ガールズバンドに振り回される日常 作:レイハントン
今日1日で書いたので、ん?という部分があるかもですが、読んでくれると嬉しいです
2024氷川紗夜誕生日記念回
冬の寒さも薄れてきた 3月。
駅近くのとあるカフェ。窓際の席に少し大きめのテーブルを挟んで座る男性と女性。2人の間にはこれといった会話はない。周りの会話に紛れて聞こえてくるのはノートパソコンのキーボードを叩く音だけ。
音を出している女性に対して、特に手も動かさずにいる男性。行き交う人々の服や髪を揺らす風はまだ冷たそうだ。カフェの窓から外を眺めながら、ふとそんなことを思っていた。
あまりにも眺める時間が長かったのか。とうとう痺れを切らしたようだ。
「手、止まってるわよ」
窓にうっすら映る鋭い視線に思わず背筋が凍る感覚に襲われてる。
「考えてるんだ」
「嘘ばかりつかないで」
一蹴されてしまい重い腰をあげたのか、彼女よりも早いテンポでキーボードを叩きはじめる。
「追加でコーヒー買ってくるわね」
「わかった」
そう言ってから立ち上がる彼女に視線を向けることもなく答える。パソコンの隣に置いてあった空のカップを持って席を立つと、足音がどんどん遠ざかってゆく。
居ないことをいいことに手を止める。という典型的なサボり癖を出さずになんとか大学のレポートを進めた。
5分もしないうちにカップを2つ乗せたトレイを持った女性が戻ってきた。テーブルに置いてから元の位置に座ると、片方のカップを彼の方へと置く。
「いくらだ」
「お金はいいわ。この前のお礼よ」
「悪いな」
この前というのは以前奢ったカフェ代のことだろう。相手の好意を無駄にするわけにもいかないと思い、ここは素直にお礼を言った。
「紗夜……20日、空いてるか?」
「夜以外なら……」
「そうか。そのまま空けておいてもらえると助かる」
3月20日。
彼女───氷川紗夜にとって特別な日。毎年この日だけは何かしらあると思い、予定を空けていた。今年は高校2年生の時から続けているバンドが事務所に所属したこともあって、少しだけいざこざがあったがどうにかなった。
事務所に所属して前のように大っぴらに彼と出歩くことは出来なくなってしまったが、それでも───たまにこうして一緒に居られることが嬉しい。
『紗夜……』
感傷に浸るといつも思い出してしまう。
『いいタイミングなのかもな』
いつもと変わらないはずの彼の表情が冷たく見える。
『ずっと一緒に───』
嫌だと思うのに。完全に否定出来ない自分が居た。
「どうかしたのか?」
「な、なんでもないわ……」
ふと我に返り、隠すように画面へと視線を落とした。些細な変化でも見つけてくれる彼には隠せない。だがそれでも。
「ならいい。もう少しで終わる。そしたら出よう」
「最初からやればあと30分は早く終わったと思うのだけれど」
「やめてくれ。最初から出来ていたら苦労はしないさ」
変わらないやり取りに少しだけ微笑するとお互い画面へと視線を戻す。この無言の時間さえも心地いい。
叶うことなら……彼のすぐ近くで支えていきたい。この先もずっと。
2日前。
旭日家のリビングへと夕方に訪れたのは氷川紗夜だ。母親の作った夕飯の入ったタッパーを2つテーブルへと置いてから辺りを見回す。
玄関で見た靴は夕のものだけ。彼の父親は仕事で居ないのだろう。リビングに居た形跡もない。
バイトがない日は大抵寝ているか、パソコンでネットサーフィンをしている彼のことだ。部屋にいるのだろう。
自室の前へと移動して耳を澄ませた。
『海外……ですか? 俺も一緒に』
「……っ?! 海外……?」
思わず声に出してしまい、慌てて口を閉じる。しばらくしてもドアの開く気配はない。気づかれていないようだ。
『確かに……興味はあります。ただ……』
ただの独り言。それで片付けることは出来ない。おそらく誰かと電話をしているのだろう。相手の特定と内容までは特定出来ないが、なんとなく嫌な予感がする。
『CiRCLEのバイトと大学もありますし、なによりも』
「夕……」
普通なら嬉しいはずなのに。
『今は紗夜の側に居てあげたい』
今だけは。虚しい気持ちでいっぱいだった。
『必ず自分の夢にも繋がるとはわかっているんですけど』
時折襲ってくる不安が大きくなる。本当にこのままでいいのか。彼と一緒に居ることが、自分にも相手にも良いことなのか……わからない。
『はい。すいません』
そこで話は終わったのか。声が聞こえてくることはなかった。その場から離れようとしたが、一手遅かったようだ。
「紗夜?」
