ここが我らの異世界荘!!   作:島鳥 烏

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第二話 布教は不調です

 

『真面目も程々に』

 

 歓迎会を終えた翌日。イルミナは早速布教の為、日向荘から出かけようとしていた。

・・・のだが、渡り廊下の真ん中で酒瓶を抱きしめて眠りこけているみぁおに行く手を塞がれてしまう。

(・・・どうしましょう)

 話にはチラッと聞いていたがまさか本当にこんな所で眠りこけるような人がいるとは。それ以前にどうしてここで?自分の部屋は?様々な疑問が浮かぶが、それよりもどうやってここから進むべきか。それが知りたい。

 庭園を抜けたらいいのかなと庭園に入る為のスリッパが置かれている石段の方へ視線を向けた時。

「どうかした?ああ、この人か・・・」

 そこにギーシャがやってきていつもの事ながら駄目な大人だと肩を竦める。

「こういう時はやはり庭園を抜けていくんですよね?」

「そんな事しなくても跨いで行けばいいって」

「でも、それは失礼なんじゃ・・・」

「気にしなくていいよ。こっちの方が道を塞がれてる側だし、この人も気にしないからさ」

「でも・・・」

 やれやれだとギーシャはイルミナを抱えると、そのまま軽やかにみぁおの上を飛び越えてイルミナを床に降ろす。

「これで問題なし。じゃぁね」

「えっと・・・ありがとうございます・・・?」

 軽く手を振って去って行くギーシャにイルミナはお礼を言うべきだがモラル的にどうなんだろうと淀んでしまう。そしてちゃんとお礼を言えなかった事に悩みだす。真面目過ぎるのも大変だ。

       ※       ※       ※       ※

 

『神の教えは紙以下ですか・・・』

 

 人通りの多い駅前。日向荘を探す傍らで事前に辺りを付けていた場所でイルミナは行きかう人々に向けてアルレーネ教の素晴らしさを説き始める。

「生きとし生ける全ての命はこの空の許で育まれています」

 ││││一時間後

「・・・それはその命をアルレーネ様は太陽に光によって豊穣を与え、月の光で優しく包んでくているからです」

││││二時間後

「・・・アルレーネ様はその深き慈悲で人々の迷いや苦しみを包み、心安らかに日々を過ごせるよう導いてくれるのです」

 ││││三時間後

「・・・さぁ、共に祈りましょう。より良き世界になるように」

 ││││四時間後

「・・・・・・誰も聞いてくれません」

 イルミナの真摯な布教にも誰一人足を止めず、耳も傾けない。そんな現状にがっくりと肩を落とす。そして何気なく周りを見渡すと、同じように駅前の近くでティッシュ配りをしている人がいた。そして行きかう人々はそのポケットティッシュを次々に受け取っていた。

「神よりも紙の方が必要とされているなんて・・・」

 その事実にイルミナは更に深く肩を沈めた。

 

       ※       ※       ※      ※

 

『優しさと非情さと』

 

「・・・この国は病んでます」

 日向荘に変えるなり、イルミナは居間の食卓に突っ伏していた。夕暮れ時になるまで布教活動に勤しんでいたが誰一人反応すらしてくれなかった。まるで自分が透明人間になってしまったかのように。

「お疲れ様」

 あまりの手応えのなさに塞ぎ込むイルミナに拓真はホットミルクを差し出す。

「・・・ありがとうございます」

 人の優しさと包んだ両手から伝わるマグカップの温もりに、イルミナもちょっとばかり涙目になってしまう。

 忙しさで心を無くした現代人。だけど、拓真は違う。思いやってくれる優しさがある。

「・・・あの、拓真さんはアルレーネ教に関心は・・・」

「ここでの布教は禁止だよ」

「・・・ガクッ」

 拓真にさえ突っぱねられてイルミナは食卓に撃沈する。

       ※      ※       ※       ※

 

『哲学する機械』

 

 翌日。今日この日も布教活動に邁進しなければと自分を奮い立たせたイルミナは部屋から出て行く。今日はみぁおに通路を塞がれてはいないが、庭園の方で釣り糸を垂らす筒井と、それを見守る子筒の姿があった。

