ウマ娘とトレーナーの小話   作:raioncat

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一人勝ちゴールドシップと好感度反転薬

 

「試験的に作られた『ウマ娘からトレーナーさんへの好感度反転薬入りニンジン』が、先日お渡しした『BBQセット』に混ざっていたようでして……。効力が切れるまでの一週間は、トレーナーさんに避難してもらおうということになりました。申し訳ありません」

「!?!!??!?!?wwwww」

 

 駿川たづなの言葉によりトレーナーの脳内で小宇宙が弾けた。一言一句、意味がわからず混乱する。

 

 なんで作用するのがトレーナー限定なのか?

 

 どういう意図の元で作られたのか?

 

 薬の名称的にウマ娘からトレーナーへの好感度が反転するのか?

 

 そんなとんでも薬を誰がどうやって開発したんだ?

 

 わからない。全てが謎だ。話の内容についていけず、脳内で反芻しながら意味を理解しようとしているトレーナーに、たづなが再び頭を下げた。

 

「ごめんなさいトレーナーさん、1から説明しますね。まず私たちトレセン学園運営陣は、理事長が身銭を切ってショップを開店しました」

「はぁ」

「評判は良いのですが、多くのウマ娘から『トレーナーの本心を知るアイテムを出してくれ』との要望を頂きまして。しかし直接的に知らせるのはトレーナーサイドのプライバシーを配慮しなければならず、じゃあ本心を反転させれば元の好感度が分かるよね、ということで開発中だったんです」

「あーね、これの三店方式な感じだ」

 

 直接的に知らせるのは倫理観的にまずいが、間に何かを挟めばセーフということだろう。トレーナーは左手でタバコを吹かし、右手でレバーを操作するフリをする。虹文字演出と鳴り物の幻覚も見えた。

 

「……いやいやいや、実際にそれ販売されたらクソキレますよ。プライバシーに配慮してって、結局本音がポロリするならできてないじゃないすか」

「そもそも表立って販売するつもりはありませんでしたのでご安心ください」

「あぁもうバレなければセーフ的な感じなんだ。そんなにデカいシノギの匂いしました?」

「どちらかというと、トレーナーさんとウマ娘の良好な関係を築くのに一役買ってくれないかなと思っていまして。トレーナーさんとウマ娘の不和が原因でパートナーを解消したり、パートナーを信じきれずトレーニングやレースで怪我をしたり、最悪引退にまでなってしまうケースが後を絶ちませんから。少しでも不幸になるウマ娘が減ればと……」

「……そっすか」

 

 たづなは理事長と同じ。ウマ娘のことを優先的に考えている。

 

 それでも本来なら一言二言叱り飛ばすか愚痴をこぼすところだが、問題児だらけのウマ娘を抱えているトレーナーは諦めることと、起こった事象に対する寛容さが身についていた。

 

「話を戻しますね。いくつかできた副産物の一つが『ウマ娘からトレーナーへの好感度が反転する薬』でした。しかし研究が思うように進まず、おまけに情報が一部メディアに漏れてしまったことで研究は凍結。試薬品を混ぜたニンジンも廃棄処分が確定していたのですが……」

「なにかの手違いで、その廃棄ニンジンがレースの打ち上げ用に買った『BBQセット』に混ざっちゃったと」

「はい……。本当にすみません……」

「うーん……まぁ1週間ならレースに出るウマ娘はいないし平気かなぁ」

 

 よもやゴールドシップの宝塚1着記念に買ったBBQセットにそんな劇物が仕込まれていようとは。

 

 幸いなことに、担当しているウマ娘の中に近日中のレースへ出場する予定はない。トレーニングに同席できないのは多少の影響はあるだろうが、それでもレース直前やレース最中などに比べれば微々たるものだろう。

 

 ここでたづなさんを相手にごねたところで何も始まりはしない。逆に一週間の休暇が生まれたとポジティブな方向へ切り替えることにしたトレーナーだった。

 

