来週は更新お休みかもしれません。
太陽の日差しが海面に当たり反射していた。
旗艦の夕張が前を走り、その後ろに三隻の艦娘が列を成している。
戦場とは思えないほど静かな海上に後ろの新人達は少しばかり気が抜けている、それを正すのも先輩の仕事だが、夕張の隣には同じようにのほほんとしている足柄がいた。
夕張は何も言えずただ溜め息を付くばかりである。
「……夕張、ちょっと止まってくれる?」
「ええ、まあいいけど……何?敵?」
「いいえ、新人さん達に質問するのよ。…長門さん、今回の任務は何体の敵を倒せばいいの?」
「えっ……確認されているのは三隻。だが三隻だけかどうかは…」
「正解ね」
うんうんと彼女は頷く。
任務内容は近海を攻略する事で、範囲にいる敵を倒し切る事だ。
元は何十隻もの敵がいたが藤井提督が着任する前に軽く殲滅を済ませている、今回はその残党退治みたいなものだった。
残党が残ったままでは新人教育も難しいし思わぬ襲撃を喰らう可能性もある。
通信によれば確認されている敵の数は三隻だそうだ。
だが確認されている数しか敵がいないという訳ではない、だからこの問いに明確な答えは無い。
長門の曖昧な答えは的を射た回答だった。
足柄は次に愛宕の方に目を向ける。
「じゃあ次。私たちが今から、これからやるべき事は?」
「……?敵を倒す事じゃないのですか?」
「当然ね。じゃあそれは、何のためにするのかしら?」
「……提督のため?」
「ええ。でもそれだけじゃ犬になるだけよ。提督の為にじゃなくて何故戦うのか自分なりの理由を考えなさい」
夕張は後輩に語る足柄に提督の姿を重ねていた。
人の為に戦うのではなくて自分の為に戦いなさい、戦う理由が他人にある者は他と比べて足取りが遅いからと提督は夕張達に言った事があった。
自分が提督の為に戦いたいから戦うのと、何も考えずに尽くすのは天と地の差があるのだ。
想いはそのまま強さになる。
足柄も夕張も何かを背負っているのだ。
「じゃあそうね~、私は夢を成す為に戦うわ。名を上げて女の子ときゃっきゃうふふするの」
「……それも良いわね。残念だけど私はまだ見付けられてないわ」
「格好良い事言ってたのに締まらないじゃない…」
夕張は呆れて足柄を見る。
戦って勝つ。
足柄にとって勝利の数が自分の誇りで、それを保つ事が戦う理由だった。
でも今は何が何だか分からない。
狼と呼ばれていたはずなのに今では牙が抜けたかのように心の中が静かだ。
猫にでもなってしまったのだろうか。
……それでも、私は「んにゃー!」と叫ぶのだろうけど、と彼女は思う。
常に煩いのは藤井提督お墨付きの評価だ。
「……あら、話していたら向こうから顔を出してくれたわね」
足柄が夕張に視線を送り、夕張は右手を上げて陣形変更の合図を掛ける。
愛宕は陣形変更中に偵察機を飛ばして敵の状況を確認する、敵影は小さく見辛いがどこから攻めてくるかくらいは新人でも充分理解できる。
「駆逐ハ級……右手から向かってきます。敵は三隻みたいです」
「魚雷持ちね。足柄と愛宕に任せるわ、私達は敵の姿が確認出来次第攻撃を仕掛けるから」
「了解。愛宕は右手に回って。私はそのもう少し後ろに着くから」
「は~い!」
夕張と長門がペアを組み、愛宕と足柄がペアを組む。
提督に言われていた陣形は夕張が愛宕に、足柄が長門に着くフォーメーションだったが敵の状況を確認してから最善と判断される陣形に変更する事は許可されている。
夕張は提督と通信を取り、陣形を変更した事を報告した。
その間に長門は砲撃準備に入り照準を敵影に定める。
狙いは正面の敵、駆逐イ級だ。
こちらには既に気付いている様で着実に接近してきている。
だが駆逐艦の射程範囲は短く、この戦場では長門が一番射程範囲が広い。
「……よし、砲撃!」
長門が声を張り上げて砲撃を行った。
照準は定まっており、敵駆逐艦は砲撃を避けようと横へとズレたように見えたが砲弾はぶつかり、相手を行動不能へと陥れる火力を叩き出した。
つまり、轟沈だ。
「よし!艦隊、この長門に続け!」
「ははは……一発で轟沈かあ、流石に艦隊は違うなあ」
夕張も長門に続いて砲撃の用意をする。
