ガールズバンドに振り回される日常 作:レイハントン
突然やってきた夏
旭日家 自室
朝。いつもなら寝坊をするところだが……。今日は違った。
「いつから夏ではないと錯覚していた?」
つい2、3日前は梅雨とか言ってたよな? 雨降って寒い日とかもあったよな? それなのに…なんだこの暑さ……。まだ7月になったばかりだぞ。
朝起きるのが苦手な俺でもこの暑さには勝てん……。
とりあえずベッドに座り、エアコンを付けるかどうかを格闘すること5分。上着を脱ぎ捨てることで耐えることにした。というよりもうそろそろ紗夜が来る頃だろうしちょうどいい。家を出ないといけない時間でもある。
「めんどう事になる前に連絡……」
だがしかし。神様は俺を見放した。
「夕? まだ寝て…い………るの?」
ノックと共に部屋に紗夜が来てしまった。それは同時に終わりを告げる瞬間でもある。弁解が非常にめんどくさい。
「待ってくれ紗夜。これにはわけがあるんだ」
「わけ……ね」
なんだその冷たい目は。露出狂みたいと言いたげな感じだな。
「ちょうど準備しようと思ったんだが、その前に紗夜に連絡しておかないと無駄足になると思ってだな……」
「それで? 言い訳はもう終わりかしら?」
時々本気で紗夜が怖い。
「少しはマシな嘘だとは思わないか?」
「早く着替えたらどうなの? どうせその場しのぎに上着脱いで、そのまま考えていたのでしょう? どうして毎回毎回やるべきことを後回しにするのよ」
「俺が知りたい……」
朝から紗夜の説教を喰らうのはいつぶりだろうか。いつもは呆れて行ってしまうんだが。
今更だが今日は夏服なんだな。
「さすがにこの暑さじゃ冬服は無理か」
「昨日、暑ければ夏服でもいいって学校側から連絡されてはいないの?」
「そんなことを言っていたような言ってなかったような」
「呆れた。連絡くらい聞いておきなさいっていつも言っているでしょう?」
「昨日はそこだけ聞いてなかったんだな」
「嘘ばっかり」
実際言っていたかどうか本当に覚えていない。課題提出の教科くらいは覚えているんだが………忘れたら面倒な先生の教科だけだがな。
「はぁー。南雲さんを待たせないようにするのよ」
「わかってる。暑いし頑張りすぎるなよ。倒れるぞ」
「夕も気をつけるのよ」
「俺は頑張りすぎないから大丈夫だ」
「少しは頑張りなさい」
それだけ言い残して紗夜は部屋を出て行った。割と会話をしたような気もするが……それよりも早く準備しないとな。
クローゼットから夏服を引っ張りだすためにベッドから立ち上がった。
マンション前
「遅い」
なんとか夏用のズボンを引っ張りだし、着替えたまではいい。時間がなかったからワイシャツのボタン全開で家を出てきた。そして怒られている。
「5分の遅刻はいつものことだろ? と言いたいが、毎回すまない」
「どうせ朝に夏服引っ張りだしてたんだろ?」
「さすが相棒。よくわかってるな」
「自分のことになると、とことん無頓着になるよね。夕くんは」
朝から紗夜と紘翔からのダブルパンチ。
「学校着く前にちゃんとボタン閉めなよ?」
「わかってる」
とりあえず学校へと歩き始めた。
「それにしても急に暑くなったね」
「本当だな。暑すぎて早く起きた」
「早く起きたのに遅れてくるのはどういう理由なわけ?」
「紗夜に怒られた」
「全く君は……」
同じように紗夜も呆れていた。そういった部分も2人は似ている。2人揃ったらとんでもないことになりそうだ。
「こう暑いと授業に集中しづらいよね」
「全くだ」
「夕くんはいつも集中してないよね?」
「たまには集中してるさ」
紘翔の疑いの視線が刺さるんたが………。ある意味嘘はついていない。
花咲川高校 教室
いつも通りの時間に学校へと着いた。かなり暑いのもあってみんな夏服だ。朝練後の運動部はワイシャツを着ずに窓際で涼んでいる。中には朝の俺同様服を着ていない男子も。
「おーう。2人ともおはよーす」
「人のことを言えないが服を着たらどうだ?」
「ん? また紗夜さんに怒られたのか?」
「全くもってその通りだ」
