もない日はそうそうあるわけではないからな。今回は遠慮させてもらおう。
「悪いな。今日は家でゆっくりしたい気分なんだ」
「そっか〜。なら仕方ないね」
「じゃあまた今度な」
「ボク達は行くね」
なんていい奴らなんだ。智紀たちはこれでもかと食い下がってくるのに。
3人と別れて学校を後にした。
花咲川女子学園 校門
結局どこに行くわけでもなく、真っ直ぐ帰宅することを選んだ。羽沢珈琲店にでも寄ろうかと思ったが、なんだか今日知り合いが居そうな予感がしてな。
帰りの時間帯だからか花女の生徒が多い。すごく当たり前のことなんだが。前は母さんが校門付近で生徒を見送ってたな。俺は毎回見つからないようにコソコソ通っていたけど。親とはいえ、外で何か注意されるのは恥ずかしいものがある。
「やっぱり夕先輩だ!」
……聞こえない聞こえない。香澄の声なんて。
「遠くからよくわかったね、香澄ちゃん」
「ヘッドホン首にかけてるの先輩くらいだからな」
りみと市ヶ谷さんの声まで聞こえる……。あれから上手くやっているようで何よりだ。仲直りもしたようだな。
「冷たそうな雰囲気でわからない?」
「なんかそれわかるかも」
今度は花園さんの声まで聞こえる。というより、ここまで来たら逃げる事は出来ないか。
一旦立ち止まって後ろに振り返った。
「後ろでコソコソ話してどうした?」
「あはは〜。夕先輩を見かけたので」
苦笑いを浮かべる香澄にではなく、後ろに居る花園さんに視線を向けた。
「結局、君も香澄に捕まったんだな」
「家庭科の補修の時には捕まりました」
「なるほど。そう言えば、みんな揃ってどっか行くのか?」
4人でバンドでも組んだのだろうか。市ヶ谷さんだけ頑なに組むとは言ってなかったような気もするが。素直じゃないからな。
「そうだった! SPACE行くんですけど、夕先輩もどうですか?」
「俺は遠慮し───」
「行きましょう、先輩」
なぜか市ヶ谷さんからの熱い視線。これは……そうか。
「特に用事もないしな。構わない」
「わぁーい! じゃあ行きましょう!」
結局こうなってしまうのが俺の人生なんだな。まぁ……いいか。
SPACEまでの道のりを歩く中、香澄、りみ、花園さんの3人は楽しそうに会話をしている。その後ろを歩く俺と市ヶ谷さんの間には何ひとつ会話はない。というより、言い出しづらいんだろう。
「四六時中香澄と居るのは疲れるか?」
「あー……まぁ、そうですね」
キッパリと疲れるって言わないあたり、あまり嫌ではないんだろう。俺も最初は同じ気持ちだったし。過ごしているうちにニンゲン変わってくるもんだ。
「悪い奴ではない。もう少し考えてから行動してほしいところだが」
「めっちゃわかります。いつもいつも考えなしで行動するところ、なおしてほしいですよ」
「そのうち良くなると思う」
「本当ですか?」
「 1年も一緒に居たんだ。それくらいわかる」
あーだこーだ言うのは。心配しているからなんだろうな。いつの間にか引きこもりも改善されて、学校に行くようにもなっているように見えるし。友達という存在はとても大きい。俺にとっての智紀や涼子。その他の友達。市ヶ谷さんにとっては香澄やりみ、花園さんと言ったところか。山吹とはどうなんだろうな。
「本当は無理にでも断ることも出来たが、今日は来てよかったと思う」
「それなら家でゴロゴロしてる方が良くないですか?」
「可愛い後輩の顔を見れたから問題はない」
「あー香澄のこと───」
「市ヶ谷さん含めて全員だ」
ふと視界の端から市ヶ谷さんが消えてしまった。一旦立ち止まり振り返ると、なぜかその場で俯いて立ち止まってしまっていた。
「どうした?」
「い、いえ。なんでも…ないです」
「なら、いいんだが」
落とし物でもしたんだろうか。
「(先輩にとって……私も後輩なんだ。それに可愛いって。いやいや! 可愛いってそう言う意味の可愛いじゃねぇだろ。しっかりしろ、私!)」
遠くを眺めて待っていると、いつの間にか追い抜かれていた。歩いていたことに全く気づかなかったんだが。
SPACE 店内
俺は忘れていた。戸山香澄という人間の人間性を。あらかじめどんな用事か聞いておくべきだった……。
「バイト?」
「はい!」
困った様子の凛々子さんに全く迷いのない表情で返事を返す香澄。
「みんなそう…?」
「いえ……」
「みんなでやろうよー!」
「ざけんなよテメー!」
「わ、私はお母さんたちに聞かないと……」
まるでコントだな……。こうなることをまるで予想出来なかった。ただ単にライブを見に行くだけと思っていた、俺がバカだった。
「いや、本当にすいません……」
謝ると今1番来てほしくない人の声が聞こえてきた。
「準備中だ。関係者以外出ろ」
「げっ……」
「だそうだ。早く出るぞ」
オーナーの目が怖いんだよな……。前に言っただろ? みたいな表情浮かべてるし。
「こんにちは」
「オーナー! バイトさせてください!」
りみが挨拶をすると、唐突に香澄が口を開いた。どれだけバイトしたいんだ?
