3年目の有馬記念、シニア級最後のG1を有終の美で飾ったタマモクロス。
「チーズハンバーグセットを2つと……俺はミックスフライで……若鶏のグリルセットと……サイドのフライドポテトに……」
「トレーナー、シーザーサラダも頼むで」
「もう頼んであるよ」
「さすがやなぁ」
並み居るライバルを蹴散らして1着になった彼女は、その足で担当トレーナーと共に大阪に帰省していた。退院した父親と、具合の良くなった母親と、お腹を空かせた弟妹を連れて、とあるファミレスで夕食を取ろうとしていたのだ。
「今日はごちそうさまです、トレーナーさん」
「ホンマ、ありがとうございます」
「いやぁお気になさらず。それよりも、急にお呼び出ししてしまってすいません。近日中に大阪へ来られる日は今日しか空いてなくて……」
同席するタマモクロス両親にお礼を言われるも、トレーナーは曖昧な笑みでタッチパネルを押す。常に極貧なタマモクロス一家と違い、トレーナーは高給取りである。そのため金銭的な問題はないが、急なセッティングをしてしまったことに後ろめたさを感じているようだ。
「ええんです、そんなこと。ウチのタマを有馬で勝たせてもらったことで、100年先まで帳消しですわ」
「せやでトレーナー。ほら、チビたちも兄ちゃんにお礼言いや!」
隣接するボックス席をタマモクロスが小突く。ボックス席を2つ取り、子供グループ・大人グループに分けたのだ。
「ありがとうな、おっちゃん!」
「おっちゃん、おおきに!」
「ごっつぁんやで!」
「タマねぇねと優勝できておめでとう! ありがとう!」
「こらアンタら! トレーナーさんはお兄ちゃんやろ!」
「ハハハ、いやいや別におっちゃんで構いませんよ。もう私も30手前で若くないですし。君たち、なんか食いたいもんあったら言ってね。おっちゃんがタッチパネルで注文するから。ただし、ちゃんと食べられる量だけ頼むこと。分かった?」
「はーい」と元気な声が重なる。店内はそこまで人は多くないため多少の騒音は許されそうだ。逆に言えば、数少ない他の客に対して、迷惑にならないよう注意しなければならない。
「よし……一通り注文し終わったから、弟さん達と料理が来るまでドリンクバーでジュースでも取ってきたら?」
「せやな。よっしゃチビ共! ジュース取り行くで!」
「ドリンクバー……?」
「ジュース……?」
「せやで。ドリンクバー言うてな、このお兄ちゃんのおかげで食事の間だけジュース飲み放題になってん」
「ジュース飲み放題!?」
「嘘やん! 信じられへん!」
「タマねぇね、ホンマか!?」
「ホンマやで。ウチがドリンクバーのやり方をビシッと教えたるからチビ共は着いといでや」
タマモクロスのピコピコと揺れる耳に誘われ、弟妹達はドリンクバーへと歩いていった。残されたトレーナーは、タマモクロスの両親と視線を交わし、恐縮そうに肩をすくめる。
「改めて、本日はありがとうございます、トレーナーさん。タマを有馬記念優勝に導いてくださって」
最初に口火を切ったのは母親だった。
「家族揃ってテレビで見とって、上への下への大騒ぎでした」
「チビどもは狂喜乱舞しとったけど、ご近所さんも大歓声挙げとったなぁ」
「お父ちゃんも思わず泣いとったもんな」
「それは言わんお約束やって。……ホンマはな、トレーナーさん、タマに勝手にウチらの夢を背負わせて、お前は家族の希望だの何だの言っといて、重荷になってないか心配だったんです」
「せやけど杞憂やったな。こないな良いトレーナーさんに巡り会えて、夢やった有馬一着を叶えさせてもらいました。これ以上の幸せはあらへん。トレーナーさんには感謝しても感謝しきれません」
「いえ……ひとえに、タマモクロスさんとご家族の頑張りのおかげです。元々、タマモクロスさんには才能がありました。その才能をいち早く見抜き、幼い頃から走らせていたおかげで才能が腐ることがなかったのはご両親お二人のおかげです。そして、その才能に胡座をかくことなく、私の提示した練習メニューに文句を言わず、ひたむきに練習して、ようやく努力と才能が結実したんです。イップスに陥って食事が喉を通らなくなった時も、解決したのは故郷の味でした。ご家族の応援と本人のやる気があってこそですよ。……まぁ私もちょっとは頑張った自負はありますけどね、ハハハ」