 本来ならトレセン側の不手際ということで理事長のポケットマネーから旅費が出される話だったが、トレーナーは理事長のことが好きなので断っておいた。貸し1つということだ。トレーナー業でせせこましく貯めたお金もある。

 

 部屋を出て、すぐさまメッセージアプリを起動。グループに所属しているウマ娘へ、トレセン側からの要請に従い一週間の出張を言い渡されたとの業務連絡と、トレーニングメニューをオーダーしておく。好感度の反転した彼女たちが応えてくれるかどうかは怪しいが、レースに関しては真剣に取り組んでくれるであろうウマ娘たちを信じる他無かった。

 

 ため息と共にスマホをポケットにしまう。

 

「よートレーナー。メッセ見たぜ、一週間留守にするんだってな」

 

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿はラフレシア。

 

「あ、ゴルシ」

 

 トレーナーにとって、今一番会いたくないウマ娘ナンバーワンのゴールドシップ。通常時でさえ何をしでかすかわからないのに、好感度が反転した今ならどんな奇行に走るのだろう。出会い頭に腹パンされて内蔵が破裂してもおかしくない。

 

 なんでメッセージ送った直後に現れるんだと、サッと身構えるトレーナーだったが━━━━。

 

「……あれ?」

 

 予想に反してゴルシはおとなしい。挨拶してからジッと棒立ちのままだ。

 

「それ……どういう表情?」

「地球って惑星の中じゃ小せぇなぁって思ってよ」

 

 ゴルシは無表情だ。

 

 眉毛を釣り上げたり、無意味に変顔するいつものゴルシではなく、強い顔のまま凛とした佇まいをしている。感情が反転しているならば露骨に嫌な顔をするはずなのに、どういう感情を抱いているのか皆目検討もつかない。

 

「あ、そうか。別に俺のことが好きじゃなければ、嫌悪感を顕にすることもないのか」

 

 あくまでも、ウマ娘からトレーナーへの好感度は反転されるだけなので、最初から好意的でなければ露骨に嫌う態度は出さないだろう。

 

 なるほどなぁと一人で納得するトレーナー。しかしゴールドシップは能面顔のまま首を横に振った。

 

「ゼロにしてんだ」

「……はい?」

「別にトレーナーのことを好きでも嫌いでも無い。ちょうどゼロにすれば嫌いになることも好きになることもないだろ」

「おぉ~その手があったか……いやあったけどよくやるなぁ……」

 

 言うは易し、行うは難し。感情のコントロールなど大の大人ですら難しいのに、あっけらかんとやってのけるゴールドシップに舌を巻く。

 

「でも、俺と喋るってことは多少なりとも好感度は高下するんじゃ……?」

「アタシは走れればそれでいい。そのためにトレーナーが必要。そういう考えにシフトした」

「なるほど~。俺を主軸に考えず、レースを中心に据えれば、トレーナーに対する好感度があろうがなかろうがってことか……ん?」

 

 それはそれとして、トレーナーは一つの事実に気づく。 

 

「え、じゃあゴルシは元々、俺のことをそんな嫌いじゃないってこと?」

 

 そもそもゴールドシップが感情を無にするというのは、好感度が反転してしまい、トレーナーに悪感情を持ってしまうのを嫌ったからだ。ゴルシがトレーナーに対して好意を向けていないと発生しないイベントである。

 

「えぇ~ゴルシ俺のこと好きすぎだろ~! ありがとゴルシ!」

 

 面白いことには後先考えずに頭を突っ込み、縦横無尽・自由奔放・唯我独尊を地で行く性格のゴールドシップが、まさか自分のことを好いていてくれてるとは思わず、「デヘへ」と照れ笑いしてしまう。

 

「フンッ!!」

「わぁっ!?」

 

 それを見たゴールドシップは壁に頭を打ち付けた。コンクリート片が廊下に散らばる。

 