「そんな時間あんのかい?」
「え?」
まさかのひと蹴りで終わり。言葉の意味としてはわかる。確かにそんな時間はない気がするな。
「花園。仕事だ」
「はい」
「夕。言いたいことがわかるね?」
「オーナーの言わんとしてる事はわかります。本当にすいません。後で言っておくので」
それだけ言ってとりあえず外へと出た。全く悪びれる気もない香澄の背中を眺めていると、すいません……と市ヶ谷さんの声が聞こえてきた。
いいんだ……いいんだが。そろそろ出禁か? 俺は。
外に出ると、ボード近くにある車止めの上に座る香澄と市ヶ谷さん。2人の前に俺とりみが立った。
「全くお前は……」
「えへへ〜すいません」
「香澄、少しは先輩の苦労も考えろよな」
「いいんだ。もう慣れた」
心配してくれて居るんだろうな。ありがたいことだが、諦めたから大丈夫だ。
少しすると着替えてきた花園さんが外へと現れた。恐らく今日出演するバンドを表のボードに書きにきたんだろう。
ボードの前にしゃがんでメモを見ながら今日出演バンドの名前を書き始める。
「ダメか〜」
「いきなりなんなんだよ」
「こればっかりは市ヶ谷さんの言うとおりだ」
「SPACEのこと。もっとわかるかなーって思って」
「そうだったんだ」
確かにバイトをしたらわかるかもしれない。だが、手順てものがあることを、香澄には理解してほしい。
「なんで聖地なの?」
「聖地は聖地だよ」
「なるほど」
「全然わかんないんですけど……」
俺も全くの同意見なんだが? 聖地か……確か。
「えっと……」
なぜ聖地と呼ばれているのか思い出していると、全員がりみに注目した。
「SPACEはガールズバンドのために作られた場所なんだ。オーナーはツアーとかもやるバンドのギターで。ライブハウスの怖くて危なそうってイメージを壊したくて30年前に作ったの。でも……」
そうだ。だいぶ最初に聞いた話で、忘れていたが思い出した。
結局あまり人気は出なかった。
危ないとか怖いとか、それ以前の問題だったんだ。演奏しても大した盛り上がりはなく。拍手もまばら。ライブって感じは全くなかったらしい。まぁそれを黙って見ているような人じゃないからな。自分がステージに上がって演奏して。周りを焚きつけた。
1人話を思い出していると、ちょうど話が終わりの頃だったらしい。
「それからオーナーはオーディションって形でバンドの熱意を見てるの」
「こえ〜」
「実際近くで見るとそう思うな。オーナーは容赦ないから」
今までどれだけのバンドが落とされてきたことか。でもその分、技術や熱意を認められたバンドだってたくさん居る。それを何度も見てきた。
「かっこいい!」
「カッコいい! よく知ってるね。りみ」
「えっと……お姉ちゃんに聞いたの」
俺もゆり先輩から聞いたような……。凛々子さんから聞いたような……。もしかしたらどっちからも聞いた気がしてきた。
「お姉ちゃんってグリグリのゆりさん?」
「うん。お姉ちゃんたちもファーストライブはここって決めてた」
「それで有言実行な所がすごいと思う」
今思えば俺が入った時はオーディションに毎回受かっていたからな。他のバンドと出ているからこそ、その凄さがわかる。本当に楽しそうに弾いているし。
「凛々子さん達も先輩のこと、褒めてましたよ? 覚えが早いし、周りをよく見てるって」
「それは初耳だ」
「お姉ちゃんも同じこと言ってました」
「それも初耳だが、覚えないと後が怖かったからな」
俺がそう言うと、確かにと市ヶ谷さんが共感してくれた。彼女にとって苦手な部類に入る人なんだろうな。その気持ちはわかる。
SPACE ライブ会場
