ガールズバンドに振り回される日常 作:レイハントン
第46話 お使い
旭日家 リビング
朝。
短い休日はあっという間に過ぎ去り、今日も見事に叩き起こされていた。
「毎朝毎朝、寝坊ばっかりじゃない」
「努力はしている……」
そんな事を言いながら外の景色を眺めて朝ご飯のパンをかじる。朝から怒っていて疲れないんだろうか、と元凶である彼はふと思う。
「はぁー……座って食べることはできないの?」
「こうでもしないと朝ごはんは食べる気が起きない」
「だったらもっと早く起きることね」
「善処はする」
全く出来ていないことを考えると、そろそろ水でもかけられてもおかしくはない。実際は長い説教だろう。考えるだけで恐ろしい。
「遅刻しないようにするのよ」
「わかってる。気をつけてな」
「ええ。夕も」
ガラス越しに映る彼女の姿を眺めていると、ドアノブに手をかけたところで止まった。
「今年も吹祭の手伝い…? をするの?」
「母さんの代わりにな。出来ることは少ないとは思うが」
「そう………私のクラスも」
声が小さく最後の方、夕は聞き取れていなかった。
「なにか言ったか?」
「なんでもないわ。それじゃあ」
紗夜を見送ってからTシャツをベッドの上に脱ぎ捨て着替え始める。
(何か伝えたいことがあったんだろうか)
時折、最後の方まで言葉を聞き取れないことがある。聞き返しても決まって『なんでもない』と返してくる辺り、少し気にはなる。
じっくり考えることよりも行動に移したほうがいい。次はちゃんと聞こうという考えを頭の片隅に追いやった。
花咲川女子学園前の通り
旭日夕。高校1年生の頃。
放課後。今日はもれなく資料届けという名のお使いの日。帰り支度が遅かったのと、信号に全て引っかかった彼は、花女への到着時刻が大幅に遅れていた。
信号が変わるのを待っていると、彼の後ろを羽丘の生徒が通って行った。ふとそっちの方に視線を向けると、どうやら花女の友達を見つけて走ったらしい。よくよく見れば花女の生徒の片方はどこかで見覚えのある人物。
「途中でシュシュ買って行かない?」
「ライブでお揃いの付けたらよくね? って話してたの!」
「えー。スタジオの時間間に合うかー?」
「いいじゃん! 可愛いかも」
「じゃあダーシュッ!!」
(元気だな。最近の子は。と言っても俺の最近の子か)
よくよく考えてみれば書類の郵送を1生徒に任せてもいいのか。めんどくさいという思いもあるが、セキュリティ的な意味で大丈夫なのだろうかと思う夕である。書類をなくしてしまったらと考えると怖いものだ。
花咲川女子学園 校内
文句を心の中で済ませた彼は事務所で入館証を受け取り、職員室を目指していた。時折すれ違う花女の生徒達は特に驚くことはない。主な理由は1つ。花高の男子生徒も部活動や生徒会の仕事で来ていたりするから。特に剣道部や柔道部は出入りしている。
また1人。前から歩いてくる花女の生徒が。長い黒い髪。俯いているから顔は見えない。
距離が近づくにつれてなぜか左側に寄っていく。避けているのだろう。そして違った直後。何かを落とした気がして、地面に視線を向ける。
「さっきの子が落としたやつ……だよな」
そこにはハンカチが落ちていた。まだ居るかもしれないと歩いていった方へと視線を向けるが、すでに姿はない。
「そんなに怖かったか……?」
中には慣れていない子も居る。男子生徒が居ないから。そう言った理由で女子校に通っている子も多いだろう。
これは母親にでも渡しておけば解決する。ハンカチを拾って再び職員室までの道を歩き始めた。
花咲川女子学園 職員室
「失礼します」
ノックをしてから扉を開けて中へと入ると、ちょうど入り口の近くで母親と他の先生が話しいた。
「あら、夕」
「これ、いつもの」
「ありがとね」