敵艦の駆逐イ級を轟沈させた時に見えた新しい敵影を夕張は見逃さず自分の武器を構える。
当てる事は難しくはない。
自分に言い聞かせるように言葉を吐いて砲撃を行い、水飛沫が舞う海上を見て直撃では無かったと長門に再装填を促す。
愛宕と足柄は偵察機で確認した駆逐ハ級に狙いを定め、射程範囲に入った瞬間二人で連続的な砲撃を雨のように海上にぶつけた。
こちらのように狙いを定めた砲撃と違って二人の攻撃は大雑把だったが正しくない訳ではない。
駆逐ハ級には魚雷がある為、魚雷を使用できなくされるのが最優先だ。
攻撃をある程度与えておけば艦船の能力は低下し、魚雷を発射出来なくなるか、発射しても簡単に避けられるくらいに射撃精度が低下する。
少し時間が経ってから噴火のような水の波の中から駆逐ハ級が顔を出した。
機動力はあるものの、かなりのダメージを追っているようだ。
夕張は足柄と顔を合わせてアイコンタクトを行い二人共新人達の傍に寄った。
敵からすれば的が絞れる為かなり好都合だ。
駆逐艦の攻撃は射程が短いので反航戦ではすれ違う少し前に攻撃タイミングがやってくる、もう少しで砲撃のタイミングがやってくるだろう。
夕張は長門の肩を叩いて『任せて』と告げると左翼に展開した。
逆に足柄は愛宕の肩を叩いて『任せた』と告げて右翼に展開する。
愛宕は目を見開いて驚いて同じ境遇であろう長門の方に目をやるが、長門は当然のように冷静に動かず留まっており愛宕の口からは動揺の言葉が漏れ始める。
駆逐イ級は黒い歪な魚のような形をしていた、それを戦場で見るのは長門も愛宕も初めてである。
駆逐イ級は口を開いて中にある小型主砲を左翼に展開した夕張に構えた、動かずに主砲を再装填している長門よりも機動力を生かして動いている夕張の方が危険だと察知したからだ。
駆逐イ級の砲撃は数発、夕張目掛けて放たれた。
近くからの砲撃だから避け難いが近くからだからこそ主砲の向きが読み取れる、経験のある夕張は軽巡洋艦の機動力を生かして一発を体を逸らして回避し、身を低くして旋回しながら敵の斜め後ろに身を置いた。
駆逐イ級の攻撃は尚も続く、それでも牽制程度に夕張も副砲を構えて砲撃した。
主砲を使わないのは攻撃の反動で回避が疎かになる事を恐れていたからだ。
夕張は横目でチラリと愛宕と足柄のペアを確認する。
隣では駆逐ハ級の攻撃が新人の愛宕に向けられていた。
足柄は夕張と同じように場所を移動していたものの、夕張と違ってターゲットを向けられるために動いていた訳ではない。
足柄の行動は敵にとって、ただ移動するだけにしか見えなかった。
殺意や敵意が薄かったのだ。
怪しさは残ったが、駆逐ハ級は目の前でオドオドとしている愛宕の方がターゲットとして適切だと判断したのである。
「ひやぁあぁん!やめてったら!!」
艶めかしい声を上げながら愛宕は逃げ続けている。
どうやら運良くダメージは無いようだった。
夕張は視線を駆逐イ級に戻して、距離を取る為に海上を更に加速した。
敵が攻撃出来ない範囲まで移動してこちらが主砲を扱おうとしたからなのだが、駆逐イ級の頭上には大きな黒い影が覆い被さろうとしていた。
それは敵の背後から水飛沫を撒き散らして被さった。
水飛沫の中から爆発音が鳴り、周囲に大きな波を引き起こす。
その波で愛宕が氷で転ぶように海面に倒れて沈み駆逐ハ級にチャンスが訪れたが、愛宕を狙う駆逐ハ級の頭上にも黒い影があった。
それは、気配を消していた足柄だった。
まるで海上に水の塔が立つかのような飛沫と共に足柄とハ級は姿を消し、しばらく経ってから足柄は海上に顔を出して一息付いた。
別に潜水する必要はなかったはずだろうにと夕張は目をペンで横棒を二本書いたようにする。
足柄の右手には駆逐ハ級の亡骸が、左手には沈んでいた愛宕が掴まれていた。
「…た、助かりました……」
「気にしないで。楽しかったしね」
「愛宕のサポートしてないから焦ったんだけど……」
「何とかなったから良いじゃない。ね?……それに」
足柄は海上に立ってから亡骸を海へと放り捨てた。
愛宕がけほけほと咳込むのを気にする様子も無く、足柄と夕張は駆逐イ級がいた場所に目をやる。