「プラマイゼロ!熱平衡!空と宇宙が交わるところ!アイソスタシー!」

「あわわわ……」

 

 額から血を流し、歯ぎしりをしながらもブツブツと呟く。普段のゴルシからは見られない自傷行為という異常事態ではあるが、トレーナーはオロオロとするだけで手の打ちようがない。

 

 普段からゴルシを刺激するとどうなるのか予測不能ではあるが、今のゴルシは拍車をかけてどうなるか分からないからだ。こうなっては取る行動はただ1つ。

 

「す、すまんゴルシ、俺のせいで……!もうこれ以上話しかけるのは危険だから、俺、もう行くな!」

 

 ━━━━『大逃げ』である。

 

 ぐおおおおぉぉと呻くゴールドシップを置いて寮に戻り、旅行支度を済ませるとすぐにタクシーを拾って駅に向かった。

 

 

 

 

━━━━ 1週間後 ━━━━

 

 

 

 

 日が傾きだしたトレセン学園にて。

 

「いやーなんだかんだ休日を満喫しちゃったなー」

 

 汗水垂らしてトレーニングに励むウマ娘たちに悪いと思いながらも、トレーナーはきっちり1週間、実家に帰省したり、高級旅館に泊まったり、友人とキャンプやバーベキューをしたりと、羽根を伸ばしてリフレッシュしていた。

 

 1つ気になるのは、帰ってきてから寮室の雰囲気がちょっと変わっていたことだ。旅行に出かける前と、食器や文具の配置が少し違っているような。特に、使い古したクタクタのクッションが、クリーニングされたように新品同然になっている時は目を疑った。壁の模様もなんか違っていた気がする。

 

 しかし今日からは再びトレーナーとしてウマ娘を鍛える使命がある。自分のことより、まずは自分が受け持つウマ娘だ。荷物を寮室にほっぽりだしてジャージに着替え、久しぶりに踏みしめる芝の触感に懐かしさを覚えながら、スマホを操作して休暇中に考えてきたトレーニングメニューを眺める。

 

 休暇中とてトレーナーである。効果的なトレーニングを思いついたらメモを書き取り、我ながら会心の出来だと自画自賛している。担当ウマ娘たちに試すのが今から楽しみで仕方がないが━━━━。

 

「そーっ……」

 

 目を細めてニヤニヤするトレーナーの後ろから迫る影があった。

 

「よおおおぉぉぉートレーナアアァァー!!!」

「うおぉッ!?」

 

 背中に走る強い衝撃、鼻孔をくすぐる甘い香り、視界の端にチラリと映る手入れされた綺麗な芦毛。黄金の船だ。

 

「ひっさしぶりだな~トレーナー!しばらく見ない間にテロメアが1Å短くなったか?」

「久しぶりゴルシー!元気にしてたか?」

「元気っちゃ元気だけどよぉ、トレーナーがいない間こっちは大変だったんだぞ!あいつらを真面目にトレーニングさせたり、タキオンの部屋に忍び込んで薬をくすねたり、オグリとスペが家系ラーメンを出禁になったり……誰のせいだと思ってんだ!」

「俺のせいじゃねーのは確かだなぁ」

「つれねーなー。そこは『俺のせいだ!残りの人生お前にやる!』って懺悔するところだろーがよー」

「代償が重くない?」

「あそうそう、テイオーから差し入れな」

「へぇ、テイオーから」

 

 ゴールドシップはあすなろ抱きをやめ、透明な容器に並々注がれている黄色い液体━━━━人間向けサイズに味と量が調整されたハチミーレモンを差し出した。

 

 トウカイテイオーは担当ウマ娘の一人である。ゴルシより一年遅く担当についたが、無事に春の三冠を達成した名誉ある三冠だ。

 

 そんな彼女が懇意にしている移動販売車が人間向けに売り出した新商品だそうで、以前、トウカイテイオーと移動販売車の前を通った時に「飲んでみたいなぁ」と呟いたのを覚えられていたようだ。

