硝煙を喰らう   作:鹿屋通信

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タイトルの読みは狼銃で『ケンジュウ』です。
活動報告の方で更新状況やキャラ情報を公開しています。



02.狼銃

 春、某日。

 夕日の綺麗な頃、一人の艦娘が指令室に紅茶を運んでいた。

 兵器作られた物とは思えない人らしい鼻歌を廊下に漏らしながら、上機嫌な彼女はそのドアを数回ノックする。

 指令室の中にいるのは自分達の指揮を取る提督だ。

 もう随分と長い付き合いになるだろうか。

 

「提督お疲れさまです」

「ああどうも。紅茶ありがとう、明石」

 

 工作艦、明石。

 移動工廠として様々な場所で活躍していた彼女はここに異動してくる前の藤井提督をよく知っていた。

 沖ノ島海域の決戦にて大きな活躍を残した人だった。

 部下からの信頼も厚く自分の見てきた提督の中では誰よりも提督らしかった。

 自分の見てきた提督がどれも初々しかった……というのもあるが、それも相まって藤井提督は自分の目にかなり輝いて見えたものだ。

 そして今はその提督の下で働けている。

 経緯がどうであれ、明石は満足していた。

 

 藤井提督はマグカップを持って紅茶を口に含み、その後に角砂糖を一つ入れる。

 それでも美味しくなかったのか提督はミルクを入れて飲むが、それでも眉間にしわを寄せた。

 

「……お気に召しませんでした?」

「金剛が好きだっていうから飲んでみたんだけど自分には合わないな。ミルクカップ開けたら逆に甘すぎる」

「提督、それはコーヒーフレッシュって言うらしいです」

 

 へえ、と提督は白い液体の入っていたプラスチック製のカップを手に取って見ていた。

 提督は珈琲も飲まないのだろうかと明石は想像を膨らませる。

 知っているようで知らない事ばかりだ。

 長い付き合いだと思っていたのに、少しショックを受ける。

 食用油を薄くして添加物で白くしているソレをミルクカップと呼んでいる提督はコーヒーフレッシュをミルクだと思い込んでいるのだろう。

 もし提督が珈琲や紅茶を好むのであれば警告をしておこうかと思ったが、そんな素振りは見えないので明石は言わない事にした。

 職業柄でどうしても細かい事が気になってしまう明石は嫌な事にも気付く。

 でも人が気を害するような事を言うほどお節介ではなかった。

 艦娘と人間は脆さが違う。

 それを思い、純粋に提督を心配していただけだった。

 提督はカップを机に置いて背もたれのある椅子に体を預けた。

 革のしなる音が静かな指令室に響く。

 息を吐いて椅子に寄り掛かる提督は仕事を終えたサラリーマンのようだった。

 明石はそんな提督の後ろに回って両肩の上に手を乗せる。

 

「明石に提督を修理させてくださいね」

「おっ肩揉みか。はははっ…幸せだ」

 

 提督がどのような苦労をしているかなんて考えずとも理解できた。

 新しい仕事場で初めての戦艦と対面し、しかもそれが金剛や榛名のような艦娘達だ。

 藤井提督の前の仕事場も明るい空気が流れていたが、その明るさと金剛達のソレは違う。

 ……まあ今一番苦労しているのは金剛達を教育している夕張だろう。

 いずれ金剛達が成長したら、いや成長しなくても愚痴を聞かされる事だろう。

 そういう精神的な面でのサポートも出来てこそ本物の工作艦だと思っている。

 

「明石、助かったよ。ありがとう」

 

 肩揉みをしていた手に提督は自身の手を重ねて撫でるように触れてきた。

 くすぐったくて心地良い一瞬が明石の胸の奥を通り過ぎる。

 自然と自分の中の恥ずかしい気持ちが増し、提督の肩から手を離した。

 

「……明石、頼み事をしてもいいか?」

「はい、明石にお任せ下さい」

「悪いね。……これを夕張に届けてほしい」

 

 藤井提督はクリアファイルに纏められた数枚の資料を明石に手渡した。

 大切な資料はどんなに親密な友人でも優秀な部下でも渡してくれなどと人に頼む事は無い、藤井提督はそういう所はしっかりと守るので自分が見ても大丈夫な内容なのだろうと明石は解釈する。

 だからといってクリアファイルを開くほど明石も悪い部下ではない。

 そのクリアファイルには今週末に行う鎮守府近海の制圧に関しての資料が纏められていた。

 新人の育成を陸でずっと行う訳にはいかないので早め早めに近海の制圧をしようと急いでいた、しかしこの鹿屋基地には戦闘可能な艦娘が少なく戦力が心許ない。

 だから少し時間が掛かっていた。

 主に、他の基地に増援を頼むのに時間が掛かっていたのだ。

 

