ガールズバンドに振り回される日常 作:レイハントン
第39話 ハッピーラッキー
羽沢珈琲店
放課後。
特に用事もない俺は羽沢珈琲店で珍しくゆっくりしていた。今日は1人になれると思ってパソコンとポケットWi-Fiを持参しているからな。とても有意義な時間を過ごせている。
今はハロー、ハッピーワールド!のライブについて振り返っている。いろんな意味を含めて忘れることが出来ないライブだったからな。
本番30前の楽屋で参加者が居るか紘翔とダブルチェックをしている時。セットリストが間違っていたり、ギターの弦が切れたりと参加者側が大変だったという事態に。
そんなことになれば当然不安な気持ちが伝染する。もちろんハロハピも例外ではない。
松原と北沢が揃って緊張して。瀬田は人前でやるような行為ではない緊張のほぐし方をしようとしていたな。
確か………鼻の穴を大きく広げて、ガニ股で…とかなんとか。舞台とはまた大きく違っているし、緊張も無理もない。あの紘翔が本当に大丈夫か俺に確認してくるくらいは大変だったな。
そしていつの間にか居た真希那さん含めた黒服の人たちが、ミッシェル(おそらく鋼太さんが改造した特別使用)を持ってきて、奥沢が着替えて。このミッシェルの登場が意外にも周りを含めて緊張をほぐしたらしい。本当になにがトリガーになるのかわからないと思った瞬間だ。
俺はライブが始まるまで知らなかった。これがまだ序の口だということを。
始まってみれば不思議なことが起り、ある意味度肝を抜かれた。ちゃんとライブでの禁止行為を説明したか不安にさせるほど、弦巻こころという人間の行動は十分すぎた。
開始1分も経たないうちに客席へとダイブ。あの時程、天堂さんの鋭い視線が俺に刺さったことはなかった……。隣に居た紘翔も同様だったろうな。
だがハロー、ハッピーワールド!のライブは意外にもお客さんに好評だった。舞台袖からでもわかる程、どんどん笑顔に変わっていったのを今でも鮮明に覚えている。
そのライブに俺も救われたのは事実だ。好評だったからよかったものの、危うく怒られるところだった。ちゃんと説明はしたんだがな。こころの行動力の予測が不十分でこんなことに………。
最後に奥沢がすごい謝ってくれたが、そこは気持ちだけ受け取った。説明不足ということにして俺が注意を受けて終わらせた。
ライブというのは本当にいろんな形がある。それをよく思い知ったライブだった。
ハロハピのライブを一通り振り返り終わった直後。ドアの開く音とベルが聞こえてきた。お客さんがお店に入ってきたようだ。
「いらっしゃいませ。2名様でよろしいでしょうか」
「はい……。あの、そこ人と相席でお願いします。知り合いなので」
とてもとても嫌な予感。それに聞き覚えのある声だ。
「千聖ちゃんも旭日君と知り合いなの?」
「ええ。そうよ」
もう1人も聞き覚えのある声だ。というか松原と白鷺は友達だと言うことをすっかり忘れていた。
後ろに振り返ると、ニコニコ笑顔を浮かべている白鷺の姿がそこにはあった。ちょうどいいおもちゃを見つけたみたいな。
「突然相席とはどういう要件だ」
「特にないわ。そこに旭日くんが居ただけ」
俺の前に松原が座り、なぜか左隣に白鷺が座った。2人が隣で良くないか? と思うのは俺だけだろうか。そんなことはないはず。
「ご注文はお決まりになったら、お呼びください」
店員さんがこの場を後にしてからメニューを見始める2人をよそに、俺は無くなりかけのコーヒーを飲み干して受け皿に戻した。
「たまに羽丘の人と一緒よね」
「まぁな。勝手に相席してくるんだよ」
「ごめんね? 急に押しかけて」
「……構わない。特に何かをしていたわけでもないし」
ついさっきまでハロハピのライブについて考えていたんだが。感想については後で伝えるとしよう。
スペースを取ってしまうパソコンを一旦閉じてカバンへとしまった。
「旭日くんはコーヒー頼むのかしら?」
「そう…だな。頼む」
「花音、決まったら言ってちょうだい」
「うん」
流れるように一緒にお茶をすることになっているが、よくよく考えたら芸能人とお茶をすることに………。最近感覚がバグってきたな。
「それでね、もう何度もミッシェルは美咲ちゃんだって説明しているのに、こころちゃん達全然わからなくて。気の毒だなって思うけど、私つい笑っちゃって……」
あれから本当にお喋りをしながらお茶をしている。俺はただひたすら聞いているだけだが。
……さっきからずっと松原が1人話している状況だ。どこか楽しそうに話す彼女を見ていると、話を途中で切ってしまうのは申し訳ないと思う。
「って、ご、ごめん……っ。私、しゃべりすぎたよね! 千聖ちゃん、お仕事行く時間になっちゃった!?」
どうやらこの後仕事らしい。バイトとは違うだろうし大変なんだろう。
