ガールズバンドに振り回される日常   作:レイハントン

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Poppin'party結成編
Episode1 過去


Episode1 過去

 

 とある休日。

 

 紗夜に叩き起こされるというイベントもない日だけあって、俺の朝は平和そのものだった。

 

 今日は暇つぶしを兼ねて買い物に出かけている。ちょうどインスタントのコーヒーもなくなったところだったしな。

 

 なんて考えながら歩いているともうすぐ駅に着くらしい。人が増えてきた。……できれば知り合いと会うのは避けたい。特に最近はめんどうごとに巻き込まれることが多いからな。

 

 俺はこの時……まだ気づいていなかった。

 

 過去にちゃんと向き合えていないことを。

 

 

 

 

 

 

─────☆

 

ショッピングモール 本屋

 

 ふと視界に入った本に目を奪われた夕は手にとってパラパラと中身を見ていく。時折ページをめくる手が止まったりしたが、最後のページまではそう時間はかからなかった。内容はミステリーのようで、ある人物が頭の中に浮かんでいた。

 

(紗夜が好きそうな本だな)

 

 元の位置に戻し、他にも気になるものがあるかもと店の奥へと足を運んだ。

 

 雑誌のコーナーで気になったのは音楽系のもの。手にとって中身を流し読みで見るのを何冊か繰り返したが特に欲しいと感じるとのはなかった。

 

 一通り雑誌のコーナーを周り終え、文庫本の方へと足を運ぼうとした直後。なんとなく気になったものが1つ。表紙にはモータースポーツ特集と書かれていた。

 

 母親の陽子がバイク好きということもあったのか、バイク関係の雑誌に時折紛れていたことをふと思い出し手にとった。途中で飽きたのかここ最近の雑誌ではなかった気もする。

 

(F1…F2…F3。F4まであるのか。レースと言ってもいろんな種類があるんだな)

 

 実はこういうレースを見に行ってみたいという思いがあったのかもしれない。

 

 雑誌を元の位置に戻して足を進めようとした直後。

 

「夕? 珍しいわね。あなたが本屋に居るなんて」

 

 誰かしらに会うとは思っていたが、氷川紗夜とは思っていなかった。休日の今日はギターの練習をしていると踏んでいたからだ。

 

「たまたまだ。紗夜の方こそ、今日はギターの練習をしてると思ってた」

「少し用事があったのよ。帰ったら練習するわ」

「そうか。じゃあ……」

 

 その場を立ち去ろうとしたが、そう簡単に厄介ごとから逃れることは出来ない。

 

「そういえば。今度数学の小テストがあると瀬名さんから聞いたのだけれど」

「……それがどうかしたのか?」

「今回は平均点を越えないと補修みたいね」

「平均点くらいなら───」

「65点…前回の点数。そして平均点は70点」

 

 意味はわかるわね? と言いたげなジト目。無言の圧力。多くは言わない。平均点くらいとれ。聞かなくてもわかっていた。

 

「前回は平均点が高かったんだ。まぁ…今回は勉強する」

 

(今回はって……相変わらずね)

 

 内心呆れているものの、ちゃんとやれば結果は出せることを知っている。そして見張っていないとやらないことも。嫌なことはとことん後回し。それが旭日夕という人間だ。

 

「なら私も一緒に居ても問題は…ないわね?」

「……別に構わないが」

 

(そう来たか。どうやら逃げ場ないようだな)

 

 争うすべはなく紗夜の要求を飲むしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ショッピングモール 文房具屋

 

「ごめんなさい。すぐに済ませるわ」

「わかった」

 

 トートバッグを受け取り、店内に入っていく紗夜の背中を見送った。中身はわからないがそこそこ重い。

 

 ポケットからスマホを取り出した。通知は割と溜まっていたらしく、連絡用のアプリを開いて確認しはじめた。どうやら久しぶりに友人と出かけた涼子からのようだ。メッセージと一緒に添えられているのはケーキや紅茶で、紘翔に向けられたもの。

 

『ここのカフェの紅茶たくさん種類あったよ!』

『シンプルにケーキうまそう」

『その色はアッサムかな? どれも美味しそうだね

『よくわかったねw』

『紅茶はたくさん見てきたから、なんとなくはわかるよ』

『夕の利きコーヒーみてぇだな!』

 

 会話は一旦途切れている。特に自分の返事待ちというわけでもないと思い、メッセージアプリを閉じた。

 

 スマホを片手に文房具店の方へと視線を向けると、片手を顎にあて真剣に選んでいる姿が映った。

 

 再びスマホに視線を落とそうとした直後。

 

「あ、あの……」

 

 

 

 過去は再び動き出す。

 

 

 

「旭日…君? だよね」

 

 その声を聞いたのはいつぶりだろう。すっかり片隅に追いやられていた記憶とは違う容姿に少しだけ戸惑った。

 

「上島…なのか?」

「覚えてくれてたんだ……」

 

 以前のような元気を感じられる声音ではなかったが、はっきりとわかった。帽子にマスク、上下は黒のジャージ姿だが紛れもない。視線の先には上島朱音、その本人が居る。

 

「……こんなことを言うのもなんだが。元気だったか?」

「うん。こうやって外に出られるくらいには……まだ怖いけど」

「そうか。ならよか───」

 

 言いかけた言葉をグッと堪えた。ハッキリとした表情まではわからないが、明らかに視線がこちらを向いていない。視線の先を追うために振り返る夕。

 

 わかりきっていたことだが、視線の先にはショッピングに来ている人しか見当たらない。ナイフを振り回す犯罪者がいるわけでもないはずなのに。

 