ちょうど部屋から出てきた夕に見つかってしまった。
「夕飯を持ってきただけよ」
「そうか。もう帰るのか?」
「え、ええ。おじさんは今日遅いのかしら?」
「今週は遅番だ」
帰ってくるのはおそらく夜中だろう。会話が一区切りしたのを見計らい、その場を離れようと口を開いた。今のままではまともに話せないだろう。
「紗夜、明後日は空いてるか?」
「空いてるけれど……なにか用事?」
「レポートを出さないといけなくてな。全く進まない」
「いつものことね……。場所はいつものカフェ?」
「いや、駅周辺で新しいカフェを見つけた。そこなら人のあまり居ない時間を狙える」
「わかったわ。明後日ね」
結局断れずに了承してしまった。あとに彼からいつから居たのかを聞かれたが、バツが悪く感じてしまいはぐらかした。
紗夜とのカフェデートから数日後。RiNG のカフェテリアでは浮かない表情……ではなく。浮かない雰囲気の夕がカウンターからボーッと外を眺めていた。
お客さんは2組。楽しそうに雑談をしているため、呼ばれることはなさそうだ。しかし、隣にムスッとした表情を浮かべながらグラスを拭く同じバイト仲間が1人。こちらの方が刺客かもしれない。
「相変わらずですね。先輩」
「それは、相変わらずやる気がないですねと言いたいのか? 椎名」
「やる気はいつもないじゃないですか」
「辛辣だな。鈴音でさえもう少し暖かかった」
「見捨てられたのでは?」
小さな声でのやり取りを重ねていると、もう1人カウンターへと訪れた。
「お疲れ様。夕くん、椎名さん」
「おつかれ」
「お疲れ様です。南雲先輩」
「態度が急変したが?」
「あはは、いつものことだろ?」
「いつものことだと困るんだが」
冗談を交えつつ会話していると、左手に持っていたタブレットの画面を夕に見せてきた。パッと目に映る情報から思わずため息を漏らした。
RiNGで行われるライブの日が当初の日付から変わっていた。
「バンドが一枠空いたか……しかも日程の変更まで」
「そこは大した問題じゃないだろ?」
紘翔の言葉に首を傾げる立希をよそに夕は表情を変えずに淡々と答える。
「3月20日。人が少ないうえに俺は休みだ」
「会う約束、してたんでしょ? 前もって見せておかないと勝手に出てくると思ったからここに来たんだ」
特に話したわけではない。長年一緒に居る彼にはどうやらバレている。その日は紗夜の誕生日で、会うことも。
「それはお前も同じじゃないのか?」
「僕は次の日だから大丈夫」
「容易周到だな。昼間だけでも出るって言う───」
まだ食い下がろうとする彼に意外にも口を開いたのは立希だった。
「よく分かりせんけど、行けばいいじゃないですか。先輩なんかが居なくたって凛々子さんも南雲先輩も居ます」
「お前な……」
「他の人に頼れってよく言ってますよね? 先輩が出来てないじゃないですか」
特大ブーメランに思わず少しだけ表情が歪んだ。成長を感じられて嬉しい気持ちと、言い方をもう少しどうにか出来ないのかと残念な気持ちが交差する。
「わかった……頼ることにする。ホールのことは任せたぞ椎名」
「えっ?! 先輩! 急に押しつけるのは───」
「すいませーん」
タイミングを狙ったかのようにお客さんから声がかかる。頑張ってと言い残して夕と紘翔はカフェテリアを後にした。
バイトが終わり、帰り際に睨まれたのは言うまでもない。
時は流れて3月20日。
RiNGの受付では立希に睨まれる夕の姿があった。
「なにやってるんですか?」
「なにって言われてもな。働いてるとしか言いようがない」
心配だからここに居るわけではない。ちゃんとした理由があるからここに居るわけだが、話をまるで聞く気がない彼女に説明するのは至難の業だ。
「これには深いわけがあってだな」
「犯罪者はみんなそう言うんです」
「聞いてくれ椎名。用事が午前中だけ潰れたんだ」
「だからってここに居る必要はないですよね?」
「もう1人居ないと受付を回せないだろ?」
ライブは夕方からと言えど、準備というものが存在する。お客さんを放っておくわけにもいかないのがお店というものだ。とりつく島もないとはまさにこのこと。
「だからって先輩じゃなくてもいいと思います」
「今日はとことん食い下がるな。元気そうでなによりだ」
そんな会話をしていると、受付に紘翔が現れた。
「椎名さん、ステージの方で凛々子さんの手伝いをお願い出来る?」
「わかりました」
素直だなという言葉をグッと飲み込み、鋭い視線を向けてきた立希の背中を見送る。姿が完全に見えなくなったのを確認してから、ため息を吐き出した。