「じゃあ持って行きます。紅茶は片付けますか?」

「ああ、頼む」

 

 明石はまだ温かい紅茶を持って提督に会釈し指令室を出た。

 カップに飾りの皿を用意していなかったので廊下を数歩進んでから明石は立ち止まった。

 片手にカップ、もう片方にはクリアファイルを抱えている彼女には中身のあるカップを持って歩くのが難しかったのだ。

 明石は提督が飲んだカップに揺れる水面をじっと見てから、そのカップの縁をゆっくりと自分の口に当てた。

 喉を通る音さえしないくらいゆっくりと紅茶を飲み、飲み干す時にカップの縁を少しだけ咥えた。

 

「……美味しいじゃないですか、これ」

 

 自分と提督の味覚の差に小さく溜息を吐いて彼女はその場を後にした。

 その後、少ししてから藤井は明石が来た時に机の引き出しに閉まっておいた封筒に入った手紙を取り出してその封を開けた。

 差出人の欄には『足柄』と黒い字で大きく太く濃く、達筆に書かれている。

 提督のかつての仲間からの手紙だった。

 手紙の内容は過去に一緒に戦っていた提督と夕張に自分達が元気にしている事を伝え、そちらはどのような状況なのですかという在り来たりな物だ。

 そんな在り来たりな物でも顔は綻ぶし返事を書かねばとも感じる。

 電話では無く手紙だったのは封筒の中に五枚の写真が入っていたからだ。

 足柄、羽黒、木曾……五枚には全て自分が指揮した艦娘が写っていた。

 その写真をほんのりとした笑みを浮かべながら見ていた提督は最後の写真を見て顔をしかめた。

 五枚目の写真。

 そしてその写真には、右下に足柄の文字が珍しく小さく書かれていた。

 

 お願い。

 

 その言葉を見て提督は椅子にもたれ掛かり、一番下の引き出しの中から煙草を一本取り出して口に咥えた。

 火を点けず、口に咥えたまま部屋の天井を眺め続けていた。

 何も考えずぼーっとしている提督がいる指令室は時が止まったかのように静かになった。

 目を瞑って過去を思い出す提督の瞼の裏には輝かしい日々が映し出される。

 楽しかった毎日、試行錯誤してとにかく前に進もうと努力していたあの頃。

 思い出しても提督に心残りは無かった、瞼をゆっくりと開けて心を入れ替える。

 引きずっている物はあるだろう。

 見えないけれどずっと足元にしがみ付かれているような感覚が残っている。

 振り払えず、残り続けた意思。

 いや、自分が振り払わなかっただけだ。

 この重みが今の自分を作っている。

 

「失礼します、提督」

 

 夕張がノックもせずに指令室にやってきた。

 呆れ顔はするが慌てる事もなく手紙を封筒の中にしまって机の引き出しに入れ、夕張が手に持っていたクリアファイルと同じ内容の資料を手元に用意した。

 

「近海に出撃するって書いてあるけど、本当?」

「嘘付いてどうするんだ。旗艦は夕張、四人で向かってもらう」

「って言っても!まだ戦える艦娘は四人もいないじゃない…?」

「あのな、資料くらい目を通してからここに来い」

 

 あとノックもしなさいと提督は心の中で思いつつ、返答を焦らすようにジッポを用意して煙草に火を点ける。

 一息付いてから、封筒の中にしまい忘れた数枚の写真から一枚を夕張に見えるように机の上に置いた。

 

「……増援として足柄が来る。準備を怠るなよ」

 

 夕張はその言葉に目を丸くした後、かつての仲間の写真を見て小さく笑っていた。

 

 

――――――――――

 

 一週間後のお昼過ぎ、作戦決行の日がやってきた。

 夕張は今日出撃する艦娘達を集めて作戦内容と陣形を再確認させ、提督は別の用件で頼まれていた事があったので別の場所にいた。

 そこには提督だけではなく足柄の姿もある。

 そこは射撃場。

 二人共、小型の携帯銃を構えて的を撃っていた。

 足柄は身体中に武器を装着して砲撃戦を行えるのにどうして、と提督はやや呆れ顔を浮かべていた。

 お昼を一緒に取っていた時にいきなり銃の使い方を教えてほしいと言われて今に至っている、実は随分と前にも同じような事があった。

 その時はただの興味だったようだが、今は何らかの理由があるようにも見える。

 だが提督は聞くつもりはなかった。

 足柄は語ると色々と煩いからだ。

 若干ウェーブがかったロングヘアーの黒髪にカチューシャを付けた長身の女性。

 黙っていればモテるだろうに、馬鹿みたいに戦闘が好きなので前から扱うのが難しかった。

 