「怒られるの好きだな〜」
なんてほざいている奴をスルーして自分の席へと向かった。
「おはよー。夕君、紘翔君。よく遅刻しなかったね」
「よく夏服引っ張り出してないってわかったな」
「そりゃあねー。紘翔君が予想できることを私が予想できないとでも?」
「確かにな」
「少しは見返そうとは思わないのかい?」
「思わん、忘れていたものは仕方ない」
いつもの会話を済ませてようやく自分の席へと着いた。リュックを机の横に引っ掛けてからだらしなく座る。
「こんなに暑いと魚はボイルにされてそうだな」
「僕たちが照り焼きにされそうだけど?」
「こんな中、外で体育なんてやったらもれなく熱中症だ」
幸い今日は体育がないから……大丈…夫だろう。
「そうだね。こまめに水分補給をしないと」
「しまった。明日の3時間目と今日の3時間目を交換だったか」
「そう…だけど。ジャージを忘れたとか言わないよね?」
「いや、使った次の日には別のやつを必ず持ってきてるから大丈夫だ」
「そこはしっかりしてるんだね……」
まぁせいぜい蒸し焼きにならないようにするか。
なんて考えながらワイシャツのボタンを1つずつ開けていくと、智紀たちが居る方から声が聞こえてきた。
「今日の体育、ソフトボールだよな?」
「そうだ! 今日こそD組をぶっ潰してやんよ!!」
「智紀、またボール蹴っ飛ばすなよ?」
「わかってるわかってる」
どこの時代にこんな猛暑の中、運動できるって盛り上がる奴が居るよ。それに投げてきたボールを蹴っ飛ばす奴も居ない。
時は流れて放課後。
「じゃあ僕はバイト行くね」
「おう、真宗のこと頼む」
「任せて」
グータッチを交わしてから紘翔を見送り、帰り支度を始めた。今日はシフトに入ってないからな。帰ってエアコンの効いた部屋で昼寝でもしよう。
誰かに邪魔をされる前に帰り支度を済ませて学校を後にした。
ちなみに紘翔、真宗以外のメンバーは萩野と早乙女だ。
旭日家 自室
今日は怖いくらいになにもなかったな。
学校、帰り道で誰からも絡まれることもなく家にたどり着くことなど果たしてあるんだろうか。実際、家にあったんだろう。これは夢にまでみたなにもない日常が───。
ワイシャツをベッドに脱ぎ捨てながらそんなことを考えていると……。家のインターホンが鳴った。
まだ厄介ごとが来たわけではない。心を落ち着けてから玄関へと向かった。
扉を開けるとそこには。
「急にごめんなさい」
紗夜の姿が。玄関ホールのインターホンではなかったらしい。今思えば相手を確認せずに出てしまったな。
「さっき帰ってきたばかりだから大丈夫だ。それよりも……どうかしたのか?」
「その…実は」
……なんとも不運な出来事だ。自分の部屋のエアコンが壊れてしまったから、リビングで勉強していたが、おばさんが友達と電話をしていて気が散ると。うるさいとは言えないからな。かと言って日菜の部屋は……無理があるか。
「父さんが帰ってくるまでなら、リビングは構わないが……」
「今日は夜勤ではないのね」
「今週はな。いろいろめんどうだから俺の部屋に居ればいい」
「夕はどうする気?」
「俺は……」
これから昼寝なんてほざいてみろ。試験が近いのに。怒られることは目に見えている……それに2ヶ月に1回ある実力テストも近いしな。
「俺も居ると集中出来ないだろ? だからリビングで勉強する」
「勉強をするなら一緒の部屋でも構わないでしょう?」
これは………まずいな。紗夜にはなんにも悪気がある発言じゃない。それ故に断りずらい部分が……まぁ今回はいいか。俺の感覚もここ最近でだいぶおかしくなったな。
「わかった」
「荷物をとってくるわね」
「鍵開けとくから勝手に入ってきてくれ」
荷物を取りに行っている間に準備しておくとしよう。
飲み物を取ってくるためにリビングに来た。冷蔵庫からはお茶の入ったペットボトルを。食器棚からコップを2つ。ふとシンクに溜まっている洗い物に視線がいったが、見てみぬふりをした。
部屋に戻り、ベッドの前に置いてあるテーブルの上に持ってきたものを置いた。