「ううん違うの。花音、あなた少し変わったわね。いつも私の話を聞いてくれてたけど……花音がこんなに自分の話をしてくれて、すごく嬉しい」
ここ最近は"変わった"という言葉をよく聞く。それぞれ何かしらの問題を抱えていて。それが浮き彫りになって。
変わったという点では白鷺も同様だ。
「私……変わった?」
「……ええ」
「え、へへっ。本当? じゃあやっぱり、バンドのおかげかも……っ!」
バンド……あのとんでも集団の中に入れば確かになにかしらは変わりそうだな……。といいつつも、そのとんでんも集団に入るよう背中を押したのは俺だな。
「ハッピー! ラッキー! スマイル! イエーイ!!」
「……ハッピー、ラッキー……?」
「スマイル…? イェーイ?」
なんだそれは。これは良い方向に変わっているのだろうか……。少し、いや。かなり不安になってきた。
「バンドの掛け声なんだっ。千聖ちゃんと旭日君も一緒にやる? ハッピー! ラッキー! スマイル! イエーイ!!」
「……え、遠慮させてもらうわ」
苦笑いを浮かべて断る横で俺は。
「右に同じくと言いたいが、やってもいいな」
「えっ……?!」
「冗談だ」
「表情1つ変えないで言うのを冗談とは受け取れないわよ……」
そこまで信頼関係がない中でのボケはまずかったようだ。
「私、お手洗い行ってくるね」
「ええ。行ってらっしゃい」
席を離れる松原を見送り、遠くを眺めるように視線を前に向けた。
「この前は悪かったな。仲良くもない奴からいろいろ言って」
「いいえ。私は話せてよかったと思っているわ」
てっきり何か言われるものだと思っていたから、返ってきた答えは少し意外なものだった。
「芸能人だと知ると変に気を使われたりするのよ。まるで腫れ物を扱うような……。中にはサイン目当ての子だって居たわ」
似ている。紘翔と。浮かべる表情も。声音も。白鷺千聖も1人の人間としてなかなか見てもらえなかったんだろう。普通の友達がただ……ほしいだけなのに。
「それでも旭日君は1人の人間として話してくれた。本当に似ていると思う。陽子先生に」
時折、自分の行いが正しいのか。わからなくなる。そもそもの問題、全ての行動が正しいのかなんてわからない。
それを決められる者なんていないと思ってる。物事によって多数が正しかったり、少数が正しい世界だったりする以上は。
「旭日君?」
「なんでもない。似ているという言葉だけで十分ありがたいと思っただけだ」
「そう。見かけによらずって言葉を付け忘れたわ」
「おい…と言いたいが、否定はしない」
くすくす笑う横でコーヒーをグッと飲み干し、静かに受け皿に乗せる。
俺の話はいいとして。さっきの話の続きを聞くとしよう。
「話を戻すが、白鷺もそうだったんだな」
「"も"? ってことは、旭日君もそうなのかしら?」
俺はまた違った意味でな。幼なじみ目当てに近寄ってくる奴らも中には居た。
「俺じゃなくて友達がな。親が元DiVAの人なんだ。南雲亜愛理さん」
「息子さんが居るとは聞いていたけど……まさか、あなたが友達とは」
「そっちの方がびっくりしたか?」
「冗談よ」
なんだその友達居たのかみたいな感じは。すごく多いわけではないが、それなりに友達はいる。昔よりはずっと多い。それに今は相棒だっている。
話していると松原が戻ってきたようだ。
「お待たせ。なに話してたの?」
「旭日君は友達が少ないって話よ」
「そんな話ではなかった。それに白鷺には言われたくないな」
「あら、私は多くの友人よりも親しい友達が居れば十分よ」
にこにこ笑いながら話しているが、本当にそこがしれないな。だが、言っていることはとても共感できる。俺も多くの友達を作ろうと思う人間ではなかったし。今は必然的に増えていってるだけであって………。
「そうだ。2人に聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
「母さんのことだ。どんな話をしたのか……どんな思い出があるのかを。聞きたい」
母さんの目線からじゃなく。話し相手の目線から写る母さんのことをもっと知りたい。
「長くなるわよ?」
「私も長くなっちゃうかも」
「構わない」
2人からはどんな話が聞けるんだろうな。
CiRCLE ロビー
次の日の放課後。
今日は割とめんどくさいコンビが揃っている。気がつけばロビーにいない海藤さん(今頃サボっているのか別の仕事をしているのだろう)。適当なことが大嫌いな鈴音(その居ない人に対して少しイライラ気味)。
働く人か働かない人を注意してくれるのは全然構わない。だがこの2人はそこがめんどくさいわけでないんだ。
「先程、海藤さんがスタジオの方に行きましたけど、戻ってくるの遅くないですか?」
「いつものことだ。そうイライラするな」
