ガールズバンドに振り回される日常   作:レイハントン

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第37話 雨上がりの空

第37話 雨上がりの空

 

 羽沢珈琲店

 

 午前のバイトを終えた俺は羽沢珈琲店に1人で訪れていた。いつものようにお茶をしに来た。というわけでもないんだ。

 

 この後は用事を終えた紘翔と遊ぶ約束をしている。その時間潰しってところだな。家に帰っても良かったんだが、今日は誰も居ないと踏んで訪れた。Roselia、アフグロは練習。香澄たちもおそらく蔵で練習をしているはず。

 

 今日こそはゆっくりコーヒーを飲もうと思ったんだが……。なぜか俺は日菜と同じバンドの白鷺千聖とお茶をしている。この際1人でゆっくりお茶をするのはもう諦めた方が良さそうだ。

 

 なぜかニコニコ笑顔を浮かべている。ものすごく怖い。

 

「本当に表情1つ変わらないんですね」

「え、まぁ……。それよりも、なんでわざわざ相席にしたんですか?」

 

 そう言って素直に答えてくれるんだろうか。別に素直に答えてくれなさそうと思っているわけではない。そんな雰囲気を感じるだけだ。

 

「息抜きにでもと思って来たんですけど、ちょうど見かけたので」

「息抜きならなおさら……」

「聞きたいことがあって…ダメでしたか?」

「いや、構いませんけど」

 

 意外と素直だったことに少し驚きつつ、思い浮かぶのは日菜が何かしでかしてないかということだけ。その前に、俺と日菜が幼なじみだということを知っているのか? 言っていてもおかしくはないんだが。

 

「旭日陽子先生の息子さんでいいんですよね?」

「……そのことですか」

 

 この人も母さんのことを知っているのか。

 

「亡くなられてしまって本当に残念です。陽子先生にはとても良くしてもらいました」

「そう……ですか。ならよかったです」

 

 芸能人の生徒が居るという話は聞いていた。それがこの白鷺千聖ということまでは覚えてはいなかったが。こう何度も知っている生徒に会うんだったらもう少し真面目に話を聞いていればよかったと何度も思う。

 

「同じ年…ですよね? お互い敬語はなしで話しませんか?」

「まぁ、いいですけど。出会って間もないのにいいんですか?」

「はい。話はよく聞いてましたよ」

 

 いろいろ知ってますよと言いたげな表情を浮かべている。こう言った知っているのか、知らないのかわからない人が1番苦手だ。違う形で自分を偽っているような感じがする人が。

 

「じゃあ遠慮なく。日菜は迷惑かけてないか?」

「日菜ちゃん? どういう関係なのかしら?」

「幼なじみ。小さい頃からの」

「そうなのね。少し空気を読むのが苦手…みたいだけど、今は大丈夫よ」

 

 本人が居て楽しいと言っていたあたり。そうなんだろうな。どこに居ても変わらず自分を貫き通せるところは素直にすごいとは思う。まぁ……周りの人間が理解ある人ばかりだから問題が起きないんだろう。

 

「昔から勘が鋭かったりするのかしら?」

「勘……? そう……だな。鋭い方かもな」

 

 この前日菜が話していたことか。別の選択肢を探していると言っていた。日菜が勘付いていることをわかっている。

 

 この話は伏せておくか。知ったらきっと直接聞いてしまうだろうし。それよりも、俺には聞きたい事がある。

 

「1つ聞きたい。努力について、なぜそう思う?」

 

 かなり抽象的で理解しずらいことを言ったと思う。主語もないしな。我ながら酷いと思うが、彼女ならわかってくれると思った。

 

「………努力は悪いことじゃないわ。むしろ、することが前提だから、誇れるものでもないと思っている」

 

 この人も同じなんだろう。

 

 紗夜や丸山たちと同じ部類の人間。

 

「もし、努力だけを信じて進んだとして、うまくいかなかったら? その先、何を信じて進んでいけばいいのかしら?」

 