茶目っ気たっぷりに笑みを浮かべながら、タマモクロスと家族の絆を褒めちぎるトレーナー。その言葉に嘘偽りはない。自分はタマモクロスの「走りたい!」という背中を押しただけだと、本気でそう思っていた。
タマモクロス両親は自分たちが想像していた以上の返答に、「ハァ……」と感服のため息を漏らす。
「それに━━━━」
「それに?」
「前に聞かれましたよね、『タマはまだまだ早くなるか~』って。今も同じことが言えます。有馬のレースを見て確信しました。タマモクロスさんはまだまだ早くなれますよ。有馬一着は皆さんの夢だったのかも知れませんが、ここに来る新幹線の中で、今度はレコードを狙おうかって話をしました」
有馬一着がまだ通過点だと言わんばかりの発言に、タマモ両親は固まってしまった。まるで雷が落ちたかの衝撃だ。
「……敵わへん。トレーナーさんにはホンマ敵わへんわ」
「こないなこと言われたら、他のトレーナーさんと一緒におるタマが想像できへんわ。ホンマ、出会ったのがトレーナーさんで良かったです」
「それにお夕飯まで奢っていただいて、今後一生頭が上がりませんわ」
「ハハハ、いえいえ、そっちは気にしないでください。中央トレセンのトレーナーって休日は無いに等しいんですけどね、結構儲かるんですよ。ですから……その……」
トレーナーは頭を掻きながら困り眉を作った。
「タマモクロスさんのご希望でファミレスだったのですが、本当にファミレスで良かったんでしょうか。交通費・宿泊費はこちらで出しますし、東京に来ていただいて、観光がてらホテルのバイキングでもと思ったのですが……」
「お気持ちだけいただいておきます。ただ、ウチらとしてもファミレスだと助かるんですわ」
「助かる……?」
「せやでトレーナーさん。ウチのチビ達をいきなりホテルバイキングなんて連れてったら、あまりの美味さに卒倒するか、食べすぎて腹を壊すか、緊張のしすぎて食えへんかのどれかになります」
「ろくなことにはならへんやろな! ガハハハ!」
タマモママの子供に対する扱いに、タマモパパが豪快に笑った。タマモクロスの笑い方は父親譲りらしい。
「お気持ちには甘えてしまいますが、まずはこうしてファミレスから慣れさすんです」
「まずは白湯から。次は流動食。そして病院食。そうやって胃と舌を労りながらでないと、ビックリして周りの人に迷惑かけてしまいます」
「なるほど……そういう事情が……」
有馬記念を制した記念に、家族と会食しようとしたタマモクロスとトレーナー。
トレーナーは食事会をセッティングするべく、ご家族を東京に呼ぶか、それとも大阪に帰るかのどちらかを提案する。タマモクロスは悩みに悩んだ末に「念願の有馬温泉……! いや……まずはファミレスやないと……チビ達がアカンかも知れへん……」と呟いたことで、優勝インタビューもそこそこに大急ぎで大阪に帰省。そのままファミレスでの打ち上げに及んでいるのだ。
日本が注目したG1レースを一着で飾ったというのに、ファミレスでは少々綺羅びやかさに欠けていたが、その背景には貧乏ならではの苦悶があったようだ。
振り返ってみると、タマモクロスはパンケーキの値段を見ただけで注文を取りやめ、奢っても精神的にキャパオーバーして完食に苦労していた。弟妹達も、いきなり高級旅館などだと同じ経験をするかもしれないという判断の元だ。
まぁファミレスで打ち上げというのも、それはそれでタマモクロスらしくていいなぁとも納得していたが。
「でしたら年始はどうでしょう。素泊まりのビジネスホテルやファミリーロッジなら、朝食バイキングくらいしかありませんし」
「あら? 今日から年明けまでタマとウチで過ごすんやないんですか?」
「チビたちも『おっちゃんと遊ぶー!』言うて喜んではるし、てっきり今日はウチに泊まるもんかと思ってましたわ。布団の準備もしとったのに」
「それがそういう訳にも行かなくてですね……」
トレーナーは12月30日に行われる【アオハル杯】について説明する。