その場で渡した封筒を開けて、さらっと中身を確認してくれた。どうやら大丈夫なようだ。
「相変わらず来るのが遅い」
「今日は運の悪いことに帰り支度が遅く、信号に全て引っかかった」
「そう。帰り支度が遅いあたり、来るのが億劫だったってこと?」
「正直に言うとそうなる」
呆れた表情を浮かべる母親の横で、何か話していたのであろう花女の先生は苦笑いを浮かべていた。
文句を言いつつ、必ず仕事は引き受けてくれるのはありがたいことだ。
「帰ったらちゃんと弁当箱出しておきなさい」
「はいはい」
「返事は1回」
「了解しました、母上殿。あ、それとこれ」
さっき拾ったハンカチの落とし物を差し出した。
「落とし物があったから拾った」
「あらそう。ありがとね」
「黒髪の大人しそうな子が落としてた。渡そうとしたらもう居なかったが」
「ん〜……なんとなくわかったから渡しておくわね」
「じゃあ俺は帰る」
後日、無事にハンカチは持ち主に返したという話を聞いた。
花咲川高校 教室
そして今。
夕は午前中の時授業を終えて昼休みを紘翔と共に過ごしていた。
小テストの結果をメッセージアプリで紗夜に報告し終え一息つく。平均点は出ていないが80点は越えたのでひとまず安心していいだろう。
「そういえばもうすぐ花女の文化祭じゃない?」
「今年も行く?」
「もちろん!」
彼等の近くを通りかかった女子生徒の話がふと聞こえてくる。
「今年こそは花女で彼女作るぞ!」
「お前そう言って連絡先書いた紙渡してたけど、風紀委員に注意されてたじゃん」
「思い出させないでくれよ〜……」
「厳しいよな〜花女は」
今度は少し離れた位置で話す男子生徒たちの会話。
教室では花女の文化祭。通称咲祭の話題で持ちきりらしい。交流が深いことを考えると頷ける話だ。
そして最後に聞こえてきた話は花女の風紀委員でもある紗夜のことだ。あまりに多かったからか、彼は去年散々愚痴られたことを頭の片隅で思い出していた。
「文化祭……夕くんは毎年行ってるの?」
「行ってるというより……連れて行かれると言った方が正しい」
自ら好んで足を運んだことはない。それでも2人といろんな屋台や出し物に並んだこと、母親と花女の軽音楽部のライブが彼の記憶に強く残っている。あの時の母親は誰よりも楽しんでいたということも。
「香澄からなにをやるかは決まってないけど来てくださいって誘われてるから行くんだが、紘翔はどうする?」
「僕も行くよ。それにしても……香澄ちゃんらしいね」
「やること決まってないって辺りがな」
せめてやることを決めてから呼んでほしいと思うがそう言っても聞いてはくれないだろう。
「夕〜! 助けてくれよ!」
「なんだ急に」
2人の元に訪れるなり机を叩くのは松風智樹だ。
「花女の文化祭午前中から行けねぇんだよ!」
「どうでもいい情報わざわざありがとう」
「午後からじゃダメなの?」
「どうせなら午前中から楽しみたいじゃんってはーなーし」
そんなことだろうとは思った。いつも騒がなくていいことで騒ぎ、反応がいちいち大袈裟なのが智樹の特徴と言ってもいい。
「1分1秒でも長く花女の子たちを目に焼き付けねば」
「お前は一度、首でもはねられたらいい。少しはマシな人間になれるぞ」
「物騒すぎる!!」
冗談で片付けるには少しだけ難しいかもしれない。裏を返せば花高に可愛い子はあまりいないという風に受け取る者も居るだろう。もちろんそんな意味としては言ってないのは、夕と紘翔にはわかっている。
「そうだ。生徒会の人が探してたぞ」
「そこは騒いで伝える所だろ」
「そのこころは」
「こういう時の生徒会は面倒ごとをついでに押しつけてくる」
「おいおい………」
今回の要件はもう予想がついていた。花女の文化祭が近い。ヒントはそれだけで十分だ。
手伝いをすること自体は構わないが、本来生徒会側で処理をしないといけないことを毎度押し付けられている感じがしてならないことが引っかかる。