次行われるライブの詳細、その次のライブに出演してくれそうなバンドのリスト、そろそろ交換した方が良さそうな備品のリスト、他にも多数の資料を1つ1つ眺めながら答える。
「いつまでその資料見ているんですか?」
「誰にどんな仕事を振ろうか考えてるんだ。適当に振ると大変なのは俺だからな」
ミスした人の尻拭い。天堂さんからのお叱り。なぜまりなさんではないのかは不思議なところだが。あとは任せて狩場さんにも迷惑がかかってしまう。
「鈴音は基本真宗とセットな」
「なぜですか!? 意義ありです!」
本当に真宗と仲か悪いな。喧嘩するほどなんとやらではなくて、シンプルに仲が悪いのはどうしようもない。それでもセットなのは別の理由がある。
「文句を言うな。仕事が出来るからこそ真宗とセットなんだ。フォローを出来るのはお前しかいない」
「……わ、わかっていますよ。そのくらい」
結構簡単に言いくるめられるんだな。実は鈴音ユキという人物は褒めることで割と言うことを聞いてくれる。褒めて伸びるタイプだ。
「悪いんだが備品が置いてある所にいってこのリストのものがあるのか確認してきてもらえるか?」
「わかりました。受付は任せましたよ」
「そこは海藤さんに頼むさ」
気分が良いのか少しスキップ気味で歩いていく鈴音を見送ってから少しすると、海藤さんが戻ってきた。と、言うよりは戻ってこれたと言う方が正しい。
「いやー悪いね、夕君」
「今度はどこ行ってたんですか?」
「まりなさんの手伝い」
ここに鈴音が居たら今頃ぎゃーぎゃー騒いでいた頃だろうな。それがめんどくさくてロビーから離れてもらったわけだ。
「せめて俺に言ってからにしてください」
「夕君の方が後から入ったはずなのに最近は君の指示に従ってばかりだなって考えたらやるせなくてね」
「持ち場を離れるからかと。天堂さんもよく愚痴ってますよ?」
「奈菜さんが? これはいよいよマズイな」
6割冗談。4割本当ってところだな。愚痴ってはいたけれど、今度持ち場を離れたら1発グーを入れてやろうと言っていた。時には真実をそのまま伝えるよりも偽った方が良いこともある。
「そのうちグーパンチされそうだからちゃんとやろう」
残念ながらグーされそうですよ。
「よし、夕君。俺に仕事をくれないか?」
「じゃあロビーに居てください」
「同じ場所でじっとしているのが苦手な俺にかい?」
「グーパンチされたいんですか? それなら話は別ですが」
「わかったわかった」
とりあえず資料とワイヤレススピーカーを持ってロビーを後にした。
本当に大丈夫だろうか………。
時は流れて1時間以上が経過した頃。
結構前にお客さんがスタジオから出ていったので、そのスタジオへ海藤さんを向かわせたんだが……。やはりすぐには帰ってこない。本当にあの人はマイペースだ。そのうち戻って来るだろうしいいか。
「ということで、急遽1バンドだけ探せないかと」
「なるほどな。当てがあれば全然かまわないと思う」
なにやら天堂さんと狩場さんが話しながらロビーに訪れたようだ。
「ん、ちょうどいいところに」
「なんですか?」
「次のライブで1枠余ってしまってね」
「旭日に当てはないかと思ってな」
当てか……。割とあるんだがこういう時はどのバンドに声をかければいいんだろうか。無難にアフグロ……もありだが、ここは最近あっちこっちでライブをしているというあのバンドなんていいかもな。いろいろ心配な点はあるが盛り上がることは間違いなしだ。
「ハロー、ハッピーワールド! なんてどうですか?」
「旭日の口からそのバンド名が第一声で出てくるとは」
「最近いろんなところでライブをしているようですし、なにより盛り上がると思います」
「問題を起こさなければの話だがな」
「そこは祈るばかりですね」
まぁ祈ったところではある。あのこころがいい具合のライブなんてやる方が難しい。極端だがそこが良いところと鋼太さんと片瀬兄妹は言っていた。
「祈ったところでな気もするが良いと思う。何かあったら責任はオレが取ろう」
「なら決まりですね。旭日、オファーを頼む」
「それともしダメだった時の保険はちゃんと用意しておいてくれ」
「わかりました」
保健か……そこら辺はどうにかなるだろう。そうと決まれば早速聞いてみるとするか。
「海藤さんがそのうち戻ってくるので、俺はスタジオ行ってきます」
「わかった。ずいぶん戻りが遅いみたいだから締めておくか」
「程々に頼むぞ、天堂」
海藤さん。なんというか……その。頑張ってください。
2022/7/21追記
もうすぐギスドリも終わりです。
おそらく45話でバンドストーリー編が終わって、次はアニメ一期の話になりますね。
なかなかヒロインとの話はかけていませんが、そこは非日常でカバーしていこうと思います。
気がつけば全体のお話で49話も書いてるんですね笑 作者的にはこんなに長く続いているのはびっくりです笑