ガールズバンドに振り回される日常 作:レイハントン
いつか訪れるかもしれない未来
旭日家 自室
微かに感じる光。
小鳥のさえずり。
そして煩わしい高音が一定のリズムで部屋に鳴り響く。音の出所を思わず遠くに投げたくなる衝動を抑えながら、掴み取る。
半目でスマホの画面を眺めながら、なんとか"スヌーズ"と表示されている、液晶を強めに叩いて音を消すことに成功。
この煩わしい音にいつも助けられていると思うと、憤りしか感じない。しかし、目覚まし1つでめんどうごとを避けられるのならそれはそれでいい。
なんとか上体を起こしてベッドから出た。どうやら寝ている間にうつ伏せになっていたらしい。寝落ちした気もするので、確実かどうかはわからない。
時刻は8時過ぎ。朝と言うには少しだけ遅い。カーテンを開け放ち、陽の光を浴びながら今日最初の言葉を発する。
「バイト行くか……」
30分後には出ないと遅刻確定。それでも旭日夕という人間は動かない。ゆっくり時間をかけて私服に着替えてから、ショルダーバックを片手に持った。
ふとある物を忘れていることを思い出し、机の上に視線を向けた。そこには黒色のヘッドホンが置いてある。じっと見ること2分。
「(箱にしまわないとな)」
結局横にかけてある白のヘッドホンを首にかけてから、ようやく自室をあとにした。ここまでで20分かかっていたりする。
リビングへとやってきた夕はダイニングテーブルに置いてある、おにぎり2つと水筒を持って家を後にした。
季節は出会いと別れの春。
─────☆
CiRCLE ロビー
時期が変わろうがいつもと変わらない。15分前には来て着替えを済ませる。受付に行くと大抵。
「お疲れ様です、まりなさん」
「おつかれ〜」
誰かが居る。今日はまりなさんのようだ。
「ちょうどよかった。前に面談した子なんだけど、来週から入ってもらうことにしたわ」
「ということは……教育係が必要ですね」
「うんうん。誰がいいかな?」
付きっきりというのは無理があるからな。2人くらい欲しいところだ。……時期的にもちょうどいいか。ものは試しというやつだな。
「真宗と鈴音に任せて、フォローは俺と紘翔と涼子でどうですか?」
「それがいいかもね。悪いんだけどお願いできる?」
「話しは俺からしておきます」
「いつも助かるよ〜」
「気にしないでください」
新人の子は少し気の毒だが、ここは2人の成長のためにも理解してほしい。誰かに教えるのは結構難しいからな。俺も例外じゃない。どうわかりやすく伝えることが出来るのかはかなり悩んだ。
「お疲れ様です」
「お疲れ様、紘翔君」
いつもいいタイミングで現れるな、相棒は。
「お疲れ。いいところに来たな」
「いいところ?」
「今度新しい人が入ってくるから面倒を見る。鈴音と真宗がな」
「そのサポートだね。相手によっては柏崎君が大変になりそう」
「そうだな。そこはうまいこと、やってくれないと困る」
とりあえず紘翔と諒子が居ればなんとかフォローはできるだろう。あとは入ってくる子がどれだけ頑張れるかだな。
「今日も頑張るか」
「今日"は"の間違いだろ? 君は」
「そんなことはない」
紘翔といつも通りの会話をしていると、まりなさんが急に笑いだした。
「ふふっ、相変わらずだね〜。羨ましい」
「そうですか?」
「男の子の友情って感じがして」
「でも夕くんと居ると大変ですよ? 待ち合わせの遅刻は常習犯ですし」
「朝早い時を付けたせ」
そうツッコミを入れるとまたまりなさんは笑ってくれた。俺がここに来てもう2年が経つのか。
月日が流れるのはあっというだな。
花咲川高校 教室
誰も居ない教室の片隅で俺はある人物を待っている。理由を聞かれると、正直よくわからないしか答えることはできない。まぁその人物が来たらわかるだろう。
いつも授業中に眺めている中庭に集まる花高、花女、羽丘の生徒。今日はほとんどの人が一度は経験する"あれ"の日だからな。人によっては左胸にコサージュを付けている。