「・・・・・・」

 気付いたらイルミナは筒井の隣で同じようにじっと池を見つめていた。

「・・・何か釣れるんですか?」

“なにも釣れないよ”

「・・・そうですよね」

“何もいないからね”

「・・・何で釣りをしてるんですか」

“釣る為に釣りをしてるんじゃなくて、釣りをする為に釣りをしてるからね”

「・・・よく分かりません」

“だろうね”

 時折、カラスの鳴き声が聞こえ、雀がやってくるだけの静かな時間が流れる中で、イルミナは漫然と筒井と子筒の哲学っぽい返答に考えを巡らす。

(・・・一見無駄な事でもそこには何か意味があると言う事でしょうか・・・。私の布教ももしかしたら同じなのかも・・・。手応えのない中にもきっと意味はある。今は分からなくてもいずれは・・・)

 筒井と子筒の言いたい事とは違うかもしれない。だけど、イルミナは自分なりの解釈で挫けそうな気持ちを立て直すのだった。

       ※       ※       ※       ※

 

『相談が招いた相談』

 

「やっぱり駄目です・・・」

 筒井と子筒のおかげで再び布教に挑んだイルミナだったが、当然それだけでうまく行く訳もなく、またしても居間の食卓に突っ伏してしまっていた。

「るんるる~ん」

 そんなイルミナとは対照的に目覚めすっきりとばかりに悩みもなさそうにスキップしながらやって来たみぁおが、そんなイルミナを発見する。

「おやおや~、来たばかりなのに辛気臭いぞ~☆ 悩み事ならみぁおお姉さんに言って見なさい」

 どんと胸を叩くみぁおをイルミナは信用なさげにじっと見つめる。

「ちょっと~、そんな目で見られたらお姉さん、傷ついちゃうぞ。てへぺろっ」

 イルミナの視線にも舌を出してウィンクを送る強靭な精神のみぁおに、学ぶべき所があるのかもしれないと一応相談してみる。

「実は・・・」

「成程成程。うまく行かない時もそりゃあるってもんよ。それが人生。そう言う時にはやっぱりあれよね~」

 イルミナの悩みを聞いたみぁおは徐にキッチンの冷蔵庫へと向かって開けるが、直ぐに閉めてしまう。次に戸棚を漁るが何も持たずに戻ってくる。

「お酒がないよ~。こんな時どうしたらいいの~。きっとたっ君に嫌われちゃった~」

「だ、大丈夫ですよ。ちょっと忘れただけですから」

「ホントにホント?たっ君に嫌われたら私生きていけないよ~。誰が面倒見てくれるの~」

 泣き崩れながら抱きついてくるみぁおを、何故かイルミナの方が慰める事となってしまった。

       ※       ※       ※      ※

 

『駄目な大人と手負いの青年』

 

「・・・何してるんだ?」

 イルミナがみぁおの頭を撫でて慰めている光景に直面したギーシャが疑問を投げかける。

「お酒が無かったようで・・・って、ギーシャさんこそどうしたんですか!?」

 経緯を話そうとしてみぁおから顔を上げたイルミナは全身傷だらけのギーシャの姿に目を剥く。だが、ギーシャにとってみればこれは日常茶飯事。

「あ?ああ、まだ言ってなかったか。俺はFTXの選手なんだよ。まだまだルーキーだけどな」

「FTX?」

「知らないか。異世界異種武闘ってので、世界も階級も問わず、真の最強王者を決める為の戦いなんだけどな」

 FTX、Fighting Transcendency  Xenogeneicは全ての世界において人気になっている武闘大会であり、ギーシャも異世界統一王者を目指して日夜特訓を繰り返している。日課のランニングもその一環。

「俺等は他の世界の奴等より特殊な力はないけど、身体能力や治癒力が高いからな。これぐらいなら明日の朝には治ってるよ。それと酒がないって、仕事はどうした?」

「お休みだもん。だからお酒飲もうとしたんだもん」

「酒がないのはあんたが仕事だからだろ」

「・・・今日って水曜日?」

「火曜だよ」

「・・・お姉さんとした事が、てへっ。それじゃ仕事行ってくるから~」

 泣いていたのもイルミナの相談事すらも何処かへ吹き飛ばしてみぁおは軽やかな足取りで去って行った。

「・・・ああやって絡まれるのは珍しくないからな。気を付けろよ」

「・・・分かりました」

 こうして駄目な大人の後姿を二人揃って見送った。

       ※       ※       ※       ※

 