 白鷺千聖の言葉はどこか重みを感じた。確かに言っていることは痛い程わかる。努力の先が必ずしもゴールとは限らない。むしろ、努力の先に辿り着く場所がスタート地点のことがほとんど。

 

「………旭日君はどう思うのかしら?」

 

 努力の先の答えはたぶん同じなんだろう。だが、俺が今気にしているのはそこではない。

 

「同じだと思った」

 

 そう言ってからコーヒーを一口飲んだ。一瞬の沈黙がその場を支配する。

 

「同じ思いなのね。よかっ───」

「だけど」

 

 言葉を遮るように言ってから白鷺を見る。

 

「俺の答えはまた別だ。伝える前に聞かせてほしい。君はいったいなんだ?」

「どういう……意味かしら?」

 

 もう少し説明が必要だな。

 

「同じ仲間ではないのか?」

「同じ…仲間?」

 

 すると黙り込んでしまった。キツイ言い方をしたわけじゃないんだが。少し遠回し過ぎたか。

 

 数秒の沈黙があっても答えは出てこなかった。

 

「君のいる世界は仲間が…とか言っていられるような場所じゃないことはわかっているつもりだ。……だからこそ、せっかく出会えた仲間をもう少し見てあげてもいいと思う」

 

 すぐに返答が返ってくる様子はない。せっかく息抜きに来たのに申し訳ないことをしてしまった。……それでも。これだけは話しておきたかったんだ。

 

「息抜きを台無しにして悪かったな」

 

 コーヒー1杯だけしか飲んでないが、とりあえず1000円だけテーブルに置いて俺は羽沢珈琲店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の朝。

 

 今日起こしに来たのは日菜だった。遅刻しない程度には早く起きることが出来たな。と、思いながら普通に日菜の前で着替えている。

 

「チケットは売れてるのか?」

「んーあんまりかな」

「……無理もないか」

 

 チケットの手売りを始めて今日で3日くらい経つらしい。だが売れ行きはあんまりらしく、その上酷い言葉も浴びせられる始末。事情を知っている者からすると気分のいい情報ではない。さらに幼なじみともあればな。

 

「それと最近千聖ちゃんの様子が少しおかしいんだよねー」

「そうなのか?」

「うん。迷ってるって感じ」

 

 まさか羽沢珈琲店で話したことをまだ引きずって……。そうだとしても、少しは考えていい事だと思う。なんだろうな。あの人なら自分で必ず答えを見つけると思うんだ。

 

「大丈夫だろう。白鷺なら」

「ん? うん。なんか知ってるって感じの言い方だね」

「前に羽沢珈琲店で相席してな」

「あーだから、千聖ちゃん迷ってるんだね」

「俺が何か言ったとはまだ言ってないんだが?」

 

 制服をとりあえずの形で着た俺はそんなことを言いながら腕時計を付ける。

 

 そういえば紘翔は今日は日直で早く行くって言ってたな。日菜のことを紹介するいい機会だと思ったが、仕方ない。

 

「知ってるのに何も言わないとは思えないからねー」

「今回の場合は白鷺から話を振ってきたんだ」

「そっか。まぁ大丈夫だよ。きっと」

「どこから湧いてくるんだか」

 

 そっと日菜の頭に手を置いて部屋を後にした。

 

「(前は笑ったんだけどな……。全然笑ってくれないや)」

 

 そんな思いに気づくことすら。俺は出来なかった。

 

 

 

 

 

 駅前

 

 日菜と話してから数日が経った頃。

 

 今日はとうとう書くスペースが無くなってしまったノートを買い替えるために紘翔と駅前のショッピングモールへと立ち寄ってきた。

 

「ノート書く意味なんてあるのか?」

「それは書いてから言ってくれないかい?」

「書く意味を見出せないから書いてないんだ」

「せめて授業くらいはちゃんと聞きなよ」

 