気になって調べてみたが、コサージュは元来将来の安全や健康を守る願いが込められているらしい。確か……生徒の新たな門出をお祝いし将来の後押しをする式典にはぴったりのメッセージが含まれたアイテム。だったはずだ。
無論俺の胸にも付いている。3年間というものはあっという間だ。特に高校2年と3年はな。……こんな思いになるとは、入学したての頃は考えもしなかったな。
特に印象に残っているのはやはり───。
「いつもそうやってよそ見をして、授業を聞いていないのね」
「7割だ」
「3割も聞いてるとは思えないのだけれど」
呼び出した? いや、誘ってきた人物が来てくれたようだ。
「珍しいな、紗夜。最後に"デート"したいだなんて」
「……意地の悪い言い方」
と言いつつも頬が赤い。その表情がどこか懐かしく思える程、今の関係性には距離がある。それも仕方のないことだが、納得しきっているわけでもない。
「デートと言いつつも先生と生徒会の人たちへの挨拶だろ?」
「ええ。建前は……」
最後の方は声が小さくて聞き取り辛かったが……なんとなくはわかる。
「悪い。最後はなんて言ったんだ?」
「なんでもない」
お互いわかってる。聞こえていること。聞こえてない振りをしていることを。昔は本当に聞こえていなかったが。
「3年間。いや6年間、楽しかったか?」
「ええ……。たくさん思い出を作ることが出来たわ」
言葉からも。表情からも。紗夜に取って花女で過ごした6年間はとても大切な思い出になってくれたようだ。柔らかい微笑みを浮かべながらそう言ってくれた紗夜を、思わず抱きしめたいと思ってしまう。
「あなたは……どうだった?」
「そう…だな。正直、退屈な時間を過ごすものだと思っていた。だが……そんなことはなかったな。頼もしい親友や友達がたくさん出来た。別れが惜しいよ」
嘘偽りのない思いを紗夜に伝えた。
「続きは歩きながら話そう。生徒会の人たちも先生たちもまだ居るはずだ。俺も挨拶してないからな」
「すれ違いにならなければいいのだけれど」
そう言った直後。スマホが震えた。スマートウォッチで確認するとどうやらメッセージの通知らしい。
「問題ない。生徒会室で待っているみたいだからな」
「それなら早く行きましょう」
「そうだな」
待たせるとめんどくさそうだしな。
そんなことを思いながら日常生活の思い出が詰まった教室を後にした。途中、紗夜の手を取って。
花咲川女子学園 生徒会室
楽しいひと時は流れ、俺たちは花女に戻ってきた。一通り挨拶を終え、最後に寄りたい所があるという紗夜に連れられて俺は今ここに居る。
「さすがに白金と市ヶ谷さんは居ないか」
最後に寄りたかった場所は生徒会室。ある意味俺もここには思い出があったり。2年も通ったからな。
そんなことを考えながら窓から夕焼けを眺めていると紗夜が隣に立った。そしてゆっくりと体を預けてくる。
「綺麗な夕焼けね」
「紗夜の方が綺麗だ……って言ってほしいのか?」
「そういう訳じゃ……」
冗談でもそういう言葉を言ってあげたことはなかったな。"好き"と伝えたこともあまりなかったように思う。
「楽しかったか?」
「えっ……?」
「俺と一緒に居て」
「当たり前よ。……夕は? 私と居て……楽しいと思えた?」
「もちろんだ。顔に出なくて悪いとは思う」
「そんなことは……」
こうしている間もあまり変わらないんだろうな。俺の表情は。ポーカーとかでは有利なんだがな……。あとはババ抜き。引きが悪くなければ。
今考えることではないな。
「ライブの日は教えてくれ。出来るだけ行くようにはする」
「あなたらしいわね。"出来るだけ"だなんて」
「もしものことがあるかもしれない」
「それって……」
「レポートの提出が間に合わないとか」
「はぁー……容易に想像できてしまう辺り、現実になりそうね」
