鬼平外伝・身のほどしらず   作:大岡 ひじき

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前からネタは用意してたけど書く気はなかったやつ。
中村吉右衛門氏の追悼用として放出することにします。
謹んで御冥福をお祈りします。




(すべ)て、間違いございません。

 わたくしが、夫を手にかけましてございます」

 

 白州(しらす)の場にてそうはっきりと告げた女は、目を引くほど美しくも、かと言って不器量というほどでもない、とりたてて特徴のない顔だちであった。

 

 女の名は(しの)

 数日前に己が屋敷の台所の土間で、どてっ腹に出刃を突き立てられて死んだ下級旗本、本間彦四郎の内儀(つま)である。

 そして、本人が言った通りであるならば、それを為したのはこの、どこにでも居そうな女であるということらしい。

 

 年齢(とし)は二十六。

 余裕で子のひとりやふたり居てもおかしくはない年の頃だが、調書(しらべがき)にそのような記述はない。

 貧乏御家人であった実家の父親も既に亡く、家は父の弟である叔父の娘婿が継いでいる今、彼女は寄る辺無き身と思っていいだろう。

 そんな身の上ゆえにであろう、もはや死罪も覚悟の上と、血まみれの寝間着姿で引っ立てられてきた時の態度も、実に殊勝であったと聞いている。

 

 だが、このおとなしげで虫も殺せぬような女が、何ゆえ夫殺しなどという大それた罪を犯すに至ったかだけは、頑として口にしようとしなかった。

 

 それでも、この件は仮にも武家の体面にもかかわることで、本来なら評定所にて裁かれるべき事件であり、いかに下手人とはいえ武家の内儀である篠が、この白州の場に引き出されたのは、殺された本間の側に、ある疑いが浮上したからだった。

 それゆえ火付盗賊改方がこの件に出張ってきて、独自の調査を経て、今この儀に至る。

 

 そして昨日、部下が得てきた新たな情報は、この頑なな篠の態度を、軟化させるに値するものであると、今日のこの場に特別に列席した、長谷川平蔵は思っていた。

 

「この上なにも申し上げることはございません。

 わたくしが夫を殺しました。

 どうぞ、如何様にもお裁きを」

 

 取調べの時と全く変わらぬ言葉を口にして、篠は白砂利に手をついて頭を下げている。

 人ひとり殺めた女とは思えぬほどに淡々としたその態度は、一見すると太々しいと見えぬこともない。

 実際、夫を手にかけたことは素直に認めておりながら、それに対する後悔や反省の色を、篠からは一切感じないのだ。

 

「おのが手にかけた夫のほかには、今や身寄りのものも無き身なれば、この先どのような御沙汰を下されましても、謹んで受け入れる所存にございます」

 

 己が犯した罪に対する裁きを受け入れるという篠の目に、この先に待つ筈の死への恐怖は窺えない。

 それは覚悟を決めたというよりは、全て諦めているかのように、平蔵の目には映っていた。

 取調べに関わった同心たちが密かに肩をすくめ、平蔵の言葉を待つ。

 

「ま、そう慌てるな。

 …少しばかり、話をしようではないか」

 

 そうして、満を持してようやくかけられた長谷川平蔵の言葉は、どこか砕けた温かみのある言葉だった。

 篠は表情こそ動かさなかったものの、その事に気がついたのであろう、一瞬だけ視線を上げて平蔵を見上げる。

 だが、すぐに己の無作法に気がつき、元の通りに頭を下げるのに、平蔵は「面を上げよ」と声をかけた。

 

「本間彦四郎が妻女、篠。

 そちが夫を手にかけし事については、もはや我々も疑いをもたぬ。

 だが、そちのような女がどのようにして、かような仕儀に至ったものか、わしらはそれを知りたいのだ。

 何せ、そちの家の者…使用人たちに話を聞いた限り、そちを悪く言う者などおりはせなんだ。

 ………特にそちの身の回りの世話をしておったという、小女などは特にのう」

 

 そう言って彼女を見据えた平蔵の言葉に、篠は初めて、僅かだが動揺を見せた。

 