『癒しが必要な癒しの奇跡』

 

「ギーシャさん。手当をさせてください」

「そんなのいらないよ。血なんて突起に止まってるし、さっきも言ったけど明日の朝にはもう跡すら消えてるんだぜ」

「そう言う訳にもいきません」

 神官として怪我人を放っておけないよイルミナはギーシャの体の傷に手を翳す。そして体から立ち登る柔らかな光の粒子が掌を伝わってギーシャの体へと流れ、そして傷に染み込んで見る間に癒していく。

 神への祈りによってもたらされる奇跡の力。それは世界の壁も種族の壁も超えて癒しの力を顕現させる。

「・・・話には聞いてたけど、治癒魔法って奴か」

 ・・・・・・ばたっ!

「おい!?」

「・・・ぜぇー・・・はぁ・・・せぇ・・・はぁ・・・」

 力を使い果たしたイルミナは息も絶え絶え顔面蒼白で倒れてしまう。

「いや、傷を治す方が酷い有様になってどうするんだよ・・・」

       ※      ※      ※      ※

 

『越えられない人為的な壁』

 

「・・・すいません。・・・アルレーネ様の祝福が宿った秘象があれば・・・こうはならないんですが・・・」

 イルミナは何とか床に手を突きながら上半身を起こすも体力の消費は著しく、これが限界。

「仕方ねぇな・・・」

 ギーシャは頭を軽く掻くとイルミナの体を抱え上げる。そして補助をしながら食卓の椅子に座らせる。

「ほら、ここでちょっと休んでな」

「・・・ありがとうございます」

「癒しの力って凄ぇ力があるもんだって思ってたが、それもこれじゃ考えもんだな」

「・・・本来なら秘象が共鳴して力を増幅してくれるのですが・・・今はなくて・・・」

「無くしたとかか?」

「・・・いえ、制限の対象に引っかかるらしくて・・・この世界に持ち込めないんです・・・」

「・・・残念だな。色々と」

 癒しの力は世界と種族を越えられたが制度までは越えられなかったらしい。

       ※      ※      ※      ※

 

『残念系神官』

 

 休んだ事でイルミナも多少は楽になって顔色も戻ってくる。

「布教してんだったよな。癒しの力が使えれば信者も殺到しそうなもんなのにな」

「そうかもしれませんが、職を無くす人が出てしまう可能性やそもそもの危険性など、諸々の理由からこの世界に持ち込めるマジックアイテムの規制がかなり厳しいんです」

 新たな文明が築かれてはいるが、まだまだ発展途上。異世界の体系の異なる技術が流れ込めばそれは無秩序なカオスを世界にもたらせかねない。異世界の力は魅力的ではあるが、魅力的だからこそ慎重にならざる負えない。

「いきなり変化しすぎると、それはそれで問題が起きちまうしな。それはどうしようもないか」

「でも、癒しの力は副次的なものでアルレーネ様の教えの方が重要ですから」

 例え秘象を始めとしたマジックアイテムに頼る事は本質ではないと力説するイルミナだが、続くギーシャの一言が台無しにする。

「で、その教えとやらは広まりそうか?」

「・・・全然です」

「・・・マジで残念だな」

 一切手応えのない布教活動を思い出して涙目になるイルミナに、ギーシャはそれ以外かける言葉が見つからなかった。

       ※       ※       ※       ※

 

『夢を求めて』

 

「ギーシャさんって戦士だったんですね」

 自分の体調も回復してくると、改めてギーシャの言っていたFTXの事を自分の世界と重ねて想像しながら今度はイルミナの方が聞く。

「戦士ってのも少し違うんじゃないか?命のやり取りでも決闘でもない。ルールに則った試合だからな」

「でも、危険じゃないんですか?怪我もされてますし・・・」

「他の格闘技とかに比べたらな。でも、怪我に関してはさっきも言ったけど、治癒力が高いおかげで多少の無茶はやれるからやってるってだけで、他の奴等はここまでやりはしないぞ」