「やっぱり午後もダメそう?」
「まだわからない。大丈夫なことを祈るだけだな」
ポケットからスマホを取り出して通知欄を見るが、紗夜からのメッセージや電話もない。
当日にどうしても外せない仕事が入ってしまい、予定をキャンセルせざるを得なかったのは紗夜の方だった。元々無理に入れた休みだったらしく、仕方のないことだと言い聞かせるしかない。
「最近、紗夜の様子がおかしいんだ。だから会って話したかったんだがな」
「心当たりは?」
「たぶん鋼太さんとの話を聞いたんだろうな」
「前に言ってた海外の話だね。ちゃんと聞かなかったのかい?」
「聞いたさ。はぐらかされたし、断ったからそこまで気にしてないと思った」
だが現実は違っているらしい。あの日、レポートを一緒にやった日や、それ以降の態度も少し引っかかることが多かった。
ちゃんと断ったことを伝えるために。誕生日を祝うために会おうと約束した夕だったが、どうやら可能性が少しずつ潰されているらしい。
「ちゃんと伝えた方がいいね」
「そうするつもりさ」
後悔しないためにも。今は信じて待つしかない。
「今日はありがとうございましたー!!」
大きな拍手と共にステージを後にする香澄たちPoppin'partyのメンバー。そんな姿を夕は会場の端の方で見ていた。
『本当にごめんなさい。夜まで終わらなくて……』
『気にするな。紗夜が謝ることじゃない』
『でも今日は……』
『いいんだ。まだ今日は終わってない。終わったら連絡してくれ』
『わかったわ』
淡い希望は消え、メッセージのやり取りはそこで終わった。残念な気持ちはあるが、それを人にぶつけることも、何かに吐き出すこともしては行けない。誰が悪い。そんな話ではないから。
会場を後にした夕はその足で駅へと向かった。3月だと言うのに今日はかなり冷え込んでいるらしい。吐き出す息はほんの少しだけ白い。
改札付近で立ち止まり、広告が映る柱へと背中を預けてヘッドホンで耳を塞いだ。スマホを取り出し、ただその時を静かに待っていた。
ようやく仕事が終わり、事務所を後にした紗夜は電車に揺られていた。送迎を提案してもらったが、1人で考えたいと思い断った。
何事もなければ今頃は……そんなことを考えていたが、あの日の会話がチラつく。本当はこれでよかった。心の底からそう思えてきてしまう。
会って話したい。そんな気持ちすら……今は吐き出せない。
そっと目を閉じて、最寄駅のアナウンスが流れるまで耳を澄ませる。
駅のホームへと降りた紗夜はそのまま改札の方へと歩いた。今日は早く帰って休みたい。誕生日会があるはずなのに、そんなことを思ってしまうのは今の感情のせいだろう。
改札を通り抜けて、自宅がある出口へと歩いていく。すれ違う人の間を抜けて、駅を出ると同時だった。
左手を誰かに掴まれた。大きく冷たい手。不審者……なんかではない。
「紗夜、シカトはあんまりじゃないか?」
今日ずっと聞いていたはずの声。ゆっくり振り返ると、そこには彼の姿があった。
「夕……どうしてここに?」
「連絡よこさないからだろ? だから待ってた」
「ずっと……?」
「そんなわけがあるか。10分前にカフェから出てきたところだ」
嘘つき。こんなにも冷えた手で何を言い出すのだろう。
「帰ろう。今日は冷える」
そっと手を繋ぎ直し、2人は駅を出て行った。
自宅付近の公園に立ち寄り、夕と紗夜はベンチに座っていた。
「ずっと嘘をついていたの……」
「電話の話、聞いてたんだろ?」
「ええ……ごめんなさい」
「いいんだ。紗夜にもちゃんと話すべきだった」
暖かいお茶を両手で包み込むように持ち、俯く紗夜に夕はそっと左手を重ねた。
そして紗夜の右手を軽く持ち上げてあるものを渡す。
「誕生日、おめでとう」
「これは……」
彼がプレゼントしてくれたのはシルバーの指輪。
「センスに対しての文句は避けてくれるとありがたい」
「ありがとう。大事にするわね」
「そうしてくれると嬉しい」
指輪をじっと眺めていると、もう1つ似たような指輪を出した。
「ペアリング?」
「こう言うのもアリかなって思ってな」
あまり彼らしくないプレゼントに少しだけクスッと笑ってしまった。
「紗夜、俺はどこにも行かない。だから電話の話は気にするな」
「でも……夕の夢は」
「紗夜と一緒に居ても叶えられる。いや……叶えてみせるさ」
そう言う彼はいつも浮かべない笑みを浮かべていた。
自分にしか見せない、優しい微笑みを。
紗夜さん誕生日おめでとう!!
来年はもっと早く書きます!!
今の時系列とは関係ないです!