学園内でのトップを極めるチーム対抗戦。端的に言ってしまえば小中高の球技大会や運動会のようなものだが、小枠ながらもメディアに取り上げられることもある。
だが普通の運動会と違い、競技は「レース」の1種目しかないため、比にならないほど白熱する戦場と化す。特に管理主義を掲げる理事長代理と、今まで通りの自由な中央トレセンを守り抜くウマ娘とが対立していた。
足の速さだけでなく、チームとして培ってきた絆と、学園の今後を背負う覚悟が試されるのだ。
タマモクロスの所属しているチームを率いるのは当然タマモクロスのトレーナーであり、12月30日の最後の戦いでは理事長チームとの対戦が控えている。天王山とも言えるこのレースに向けて最終調整もしなければならない。
今こうして、トレーナーとタマモクロスが大阪に出向いて一家団欒できていることは奇跡であり、晩ごはんを食べ終わったら2人は新幹線で中央トレセンに帰らなければならない。
有馬→インタビュー→大阪で食事→東京にとんぼ返りと、一日でやるにはハードスケジュールにもほどがある。
「そんなレースがあったんか……トレーナーさん大忙しやなぁ……」
「せやなぁ……。タマ以外にもウマ娘さんの面倒を見るなんて、ウチの人みたいに過労でぶっ倒れんかが心配や……」
「忙しいっちゃ忙しいですけど、それだけにやりがいありますからね。私のチームの子たちはみんな努力家で、私の考えたトレーニングに応えようと一生懸命走って、結果を残そうと必死なんです。そんな姿を見たら疲れなんて吹っ飛んじゃいますよ。私なんかより、ウマ娘のみんなのほうが、よっぽど大変で……私も負けていられません」
今日で何度目か。
相次ぐトレーナーの模範解答連発に、両親は再び「はえぇ~」と感心する他無かった。
それと同時に、タマモクロスがこの男に着いていこうと決心したのかも、なぜ彼を『家族』と呼んでいるのかも、頭ではなく心で理解する。
「なんやなんやトレーナー、真剣な顔しよって。ウチの祝勝会やのに真面目な話でもしとったんか?」
コーンスープを淹れてきたタマモクロスが、フーフーと冷ましながらトレーナーの横に座る。遅れて弟妹らが、並々注いだジュースをこぼさないよう隣のボックス席に静かに着席していった。
「タマモクロスは世界で一番早いって話をしてたんだよ」
「カーッ! こんなとこでもウチの自慢か! 照れるでホンマ!」
アチアチとコップをテーブルに置きながらトレーナーに寄っかかり、耳をペシペシと打ち付けてツッコミを入れる。
(この人なら……あるいは……)
そんな2人の姿を見て、タマモクロスの父親はある決心を固めた。
タマモクロスはまだまだ走れるのか。
タマモクロスは他のウマ娘より早いのか。
トレーナーは床に伏した自分の顔色をうかがうこと無く「まだまだ早くなれる」とだけ実直に答えた。
体調を崩して入院生活を余儀なくされ、タマモクロスが家族のために走ることをやめようとしていたあの時━━━━。
タマモクロスが走ることが家族の希望になっていると、そう送り出すことのできたあの日━━━━。
タマモクロスの引退を止めるきっかけになったのは彼だ。
度重なる不幸で精神的に病んでしまい、食べたくても食べられない拒食症のような症状に陥ったタマモクロスを救ったのは、優しい味の家庭料理を作ったトレーナーだった。
わざわざ妻にまで直接レシピを聞きに来たというのだから、タマを救おうとしたその信念は本物だろう。しかもクリスマスに振る舞うというのが粋だ。
「お待たせしました、レギュラーハンバーグセットです」
「あ、オレのや!」
「ウチのちゃうわぁ~」
「鉄板が大変お熱くなっていますので気をつけてくださいね」
「ありがとうございます~!」
「めっちゃ美味そうやん!」
隣から子どもたちの愉快な声が聞こえてくる。一家総出で外食というのも久しい。親として少し情けないが、子どもたちに一時の幸せを味わわせてくれたのも彼だ。
「タマ……いや、タマモクロス」
「な、なんやお父ちゃん……急に改まって……。ウチなんも悪いことしてへんで……?」
「風の噂に聞いたんやけど『トレーナーはウチの家族や』言うたらしいやないか」