「そうなんですか・・・。でも、そんなに傷を負ってまでなんて・・・どうしてそこまでするんですか?」

 ギーシャは平然としているが、見ただけで相当に過酷な道を歩んでいるのは誰の目にも明らか。困難に直面しているイルミナは余計に感化されてしまう。

「自分の夢だからだよ」

「夢?」

「ああ。今のチャンピオンが俺にとっての憧れなんだよ。俺等は他と全く違うから奇異の目で見られて偏見だって持たれた。それを圧倒的な強さと、どんな事を言われても動じない高潔さで全てを吹き飛ばして、周りの目を変えてくれたんだ。あの人は俺達のヒーローで、だから俺はあの人の所へ行きたい。そして戦いたいんだ。勿論、ただ戦うだけじゃなくて勝って王者の座を奪い取るつもりだけどな。それが俺なりの恩返しって奴だな」

 迷いなく真っ直ぐに語るギーシャは、それだけチャンピオンへの憧れの強さが現れており、そんなギーシャにイルミナは自分が何を言ってもギーシャの夢に対して適切な言葉にならない気がして黙ってしまう。

「そっちだって同じなんじゃない?じゃなきゃこの枢軸界にわざわざ来ないだろ」

「私は・・・教会の命で来てますから・・・」

「じゃぁ、なんで教会の一員になったんだ?」

「私は身寄りが無くて・・・それを教会の皆が助けてくれたから・・・」

「なら、その人達への恩返しでも、自分と同じように助けを求めている人の為でも何でもいいんじゃないか?夢とか目標なんてのは無いなら無いで、その時々で探せばいいんだよ」

「・・・そうですね。私、頑張ります!みぁおさんよりはマシですから!」

 こうしてイルミナはギーシャの励ましと、みぁおの下には下がいる姿によってもう一度立ち上がるのだった。

       ※       ※       ※       ※

 

『死因=布教』

 

 布教活動三日目。この日はいつもよりも更に気合を入れて教えを説いていた。だが、やはり誰も聞いてはくれない。更にはスーツ姿でヤギ頭の悪魔が追い打ちをかける。

「ええ、はい、そうですか!契約していただけると!有難うございます!はい、今から契約書をもって伺います!・・・魔方陣がある。流石準備がいい!それなら直ぐにでもそちらに行かせていただけます!」

 スマホを両手で包みながら景気のいい表情で受け答えする魔界からの来訪者は通話を終えると壁に向けて手を翳し、その先に展開された魔方陣の中へと消えていった。

「悪魔の方がうまく順応しているなんて・・・」

 その事実に思わずへたり込みそうになる。だが、住民達の励ましがそれを踏み止まらせた。

「こんな事で挫けてはいられません・・・!」

 静かに喝を入れるイルミナだったが、そこに隣からの忍び笑いが耳に入る。

「くすくすっ。あ、ごめん。君が感情表現豊か過ぎてつい」

 その相手はいつも同じ場所でポケットティッシュを捌いていたティッシュ配りの女性だった。それがいつの間にか直ぐ隣まで移動していた。

「あ、その、すいません・・・」

 ずっと見られていたのかとイルミナは思わず赤面してしまうが、それもティッシュ配りの女性に笑われてしまう。

「ぷはっ、君面白いね。結構ツボかも」

「あぅぅぅぅぅぅ・・・」

 更に縮こまるイルミナにティッシュ配りの女性は右手で口元を、左手で腹を抑えて笑いをこらえる。人々を救う為に来たはずなのに、何故かここで一人笑い死にさせかけてしまった。

       ※       ※       ※       ※

 

『無関心の世界』

 

「いや~、こんなに笑ったの初めてかも」

「き、恐縮です」

「君の方は難航してるみたいだね。布教活動って奴?」

「は、はい、そうなんですけど・・・」

「ティッシュ配りと布教じゃ難易度は全然違うだろうしね。でも、ティッシュ配りも簡単じゃないんだよ」

「そうなんですか?次々と渡されていましたけど」

「あたしにはちょっとした能力があってね。人の目線を視覚的に捉えられて、何に注目しているかとか、それにどんな感情を持っているかってのも色で判別できるんだよ。例えば・・・」