 

「『トレーナーが飲みたがってたから特別ね!』って昨日渡されてな。最後の一滴までちゃんと全部飲み干せよ。飲み干すまでゴルシ様が見てるからな」

「ふーん、どうせ今日会うんだから直接渡しに来ればいいのに、なんでそんな遠回しなことすんだろ」

「そういう年頃なんだろ……お、あいつらもようやく来たな」

 

 ズゴゴゴゴと、ストローで残り少なくなったハチミーレモンを吸い上げていると、キタサンブラックやゴールドシチーなど、トレーナーの受け持つウマ娘が続々と集まりだした。

 

 しかし晴天下だというのに全員の顔に影が落ちている。トレーナーが挨拶をしても「あ……」とか「おはよ……」などの生返事しか返ってこない。心ここにあらずだ。

 

(……まだ薬の効果が残ってんのかな)

 

 嫌な予感にと甘酸っぱいハチミーレモンに、トレーナーは顔のパーツを中央に寄せた。もしも薬の効果が残っていたとして、曲者ぞろいの彼女たちがそれを素直に教えてくれるだろうか。何の予備動作もなく一発腹パンされることだってありえる。

 

「あ━━━━あー!それ飲んじゃダメー!!!」

「は!?」

 

 血相を変えたトウカイテイオーが、トレーナーの飲んでいたハチミーレモンを奪おうとする。トレーナーは半ば反射的に躱すも、トウカイテイオーの強行に状況が飲み込めずいた。

 

「え、え、どういうこと?これ飲んじゃダメだった?ゴルシからはトウカイテイオーの差し入れだって渡されたんだけど……」

「い、いや、用意したのはボクだしトレーナーが飲んでも良かったけど……そうじゃなくて飲んじゃダメだったのー!ってもう全部飲み干してるー!?ナンデー!?」

「???」

 

 要領を得ないトウカイテイオーの言い分にトレーナーは首を傾げるばかりだったが、ゴルシが眉1つ動かさず指摘する。

 

「……どうせハチミーレモンに細工でもしたんだろ」

「え゛!?どうして分かったの!?」

「昨日アタシが受け取った時、透明の容器越しに液体が真っ赤っ赤だったからな。そりゃわかるだろ」

 

 それまでどんよりとしていた周囲の空気がピリッと変化し、ウマ娘たちの視線がトウカイテイオーに集まる。針のむしろにされたトウカイテイオーは「うぅ~……」と頭を抱えたが、程なくして自白した。

 

「ボクも……ボクもね……昨日までは我慢してたんだけど……トレーナーが明日帰ってくるってわかったら、なんだが無性にムシャクシャして……唐辛子とかタバスコとかいっぱい辛いの入れちゃったの……。グスッ……嫌いにならないでトレーナァ……」

「テイオー……」

 

 スンスンと泣くトウカイテイオー。

 

 ハチミーレモンを飲めないほど辛くして粗末にしたこと、大好きなトレーナーに嫌がらせをしたこと、ゴールドシップに嫌がらせの片棒を担がせようとしたこと。正気に戻ったトウカイテイオーは、それらに対して「申し訳ない」という気持ちでいっぱいいっぱいだった。

 

「いや嫌いになるもなにも……」

 

 トレーナーは怪訝な顔で空っぽになった容器を振る。

 

「うーん……別に辛くもなんともないけど……色だって赤くなかったし。ゴルシが俺の扉に穴開けてぶっ壊したのに比べれば嫌いになりようがないし……」

「そりゃそうだろ。容器だけはそのままに、中身はアタシお手製の自家製ハチミーレモンにすり替えておいたのさ! つーかトレちゃんアタシのこと嫌いだったの!?」

「ありがとゴルシイイイイィィ!!」

「ぐえっ!」

 