 用事も済んだしとっとと帰りたいんだが……。ちょうど駅の前に来たら、もれなく通り雨に捕まってしまった。傘はない。さてどうしたものか……。

 

 そう考えていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「チケット….….いかがですか?!」

 

 ノートを買い替える為が目的だが、別の目的として俺はこれを見に来た。実際にチケットを手売りしているところをな。

 

「あれって……」

「手売りしてるんだ。自分たちを知ってもらうためにな」

 

 日菜たちは流石に切り上げたのだろう。こんな土砂降りの中でも丸山は1人続けている。それほど次のライブにかける思いが強いのだろう。

 

 すると紘翔の視線が丸山ではなく、別の方へと向いた。おそらくは……。

 

「どうして……あそこまでするのかしら」

「時代は手売りだからか?」

 

 雨宿りしていると、話しかけてきたのはやはり白鷺千聖だった。手伝いに来たという感じは全くしない。むしろ止める気満々で来たんだろうな。無駄なことはやめろって。

 

「止めてやるな」

「なぜ? こんなことをしても無駄だと思う」

 

 他にもっといい考えがあるのだろう。白鷺の言う、確かな道が。それは文字通り"確実な道"で前に進むことが出来る素晴らしい道だとは思う。

 

 白鷺の質問に返答を返していなかったな。お互い連絡先を知っているわけでもないし、かと言ってわざわざ連絡を取ることでもない。

 

 今ここで返答をしようか。

 

「努力はして当たり前。だけど必ず報われるわけじゃない。痛いほど白鷺の言うことはわかる。この目で見てきたから」

 

 脳裏に思い浮かぶのは日々努力を積み重ねている人の姿。どれだけ努力を積み重ねても、あっという間に追い抜いていく影。それでも、めげずに立ち上がる姿を何度見てきた。

 

 ある人は毎日欠かさずギターの練習を積み重ねた。

 

 またある人は泥だらけになりながらも真っ直ぐボールを追いかけていた。

 

 またある人は来る日も来る日も研究して、実験して失敗の繰り返しをしていた。

 

「できないことなんて本人が1番わかってると思う。努力を積み重ねることでしか見つけられなかった。それ以外なにもないと思い込んで。そんな奴がどんな困難に直面しても簡単に諦めると思うか?」

 

 俺が見てきた丸山彩という人間も紗夜と同じだ。同じだからこそ……こうして近くに居る人間が放っておけなかったんだろう。そうであってほしい。

 

「確かな道も大事だ。その道の先はきっと成功だろう。でも……進んでいる間の経験も大事だと思う。どれだけうちのめされても。心折られても。それも1つの経験だから」

 

 ある人が言っていた。

 

『経験ほど自分を成長させるものはない。それが失敗だろうが成功だろうが。結局自分の身に起きないと人は成長しないんだよ』

 

 愚直に己の信念を貫いて進むことも一種の経験。必ず自分のためになる。それが成功に確実に結びつくわけではないというのが、残酷なところだが。

 

「だから聞きたかった。今の白鷺千聖はなんなのか。1個人の人間か。それとも…Pastel*Palettesのメンバーか」

「私は……」

「仲間なら、他の道も示してあげられる。この業界を歩き続けてきた……白鷺千聖にしかできないことだと。俺はそう思う」

 

 返答を返すと、少しの間考えこむ。そして───何も言わずに白鷺は丸山の元へと歩いて行った。

 

 道を示すのはとても難しい。幾度となく俺は経験してきたが、やっぱり間違うことの方が多い。教えたことも正しいかなんてわからない。それでも……多少なりとも、その人のためになるのなら。俺は嬉しい。

 

「本当に……すごいと思う」

「急にどうした?」

 

 チケットを配る2人を眺めながら返事を返した。

 

「普段の言動からはとても思い付かないようなことを言う。その言葉は自分の意志があって、とても重い」

「買い被りすぎだ。ただ俺は丸山彩がどういう人間か教えただけさ」

 