 ティッシュ配りの女性が雑踏の中、こちらに向かって流れていく人波を見極めると「よろしくお願いします」とティッシュを差し出すと当たり前のように受け取ってもらえた。

「自分に対してポジティブなイメージを持っている場合だとこんな風に明るく笑顔で差し出せば受け取ってもらえるんだよ」

「成程」

「でも、大抵の人はそうじゃないからその場合は・・・」

 ティッシュ配りの女性は次に見極めた相手に、今度は無表情かつ小さな声で「どうぞ」と差し出して相手に受け取らせる。

「全く気にも留めてない人の場合はさりげなく差し出せば反射的に取ってもらえる。でも、呼びかけて気付かれるとネガティブな感情に代わって避けられるかもしれないからね」

「人に合わせて変えるんですね。そうやって貰ってもらうなんて凄いです」

「あまりにも限定的な能力だけどね」

 イルミナの賞賛もティッシュ配りの女性にとってはそんなに誇れる能力ではないらしい。でも、そんな能力もイルミナにとってみれば喉が出る程欲しい。

「・・・あの・・・周りの人で布教に興味がありそうな人はいませんか?」

「いないね。見事なまでにゼロ」

「完全無関心!?」

 能力があってもどうしようもない事はどうしようもない。

       ※      ※       ※       ※

 

『テレビとの遭遇』

 

「可能性はないんでしょうか・・・」

 いくら頑張ろうが可能性がそもそもゼロではと、三日連続でイルミナは机に突っ伏してしまう。筒井と子筒の哲学のおかげでそれでも心が挫けはしていないが、精神的なダメージは変わらない。

「・・・それなら情報収集がいいかもね」

 ホットミルクを差し出しながら提案する拓真にイルミナも顔を上げる。

「情報収集ですか?」

「うん、世の中で必要とされている物が分かれば見えてくる事があるかもしれないからね」

 拓真は食卓の上に置かれているリモコンを手に取ってテレビの電源を付ける。そこに流れる夕方のワイドシャーにイルミナも食い入る。

「こちらの世界にも投影用のマジックアイテムがあるんですね」

「多分それとは違うんじゃないかな。離れた場所の映像や、事前に撮っておいた映像を流してるんだよ」

「離れた場所だけじゃないんですね・・・。マジックアイテムより優れているかも・・・」

「他にもチャンネルを変えられるよ」

 拓真がリモコンのボタンを押す度に代わるテレビの映像にイルミナは更に目を大きくさせる。

「同時にこんなにも投影できるなんて・・・」

「投影じゃなくて放送って言うんだけどね。古いのが残ってるからあげようか?」

「いいんですか!?」

 拓真の善意にテレビに向けていた以上に目を輝かせながらイルミナは拓真の方へ向いて抑えきれない喜びのオーラを発する。

「ここでの布教を禁止しちゃったから、その代わりにね」

「有難うございます!」

 イルミナは人の世の薄情さと思いやりを噛み締めながら、自室に設置してもらったテレビに一晩中かじりついていた。

       ※       ※       ※       ※

 

『闇落ちのイルミナと二本の指』

 

 そして翌朝。

「この世界は堕落しています!!」

 朝食の時間。ぶつぶつと俯きながら昨夜とは一転して負のオーラを纏って居間にやって来たかと思うと、突然そんな事を叫び出した。

「おいおい、どうしたんだ?」

“朝から大声とは只事ではないかも”

 朝帰りで速攻眠るみぁおと、夜しかいない太郎を除いたギーシャと筒井、子筒ペアが様子のおかしいイルミナに面食らってしまう。それにイルミナは負のオーラを更に撒き散らしていく。

「食べ物や遊ぶ事、色恋の話ばかり・・・。人々の為に、世界の為に何ができるかなんて全然ありません・・・。この世界の人達は自分達が楽しむ事しか考えていない・・・」

「本当にどうしたんだ?」

“悩みをこじらせたかも?”