「行かないの?」
「少しからかうだけだ」
「お前たまに意地汚いよな」
「褒め言葉として受け取っておこう」
苦笑いを浮かべる紘翔と智紀。たまに釘を刺さないとあの生徒会長はいつまでも変わらない。現に変わっていないのだから。
生徒会室
「と、いうことで。花咲川女子学園からテントなどなどの貸し出し申請書を取ってきて───」
「お断りします」
「ゆ、夕くん……」
とりあえず軽いジャブ程度に断る。
「今日は頑張って聞いてくれた方だけど相変わらず早いね?!」
「何度も言ってますが、それは生徒会で処理すべきことでは? 力仕事なら喜んで手伝いますが」
「すでにみんな別の案件で忙しくてね。君にしか頼めないんだよ」
「お断りします」
「頑なだね?!」
嘘を吐く人ではない。本当なんだろう。しかし、毎回生徒会の人が居ないのは気がかりだ。
「今日は水曜日だったね。例の日だろう? ついでに頼むよ」
「お断りします」
「今日は一段と頑なだね?!」
いつもより多く断りをいれていると、紘翔が痺れを切らしてしまった。
「ふざけてないで、受けてあげればいいだろう? 今日は僕も行くんだから」
「今日は諦めるよという言葉を待っていたんだがな」
彼の言う通り、ふざけるのはここら辺にしておかなければいけない。元々断るつもりもなくただ遊んでいただけ。
「放課後までに山梨先生に資料渡しておいてください」
「恩にきるよ」
「それでは失礼します」
快くというわけではないが、引き受けて紘翔と共に生徒会室を後にした。
廊下
───手伝うのは構わないんだが、頑なに俺に頼んでくるのはなんなんだろうか。
ここまで来るとあの生徒会長は置き物なのではと思ってしまう。現に大半の仕事は副会長が処理しているという噂を耳にする。
「毎回ああやってふざけてるの?」
「まぁな」
見なくてもわかる。隣で呆れ顔を浮かべていることは。
「受けてあげるなら、あそこまでふざける必要はないと思うけど」
「毎回行けるとも限らないからな。断れる人間になっておきたい」
「ほどほどにね」
次回は真面目に受けてみようかと考えているとスマホに通知が届いた。結果に対しての返事だろうか。
次は真面目にやりなさい。なんて言葉が頭の中に浮かんできた。
『おたえの作った曲でライブやります!』
『見に来てください!』
新たな唐突な誘いに若干ではあるが困惑した。クライブから日は経っているとしても新曲らしきものが出来るのが早い。才能というものだろうか。
「どうかしたの?」
「いや、香澄たちが文化祭でライブやるらしい」
「また4人の演奏が聴けるんだね」
「そうだな。作曲は花園さんらしい」
話している間に送られてきた写真に視線を向けると、そこには戸山香澄、牛込りみ、花園たえ、市ヶ谷有咲。そして山吹沙綾が写っていた。
今思えばあれからもうすぐ1年経つ。懐かしさと同時に少しだけ……心が痛くなるような感覚が蘇ってきた。
「夕くん?」
「なんでもない。香澄たちの新曲はどんなものになるのかと思ってな」
「この前話してくれた花園さんが作曲なんだね」
「ああ。独特な2人だからな。予想が出来ない」
「意外といい曲になるかもよ?」
「だといいんだが」
香澄たちの心配もあるが、今は自分の心配もしなくてはいけない。文化祭の準備期間ということは紗夜が居る確率が高い。ネクタイを締めていない、第二ボタンまで空いている。こんな格好では"だらしない"と怒れることは明白。
さすがに学校行事をバンド練習があるからと、ひと蹴りするようなタイプではない。少し遅くまで残って練習に合流。自宅での自主練により力を入れることだろう。
ならば制服をまずきちんと正さなければいけない。
「制服、ちゃんと正さないとね」
「そうだな」
どうやら相棒には筒抜けらしい。