「…おみよに何を?あの娘は関係ございませぬ」

「あの娘、そちのことを実の母や姉の如く慕うておるようだの。

 それが故に、最初はそちの言いつけを守り、知らぬ存ぜぬを通しておったが、このままではそちが死罪になると申した途端、あの夜の事を話してくれたのだ。

 ……包み隠さず、全てをな」

 

 ☆☆☆

 

 真夜中に手水(ちょうず)に立った篠の耳に、女の呻く声が届いたのは、連日蒸し暑さが続いた夏の日の事だった。

 

 更に、何やら床板を叩くような音がそれに続く。

 

 薄気味悪く思いつつも好奇心に駆られ、その音の聞こえてきた厨房へと、足音を立てぬよう篠が近づくと、そこにあったのは土間にかがみ込む半裸の男の背中と、その下に力なく投げ出された、明らかに少女の細い手足だった。

 

 そして、驚いて立ちすくんだ彼女の気配に、振り返ったその男の顔に、篠は更に驚愕する事となる。

 

 それは八年共に暮らし仕えてきた、自身の夫の顔であったのだから。

 

 その身の下には、彼女が身の回りの世話をさせていた小女(こおんな)のおみよが、ぐったりと四肢を投げ出した状態で組み敷かれており、その顔には、頬を張られた痕がくっきりと現れていた。

 

「旦那様…何をなさっているのです!」

 

 思わず張り上げた声が震え、夫が一瞬焦ったような表情を浮かべたのが、暗がりの中でも篠の目には、何故かはっきりと映った。

 

 次に、開き直ったように口角を上げて、彼女が一番嫌いな笑みを浮かべた事も。

 

 …そして、その口から紡がれた言葉を耳にした途端、篠の中で、心の奥底にしまいこんでいた筈の熾火が、抑えていた枷を一気に燃やし尽くした。

 気がついた時には、仰向けに倒れ、出刃包丁が腹に突き刺さった夫のそばに、呆然と立ち尽くしていた。

 

 倒れたおみよが目を覚まして、大声をあげそうになったのを篠が制し、部屋に戻って着替えて布団にもぐるよう、言い含めたのはその四半刻あとのことだ。

 

 ☆☆☆

 

「結局のところおみよなる娘に、そちの夫は惑わされたのであろう?

 女として、それを恨みには思わぬのか?」

 

 どこか揶揄するようにも思える平蔵の言葉に、篠は一旦上げた頭を下げて、平蔵と視線を合わせることを避けた。

 

「…違います。

 あの娘は、ふた月のちには、薬種問屋狩野屋さんの番頭になる、吉蔵さんのところへ嫁ぐ身」

「ほう。許婚のある身でありながら、あるじの夫を寝取ったということか。

 あのようにおとなしげに見えて、女とは恐ろしいものよな」

 

 それは目の前の女にも言えることだという意味を言外に乗せて、平蔵は揶揄を続ける。

 その様子に、この場にある全員が、はらはらした様子でいる事に、篠のこころが見た目通り冷静であったなら、すぐに気がついたことであろう。

 

「そのようなはしたない真似をする子ではございません!あれは、夫が無理無体に……!」

 

 だが、次に顔を上げた篠は、きっと眦を吊り上げており、裡に秘めた激しい感情が、すべて面に現れていた。

 それは怒りや悲しみ、そして己を慕う者への情。

 先ほどまでの大人しげな様子からは想像もできぬ、生きた女が、はじめてそこにいた。

 

「そのようだな。おみよも、そう申しておったわ」

 

 そして平蔵の口調がまた、思いやるようなものに変わる。

 それを受けて篠は初めて、この男が自分をわざと怒らせようとしたものと理解した。

 そして、あの夜の真実を、自らの口から言わせるよう、誘導されたのだという事も。

 

「奥方様は悪くない、旦那様が自分に無体を働いたのを、助けてくださっただけなのだと。

 だから許して欲しいと、涙ながらにそう訴えておったぞ。

 そちは、危うく手篭めにされかけたおみよを救わんとして、夫をその手にかけた。

 そうしてから、おまえはここには居なかったのだと、おみよに言い含めた。これに相違ないな?」

 