 あまりの様子のおかしさにギーシャは筒井の方へ体を傾けつつ、ひそひそと声を抑えながら筒井と子筒と共に様子を伺う。そこにギーシャ達のみならず、来るであろうイルミナの分も朝食を用意していた拓真が何事もないかの様に朝食を並べ終えるとイルミナの前に立つ。そして右手の人差し指と中指を並べて「ていっ」っとイルミナの額を軽く叩く。

「はうっ!私は何を!?」

 それだけで正気に戻す拓真の手腕にやっぱ大家って凄いなとギーシャと子筒も感心するしかなかった。

       ※       ※       ※       ※

 

『力を抜くのも大概に』

 

「・・・それで堕落しているなんて言ってたんだね」

「・・・はい」

 情報番組やバラエティ、世間の事を知る為に関連しそうな番組を色々と見て回ったが、そのどれもが娯楽的な内容に偏っていた。ニュースにしたって、少し情報を流してあっさり次に移り、討論するにしても表面的な事ばかり。人類の幸福と発展を望む宗教家からしてみればあまりにも世俗的すぎたのかもしれない。そこに難航している布教の鬱憤まで加わってあの有様だったのだろう。

「テレビをあげたのは失敗だったかな」

「そんな事はありません。・・・ただ、この世界に私って必要なのかなって・・・」

 すっかり意気消沈してしまったイルミナに全員が心配するのも当然で。

「テレビ番組って偏ってるしな」

“均一的に情報を集めるって意外と難しいもんね”

 そうギーシャと筒井、子筒も気を砕く。

「もう少し肩の力を抜いた方がいいのかもしれないね」

「でも、適当にする訳には・・・」

「根を詰め過ぎちゃうよりはいいんじゃないかな。さっきまでそれで変になっちゃったんだし」

「・・・そうかもしれませんね」

 失態を演じてしまったイルミナは拓真の言う通りだと受け入れるしかなかった。それでも、生来の生真面目さはそう簡単に無くせる物でもなかった。

(((でも、あの人みたいになるのは・・・)))

 イルミナを励ましながらも、三人の脳裏にはイェーイとウィンクするみぁおの姿が浮かんでいた。

        ※       ※       ※       ※

 

『気付いた事』

 

 布教活動四日目。

 肩の力を抜いた方がいいと言うアドバイスと、全く手応えのない日々に無気力気味になったイルミナは駅前に来たはいいが、今までの様に教えを説きはせずにただじっと人波を眺めていた。

(前だけを見て歩いている人ばかり。そのせいでアルレーネ様の教えに耳を傾ける余裕もないのですね)

 仕事や学校の日々で忙しなく生きる現代人。中には周りをきょろきょろと見回す人もいるが、それも目的地を探しているだけで周りの景色を楽しんでいる訳ではない。

 イルミナの故郷の世界は自然と共に暮らし、ゆったりとした時間が流れていた。王都の様に都市化された場所もあるが、それでもここまで余裕のない生活はしていない。何気ない季節の移り変わり、ちょっとした日々の変化をみんなで共有して楽しんでいた。でも、イルミナの目に映る枢軸界の人々はまるで歯車の様。アルレーネ教も規律を重んじており、理想的な姿にも見える。けれど、規律しかないのでは人として生きているとは思えない。

(やはりアルレーネ様の教えは助けになる筈。・・・でも、誰も聞いてくれる余裕がない。どうすればいいのでしょうか・・・)

 イルミナは悩んでいる内にふと気づく。自分も布教の事しか考えてなかった事に。

(自分だっていつの間にかここで暮らしている人達と同じようになっていた・・・。全然周りが見えていなかったんだ・・・)

 新しい生活にうまく行かない布教。いつの間にか周りが見えなくなっていた。最初に来た時はこの世界に人々の姿を見てアルレーネ教が必要だと感じていたのに・・・。

       ※       ※       ※      ※

 

『異世界の国のイルミナ』

 

 そうして、布教も行わず、悶々と悩み続けるだけで終わった四日目の布教活動を終え、イルミナは日向荘に変える。すると住民の皆が出迎えてくれた。

「おかえりなさい。イルミナさん」

「・・・皆さん?どうなされたのですか?」

「精神的に参ってそうだったからな」

“時には気分転換も必要なのさ”

「そう言う訳で、さぁ、こちらへ」

 居間に案内されたイルミナを食卓に座らせると、そこにぱんぱんに膨らんだビニール袋を持ったみぁおも少し遅れてやってくる。

「町中走り回って色々買ってきたよ~ん」

 そうしてみぁおの買ってきたスイーツの山がイルミナの前に積み上げられる。

「好きなだけ食べちゃって」

「いいんですか?」

「うん。その為に買ってきたんだもん♪」

「いえ、あの、お仕事の方は・・・」

「それも大丈夫♪相棒が私の分まで頑張ってくれてるから。・・・まぁ、その代わりに向こう一ヶ月休日返上で洗車やらされることになったけど・・・。でも、イルミナちゃんの為なら全然問題なし!」

「一番問題なのはこの人だよな」

「それは・・・その・・・ノーコメントで」

“今日ぐらいはいいんじゃない?”