あれから数時間後。SPACEで見るライブはこれで何回目だろうか。というか、初めてグリグリが出ないライブを見た気がする。それでもあっという間だった。
他のお客さんが全員出てから、俺たちも会場を出た。
「ありがとうございました」
「はぁ〜楽しかった〜! 鳥肌立っちゃった!」
「私も!」
りみに同感する花園さん。ライブハウスでバイトをしているとこういう時ほど、楽しい瞬間はない。ライブのたびにチケットを取らなくても見ることが出来るんだからな。
視界の端で俯いている香澄に声をかける市ヶ谷さん。すると。
「おい、香澄」
「すごかった」
「え?」
「指すごい動いてた!」
「いまさら?」
確かにいまさらと思うところもあるだろう。だが、実際に自分で演奏してからわかることもたくさんあるはずだ。香澄は今それを感じていると思う。
「みんな軽そうに弾いてたから! でも違った。前はわかんなかったけど、おたえの言ってた意味。ちょっとはわかった!」
「そこに気づけただけでも、今日の収穫はあったな」
「はい!」
元気よくそう答えると、ステージの方に視線を向けた。香澄の表情は本当にキラキラと輝いて見える。迷いは一切感じられない。
「やっぱりここでライブしたい! すっごく大変だと思うけど。私もここでキラキラドキドキしたい!」
「うん!」
「言うと思った」
少しおバカな所もある。だが一度やると言ったことは最後までやり通す信念を同時に持っているのが戸山香澄という人間だ。一緒に居た1年、それを間近で見てきた。
「おたえのこと、ドキドキさせるねっ!」
笑顔で花園さんにそう告げる。というかそういう趣旨だったんだな。
「おたえドキドキ作戦会議〜。ライブどうしよう」
「いきなりだな……」
「どこでする?」
「ここは?」
「ダメ」
即答だな……まぁ無理もないか。ここでライブをするにはいろいろ足りないものがたくさんある。何より今は技術が必要だな。
ライブ会場から外に移動してきた俺たち。まだどこでライブを行うのか話し合っている。どれもこれも実現可能な案は出てこない。ライブハウス以外だと、あまり場所の案は出てこないものなんだな。
「音楽室は部活で使ってるよね」
「ありさんちは?」
「あ〜蔵?」
「うちかよ……!」
「うん!」
今もっとも確実性のある場所だが……。来る人数によっては少し窮屈になるかもな。ライブをする環境としては整い過ぎているくらい防音性に優れているが。
「もう少し他にないか、考えてみるのはどうだ? 蔵は最終手段───」
そこまで言いかけた直後。少し黙って考えていた花園さんが口を開いた。
「蔵でライブ。……クライブ」
「「「は?」」」
思わず3人の声が重なった。そしてすぐに理解したんだろう。香澄が同調し始めた。
「クライブ! クライブ!」
「おい!」
りみが2人のやり取りを見て笑っている。どうやら蔵でライブをすることは確定事項らしい。俺の言いかけたことはどうやら聞こえていなかったのか、忘れられてしまったようだ。
「よーし! クライブ頑張るぞー!」
「おー!」
「おーいー!」
「もうここまで来たら諦めるしかない」
そう言って市ヶ谷さんの肩に手を置く。1度決めたら動かないのが香澄だからな。
「おたえまたね!」
「香澄ちゃん?!」
「私の許可を取れー! 香澄ー!」
走って行く3人の背中をじっと見つめる。
ライブ……か。ついこの前ギターを弾き始めたと思ったのにな。時の流れは早いものだ。俺は………。
「先輩? どうかしました?」
「いや。なんでもない。帰り、気をつけろよ」
それだけ言い残して香澄たちの後を追った。