「なんやそのことかいな。せやで。まぁこんだけ深入りされたらしゃーないやん。そうなってしもうたんや。不可抗力っちゅーやつや」
狼狽えるでもなく、恥ずかしがるでもなく、逆ギレするでもなく、あっけらかんと開き直ってズズズッとコーンスープをすする。彼女にとって、トレーナーを家族として迎え入れることは、六法全書よりも正しいようだ。
「なんか……すみません……」
しかしトレーナーは居心地が悪そうだ。タマモの、本物の血が繋がった家族を前に、疑似家族などと形容されてはどう振る舞えばいいのかわからないからだ。
「何謝っとんねん。変なトレーナーやな。ウチがええ言うてるんやからドーンと構えときや!」
「タマがトレーナーさんを家族や言うのは別に構へん。お父ちゃんは特に異論は無い」
「お母ちゃんも当然そうや」
「……あれ、当事者の俺の意見は?」
話に置いていかれそうになるトレーナーをスルーし、タマモ両親は背筋を丸めた。
「せやけどな……アンタはどんな家族としてトレーナーさんを見てるんや?」
「どんな……?」
「せや。親戚の兄ちゃんか? おじさんか? 2人目のお父さんか?」
「それとも━━━━」
父と母が目配せをする。
「うーん……あ……あ!? あああああぁぁーー!!!」
両親の言わんとしていることを理解したタマモクロスは、思わず机に突っ伏してしまった。言外の意味することはつまり、メオトの仲かという問だ。
「なんやなんや?」
「タマねぇね、どうしたんや?」
「泣いとるんか?」
異変を感じた弟妹が、ソファの衝立越しにタマモクロスを覗き込む。慌てて起き上がり、両手をあたふたと振った。
「いやいやチビたちには関係あらへんで! 引っ込んどきや!」
「なぁ、アンタらは新しいお兄ちゃんができたら嬉しいか?」
「お母ちゃんも余計なこと言わんでええって!」
「新しいお兄ちゃん!?」
「トレーナーさんのことやろ? もう俺らのお兄ちゃんみたいなもんやん」
「てことはトレーナーさん家に来てくれるんか!?」
「チ、チビたち! 今はジュースおかわり自由やで! 飲み終わったら次注いで来ぃや!」
「せやった! 油断しとったわ!」
「ウチ、次はたまねぇねと同じの飲む~!」
「汁物はさっき教えた通り白いマグカップに注ぐんやで。他のお客さんの迷惑にならんようにしぃや」
「????」
タマからの「お前は家族宣言」を「信頼」として捉えていたトレーナーは、なんとなく話が噛み合ってるような、噛み合っていないような、アン○ャッ○ュのコントのような既視感を感じており、完全に置いてけぼりになってしまっている。
そして思わぬところからの援護射撃━━━━ではなく、フレンドリファイアにより窮地に立たされるも、なんとか脱することができたタマモクロスだったが、まだまだ追求は終わらない。
「なんや、タマ、トレーナーさんのこと嫌いなんか?」
「いや、トレーナーは好きか嫌いかで言うたら好きや! せやけどちゃうねん! 好きは好きでもライクやねん! なんや上手いこと言われへんけど……家族や! 恋人とかそんなんちゃうで!」
「あ、あー! なるほど!」
「恋人」というワードに、ピンと来たトレーナーもようやく会話に加わった。
「あの、私からも弁明させてもらいますが、その、タマモクロスさんと交際してるとか、手を出してるとか、そういうことは一切ありませんのでご安心を。タマモクロスさんは清い体のままです」
「せやで! ウチの体は六甲山の天然水並に清い━━━━って何を言わすねんトレーナー!」
狼狽する2人をよそに、タマモ両親は更に詰め寄る。
「おるやろ」
「な、何がや?」
「何がです?」
「トレーナーさんから聞いたで、アオハル杯のこと。トレーナーさん、他にもウマ娘さんを預かっとるらしいやん」
「まぁいますけど……」
「それが何やんねん……」
「せやから、おるやろ。他にもトレーナーさんのことが好きなウマ娘さん」
「え……?」
「うっ……中々痛いところを……!」
タマモクロスが言い淀むのも当然。いるかいないかで言えば、いる。
アオハルチームにいるウマ娘は、担当トレーナーが付いている者がいれば、付いていないな者もいる。付いていないウマ娘は、タマモクロストレーナーが責任を持って預かっているため、二足以上のわらじを履いていることになる。
