ガールズバンドに振り回される日常 作:レイハントン
第47話 出来ない子ほど可愛い
花咲川高校 教室
時は流れて放課後。午後の授業も適当に聞き流して過ごしたのは言うまでもない。紗夜にバレたら怒られると、わかっていてもめんどくさいものはめんどくさい。
午後1番の現代国語は睡眠導入剤と言っても過言ではない。その後の家庭科も含めて。
「そんじゃ仕事頑張れよ〜」
「ファイトだよ、2人とも」
「じゃあな」
「また明日」
帰り際に声をかけてくれた友人に別れを告げ、夕と紘翔は山梨先生が来るのを待った。
普段はしっかりしているように見えるが、抜けていることが割と多い。肝心の資料を職員室に置いてきてしまったようで、ホームルームが終わるなり、急いで教室を出て行った。
「こんなことを聞くのもおかしいと思うんだけど……どうして制服を正したんだい?」
そんな言葉が後ろの席から聞こえてくる。
「とうとうちゃんと着ている方がおかしいと思えるようになったか」
「僕もおかしいとは思ってるけどさ……」
「文化祭の期間とはいえ、紗夜が居る確率が高い。制服をちゃんと着ていないと怒られるだろ?」
「そんなことだろうとは思ったよ」
察しがいい。こう言う時に当たる予想程、呆れるものはない。
他の生徒が大勢居る前で怒れることはないと思う。怖いのは帰宅してからだ。
だが恐れているのはそこではない。付き合ってるという噂を流されるのが1番困る。一時期そんな噂が流れかけたらしいが、詳細までは知らない。
真相は"付き合っていない"が正しい。
「そういえば、咲祭って他の学校からでもライブに参加していいんだね」
「確かメンバーが他校の生徒だったりする場合だけなはずだ」
「涼子ちゃんは花フェスにしか出ないんだよね?」
「そんなことを言ってたな」
瀬名涼子は中学の時からバンドを組んでいる。人数は5人。本人の担当はドラム。ギター担当は同じく花校。羽丘にはキーボード担当が。花女に通っているのはボーカルとベースだ。
「はぁ……はぁ…お、お待たせ〜……」
急いで来てくれたんだろう。肩で息をする山梨先生が戻ってきた。
「そのまま忘れてくれてもよかったんですよ?」
「そういう……わけには……いかないでしょ」
「先生、まずは落ち着いてください」
紘翔が苦笑いを浮かべながらそう言うと息を整え始めた。
数分の間が空いたが、資料をきちんと受け取った。
「じゃあこの資料と一緒にお願い」
「わかりました。さっさと済ませてきます」
「気をつけて行ってきてね。明日も遅刻せずに来ること」
「努力はします」
ちなみに紗夜に2日連続で叩き起こされている。本当に懲りていないのだろう。
花咲川女子学園 校門
花女までの道のりはさほど遠くはない。遠くはないが、ここに来るまでにいくつも信号があり、運悪く全て引っかかってしまった。
「まさか信号に全部ひっかかるなんて」
「そういう時もあるさ」
言葉を交わしながら校門を通り抜けて事務所の方へと向かっていく中、紘翔はどうも納得がいかないらしい。
「少し走れば間に合った信号だってあっただろう? マイペースに歩くから」
「まぁ落ち着け紘翔。急いだって仕方ないんだ。問題ない」
「早く終わらせようって考えはないんだね」
花咲川女子学園に来て早く帰れた記憶はほとんどない。基本誰かに絡まれるからだ。文化祭の準備期間ということもありなおさらこのデススパイラルからは逃れられない。
事務所でいつも通りの手続きを済ませて校内へと入った彼らは真っ直ぐ生徒会室まで向かった。
時期も時期で放課後なのに生徒とたくさんすれ違う。当然よそ見をしていようがしていまいがぶつかってしまうこともあるだろう。
「毎度毎度ぶつからないと気が済まないのか?」
「ご、ごめんね。ぶつかりたいわけじゃないんだけど……」