そこにいたのは足柄と同じ様に片腕に敵の残骸を抱えた長門の姿だった。
長距離用の主砲を零距離で当てた時に残った敵の残骸だろう。
夕張の目は長門が敵駆逐艦を掴む瞬間を捉えていた。
「私みたいな血の気のある艦娘がいて嬉しいわ。鹿屋基地も安泰ね」
「馬鹿言わないでよ……素手だけで倒す貴女とは違います」
はははと足柄は笑い、足柄は腕を頭上高く掲げた。
「何にせよ勝ちは勝ち!意気揚々と帰るわよ!」
「ああ、帰ろう。すぐにでも提督に報告したい気分だ」
戦果を挙げた長門も足柄の言葉に乗っかる。
夕張はやれやれといった感じでその後を追い、愛宕はちょっと落ち込みながらその後を追った。
三人には分からなかったが、愛宕の砲撃は敵に一度も当たっていなかったのだ。
役割は果たせたが納得の行かない結果だった。
同期の仲間が大活躍だったのだから尚更それは心に響いていた。
――――――――――
提督の耳には既に作戦が成功した事は耳に入っている、旗艦の夕張から帰還中に通信していたからだ。
夕張は長門にとても魅力を感じたと言っており、多分足柄も同じ事を言うだろうと答えていた。
戦場をこの眼で見ていなかったからどうしてそう判断されたのかは分からない、愛宕が悪かったのか長門が良かったのかは不明だ。
提督が聞いたのは最初の作戦と、途中の短い報告と倒したという結果のみ。
愛宕と足柄の一斉砲撃は上手く行かなかったのだろうか。
艦娘のメンタル面を考えると慰めも必要だ。
どうしようかと提督は頭を抱える。
彼女達には初めての戦場だったのだ、嫌な思い出にはしたくない。
「只今帰りました提督ーっ!」
足柄が港から大きな声を張り上げる。
指令室まで我慢は出来ないのだろうかと思いつつ、自分も窓から顔を出す。
「ご苦労だった!どうだった戦いの方は!」
「長門が二隻も落としたの!私が一隻!今向かいます!」
足柄が指令室目掛けて走り出し、それを追う三人。
まるで旗艦が足柄みたいだなと提督は面白がる。
指令室に全員が到着するのに時間は掛からなかった、息を切らしながら冷静に報告する夕張と、息を切らしながらでも熱を入れて戦場の様子を報告してくれる足柄。
対照的な彼女達は見ててとても面白かった。
新人のサポートもその性格が良く出ている。
とはいえ、足柄の放任的な攻撃はどうかと思うが結果良ければというやつだ。
大体もう彼女は自分の基地所属の艦娘ではない。
読んでおいてその行動にケチを付けるのは避ける事にした。
「皆今日はご苦労だった。今日はゆっくり体を休めてくれ。私は明日に差し支えない程度に祝い酒を呑ませてもらうよ」
「足柄…先輩と呼べばいいのだろうか、今日は有意義な日になった。ありがとう」
「ありがとうございました、足柄さん」
新人二人は足柄に頭を下げ、指令室から離れようとした。
何か愛宕に声を掛けようとしていた夕張を手で抑える。
「愛宕」
「はっ、はい。何でしょうか提督?」
「足柄が無茶をして悪かった。実力を充分に出せず不完全燃焼の初陣だったとは思うが、戦場では珍しくない事だ。常に気を張れ。次がある」
「……っ!はい。ありがとうございます、提督」
これで気落ちしていた愛宕が持ち直すと良いのだが……。
夕張は足柄に目を移した後、いつもの場所で待っているわと提督に告げて指令室を出て行った。
足柄も夕張の後を追おうとするが藤井提督はそれを止める。
夕張が意味あり気な視線を送らなかったら提督も気付かなかっただろう、足柄の右拳は深海棲艦を殴ったせいで皮が剥け、赤くなっている。
大した怪我ではないが、小さな怪我とは言え難い。
「手を出せ。包帯くらいは巻いてやる」
「別に大丈夫よ、このくらい」
「手を出せと言ったんだ。ほら、夕張達の後を着いて行きながら巻いておけ。怪我見て酒が飲めるか」
「………はーい、分かったわよ」
足柄と提督は廊下に出て同じように歩を進め始めた。
今はもう同じ基地に所属している訳ではないが、その心は常に一つだ。
提督は足柄を今も尚大切に思ってくれている。
それだけで足柄は満足だった。
同じ基地でなくとも幸せになれるのだから。
これ以上を足柄が望む事は無かった。
少なくとも、今は。
お読みいただきありがとうございました。