そんなウマ娘の中でも、特に怪しいのは同チームのライスシャワーとマチカネフクキタルだ。タイキシャトルとハルウララは、そういうのとはまた別の次元で馴れ馴れしいが、あの2人は間違いなくトレーナーを狙っている。なんとなくしっとりしている、湿度の違いを感じていた。
個人的に、トレーナーと一番関わっているのは自分だという自負がある。
家族が急を要する時は、いつも一緒に大阪に来てくれていたし、季節ごとのイベントではずっとちょっかいをかけてきた。なんならクリスマスに声を掛けてきたファンに「トレーナーは家族であることを広めろ」と牽制もしたし、外堀を埋める的な意味でも盤石な体制であると思っていた。
要するにアドバンテージがあったはずなのだが、しかし、他ならぬトレーナーが色恋沙汰に疎いというのが仇となりそうだ。
「え、タマモのその反応もしかして……俺のこと好きなウマ娘がいるの!? 俺のチームに!? マジで!? えーマジかよ……うわぁー参ったなぁー……あはは……。えーマジかぁ……」
トレーナーは、学生時代は女性と関わりがあまり無かったため、異性から好意を向けられると舞い上がってしまうピュアなチェリーだった。そのため、例え教え子であったとしても好きだと言われれば素直に照れてしまう。
もはや指導者としての風格は消え失せ、一人の男としてソワソワとしながら水を口に含んでいた。
「タマ、お前トレーナーさんとそういう仲になるんはイヤなんか?」
父の真剣な眼差しに屈するように、徐々に小さい体を蹲らせていく。
「それは……ッ!」
(イヤ……っちゅーわけや……ないねんけど……ッ!!)
タマモクロスは顔から蒸気を出して顔を伏せてしまった。
改めて惚れた腫れただのを口に出すのは憚られる。なにしろタマモクロス自身もそういう恋愛経験が無く、だからこそ「家族」と遠回しに伝えることしかできなかったのだ。
幸いなことに、ライスシャワーとマチカネフクキタルも恋愛経験は無い。しかし、もしもあの2人がストレートに好意を向け続けたら、横からかっさらわれてしまう可能性も否めない。2人が奥手の今がチャンスであることは重々承知していた。
しかし、正面切って惚れた腫れただのを伝えるのはこっ恥ずかしい。タマモクロスに限った話ではなく、一般的な感性をしているならば、観衆の目があろうがなかろうが好意をストレートに伝えるのは躊躇するだろう。
『ウララはねぇ~トレーナーさんのこと好きだよ~!』
ハルウララは別だ。あれはやりかねない。
どう言い訳してこの場を切り抜けるか試行錯誤していると、ガラガラとワゴンを押したお姉さんがやってきた。
「お待たせしました、チーズハンバーグセットとシーザーサラダになりますぅ」
「ええタイミングや定員さん!せや!今は飯や!ウチの祝勝会やで!なんで主役のウチがこんな詰られとんねん!おかしいやろ!」
「……年明けたら白黒ハッキリつけんで」
「かぁ~残念やったなぁ~!アオハル杯が終わったらURAファイナルズがあんねん!お父ちゃんらが東京に来るならまだしも、ウチは大阪にはようけ帰って来られへんで~!ベロベロバァ~!ほないただきま~す!」
「年始は東京行くで」
「トレーナーさんに誘われててん」
「ホンマに来んなや!」
「ミックスフライセットになりますぅ」
「あ、それ自分です」
「鉄板お熱くなっていますのでお気をつけください」
「ありがとうございます」
トレーナーの注文したセットメニューも来た。自分だけならまだしも、トレーナーのご飯の邪魔をしてまで追求はできまい。これでもう堅苦しい話は終わりだ。
ぐぬぬと悔しそうに歯噛みする両親をよそに、タマモクロスはナイフとフォークを使い、慣れた手付きでハンバーグを切り分けた。中からチーズがどろりと溶け出す。温められれば柔らかく、美味しくなり、冷えれば固くて不味くなる。チーズはまるで恋心。
これではアイドルが歌う恋愛ソングの歌詞のようだ。
(スマートファルコン……アンタの気持ちがようやっと分かったで……)
恋愛逃げ癖出遅れシンパシーアオハル杯ダート担当に思いを馳せながら、心のなかで一粒の涙を流したタマモクロスだった。