 ゴールドシップにトウカイテイオーが勢いの限り抱き着く。ギリギリのところで自分の好きな飲み物が、トレーナーの嫌いな飲み物に変わらずに済んだのだ。

 

「よがっだあああぁぁ~……!」

「ははっ……トウカイテイオーらしいというかなんというか……」

「えぇぃテイオー!いい加減どけっつーの!」

 

 薬で好感度が反転していたとはいえ、なんとも可愛らしいイタズラだ。年相応というか、思いつく嫌がらせがその程度だったことにトレーナーは笑みが溢れる。

 

 イタズラ内容は肉体的苦痛を伴うものではあったものの、多少胃と腸が荒れるくらいで済むような、笑い話にできる範疇であったことに安堵した。むしろ可愛らしさに抱きしめてしまいたいくらいだ。

 

 しかしのほほんとするトレーナーとは対象的に、場の空気はまだ重いままである。

 

「あの……さ……トレーナー……アタシもなんだけど……」

 

 ゴールドシチーがスマホを片手におずおずと名乗りを上げた。

 

「おぉ、シチー……?」

 

 一流モデルの貫禄はどこへやら。いつものキラキラしたオーラは消え失せ、枝毛の処理も忘れているのか髪の毛もボサボサ気味。メイクもままならないようで、目の下には隈ができており、頬には涙痕もある。ファンが見たら卒倒ものだろう。

 

「アタシ……アタシさ……」

「……ゆっくりでいいよ。後でこっそり一対一で教えてくれてもいいし」

 

 トレーナーも何かを察したのか助け舟を出す。言いづらいことならば言わなくてもいいし、無理してみんなが見ている前で吐き出すこともないだろう。そんな優しさに下唇を噛み締めたゴールドシチーは、俯いたまま、意を決して息を吸い込む。

 

「アンタの連絡先と写真、全部消しちゃった……ごめん……」

「あー……まぁ……それくらいだったら全然大丈夫じゃない?もう一回交換すれば━━━━」

「大丈夫じゃないよッッ!!!!!」

 

 突然の大声にその場にいた全員が身体を震わせる。トウカイテイオーは当事者でもないのに「ピィッ」と鳴き声を上げた。

 

「……初めてのG1で、プレッシャーに押しつぶされそうになって眠れない時、アンタからの励ましの言葉で、アタシがどれだけ救われたか……。写真とメッセージを時々見返して、それでまた明日も頑張ろうって思えたのに……全部ッ……消えちゃったんだよッ!? もう何も……何も残ってない……ッ!」

 

 言い切ったゴールドシチーは顔を手で覆ってしまう。最低限メイクのチークすら崩れたが、人目も憚らずに泣くことはやめなかった。ウマ娘として、モデルとして、イメージを崩すような真似はしたくなかったのだが、それでも我慢できなかったのだ

 

「……あんまり気の利いたこと言えないけどさ」

 

 トレーナーは泣き出すゴールドシチーを抱きとめて、背中をポンポンと叩きながらあやす。

 

「俺はシチーと過ごした時間を忘れない。シチーもきっと忘れていないと信じてる」

「グスッ……」

「形に残る物で消えちゃったものがあるけれど、形に残らないものは消えてない。シチーも俺も、これまで過ごした思い出は心の中に生き続けてる」

「……」

「けれども形にできる思い出もあるから、それならまた一緒に作れば良い。そうだろ?」

「うん……」

「喪失感はどうしたって拭えないから、今はただ泣いて、気持ちに整理をつければいい。全部俺が受け止めてやるから」

「うん……!うん……!」

 

 しかしシチーは泣いているのに、嗚咽をしなければ、鼻水やヨダレも出ず、涙が綺麗に目尻を伝っていく。モデルは泣く姿も様になるものだ。

 

 そしてもう一人のゴールドが、二人の世界に旅立とうとしたシチーの肩を叩き現実に引き戻す。

 