廊下の角でばら撒いたプリントを集めながらそんな会話をPastel*Palettesの丸山彩としていた。少女漫画じゃあるまいしとツッコミを入れたいがここはグッと我慢。毎度のことのように丸山彩とは激突する。
「よそ見してたわけじゃないし。仕方ないよ」
「別に責めているわけじゃない。俺と丸山を角でぶつけたがる角神様を責めているんだ」
「角神様って……。毎回こうなの?」
「8割の確率だな」
「ほぼ毎回だよね……? それ」
角神様という謎の神に罪をなすりつける。どれ、今日もぶつけてみるかのという言葉が聞こえてきそうな気もする。
せこせこプリントを集めてから彼女に渡すとその場で数を数え始めた。
「数は足りそうですか?」
「はい。ありがとうございます」
これで足りないとかいう話になると厄介極まりないが、窓は空いていないし通った生徒は皆んな避けてくれている。
「えっと……」
「ん? あぁ…友達の南雲紘翔だ」
彼女にはまだ紹介してなかったことを思いだした。紘翔の方は多少日菜から話を聞いてるから知っているとは思う。それでも一応紹介することにした。
「こっちはよく日菜の話に出てくる丸山彩だ」
「この子だったんだね。通りで初めて話した気がしないわけだ」
「えっ? え? な、なんの話?!」
「こっちの話だ。気にするな」
「き、気になるよ〜」
適当にその場を誤魔化して、生徒会室へと再び歩みを進めた。
生徒会室と職員室での用事を済ませた2人はその足で香澄たちの教室へと向かっていた。理由は両方の用事は意外にもあっさり終わってしまったから。
生徒会室には鰐辺七奈生徒会長からの書き置きがあった。居ないのであればその書き置きにメッセージを残しておくしかない。
次に向かった職員室にはいつもマイペースに仕事をしているはずの美奈川先生の姿はなかった。きっと校内をフラフラしているんだろうと思い、資料を近くの先生に渡した。文化祭の打ち合わせに出てることを2人は知るよしもない。
「1年B組は……ここだね」
「まだ居るみたいだな」
教室の真ん中辺りの席に生徒が2人。戸山香澄と山吹沙綾だ。何かに苦戦しているようだが、おそらく書き慣れないプリントだろう。
向こうが彼らに気づいたようで、一気に表情が明るくなった。
「夕先輩と紘翔先輩!」
「2人ともお疲れ様」
「大変だろ? 香澄の相手をするのは」
席の近くまで移動すると、苦笑いを浮かべながら沙綾が答えた。
「出来ない子ほど可愛いって言いますし、大丈夫ですよ。弟と妹の面倒を見てる感じなので慣れたもんです」
「って言われてるぞ香澄」
「それさっきも言われました〜……」
「あはは。でも、率先して自分から実行委員を出来るのはすごいと思うよ」
「紘翔の言う通りだ。そういう所はお前の長所だな」
褒めすぎると調子に乗るタイプ。という言葉は飲み込んでおくことにした。
昔から戸山香澄という人間は行事ごとになると人一倍働いていた。その明るさと行動力には毎度驚かされる。まさに彼女の強みと言っていいだろう。
「結局文化祭の出し物はなんだ?」
「まだ実行委員しか決めてないんですよ」
「その難しそうなプリント書かないとか」
「こういうのってしっかり書かないといけないし、大変だよね」
「紘翔先輩も実行委員やったことあるんですか?」
「中学の時に一度だけね。山吹さんみたいに副委員だけど」
実行委員会とは縁遠い話なだけに、めんどくさそうという感想しか夕の中には存在しない。これを香澄1人でとなるとかなり厳しいだろう。
「あまり山吹に迷惑かけるなよ」
今は頼れる人物がついてくれている。心配する必要はないだろう。
「え〜迷惑って思ってるの?」
「どうだろうね〜」
「さーや〜」
「楽しそうでなによりだ。文化祭の当日は智樹と涼子も連れてくるからな」
「楽しみにしててください! キラキラドキドキする出し物にするので!」
相変わらずキラキラドキドキする出し物というのはよくわからないが、悪いものにはならない。そうなんとなく感じた。