さほど散らかってるわけでもないから大丈夫だろう。あとはまだ着替えていないのをどうにかしておくか。
部屋着に着替えてから制服をハンガーにかけ終えた頃、ちょうど紗夜が入ってきた。
「ちゃんとハンガーにかけたのね」
「言われる前にやっておいた」
「普通は言われなくてもやることだと思うけれど」
「それはごもっともで」
ベッドの前に俺が座り、反対側に紗夜が座った。
今思えば勉強道具は全て学校に置いてきてしまったな。今日は元々こういった予定ではなかったし、仕方ない。さてどうやって誤魔化したものか。
「次の定期試験の範囲は?」
「ん? ああ……」
紘翔に送ってもらった試験範囲を紗夜に見せると、なにやら手提げバックから本を数冊取り出した。
「教科書は全部置いてきた…で合ってるのよね?」
「……まぁそうだな」
「毎回赤点を回避してる方が不思議ね」
「そこは一夜漬けという最強の必殺技がある」
「付け焼き刃にも程があると思うけれど」
それが何気に通じてしまう。もちろん普段の授業で身についていないから、いろいろ問題はあるが。
「地頭はいいのよね。昔から」
「運がよかっただけだ」
「(私と違って…やれば出来るのに……。無自覚にやろうとしないのはなぜかしら)」
なんだ……? じっと顔を見られているような。
「紗夜? どうかしたのか?」
「いいえ。早く勉強を始めましょう」
「そうだな」
あれからどれくらい時間が経っただろう。ふとそんなことを思いながら視線を天井に向けた。見ただけで覚えられたら苦労しないんだろうな。
「夕?」
「なんだ?」
「勉強について覚えることが苦手なのに、よくバイトのことは覚えられたわね」
「そのことか。人間はな……好きなことなら覚えられるらしい」
「はぁー、呆れた……」
「まぁそう呆れるな。気持ちは多少なりともわかるだろ?」
「そう……だけれど。それでも覚えるべきことはしっかり覚えなさい。だいたいあなたはいつも───」
また始まってしまった……。いったいどんな話からシフトするのか読めない。
「言われないと部屋は片付けない。勉強はしない。本当にだらしないわ」
「それが俺の持ち味だ」
「そんなの魅力になるわけないでしょう? あなただけよ? ここまで言われてヘラヘラしてるの」
「いや……な」
なんだろうな。紗夜に注意されるのは嫌ではない。怒られることが好きなわけではないんだ。なんというか………。
「心配……してくれてるんだなって」
「そ、そんなわけ……ないでしょう。バカなこと言っていないで、続きやるわよ」
「はいはい」
「返事は1回」
「はい」
罵倒されただけな気もするが……まぁいいか。
「(バカなんだから……本当に)」
時は過ぎて1時間くらい過ぎた頃。勉強は切り上げ、紗夜はギターの練習を始めていたた。机の上にタブレットを置き、譜面を見ながらゲーミングチェアに座って弾いている姿をベッドに寄りかかりながらじっと見る。
集中しているからか。それとも本当に気づいていないのか。どちらかはわからないが、俺の視線を全く気にしていない。
ぼーっと見ていると寝てしまいそうになる。不思議と紗夜と一緒に居ると落ち着く。………なにも気を使わなくて済むからか? 全く気を使わないのも失礼だよな。とは思っても気を使わないのも事実。
途切れ途切れに聞こえてくるギターの音。エアコンの涼しい風。それに加えて体育があったからか、俺を眠りへと誘うのに十分だった。
俺は紗夜の前だと───
─────☆
「……っ!」
途中、ミスをしてしまい手を止めた。何度も引っかかるわけではないが時折ミスをしてしまう。いつもとは少し違う環境だからか。それとも彼に───。
ふと彼に視線を向けると、腕を組んで寝ていた。見られているわけではないが、それはそれで少し違和感がある。決して見られたいわけではないが、多少の興味も示さないのはなんだか腹が立つ。
「(今考えれば2人きりで部屋に居ようと普段と全然変わらないわね…あなたは。それどころか普段よりもだらしない気もするけれど)」
一定のリズムで寝息を立てる彼から視線を外して再び練習を始めた。