「仕事をさぼるのは感心しませんけど、今回はイルミナさんの為だから。さてと、それじゃお茶も用意しましょうか」

 拓真のお許しが出たら怖い物はないとみぁおは隣に座り、他の面々もイルミナを中心として空いている場所に座る。その間に人数分のお茶とフォーク、筒井と子筒用の精製水をお盆に乗せた拓真も戻ってくると豪勢な即席ティーパーティーが開催された。

       ※      ※       ※      ※

 

『真理の心理』

 

「・・・凄く美味しいです」

 みぁおの買ってきたスイーツはどれも絶品で、その甘さと味わいが、異世界の文化の壁にぶつかって凝り固まっていたイルミナの心をほどけさせる でも、それは単にスイーツのおかげだけではなかった。

「でしょでしょ~。人気店から穴場まで行ける限りの所は全部行ってきたんだから」

「普段からこれぐらい頑張ってればな」

“違うよ、ギーシャ。頑張って怠けてるんだよ”

「二人とも流石にそれは言いすぎだからね」

「あ~ん。私の事を分かってくれるのはたっ君だけ~」

 食卓の右斜め向かいに座る拓真目掛けて、机を飛び越えて抱きつこうとしてくる。それをお茶を啜りながら最小限の動きで拓真は躱す。そしてみぁおは顔面から壁に激突。ずるずると床に落ちていく。

「たっ君ひどい~」

 そんな賑やかな面々の騒がしい空間こそがイルミナに安らぎを与えてくれた。この時間中でイルミナは分かった気がした。この国で暮らす人達は歯車の様に日々を過ごしているように見えるけど、ちゃんとこうして息抜きもしている。娯楽が多いのもその表れなのだろう。高尚な教えが無くとも規律と安らぎ。そのバランスを取って暮らしているんだと。

(・・・ここには私は必要ないんでしょうね)

 無力感ではなく達成感に似た満ち足りた気持ちの中でイルミナはそう思うに至った。

        ※       ※       ※       ※

 

『お帰りのイルミナのお帰り』

 

「短い間でしたがお世話になりました」

 この国での日々を過ごし、イルミナは故郷へと帰る事に決めた。布教は必要ない、そう伝える為に。

「こっちも楽しかったよ」

「いつでも遊びに来ていいぞ」

“その時は釣りを教えてあげるよ”

「さ~み~し~い~。でもお姉さん我慢するからッ」

「皆さんには助けていただき、色んな事を学ばせていただきました。ここでの暮らしは絶対に忘れません。皆さん・・・。さようなら。本当に有難うございました!」

 深々と頭を下げたイルミナは住民に見送られながら故郷へ帰路につく。その姿を屋根の上から見守る姿があった。

「成長したな若人よ。この経験は必ずや君の人生に恵みをもたらすだろう。さぁ!

行くがよい!栄光の架け橋へ!そして今度は我の所へも相談に来い!

はーっはっはっはっはっ!・・・ぐすんっ」

       ※      ※       ※       ※

「と言う訳で不肖イルミナ。帰って来てしまいました」

「戻ってくるの早かったね」

「いつでも来いとは言ったけどな」

”釣り竿まだ用意してないよ”

「お姉さんもこれにはびっくり」

「私だって皆さんと同じ気持ちです・・・。帰ったんですよ。布教は必要ないって報告したんですよ。それなのに司祭様は『ダメッ』って・・・。布教なんて無理だからそれっぽい理由で誤魔化そうとしたのに~」

「泣かない泣かない。お姉さんが慰めてあげる」

 みぁおの胸の中で号泣するイルミナに、他の住民はやれやれだと肩を竦める。けれど戻ってきた事を嫌がる者は誰一人いなかった。どうやらイルミナの苦難はまだまだ続くらしい。


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