「後でアタシの秘蔵のトレーナー写真、やるよ」

「ゴルシ……ありがとう……」

「ぐぬぬぬ……!」

 

 トウカイテイオーはゴールドシチーに嫉妬して眉毛をピクピクとさせていたが、トレーナーにイタズラを仕掛けようとした負い目があるため、ゴルシのように二人の間の割り込むようなことはさすがに自重していた。

 

「うっ……うぅ……」

 

 しかし、今まで静かだった爆弾がついにカウントダウンを始めた。

 

「トレーナーさん、私はなんてことを……うぅう……」

「ううん、サトちゃんだけのせいじゃないよ……。あたしも……あたしだって……」

 

 シチーの独白を聞いていたキタサンブラックとサトノダイヤモンドが、ゴールドシチーにつられて泣き出したのだ。

 

「二人が手を組んでやったってことは、洒落にならないような気がするけど一応聞くか……何やったの?」

 

 まだこれ以上があるのかと、ゴールドシチーの頭を撫でながらトレーナーはため息を吐いた。

 

 シクシクと涙が止まらないサトノダイヤモンドは、ハンカチで涙を拭きながら答える。

 

「私たちも消しちゃったんです……」

「何を?また連絡先?」

「トレーナーさんの寮室を」

「……物理的にってコト!?!?!?」

 

 ジェットコースター級の落差の激しさに感情を揺さぶられ、トレーナーは目を白黒させた。寮室が消されるとはどういうことか、脳みそが理解を拒んだ。仮にサトノダイヤモンドの言葉が真実だとすると、失うものがあまりにも多すぎて喪失感も追いつかない。

 

「ごめんなさいトレーナーさん……うわああああああん!!」

 

 図らずともゴールドシチーを超える喪失感にショックを受けるトレーナーを見て、今度はキタサンブラックが泣き出してしまった。トレーナーは「泣きたいのはこっちだ」と叫びたい気持ちをグッと抑えながら、サトノダイヤモンドに目配せをする。

 

 共犯らしいことは二人の会話でなんとなく想像がついていたからだ。

 

「……トレーナーさんにアプリで指示されたトレーニング中でした。水分補給しながらトレーナーさんのことを思い浮かべると、どうしてか沸々と苛立ちが募っていって、どうして私はこんな人の言うことを好いていたんだろうって思ったら、もう○すしか無いと思って……」

「ころッ!?」

 

 好感度が反転すると、ここまで極端な思考に陥るものか。

 

 危うく突っ込みかけたトレーナーは奥歯を噛み締めた。争いの火種はスルーしておくにこしたことはない。そこを掘り下げるとまた別のややこしい問題があるからだ。

 

「でも○すのは社会的にまずいから、私とキタちゃんでトレーナーさんの帰る場所を無くそうとしたんです」

「発想がブラックダイヤモンドじゃん」

「それで、その、あたしが実家に連絡して、重機運んでもらって、トレーナーさんの部屋だけ鉄球で……ね」

「いや、『ね』じゃなくて」

「一応、今朝から戻せるところは戻したんですけど、危うく取り返しのつかないことをするところでした……」

「いやいやいや。結構取り返しつかないけど何をギリギリセーフみたいな……」

「こうなったら、お詫びとして私の身体で満足していただくしかありません!」

「あ!サトちゃん抜け駆けズルい!キタちゃんを好きにしていいよ、トレーナー!」

「二人揃ってピンクダイヤモンドかな。おいゴルシ、テイオー、手伝え!」

 

 ようやく凪に入ったゴールドシチーをほっぽりだし、制服を脱ごうとする頭ピンクな二人を、ゴルシテイオーと一緒に落ち着かせる。

 

 しかしなるほど。旅行から帰ってきて自室に感じた変な違和感はこれのせいかと、逆に腑に落ちるのだった。

 

「しょーがねぇな……じゃあこうしよう」

 

 とりあえず二人の実家は金持ちだ。

 