「どうだ?私はコルト社製のが使いやすい、そっちのジェリコは女性でも扱いやすいけどね」

「……こっちのは弾数が多いのに魅力を感じるけど……駄目ね」

「驚いた。銃の違いが分かるのか」

「分からないわよ。でも、敵を倒すのに必要な弾数さえあれば充分じゃない。多ければ良い訳じゃないわ」

 

 人は当たり所が悪ければ一発でも死ぬ。

 だから足柄にとっては弾の量ではなく、一撃の強さと正確さと使いやすさが全てだ。

 足柄なら拳銃で撃たれながらでも狙いを定める事が出来るだろう。

 何発撃たれようが大砲ではないのだから大した怪我にはならない。

 艦娘は異常なくらい丈夫なのだ。

 提督は足柄の言葉を聞いて声を失っていた。

 足柄ならより多くの敵を倒す為に沢山弾丸の詰められた銃を好むだろうと思っていたからだ。

 

「お前、変わったな」

「……そうかもね」

「銃くらい時間があればいくらでも教えるよ。その腕と肩なら数回使っていれば的にも当たるだろう」

「あのね、私はこれでも女性なんだけど?」

「ははは。本当に変わったんだな、足柄」

 

 提督が同身長くらいの足柄の頭を撫でると、足柄はその手を掴んで噛んだ。

 手が付けられないのは性格だけではないようだ。

 

 天ぷら蕎麦を食べていた夕張とその一行を見付けて集合の声を掛けておき、足柄と提督は彼女達より一足先に指令室へと踏み入れた。

 提督は椅子に座り、足柄は机の向かい側に立つ。

 二人が待つ事もなく廊下からは数人が小走りしている音が聞こえ、指令室にノックの音が数回鳴った。

 それに返事したのは提督ではなく足柄であった。

 急ぎなさい、と。

 夕張以外の艦娘にとっては足柄の立場がどのくらいにあるのか何となく分かる言葉になった。

 提督の代返をしたのだ。

 少なくとも自分達には出来ない事をしたという事実のお陰で足柄が上の立場だとすぐに理解できた。

 増援が一隻入るとしか書かれていない資料からは読み取れない情報だ。

 

「顔合わせは初めてだったか?」

「はい。……えっと、こちらは私の同期の足柄。資料は見たと思うけど今日は合同で戦います」

「足柄よ。砲雷撃戦が得意なの。……よろしくね」

「せ…長門だ。敵戦艦との殴り合いが…得意だ」

「普通に挨拶すれば良いのよ長門。私は愛宕です、よろしくお願いします」

 

 夕張、足柄、長門、愛宕。

 軽巡洋艦一隻、重巡洋艦二隻、戦艦一隻の艦隊で近海の攻略に当たる。

 必要以上の戦力投下に燃料の消費が心配だが、戦艦を使った事がないのでどのくらいの火力が出るのか確認しておきたいというのもある。

 難易度は夕張と足軽二人だけでも行けるくらいのレベルだ。

 もう二人連れて行くのは新人研修みたいな意味合いが強い。

 作戦内容を確認する。

 近海の制圧、敵はそれほど強くはない。

 足柄は長門のサポートを、夕張は愛宕のサポートをしつつ二人がどのくらい動けるのかを調べてもらい、いずれ運用する時の目安として使用させてもらう。

 勿論サポートとはいっても戦わない訳ではない、ちゃんと敵を撃ち抜いてもらう。

 肩慣らし程度にはなるだろう。

 夕張も金剛達の事があるし憂さ晴らししたいはずだ。

 

「ふふっ……足柄、出撃よ!戦果と勝利の報告を期待しててね!」

 

 足柄はドンと指令室の机を両手で叩き、足柄は早歩きで指令室を出て行った。

 ちょっと待ってよと言いながら追いかける夕張と、それに続く長門と愛宕を見ながら溜息を付く。

 指令室の窓際に向かい、戦場へと出発する彼女達の後ろ姿を見送った。

 

「出撃よ!戦場が、勝利が私を呼んでいるわ!」

 

 馬鹿みたいに煩い声が基地内に響き渡る。

 人は根っから変わる事なんて滅多にない、それは艦娘も同じだったようだ。

 

「頼んだよ。足柄、夕張」

 

 出港する四人と昔の仲間の面影を重ねて提督は空に呟いた。





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