2人は当日来ることを約束してこの場を後にした。帰る途中、紗夜の教室も覗いたがすでに人気はなかった。すでに帰ったようだ。
校門前
入館証を返し終わった2人は何事もなく校舎を後にした。
「帰るか」
「ちゃんと目的も果たせたしね」
「次は生徒会の人と───」
話しながら歩いていると、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「夕? それに南雲さんも」
声の主は教室を覗いても見当たらなかった紗夜だ。どこかですれ違ってしまっていたのかもしれない。
「お疲れ様。今日は夕くんの付き添いだよ。例のお使いと文化祭の資料を届けに」
「お疲れ様です。そうでしたか。迷惑かけませんでしたか?」
「いつも通り……かな」
「はぁー……夕、いつもいつも迷惑ばかり」
「お説教は歩きながら聞く。ここだと目立つ」
花校の生徒が出入りしていると言っても限度がある。説教をされた日には3人揃って笑い者にされるのが落ちだ。
歩き始めて数十分。ようやく紗夜からのお説教という名の愚痴が終わった。嘘をついた所でいい感じに察して結局バレてしまう。
昔は八つ当たりじみた感じがあったが、今は純粋に怒られてるんだろうと思えるほど、多少は日菜との関係性に進展があったらしい。
(紗夜も…前に進んでるんだな)
完全に仲直り。いや、距離を置いているのは紗夜の方だ。やはり気持ちが前に進んでいるのだろう。
「ちょっと。人の話を聞いているの?」
「5割は」
「残りの5割は聞いていないのね。……考え事?」
「少しだけだ。悪い、もう一度頼む」
これ以上話を聞いていないのはまずい。今は彼女の話に集中するべきだろう。
「前に話してくれたSPACEのオーディションの件。受けることにしたわ」
「そうか。いい経験になると思う」
「ライブの日予定空けておかないとね」
「そうだな。出来ることならオーディションをしている所も見たいんだが……」
『あんたはお客さんだからダメ』の一言で一蹴されて終わりだろう。大人しくオーディションの結果とライブの日取りだけ聞いておくしかない。
「いやなんでも───」
そこまで言いかけた時。なんとなく後ろに視線を向けた。
「前にバイトをして───きゃっ?!」
咄嗟に紗夜の左腕を掴んで自分側に引き寄せる。当然バランスを崩してしまうが、しっかり抱きしめるように受け止めた。
すぐそこに迫っていたのは自転車。しかも高校生。どうやらスマホをいじりながら乗っていたようだ。ああいうのは歩行者にとってもドライバーにとっても邪魔な存在だ。
悪びれる態度も見せずに去っていった高校生の背中を眺めていると、前を歩いていた紘翔が振り返った。
「2人とも大丈夫?」
「俺は問題ない」
ああ言うのはコケればいいと心の中で少々悪態をつき、紗夜に視線を向けた。
「悪い。緊急事態だ。許してくれ」
と言っても特に反応はなく夕によりかかったまま。もちろん手はとっくに離しているし、触れないように上にあげている。
「あ、ありがとう……」
それだけ言い残して紗夜はスッと離れて歩き始めた。
「ほ、本当に大丈夫?」
「大丈夫……大丈夫です」
あまり大丈夫そうには見えないがしつこく追求したところで答えないだろう。
「腕を強く掴みすぎたか?」
「そういうわけじゃないと思うけど……」
どんどん遠ざかっていく背中を見つめながら口を開いた。
「まぁ本人が大丈夫っていうなら大丈夫だろう」
彼女の様子に気づくことなく夕は歩き始める。そんな彼の後方で静かにため息を吐き出す紘翔。
(夕くんはともかく紗夜ちゃんは本当に無自覚なんだ。不思議だなー)
(どうして……轢かれそうになって。怖い思いをしたはずなのに)
こんな姿は絶対に見せられない。
「ドキドキしてるのよ……」
紗夜の小さな思いが、夕に届くはずもなかった。