 どうしても償いたいという気持ちがあるならば、壊した分は弁償してもらえればそれでいい。

 

 そもそもである。元を正せばたづなさんと理事長の失態なのだが、身銭を切ってウマ娘のためにやりくりしている理事長に、これ以上迷惑はかけたくないというトレーナーの一個人の感情も多分に含まれていた。

 

「しかし私物は買い直せばいいけど、トレーニングメニューとかオフゲーのセーブデータとかもあるんだよね……。なんか色々どうしよう……」

「手ぇ出せ、トレーナー。いくらゴルシ様でも強行は止められなかったが、これなら無事だぜ」

 

 言われた通りに手を差し出すと、ギュッとなにかを握らされる。デフォルメされたゴールドシップのキーホルダーかと思いきや、ゴルシの勝負服にカラーリングされたUSBメモリだった。

 

「お前……これはまさか……!?」

「トレーナーのパソコンのデータ。なんか嫌な予感がしてな。一部だけどバックアップとっといたんだ」

「ゴルシすごいな!?今回ばかりはマジでスーパーセーブだぞ!?」

「へへっ、それほどでも……あるのかなァ~?」

 

 沸き立つトレーナーにゴルシは満面の笑みである。トレーナーに肩を叩かれて褒められるゴルシは満更でもなさそうだ。

 

 しかし、それを恨めしそうに見ているのが他のウマ娘だ。

 

「ちぇー……なんでゴルシばっかり……」

「いいなーゴルシさん……これじゃお助けキタちゃんの名折れだなぁ……」

「ゴルシ、あんたさ、最初から薬のことわかってたんじゃないの?なんかウチらがやろうとしてること全部見透かしてるみたいに用意周到じゃん……」

「アァン?お前らの行動パターンがわかり易すぎるだけだっつーの。あんま言うとトレーナーの写真やんねーぞ」

「あ、ご、ごめん!」

「堂々と俺の写真を交渉材料に使うなよ……。うっし、それじゃーひとまず問題も片付いたことだし━━━━いや厳密に言えば片付いてないけど、時間も惜しいからトレーニング始めよっか。ていうか俺の頭が追いつかないからトレーニングに逃げるぞー」

「そーだぞーお前らー。気合い入れてけー」

「お前もやるんだよ」

「テヘッ☆」

 

 さー練習練習と、トレーナーはクリップボードとストップウォッチを準備し、休暇中に思いついたトレーニングを実践に移そうとする。まずは根性を鍛えるためのうさぎ跳びだ。

 

「……あの、トレーナーさん」

 

 トレーニング内容を伝えようとした矢先、サトノダイヤモンドが手を挙げる。

 

「ん?」

「ゴールドシップさんと、その、距離が近いような……」

「え、そう?」

「気のせいじゃねーか?」

 

 トレーナーの隣で仁王立ちするゴールドシップ。しかし芦毛の尻尾がトレーナーの足に絡みついており、さも当たり前のようにトレーナーは撫でている。

 

 おかしい。

 

 何かがおかしい。

 

 ゴルシ側からグイグイ行くことはあっても、トレーナーは拒絶することはあれど許容することはない。いくらゴールドシップがファインプレーをしたからと言ってもだ。特に扉を破壊されてからは。

 

 けれども今は違う。トレーナーはゴルシを完全に受容している。

 

 他のウマ娘たちも異常事態に気づいた。

 

 ズルい、私も尻尾を絡みつけたい、撫でてほしい━━━━。

 

 羨望と嫉妬の眼差しがゴールドシップに向けられるも、トレーナーに対して後ろめたさがあったため、誰も口に出せないのであった。

 





???「おや……『トレーナー惚れ薬』の試作品が無くなっているじゃあないか。ふぅむ、カフェに渡して関係性を進展させようと思っていたのだが参ったな……。まぁ『好感度反転薬』の副産物の一つだったし良いんだが……」

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