 もとより小女の証言により、その事実は明るみになっている。

 これ以上は意地を張り通りしても詮なきことと、篠は一度深く息を吐いてから居ずまいを正し、もう一度、地に額をつけんばかりに頭を下げた。

 

「……お手数をおかけ致し、申し訳もございません」

 

 先ほどまでは凛と発していた声が、今は震えていた。

 

 ☆☆☆

 

「…おみよは、何ぞお咎めを受けることになりましょうか?」

 

 もとより死罪は覚悟の上であっても、自分が重要な証言を黙らせた小女の事は心残りになるのであろう。

 篠がおずおずと訊ねると、平蔵は微笑んで首を横に振った。

 

「いや。その身に傷はつかずとも、若い娘には酷なめにあって混乱しかない中、親とも頼むそちの言葉に従ごうたまでのこと。

 此度のおみよの証言によって、ことの次第が明確(あきらか)となったゆえ、これまで黙っていた事の咎めなどは一切致さぬから、安心するがよい」

 

 その平蔵の言葉を聞いて、篠は本当に安心したように微笑んだ。

 ある意味、この場には相応しくないその表情に、平蔵はこの件にずっと燻っていた疑問が、言葉として湧き上がるのを抑えきれなかった。

 

「だが、わからぬ。

 あの娘の存在がなければ、この件はただの夫殺し。

 本来なら本間彦四郎の非を、その真実を、何もかも呑み込んで、そちは死罪となるところであった。

 何故、おみよの件を伏せて、その存在を隠そうとした?

 …こう言っちゃあなんだがあの本間彦四郎って男、お前さんが庇い立てするほどいい(おとこ)だったとは、俺にゃあどうしても思えねえんだが?」

 

 質問の後半部分の砕けきった口調に、篠は思わず平蔵を見上げて、目をまん丸に瞠いた。

 

 立ち合っている同心たちの咳払いがあちこちで響く。

 

 数瞬のちに、ようやく質問を理解したように、篠はぽつりと言葉を紡ぎ始めた。

 

「…御推察の通りにございます。

 恐れながら、わたくし、あのような事をしでかした夫を庇うつもりなど、ひとかけらもございませんでした。

 …むしろ、今のお言葉を聞き、そういう解釈もできるのだという事に初めて気がついて、驚いている次第にございます」

 

 言い切った篠は、もはや表情を隠してはいない。

 これこそがこの女の本当の顔なのだと、改めて平蔵は思った。

 

「ほほう。では、何ゆえに?」

「おみよは先ほど申し上げました通り、嫁入りを控えた身。

 それがあるじに手をつけられたなどと風聞がたちましたならば、せっかく決まった縁談がふいになりましょう」

「だが実際には、そちが彼奴を殺してまで守ったがゆえ、未遂で終わった筈ではないか」

 

 その平蔵の言葉に、篠が呆れたような笑みを浮かべる。

 

 

『旦那様は、ほんに、仕方のない方ですこと』

 

 

 などと言うときの妻の久枝の表情がその笑みに重なって、平蔵は一瞬ぎくりとした。

 

「…それを信じてくださる殿方が全てであれば、わたくしはそもそも、本間の妻になどなってはおりませぬ」

 

 今度は平蔵が目を瞠く番だった。

 

 ☆☆☆

 

「…今更その名は申し上げませぬが、わたくしには本間の妻となるまえに、想いあっていた方がおりました」

 

 ぽつりと話しはじめた篠の顔は、どこか遠くを見ているようであった。

 

 のちに夫となる本間彦四郎とは、その時の想い人を通じての顔見知りというだけであり、恋に夢中になっていたその時の篠にとっては、視界にも入ってはいない男だったという。

 

「そして、その方が遂にわたくしの父に、婚姻の申し入れをなさろうという前日、わたくしは明日のことで話があると、その方からの文を受け取りました。

 …文に従い、出かけた先の茶屋には、その方ではなく本間がおりました」

 

 茶屋、というのは恐らくは出会茶屋を指しているのだろう。

 そんなところに未婚の武家の娘が、ひとりで出向くのもどうかとは思うが、若い時分の分別は、往々にして、恋と秤にかけられて捨てられるものなのだ。

 