 そうだ………まだ逆転の目はある。ネットというのは良くも悪くも広がるのが早いからな。上手くいけば……いいや。あんな姿を見て上手くいかない方があり得ないな。

 

 2人が手売りしている姿を何枚か写真を撮ってSNSへと捨て垢を作ってあげた。

 

「写真なんか撮ってどうするの?」

「ネットに上げる。今の2人なら大丈夫だろう」

 

 そう言って俺は駅にあるコンビニの方へと向かった。

 

「今度はどこ行くのさ」

「傘買ってくる」

 

 通り雨なのはわかっているが、とっとと帰りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道

 

 あれからすっかり雨がやんで暗くなった頃。おそらく学校の置き傘になるのであろう買った傘を持ちながら、紘翔と2人で歩いていた。

 

 あの後すぐに解散して1人で夜ご飯を食べに行く予定だったが、紘翔が着いてきてくれた。いつもは1人だから少し新鮮な気分だったな。

 

「結局すぐやんじゃったね」

「こういう時もあるさ。置き傘にもすればいい」

 

 家にはいったい何本の傘があっただろう。そのうち学校に持っていかないと溢れそうだ。まぁ学校に置いておいてもそのうち無くなってるんだが。あるよな。置き傘取られる時。

 

「夕くんはパスパレのライブ行くの?」

「ああ。前回は前日にチケット渡してきたからな。今回は早めに催促した」

「そっか。僕も気になるし、チケット買ってみようかな」

「後で日菜に頼んでおく」

「本当? ありがとう」

 

 今更1人2人増えたところで問題ないだろう………たぶん。あとは頼まれたことを日菜が忘れないことを祈るばかりだ。……こうして考えると幼なじみがアイドルっていうのも面白いな。

 

「やっぱりゆーくんだ!」

 

 噂をすればなんとやら。突然現れたのはどうやら日菜のようだ。

 

「今帰りか?」

「うん! そっちの人は友達?」

「そうだ。ちょうどいい時に来てくれた。こっちは友達の───」

「あーっ! 前に生徒手帳拾ってくれた人だよね?」

 

 人の言葉を遮ったと思ったら、俺を押し退けて紘翔に近づいていった。そんな距離の詰めかたをしたら誰だって引いてしまう。日菜はもっと人との接しかたをだな。

 

「覚えててくれたんだね。君が氷川日菜さん?」

 

 俺は時折、紘翔が恐ろしく感じることがある。余程変な距離の詰めかたをされなければ、基本笑顔で接するからだ。今はまさにその状態。

 

「うん! えっと……」

「僕は南雲紘翔。話は夕くんから聞いてるよ」

「そうなの? あたしはゆーくんから聞いてないんだけどな〜」

「いつもパスパレの話ばっかりするからだろ?」

「そーだっけ?」

 

 そうなんだよ。これでもかってくらいパスパレの話、自身のことばかり話している。楽しくて話したくなるのはわかるが、そういう言い方はよくないと思う。

 

 なんて考えてると、2人は仲良さげに話し始めていた。

 

 どうしてだろう。前から……一緒に居たような感覚がある。ずっと前からこの3人……いや。4人? 違う……5人で居たような。

 

 時折こういう上手く説明出来ない不思議な感覚がある。気になるはずなのに……ふとした出来事ですぐに忘れてしまう。

 

 後1人は……誰だ?

 

「今度ひろくんのチケット持ってくるね」

 

 ん? 待て。

 

「ありがとう」

「距離感バグってるのか? いきなりそんな呼び方」

「大丈夫だよ。気にしないし」

「だってさ」

「ならいいが」

 

 ここまで来るとどっちがすごいのかよくわからんな。まぁ2人がいいなら特に口を出すこともないだろう。

 

 

 

 

 

 家までの帰り道。

 

 俺は2人が楽しげに話す背中を眺めていた。

 

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