 いったい何に怯えているのだろうか。

 

 再び彼女の方へ視線を向けた時には、その場にはいなかった。まるで入れ替わったかのように、買い物帰りの紗夜の姿がそこにあった。

 

「さっき走って行ってしまった人は知り合い?」

「……そんなところだ」

 

 向こうがそう思っていてくれるなら、と毒付いている間に紗夜はその場にしゃがみ込んで紙らしきものを拾った。

 

「電話…番号? かしら。アドレスも書いてあったみたいだけど」

「書いてあった?」

 

 差し出された紙を受け取り見てみるとそこには滲んだ数字とアルファベットが書かれていた。

 

 今の一瞬で滲むわけがない。冷えたペットボトルを持っていたわけでも、手洗いの後でもないのだから。思い返せばずっと右手をポケットに入れていた気がする。

 

「滲んでてなにもわからないな……」

「連絡先よね? いったいどういう関係なのかしら」

 

 紗夜の問いに夕はすぐには答えなかった。数十秒の沈黙に察したのか再び口を開いた。

 

「なにかあったのね。今は話さなくても───」

「いや、紗夜には話しておきたい。場所を変えよう」

「無理はしなくていいのよ?」

「そうじゃない。前に進むためにも……必要なことだ」

 

 滲んだ文字が並ぶ紙をそっとショルダーバックのポケットに入れた。

 

(また会えるはずだ。きっと)

 

 

 

 

 

 

 

 

川沿いの道

 

 駅前のショッピングモールを後にした2人はその足でCiRCLE近くの川沿いの道へと訪れていた。

 

 夕の両手には嫌な顔をされながらCiRCLEのカフェで購入したコーヒー。その片方を紗夜に差し出すと、遠慮しがちで受け取ってくれた。

 

「どこから話すべきか……」

「あなたの友人関係を把握しているわけではないから、まずはどういう関係か聞かせてほしい」

「友達だ。最初はクラスで顔を合わせたら話す程度の仲だった」

 

 脳裏に浮かぶのは他愛もない話ばかり。朝のホームルームが始まるまでの間や授業の合間の休憩。

 

 ただのクラスメイトから、友達になったのはいつからだろう。彼女の友達が休みの際はお昼を一緒に食べるようになって。4人で出かけるようになったのは。

 

「次第に仲良くなって智樹達と一緒に出かけるようになった。高校1年の話だ」

「仲が良かったのね」

「今となっては……連絡先も知らないがな。何をしているのかも。なにも……知らない」

 

 ずっとそばで見てきた紗夜にはわかる。いつもと大差ない表情の中ある悲しみが。聞きたいことがいくつも頭の中に浮かんだが、それを1つ1つ聞く勇気はなかった。彼が再び口を開くまで待つしかできない。

 

「上島はいじめられてたんだ。俺たちの知らないところで」

「知らないって……そんなに陰湿だったの? そうでければ気づけるはずよね」

「今なら気づけた、は言い訳だな。紗夜の言うとおり陰湿だった。それに上島は俺たちの前じゃそんな素振りを一切見せなかった」

「暴力はなかった…で、いいのよね」

 

 紗夜の問いに彼は頷くことはなかった。無言は肯定。昔からそうだ。

 

 行き場のないやるせない感情が紗夜の中に傾れ込んでくる。詳細を聞いたわけでもないのにこうなのだから、彼は。いや、彼等はもっとやるせないだろう。

 

「正直な話をすると俺は詳細な内容を知らない。知る前に逃げ出したからだ」

「1ヶ月くらい連絡が取れなかった期間のこと?」

「そうだ。俺は母さんのことも、上島のことも救えなかった。……全てを投げ出して逃げたんだ」

 

 サラッと独白した内容に思わず、彼を二度見してしまった。おそらく誰にも話していない理由を自分に話してくれたのだ。

 

「少し待って。あなたは今、重要なことをサラッといわなかった?!」

「なぜそんなに慌ててるんだ?」

「今までずっと……話さなかったから。隠しておきたい事だと思ったのよ」

「紗夜ならいいと思った。ただそれだけだ」

 

 他意はない。そうだとわかっていても、嬉しいという感情が湧きあがってくる。なぜそう感じるのかまでは、紗夜自身わかっていない。もちろん”紗夜になら”と言った本人も。

 

 しばらくコーヒーを飲み続けるだけの無言が2人の間を支配した。時折吹き抜ける風が2人の髪や服を揺らす。

 

「次会えたら……ちゃんと話をしてみようと思う」

「それがいいと思うわ。私も見かけたら連絡しようと思う」

「ありがとな、紗夜」

 

 残り少ないコーヒーをグッと飲み干してから再び口を開いた。

 

「飲み終わったら帰るか」

「そうね」

 

 彼女が飲み終えるまでの間。夕はスマホをいじるわけでも、急かすわけでもなくなく。じっと遠くを見つめていた。

 

 いつからだろう。彼の隣がこんなにも……落ち着くようになったのは。

 

 妹を妬むようになったあの日から。Roseliaを結成した日から。一歩踏み出せた日から。

 

 どれも違う。

 

「暗くなる前に帰ろう」

 

 ちょうど飲み干して一息ついた頃。そんなことを言いった。そして、左手を差し出す。

 

「捨てて来る」

「コーヒー、ありがとう」

「気にするな。俺が飲みたかっただけだ」

 

 空になったカップを両手にカフェの方へと向かって行った。

 

(少しでも夕の役に立つことが出来れば)

 

 今まで助けられた恩を少しでも返せたら。そう思いながら川沿いの道を並んで歩いた。

 

 

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