「その折にはわたくし、誓って本間には、指一本触れさせは致しませなんだ。

 けれどわたくしと本間が、その茶屋の一室に、いっとき二人きりでおりましたことは、その夜にはわたくしの家のもの、そして相手方も知ることとなっておりました。

 …父が本間の家に、娘を穢した責任を取れと詰め寄らなければ、わたくしは男に弄ばれて捨てられた愚かな娘として、実家に残る事になっていたでしょう。

 今となっては、その方がどれほど…いいえ、それは言っても詮なきことです。

 ともあれ、わたくしは想う方とは引き離され、本間の妻となりました」

 

 その時の本間彦四郎が、何を思ってそのような事をしたものか。

 今となっては問いただす事もできぬ。

 だが、こうまでして手に入れた(おんな)に、本間は一年ほどで飽いた。

 嫁いで四月(よつき)ほどでできた子が流れ、以来床を共にしても痛いとしか言わなくなった篠から、本間は徐々に離れていった。

 時折、外に女がいることを匂わせるようにもなったが、篠はその頃にはもう、本間に対してなんの感情も抱かなくなっていた。

 

 愛した男と引き裂かれた出来事も過去のこと。

 怒りも悲しみも持続することはなく、全てどうでも良いこととして、篠の中で処理されていった。

 

 本間にとってもまた、篠は家政を取り仕切るだけの存在で、都合の良い妻だった。

 故に、最後にはその篠に刺し殺される事になるなど、彼も思ってもみなかったに違いない。

 

 本間彦四郎にとって、また篠にとっても不幸だった事は、惨劇の舞台となった場所が、厨房であったことだった。

 頭に血が上った篠の手の届くところに、夕餉の後に洗い終えて、しまい忘れた出刃包丁があったことも。

 

 だが、なによりも不幸だった事は、本間が篠の心の、最も触れてはいけない部分に触れてしまった事だった。

 

 

『篠、ここは見逃してくれないか?

 どうせおまえは、俺が誰とどうなろうが妬きもしないだろう?

 今ここで手を出さなかったとしても、俺が一言、あの見習い番頭に今夜のことを教えてやれば、こいつはあの男に捨てられて、結局は俺を頼るしかなくなるんだ。

 なら、今いただいても同じことだろう?

 …おまえが俺の(もの)になった時のように』

 

 

 自分だけならば、耐えたはずだった…これまでのように、心を殺して。

 そう、自分はこれまでずっと、生きながら死んでいた。

 これからも何も変わりはしない。

 

 けれど、おみよは違う。

 自分を母や姉の如く慕ってくれるこの子には、この先に待つ幸せがある。

 

「…狩野屋さんからお話をいただき、おみよにその話を伝えた時……あの子は、嬉しいと涙をこぼしたのです。

 吉蔵さんにずっと憧れていた、けど自分には手の届かない人だから、遠くから思うだけで、諦めていたのだと…。

 そんな幸せを、あわやわたくしの夫が壊すところだったのです。

 あの子をわたくしのようにしてはならないと思うと同時に、わたくしをこんな生きた屍にした本間を、心の底ではずっと憎んできたのだと、その時はじめて気がつきました。

 ですから…わたくしがあの人を、殺したいほど憎んでいたことは、間違いのない事実なのです」

 

 篠はそう言って、哀しげな笑みを浮かべる。

 だが次には平蔵を見上げて、必死の面持ちで訴えてきた。

 

「わたくしは如何様に罰せられても構いませぬ。

 ですが、おみよの事は何卒、お情けをもってお取り計らいくださいませ。

 わたくしが昔年の恨みであの人を手にかけましただけ。

 あの子はあの場には居なかったのです。

 どうか……どうか」

 

 どうあっても自分を慕う小女を守りたいと願う彼女の目には、恐らく過去の己が映っているのだろう…と平蔵は思った。

 全てを聞き終えて、平蔵は一度、深く息をつく。

 それから、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「…なるほどな。

 どうやらそちの夫は、他人のものは奪いたくなる性質(たち)であったらしい。

 …それ故に、盗賊の仲間などに堕ちたのであろうな」

「えっ?」

 

 そう。それこそが今日、この場に平蔵が居る理由なのだ。

 