何度も見たその呆れ顔。どんな表情を浮かべていても紗夜は可愛い。いや、怒っている時は例外だな。あのゴミを見るような目は一部の人間には喜ばれそうだ。
「背、伸びたんじゃない?」
「そうか?」
「そうよ……前は肩に頭を乗せられたのに。今は届かないもの」
「前…か。ぼーっとしていないで、さっさと想いを伝えればよかった」
そうすれば……この先も。ずっと一緒に居ることが出来たかもしれない。もっと…楽しい思い出を作ってあげることが。出来たかもしれない。
「どうかしらね。あなたへの好意を自覚していなければ断っていたと思う。私には…ギターしかなかったもの」
「断られていたとしても……俺はそう簡単に諦めはしない。そんな気がする」
「それはそれで困るわね」
一度気持ちを知ってしまえば、そう簡単に諦めがつくわけもない。そう考えると気持ちを知ったことが遅かったのは、ある意味よかったのかもな。
「またこうして2人で話せてよかった」
「もうそんな機会がないみたいに言わないでくれ。先はまだ長い。2人で話せる時間なんて作れるさ」
「そうだといいのだけれど」
以前よりは少なくなるんだろう。いろんな意味で。……今は考えるのはやめておくことにする。
ふとガラスに映る彼女を見ると、涙を流していた。
「紗夜?」
不安にさせるようなことでも言ってしまったのだろうか。それとも……。
「あなたと一緒に……この先も歩みたかった」
「高望みだ。それでも……同じで気持ちでよかった」
優しく頭を撫でながら答え、そっと抱きしめた。
「卒業式で泣いたんだろ? こんなところで……俺のために泣かないでくれ」
「でも私は───っ!」
「お互い、自分で選んだ道だ。俺は後悔していない」
覚悟は───あの日、可能性が見えた時に決めている。後悔はしていない。して……いないはずなんだ。
しばらくするとぽつりと声が聞こえてきた。
「朝は……」
「朝が…なんだ?」
聞き返すと、俺から少しだけ離れて続きを答えてくれた。
「朝はちゃんと起ること……いい? 目を離すとすぐにあなたは──」
「わかっている。努力はするが、たまには許してくれ」
「仕方ないんだから……」
頬を伝う涙を拭ってあげた。そして、今できる精一杯の笑顔を浮かべた紗夜にそっと────。
─────☆
目を覚ましてから5分。彼はスマホと睨めっこをしていた。
「おかしい」
本来目を覚さないといけない時間はとっくに過ぎている。どう足掻いても紘翔との待ち合わせにも、学校にも間に合わない。
覚えている限りでは、いつも通り紗夜に起こしてもらい目を覚まし、あと5分だけと目を瞑った。ということしか覚えていない。
「はぁー……バレたら明日はないか」
想像するだけでも恐ろしい。ゴミを見るような表情を浮かべて小一時間注意を受ける。もういっそのこと、そんな表情で見られることに喜びを覚えたほうがいいのでは? と考えることもしばしば。
「寝るか」
焦ってもしょうがない。ここは連絡すべき相手に連絡をしてゆっくり向かう方がいいかもしれない。そんなことを考え行動に移す。
『悪い』
『寝過ごしたから先に行っててくれ』
『わかったけど、ちゃんと学校には来るんだよ?』
『2限辺りには行く』
なんてやりとりを終えて、スマホを手放し枕元に置いた。
「妙にリアルな夢だったな……」
ほとんど覚えてはいないが、リアルな夢だったことだけは覚えている。誰が居たのかも。なにを言っていたのかも。場所も。全てが幻想だったと言われている。そんな気がしてならない。
「卒業なんてまだまだ先の話か」
そして彼は再び目を瞑った。
『朝はちゃんと起ること……いい? 目を離すとすぐにあなたは──』
ゆっくりと目を開けてため息を吐き出す。
「行くか」
気合いを入れ、ベッドから立ち上がった。
これは……いつか訪れるかもしれない未来。
未来は無数に存在する。
一概にも確定しているとは───言えない。