「やはり、知らなんだようだな。

 そちの夫である本間彦四郎は、先ほど話に出てきた狩野屋の間取り図を、紙入れに持っておった。

 おみよという娘に訊ねたところ、確かにここ数日、番頭の内儀になるのだからと、見習いに通っていたと…相違ないか?」

 

 平蔵が訊ねた言葉を、ひとつひとつ頭に染み込ませるように、暫し思案の間を置いて、篠が頷く。

 

「はい。わたくしもそのように聞いて…では、まさか夫は…?」

「左様。

 狩野屋から戻った後、店の中の様子を事細かに何度も聞かれたと、おみよ自身も申しておる。

 怪しまれぬよう少しずつ聞き出して、完成したのが例の図面であろうて」

 

 証拠として検分した本間の紙入れの中にあった、その図面が狩野屋の家屋の間取り図であると判明した事で、此度の疑いが浮上した。

 だが仮にも旗本である本間が、ひとりで押し込む計画とも思えず、恐らくは後日誰ぞに売り渡す約束があったであろうと目星をつけて、本間彦四郎のここ数ヶ月の行動を調べさせた。

 

 結果、あやしげな者たちとの接触が判明しており、そこから辿り着いた、恐らくは盗人宿であろう場所には、昨夜のうちに盗賊改方の手が入って、一味のものは全員捕縛されている。

 

 そもそもが、仮にもさむらいである男が自身の妻女に包丁で刺し殺されるなど、紛う事なき武家の醜聞である。

 現時点で件のことは町かたには伏せられており、本間彦四郎の死は病死として後日、内々に処理される事になるものの、本間の屋敷で何事か起きたこと、すぐに勘づかれる事は必至。

 時間をかけるわけにはいかなかった。

 

「こういった言い方をするのは何だが、そちが奴を手にかけるのが一日でも遅かったならば、狩野屋はいずれ間違いなく、賊の被害にあっていた筈。

 わしはこの件を評定所に訴えて、そちの罪を少しでも軽くできるよう、働きかけるつもりである。

 まったくのお咎めなしというわけにはゆかぬだろうが、まあ上手く運ぶであろうよ。

 …今までおめえ、屍のように生きてきたって言ってたが、こっから先はいっぺん死んだつもりになって、もういっぺん生きてみちゃどうだい?」

 

 ……この日の白州の場から下げられた篠が、百日の江戸所ばらいの沙汰を受けて江戸を発ったのは、この二日後のことであった。

 

 ☆☆☆

 

 一年後。

 

長官(おかしら)様。

 お呼びとうかがい、まかり越しましてござります」

 

 篠は、火付盗賊改方役宅の庭で、膝をついて、平蔵の言葉を待っていた。

 

「篠、御苦労である。

 …相変わらず、武家の匂いが消えぬのう」

 

 呆れたような平蔵の言葉通り、今の篠は、町家の女房ふうの拵えにはしているものの、所作や言動が未だ武家の妻女のそれであった。

 

 四ツ谷付近の長屋に住まい、繕い仕事などを請負って日々の暮らしを立てているが、それが故に訳ありの雰囲気を匂わせていて、近隣の男たちの視線を集めてしまっていると聞く。

 

 恐らくは特別目を惹く容姿ではなく、男心を圧倒しないことも、要因のひとつであるのだろう。

 本人は初恋にも結婚にも失敗した身ゆえ、すっかり男ぎらいになってしまっており、そんな男たちの口説き文句も、知らぬふりをして流しているのだが。

 

「だが、そんなそちゆえにこそ、頼みたい事があるのだ。篠よ」

「何なりとお申し付けくださりませ。

 わたくしは密偵(いぬ)でござりますゆえ」

 

 …かつて夫殺しの罪にて捕らえられた篠は、その罪を赦された後、火付盗賊改方の密偵として生きていた。




一応、つづきます。

手元にある池波正太郎を引っ張り出して読み返して、文章マネようかと思ったけど諦めました。むり。
あと、武家社会の勉強してないんで設定ゆるいです。
多分違うだろうなと思うようなことたくさんあると思いますが、生ぬるくスルーでお願いします。
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